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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第一章『二人の勇者』
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対の勇者の日(1)


「何度も言って来たけど、ゲルトと戦うのは諦めろ」


翌日、頬の腫れたリリアを見てアクセルはいつになく真面目な表情で言った。

その横顔が余りにも真剣すぎて、俺もリリアも反論する事が出来なくなっていた。それが、リリアが殴られた事に対して怒っているからなのだと気づき、俺は気まずい気持ちになった。

リリアを守ってあげられなかったのは俺が呆けていたせいだ。リリアとゲルト、二人の仲があそこまで悪いとは思って居なかったものの、もう少しあの場にいた俺には出来る事があったはずなのに。

アクセルの言葉にリリアは視線を背けていた。リリアは時々こんな風な顔をする。他人を拒絶するような、言葉を聞きたくないような、そんな表情だ。


「そもそもナツルも迂闊過ぎだぜ。リリアとゲルトは、会えば基本的に一触即発なんだよ。だって、ゲルトは――――」


「いいじゃないですか、もう!」


俺に、それを聞かれたくなかったのだろう。そう判るほど、あからさまにアクセルの言葉を阻止するリリア。今まで聞いた事が無いようなリリアの叫び声に俺もアクセルも完全に言葉を失っていた。


「いいじゃないですか、もう。ただ最初から無理だったってだけで……いいんです、別に。リリアじゃゲルトさんには敵わない……判ってますから。挑んだりなんかもう、しませんから……」


「リリア……お前……」


リリアは笑いながら視線を反らす。作り笑いなのは明らかだった。辛い時、悲しい時、彼女はきっとそうして想いを阻害してきたのだろう。慣れた口調で、慣れた笑顔で、他人を拒絶する。

俺は何か誤解していたのかもしれない。リリアは、他人に受け入れられないからこそ独りなのだと思っていた。だが、それは違うのか……?

リリア自身が、他人を拒絶している。少なくとも俺にはそう感じられた。自分とリリアの間にある距離は果てしなく遠く、結局いつもの彼女の笑顔は偽りなんじゃないかとさえ思えてくる。

俺が声をかけようとすると、リリアは直ぐに背を向けてしまった。伸ばしかけた手が空しく何もつかめないまま引っ込まれる。沈黙が場を支配した時、アクセルは意を決して顔を上げた。


「――――ゲルト・シュヴァイン、か。どう考えても、これはやりすぎだよな」


アクセルの口調は静かだった。しかし、俺にはハッキリわかった。アクセルは怒っていた。リリアが怪我をした事にも、二人が会話さえままならない事にも、多分全部の事に。

リリアは何も言わずに俺たちの前から去っていく。学園のロビーに取り残された俺たちだったが、アクセルはおもむろに受付カウンターへと歩いていき、ランキングバトルの申し込みを行っていた。


「アクセル?」


「俺は今十八位。ゲルトは三位だから、少なくともニ、三人ぶっ倒さないと追いつかない」


「……まさか、お前……」


登録を追え、アクセルは腰のサーベルの柄に手をあて振り返る。


「俺がゲルト・シュヴァインと戦う」


アクセルの決意は固い。俺が何か言った所で聞くような様子ではなかった。

だが、アクセルは何のために戦うのか。まさかゲルトに仕返しをする為ではないだろうし、いまいち真意が理解出来ない。


「――ナツル。お前は……リリアちゃんが『弱い』と思うか?」


突然の質問に俺の思考は追いつかなかった。だが俺は少しだけ思案し、直ぐに思った事を口にした。


「……思わない」


リリアは、恐らく『普通ではない』。

自分自身にセーブをかけるような矛盾した魔力解放。回復魔法しか使えないと口にする彼女が放つ、『魔力総量が低いはずなのに異常に回復する』魔法。時々見せる他人を拒絶した態度。勇者という存在に対する嫌悪……。

俺は最初リリアはただ間抜けでドジな女の子なのだと思っていた。だが違和感はどんどん強くなる。リリアはまるで何かに無理をしているかのようにしか見えないのだ。

様々な事柄を拒絶し、まるで自ら不幸を招いているかのようでさえあるその態度に、俺たちは結局リリアにとってのなんでもない存在でしかないのだと確認させられる。

ゲルト・シュヴァインが強さの為に孤高であろうとするのであれば、まるでリリアはその逆……。『弱く在り続ける為』に、孤高であろうとするかのような、そんな違和感――。

アクセルもそれを感じ取っていたのかも知れない。そうして自らゲルトと当たる事で何かを伝えようとしている。少なくとも俺にはそんな風に感じられた。


「まあ、ゲルトとの付き合いも……ここまで来ると色々あるしな」


「始めまして、とか言われてたのにか?」


「ありゃ、ナツルに言ったんだろうよ。あいつは、ホラ。俺の事シカトしてっからさ」


苦笑を浮かべるアクセル。アクセルとゲルトの間に何があるのかも気になるが、さし当たっての問題は二人の勇者の不仲だろう。

アクセルは何かを知っているようだが、それは俺がここで勝手に聞いていいことなのだろうか。今更ながらに気後れする自分の情けなさが嫌になる。

戸惑う俺の肩を叩き、アクセルは笑った。まるで慰められているかのような気分になる。本当に情けないな、俺は。


「ゲルトもそんな悪い奴じゃないんだけどな……。あいつは色々あるんだよ。ま、とりあえずやれるだけやってみるわ」


「――アクセル」


背を向け歩き出すアクセルに声をかける。何を言えばいいのかよく判らなかったが、俺は兎に角その時アクセルに何か言わなければならない気がした。


「その……ありがとう」


そんなどうでもいい事を口にする自分が、余計に嫌になった。

アクセルとゲルトの試合は、それから三日後に行われた。



⇒対の勇者の日(1)



ゲルトの振り下ろした刃は一撃で並の武具なら破壊する威力を秘めている。では、防御する為にはどうすればいいのか?

答えはシンプル。自らの装備する武器に魔力を流し込み、強度を強化する事。しかしそれでも尚、魔剣とまで呼ばれた嘗ての勇者の剣はアクセルの刃を吹き飛ばす威力を持つ。

故に『受け』る選択は無し。アクセルは両手の剣を上手く使い、レールを作るようにしてゲルトの剣を弾き飛ばす。

二人の刃がシンプルに激突したのは一撃目だけだった。身体を捻り、巨大すぎる剣を容易に振り回すゲルト。四方八方から放たれる重い一撃をアクセルは二対の刃で上手く受け流していた。

単純に刃で受けるだけならば難しいその流れるような動作は、刃に纏った風が実現する。表面を走る風はゲルトの振り下ろす刃の重みを分散させ、ふわりと流して弾き飛ばす。

故に火花が散るのは一瞬だけ。それでもゲルトは攻め続ける。弾かれても弾かれても攻撃を繰り出すその姿はまるで意地になっているかのようでさえあった。


「――お前、こんなに強くなったのにまだ周りの目を気にしてるのか?」


アクセルの言葉を聞いた瞬間、ゲルトの空いている左手が突き出された。

漆黒の光が閃光し、アクセルの身体が吹き飛ばされる。至近距離で放たれた魔力に体制を崩し、しかし空中でアクセルは停止していた。

全身に纏う風が髪を上へと吹き上げる。上昇気流の力でゆっくりと着地したアクセルは刃を逆手に構え、刃を打ち鳴らす。


「そんなに怖いのか? お前以外の勇者の存在が――」


「…………アクセル・スキッド……」


ゲルトの声は低かった。アクセルの言葉は完全にゲルトの致命的な部分に触れてしまっていた。見境なく目の前の物を破壊するような、鋭い殺気。構えた魔剣フレグランスが闇の光を纏って揺らめいた。

二人の戦いを、観客席でリリアは見つめていた。ナツルもまたリリアとは違う席で戦いを見守っている。擦れ違う幾つかの思いを背負い、アクセルは小さく息を吐き駆け出した。

ゲルトが刃を揮う。放たれた剣撃は地を這う魔力の刃となり、アクセルへと襲い掛かる。しかし真正面からそれに体当たりしたアクセルは闇の刃を突きぬけゲルトに迫る。

全身を覆う風の力がアクセルを守っていた。アクセルは決定的に魔力を放出する技術は苦手であった。故に蓄積――己の力として風を操る能力が何よりも得意分野である。

それしか出来なかった故に極めたたった一つの力の使い方。追い風を受けて繰り出される剣戟は繰り出す度に速さを増して行く。ゲルトは歯を食いしばり、大剣で防御を試みる。しかしアクセルの剣は二対であり、そしてその速さはゲルトの反応速度よりずっと早かった。

自分が押されているという事実がどうにも認め難かった。ゲルトはアクセルに勝利している。『公式の試合』で、たった一度だけ。

乗り越えたつもりだった。ぎりぎりと押し合う三つの刃、その向こうでゲルトは確かに感じていた。かつてアクセルと初めて戦った時感じた、鋭い威圧感を――。

勝ち星をもらえたのは公式戦での一戦だけ。そこにたどり着くまでに、軽い手合わせでゲルトは敗北していた。アクセル・スキッド――。目の前の無名の剣士に。それも、四度も。


「――嘗めるなっ!!」


背後に跳び、着地と同時に弾かれるように駆けるゲルト。低い姿勢から斬り上げるように繰り出される一撃――。大量の魔力を込めたその攻撃にアクセルの剣が両方弾かれる。

空に舞い、くるくると踊る二対の刃。武器を失ったアクセルにゲルトはすかさず畳み掛ける。振り下ろし、直撃すれば真っ二つになるような強力な一撃、しかしアクセルはそれを跳躍で回避していた。

ゲルトの頭上を飛んで行くアクセルの影。風を受け、軽やかに空を舞うアクセルを目で追ったのが失敗だった。直後、ゲルトはその場に膝を着く事になる。


「空を飛ぶ剣――ってのは、考えなかったらしいな」


空に弾き飛ばした剣はまるで己の意思を持つかのように強風を受け左右からゲルトに襲い掛かったのだ。両足を斬られ、膝をついたゲルトの背後、地面に突き刺さった剣を抜いて立つアクセルの姿があった。

背後にアクセルの気配を感じながらゲルトの瞳は揺れていた。アクセル・スキッド――彼は一度確かに倒したはず。あれからゲルトは沢山の鍛錬を積んできた。その積み上げてきたものを、彼の存在が凌駕するとでも言うのか――。


「いつまでも逃げているだけじゃ話にならない。お前も本当はそれに気づいてんだろ……?」


ゲルトの頭の中が真っ白になっていく。あのゲルト・シュヴァインが膝を突くという状況に動揺する観客席の事など既に眼中にない。震える声で囁いた。


「……判ったような口を利くな」


立ち上がり、振り返るゲルト。その首筋に素早く突きつけられる二対の刃。アクセルの表情は窺い知る事が出来ない。前髪で隠れた視線は、しかし鋭く突きつけられた刃と同じく、冷酷にゲルトを切りつける。


「貴方に、何が判るッ!! 一体何がッ!! 魔剣解放フレグランス――ッ!!」


魔力を帯びた魔剣の巨大な刀身に紅く、花模様が浮かび上がる。

剣から放たれる溢れんばかりの力がアクセルを吹き飛ばす。模様の浮かび上がったフレグランスは大気を軋ませる程の力を溜め込み、ゲルトは片手でそれを緩く構え、空いた手と剣を持つ手を交差させるような独特の構えを取った。

それは、ゲルトが放つ必殺の一撃へと繋がる構え。『必ず命中』し、『必ず殺す』技への布石。踊るように回りながら揮う刃のから花びらのように輝く無数の光が舞い散り、フィールドを覆いつくして行く。

朱の花びらたち。舞い散るそれらはまるで意思を持つかのようにアクセルへと一気になだれ込む。朱色の渦と薔薇の香りがアクセルの視界と嗅覚を奪う。花びらの合間、ゲルトの姿を探す。ゲルトは右へ、左へ、花びらの中を踊るように移動しているように見えた。


「必殺の一撃――見切れますか?」


声は確かに正面から聞こえていた。しかし斬撃は背後からアクセルを襲う。完全に防御も出来ないまま切りつけられ、よろけるその身体に四方八方からの斬撃が襲い掛かる。

刃で防ぐ事は出来ない。五感が麻痺し、前後不覚に陥るような状況でアクセルは必死に攻撃を受けようと努力した。しかし重苦しい破壊力を秘めた剣は無慈悲に繰り出され、その身体を切り刻んで行く。

花びらが吹き飛び消え去った時、大地には無数の傷跡が残されていた。アクセルはそれでも立っていた、血まみれの傷だらけで立つアクセルの正面、剣を持たない手に魔力を収束させたゲルトが迫る。


華斬舞ロンド


放たれた黒と朱の閃光は渦巻き、アクセルの体目掛けて放たれた。直撃を受けたアクセルの身体は大きく吹き飛び、フィールドを覆う結界の壁にたたきつけられる。アクセルの飛んでいった軌跡を追うように、螺旋を描いた花びらが空に輝き消えて行った。

アクセルは完全に気を失っていた。ゲルトはその姿を一瞥し、瞳を閉じて歯軋りする。


「――――勝てないとわかっていて、何故挑むのですか……ッ!!」


甲高い音が会場に響き渡った。ゲルトは両手でフレグランスを大地に突き刺す。そうして暫くの間時が止まったかのように、会場もゲルトも一歩も動く事はなかった。

舞い散る真紅の光の中、ゲルトは刃を抜いて歩き出す。残されたのは血塗れのアクセルと、それに覆いかぶさるような光の雨だけだった。



子供の頃は、自分が勇者になれる事が誇らしくて仕方が無かった。

聖騎士団を率いて魔王を倒した勇者を父に持つ二人の少女。二人の両親は当然生前は親しく、幼い頃の二人は顔を合わせる事もあった。

しかし、ゲルトは幼い日から既に理解していた。自分自身はきっと、何の才能もない、ただの少女なのだと。それも当然の事だった。彼女の父、ゲインは決して天才などではなかった。

真の天才とは、呼吸をするかのように常人の努力を超えていく存在。それは最早普通の人間とは一線を画す者だ。シュヴァイン家の騎士は、決して天才の血筋と呼べるようなものではない。

たまたまゲインは腕が立ち、団長であったフェイトに腕を認められただけの副団長。その座も血の滲むような努力の果てに掴み取ったものだった。例え父が勇者であろうとも、ゲルトは決して天才などではなかった。

そんなゲルトに、自らの才能の不在を嫌というほど知らしめた少女がいる。何の努力もせず、生まれた時から呼吸するかのように魔法を扱う事が出来た少女。

にっこりと笑い、怪我をしたゲルトの傷を癒してくれた幼馴染――。長い間、ゲルトが目標としてきた、もう一人の勇者――。


「……わたしも、大きくなったらリリアちゃんみたいになれるかな?」


嘗て、黒の勇者が憧れた人。

笑顔が素敵な、誰にでも分け隔てなく優しさを振り撒く事が出来る明るい少女。


「うんっ! きっとなれる……ううん、ゲルトちゃんなら、きっともっともっと凄い勇者になれるよっ!」


励ましの声がいつも嬉しかった。内気で人の輪に入る事が苦手だった自分に、いつでも笑いかけてくれた。


「ほんと……?」


「ほんとほんと! リリアはほら、そういうの向いてないから……えへへ」


「そんなこと、ないよ……。わたしが勇者になったら……仲間パーティーは、リリアちゃんがいい。ううん……リリアちゃん以外じゃ、やだよ……」


二人は確かに約束したはずだった。少なくともゲルトはそれを覚えている。忘れる事など、きっと出来はしないのだろうから。

小指を絡ませて笑いあった日々。何故あの頃のようには戻れないのだろう。世界の流れや沢山の声は、いつも自分の願いを裏切っていく。

戦いを終えたゲルトは控え室へ向かう通路の途中、壁に拳をぶつけて俯いていた。誰にも言えない、果たされなかった、果たしてあげる事の出来なかった約束を胸に……。



リリアの顔を見るのも数日振りだった。

ゲルトの必殺技を受けてズタボロにされたアクセルはそのまま病院に運び込まれて行った。全ての試合が終了し、誰もいなくなった闘技場の観客席に一人でぽつんと座ったままのリリアの前に立つ。

リリアは俯いたまま、ただ黙り込んでいる。何を考えているのか、何を思っているのか……今の俺にはわからない。隣に腰掛けると、何か声をかけねばと言葉を捜す。しかし何もかける言葉が見つからなかった。

しばらくそうして俺達は暗くなった闘技場の中で時間を過ごした。自分たちがこんな所で何をやっているのかわからなくなった頃、リリアは小さな声で語りだした。


「……本当は、こんなはずじゃなかったんですよ」


リリアの声は震えていた。額に前で両手を組み、祈るように呟く。


「どこで擦れ違っちゃったんでしょうね……」


「……リリア」


何か言わなければならない。そう思うのに、何も言ってやれなかった。

言ってどうする? 余計な思考が脳裏を過ぎる。そこまで関わったところで、お前に本当に救えるのか? そこに意味はあるのか? もう一人の自分の声が聞こえる。

それは冷静なんじゃない、臆病なだけだ。自分自身にかけているセービング機能。本気になりすぎず、熱くなりすぎないようにと……浅い付き合いを求めている痛みを恐れる声だ。

だが、俺にして上げられる事などあるのか。俺にかけられる言葉などあるのか。リリアの嘆く声は、俺にも当てはまる。自分の事さえ清算できない俺に、誰かにかける言葉などないのかもしれない。


「ゲルトさんと戦うのは、もう諦めます。私はもう……彼女の傍にいない方がいいと思うから」


ゆっくりと席を立つリリア。俺はとっさにその手を掴んでいた。必然的に停止する二人の距離が痛々しい。

リリアは振り返る事もしなかった。俺は掴んだその手をどうしようというのか。あの日、こうして手をつかまれた俺は、それを振りほどいたっていうのに――。


「……なつるさんは、どうしてリリアに構うんですか?」


振り返ったリリアの瞳は冷たかった。俺を拒絶する、暗い感情。揺れている瞳の中に見える不審の気持ちが、何よりも胸に突き刺さった。


「なつるさんが声をかけてくれて、傍に居てくれて……嬉しかった。でも……でも、それで……あなたを信じてもいいんですか?」


信じてもいいのか。その問い掛けに俺はゆっくりと手を離していた。

気づいた時にはもう遅い。自ら手放してしまった代償が、決定的に俺たちの間にある壁を厚くする。

リリアは去って行った。俺は何も言ってやれないまま、また何も出来ないまま、無様に見送るだけ。振り返り、苛立ちを手摺に叩き付けた。魔力が篭っていた所為で完全に大破してしまったそれを見て、余計に自己嫌悪に陥る。


「俺は…………何しにここに来たんだよ――」


まるで俺の落ち込む心をあざ笑うかのように、ぽつりぽつりと雨が降り出していた――。



シャングリラの東通り。細くうねり、こんがらがった通路の一画にあるメリーベルの研究室。

部屋の中でいつも通り研究に明け暮れていたメリーベルに突然の来客が訪れた。外の天気は雨。ずぶ濡れの来客はドアをノックする。

リリアか夏流か。それくらいしか来客に覚えはないメリーベルは当然のように扉を開けに行った。しかしそこに立っていたのはリリアでも夏流でもなかった。


「どうして、ここに――?」


メリーベルが質問をすると同時に来客の持っていた剣が淡く輝きだす。

漆黒の刀身に浮かび上がった華の紋様が、雨を滴らせて翻された。


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