レイストーム(3)
オルヴェンブルムの中心から立ち上る黒い光の柱。大地は鳴動し、天を切り裂いた光は青空を闇に染め上げていく。
「これは一体……!?」
「こんな現象は初めて見た……。歴戦の勇士であるゲルトも知らないとなると、全く未曾有の災害なのかな?」
オルヴェンブルムへと続く平原を走るゲルトとウロロフス。オルヴェンブルムの異常事態に気付いて前線から引き返したはいいが、敵の策にはまり完全に初動が遅れてしまっていた。
ユリアを探して前線を走り回っていたのだが、まさかその転送先が背後にあるオルヴェンブルムだとは思いもよらなかった。ゲルトは敵を蹴散らし、しかし結局の所はただ時間稼ぎをされただけであった。
「まさかオルヴェンブルムに仕掛けて来るとは……完全に不覚でした」
「んー。今となっては立地的にもそれほど重要性はないしね。奴らがなぜあそこを選んだのか……いっ!?」
目を丸くするウロロフス。オルヴェンブルムの大地を引き裂き現れたのは無数の腕……触手と呼ぶのが正しいだろうか。
黒く脈動する腕は街を破壊しながら各地に根を張り、地下から巨大な本体を引っ張り上げていく。白で統一されたオルヴェンブルムの町に浮上した巨大な異形……それがラダと呼ばれる存在であると気付くまでにそう時間は掛からなかった。
「馬鹿な……一体何が……」
目を細めるゲルト。怪物は空に翼を広げ咆哮を轟かせる。その様相はどうしても“怪物”でしかなく、お世辞にも神とは呼べないものであった。
嘗てゲルト達勇者部隊が対峙した神は間違いなく神であった。中身はどうあれ美しい女の姿をしていたはずだ。
そもそもこの世界における神というのは世界の管理者に過ぎない。その力は一撃でこの世のものであれば抹消し、あらゆる創造を可能とするものであった。
そんな絶対的な力を有するが故に、神に巨体は必要なかった。人と同じだけの理性と姿さえ持っていれば十二分だったのである。ヨトを見ればそうした神としての設計コンセプトを覗う事ができたはずだ。
だが、あれは明らかに違う。この世界の神と呼ばれたものと比べ、異質。身体から迸る黒い魔力も果たして“魔力”と呼んで良いものなのか。まるであの化物が立つ場所を中心に周囲の世界が塗り替えられていくような、そんな奇妙な錯覚すら覚える。
「桁外れに強い力を感じる……僕の能力じゃ推し量れないくらいだ。ゲルト、ここはまともに行かず応援を待つべきだ。この騒ぎには他の皆も気付く」
「そうですね……では、私は住人の避難を優先します。無理をしなければ時間を稼ぐくらいは……」
と、そこでゲルトの言葉が止まった。停止したのは声だけではなく足もであり、立ち止まったままゲルトは空を見つめている。
「どうしたの?」
「あれは……まさか……」
怪物は無数の触手を振り回し何かを叩き落そうとしている。オルヴェンブルムの上空では今確かに誰かが戦いを繰り広げているのだ。
そしてゲルトにはそれが誰なのかわかった。あそこから感じる魔力は決して忘れる事のない、心からの親友が放つ物……。
「リリア……そこにいるんですか?」
「え? リリアって、リリア・ウトピシュトナ……勇者王がどうしてここに?」
「わかりませんが、何か事情があるのでしょう。すみませんが私はリリアの元へ向かいます。貴方は他のメンバーに撤退命令を出してください」
「あ、ちょっと! 皆が引き返してくるまでにまだ時間が……うわっ!?」
ゲルトの尋常ならざる加速に吹っ飛ばされるウロロフス。旧勇者部隊くらいの錬度を持つ戦士が魔力を放出しながら走り出したら周囲に衝撃波くらい発生するのは当然の事だ。
「凄い速さだ。あれじゃ僕は追いつけないな……ったく」
起き上がり溜息を一つ。ウロロフスは大人しく言われた通りに連絡をつける事にする。
術式を起動し戦域全てに感覚を広げていく。その中に探り当てた味方の魔力に向かい念じる事で意識を飛ばした。
「全員聞いてくれ。状況が少し変わった……オルヴェンブルムに急いで撤退を」
誰もがウロロフスの魔力に振り返った頃。オルヴェンブルム上空ではリリアが巨大な怪物と交戦を繰り広げていた。
「どうだい勇者王! ゼスの力はなかなかだろう!?」
左右にユリアとマナを抱えたリリアは繰り出される触手を足場にしながら空を舞う。屋根から屋根へと飛び移り、ゼスの周囲を走り続けた。
「逃げてばかりいないで少しは真面目に戦ったらどうだい? そんなにその二人が大事か?」
「そりゃ大事だよ。だってこの二人は……この世界の新しい未来を切り開く希望なんだから」
「そうかい。だったらその二人には感謝しないとな。何せそいつらのお陰で……最強の勇者王を殺せるんだからなァ!!」
ゼスは無数の触手でリリアを追撃する。その先端から、側面から黒い光を放出し町中に光の雨を降り注がせる。その一撃一撃が強烈な威力を誇る大魔法と同等であった。
嵐のような猛攻を掻い潜りながら詠唱のみで攻撃魔法を放つリリア。空中に浮かび上がった巨大な槍がゼスへ繰り出されるが、ゼスの眼前に展開される異様な防御術がリリアの魔法を無力化していた。
「なんて固い……」
「どうした? お得意の虚幻魔法を使わないのか?」
眉を潜めるリリア。ハレルヤはゼスの頭の上に立ったまま高笑いする。
「出来ないよなぁ! お前が消せるのは所詮この世界の存在のみ……! 異世界の存在であるゼスを相手に、リヴァイヴは通用しないんだよ!」
正にハレルヤの指摘は正しい。異世界の存在こそこの世界の神に対抗する唯一にして至高の戦略。それは過去に神を打ち破った勇者部隊が一番理解する所だ。
異邦神ゼスはこの世界に元々存在していた神、ラダを乗っ取ったものだ。ラダの上に異世界に存在する自分を上書きしているのが今のゼスである。
故にその肉体はラダであるが、ゼスでもある。存在の基準が異世界にあるゼスを消滅させる事は出来ないし、そもそもラダという存在自体も神なのだ。虚幻魔法の通りは悪い。
虚幻魔法を撃てばそれでもゼスの持つ魔力を相殺する事は出来るだろう。だがゼスは大地に突き刺した触手から、そしてこのオルヴェンブルム全域を飲み込む結界から町の人々や大地の魔力を吸収し続けている。その魔力は理論上、ほぼ無尽蔵と言えるだろう。
「こいつがここに召喚された時点でお前に勝ち目はないんだよ、勇者王。世界を渡る者であるお前の娘の血、そして本来存在した筈の神であるラダの存在、その二つがゼスの力を大幅に底上げしている!」
笑いながら指を鳴らすハレルヤ。すると空に――否、何もないその空間に亀裂が入り、ガラスの割れるような音と共に砕け散った。
空にぽっかりと明いた黒い穴はなにやらぐらぐらと蠢いていた。否――それは黒い穴ではなかった。穴の向こう側にびっしりと、黒い何かが集まっていたのである。
闇。集まった膨大な数の闇。それは異世界に存在する無数の怪物達。ラダが吼えると一斉にそれらはこの世界への侵略を開始する。
雪崩れのように零れ落ちた大量の魔物は空が零した涙のようだった。リリアは冷や汗を流し、空に向かって手を翳す。
大地から浮かび上がった白い光の結界がリリアたちを覆う。そこへ数え切れない程の魔物が放ったそれぞれの攻撃が着弾し、次々に爆発を巻き起こした。
リリアの圧倒的な戦闘力は所詮この世界の神という立場に依存した物だ。絶対無敵の虚幻魔法が通用しないのであれば、リリアはただの勇者王に過ぎない。
リリア・ウトピシュトナはそれでも類稀な戦闘力を持つ、この世界でも指折りの強者だ。だが幾らなんでも相手の数が多すぎた。
更にゼスは触手でリリアの結界を包囲し、全方向からレーザーを連射する。その圧倒的な猛攻を前に防御結界は持たず、爆発と同時にリリア達三人は通りに吹き飛ばされてしまった。
「く……っ!」
最後の最後、何とか二人を庇ったリリアであったが、背中に直撃を受けてしまった。赤く焼け爛れた身体は一瞬で回復出来るが、このままではキリがない。
「リ、リア……さん……」
声に視線を向けると地べたに転がったマナが起き上がろうとしていた。リリアがそこに声をかけるより早く、ゼスの触手が飛来する。
リリアは背負っていた剣を抜くと同時に一閃、触手を両断した。続けて次々に襲い掛かる魔物を蹴散らし、空に向かって無数の攻撃魔法を乱射する。
「マナちゃん、ユリアをお願い!」
「え……で、でも……」
「今頼れるのは君しかいないの! だから……!」
状況がさっぱりわからないマナ。なにせリリアがここにいる事自体夢のようなのだ。
だがリリアの言葉はマナにとって絶対である。倒れているユリアを抱きかかえ、言われたままに走り出した。
優しく微笑み二人の背中を見送るリリア。その直後大剣を振り上げ、一気に振り下ろす。放出された魔力は建造物を破壊しながら炸裂し、周囲の魔物を飲み込んで消失させた。
既にこの街の住人は魔力を完全に吸い取られて息絶えている。それを蘇らせる事はリヴァイヴを使えば容易だが、ならば今は気兼ねなく戦う事を優先すべきだろう。
マナとユリアへの影響を考え抑えていた力、封じられた魔力を解き放つ。金色の光が衝撃波となって周囲に広がり、リリアの髪を銀色に染め上げていく。
「お前達は私が自分で蒔いた種だ。だから――私が責任を持って刈り取る」
空へ舞い上がったリリア、そこへ無数のレーザーが飛来する。しかしリリアの身体を覆う濃密な魔力を前にレーザーは屈折し、あらぬ方向へと降り注いだ。
繰り出した大剣の一撃が空を断ち割るほどの威力を轟かせ、魔物の大軍を薙ぎ払う。側面に構えた剣を振るいながら回転し、空を一閃――。ゼスの触手を断ち切り、本体にも巨大な刀傷を刻み込んだ。
「流石は勇者王リリア……この世界の神というだけの事はある」
「神か人かなんて事は関係ないよ。私は確かに神だけど、同時に人間に過ぎない。私はこの世界を支配したいなんて思わないし、自分の力がそれを可能にするとも思わない」
「フッ……成程、恵まれた理論だ。成程成程、流石はこの世界のヒロイン……いや、主人公らしいセリフというべきかな」
腕を組んだままの姿勢で空に浮かび上がるハレルヤ。そうして眼下に蠢く異邦神を見下ろす。
「全ての世界の全ての命が、お前のように祝福された存在ならよかった。だが現実はそうじゃない……この無限に広がる多元宇宙の中には、祝福されず消えていく世界も数多存在している」
リリアたちが暮らすこの世界が、所詮は夏流達の暮らす世界の下位世界でしかないように。
この異邦神ゼスもまた、どこかの誰かが暮らす世界の下位世界の住人でしかない。
世界のはじまりが本城冬香の願いから流れ出したように、ゼスもまた誰かの願いによって産み落とされた奇跡だ。
「だが……僕達とお前達とでは全てが違いすぎた」
全ての世界が平等にハッピーエンドを迎えるわけではない。
場合によってはどうしようもない滅びを突きつけられ、ただ只管に続く絶望の中に沈められる事もある。
だが、それだって世界が成立しているという幸福の中にあるという事をハレルヤは知っている。なぜなら――成立すらしない世界こそ、彼の属する全てなのだから。
「厳密な意味において、ゼスは神ではない。ゼスは……願いそのものだ」
「平行世界を誕生させる“システム”の被害者……本城冬香を召喚したのがこの“世界”そのものであるように、ゼスもまた“世界”だという事ね」
「ゼスは自らの世界を望んでいた。産まれる事を祈っていた。だが召喚された“神”はそれをさせなかった。誕生を望むゼスの世界を闇だけで染め上げ、自らは勝手に死にやがった。そうして気が遠くなるほどの時間が流れた後、二回目に召喚されたのが僕さ」
ハレルヤという男はある日突然、ゼスの世界に召喚された。
この異世界に召喚された本城冬香がそうであったように、彼はそこで世界の創造を委ねられた。だがそこには既に歪んだ前任者が生み出した歪んだ世界と、歪んでしまった神の姿があった。
「僕が召喚された世界は“全てが存続出来ない”という法に乗っ取られた世界だった。つまりゼスもそこにいるにはいたが、存在し続ける事が出来なかった。だがそこに一筋の光明が差した。リリア……君だよ」
リリアがメリーベルと共に作り出した異世界を渡る為のゲート。それが世界と世界を繋ぐ大きな穴を空けたままであるという事が、この世界と異世界との壁を薄くしてしまった。
その事にリリアが気付いた時には全てが遅かった。異世界から流れ込んだゼスの思念、そしてそのゼスの思念を実体化させるために暗躍するハレルヤ。更に彼がこの世界の“門”を使い、異世界から呼び出した救世主達……。
“存在してはいけない”という鎖に縛られた“異世界”、それが異邦神ゼスの正体。このおぞましい姿は膨大すぎる時間の流れの中で歪んでしまった世界の渇望そのものなのだ。
「君のお陰で僕達は世界を渡る術を得る事が出来た。君には随分と苦しめられたが、その一点においては心から感謝しているんだよ」
「全く、本当にそればっかりは私が悪かった。笑顔で見送ったはずのあの人にどうしても会いたくて……過ちを犯してしまった」
折角夏流が閉じた世界の門を不正な手順で強引にこじ開けてしまった。それが世界にどんな影響を齎すかも知らずに。
異世界で、彼の世界で幸せになりたいと願ってしまった一人の勇者の過ちが、彼女の愛する世界の全てを傷つける事になってしまうだなんて。
「だから――私は自分の過ちを正す為に戻って来た。この世界の責任を取る為に」
ユリアを身ごもった身体のままこちらの世界に戻り、そしてゼスを撃退する為に世界各地を転転としてきた。
出来る事なら誰にも迷惑をかけないうちに、こうなってしまう前にケリをつけたかった。だが今となっては全てが遅い。もう取り返しはつかない所まできてしまったのだから。
剣を構え直しゼスを臨む。相手は膨大な怨嗟と渇望の権化。存在してはいけないという烙印を押されながらこの世界に実体化しようとしているゼスは、ただここにいるだけで膨大な負担を世界に与え続けている。
ゼスの周囲の空間が捻れ、ゆがみ、亀裂を生じさせていく。その全てがこの世界の悲鳴そのものであり、ゼスの完全なる顕在はこの世界の消滅を意味していた。
「ゼスはこの世界を完全に食いつぶして実体化する。そしてこの世界を礎として、新たな世界を創造するのさ」
「言ったよね。君達の事情には同情するよ。だけど……そんな事はさせないって!」
「一人で何が出来る? 誰にも悩みを打ち明けないまま孤独に戦ってきた勇者王……君には最早頼れる仲間も、愛すべき者もいないというのに……!?」
――その時だ。彼方から飛来した黒い閃光がゼスの身体に突き刺さり爆発した。
草原を走ってくるのは黒衣の勇者、ゲルト・シュヴァイン。その剣を弓に見立てて放つ魔剣の一撃は、リリアと比べてもなんの遜色もない。
「ゲルトちゃん……?」
ゲルトは迎撃に向かって来る魔物を二対の剣で次々に両断しながら跳躍する。オルヴェンブルムの街を飛び越え、城の屋根の上に立ち異邦神を睨む。
「やっと見つけましたよ、リリア。一体これまでどこをほっつき歩いていたのですか?」
「更に腕を上げたね、ゲルトちゃん。流石は黒の勇者!」
「ふざけている場合ですか? 言っておきますが、私は怒っていますよ? 大事な一人娘を置いたまま、なんて身勝手な」
小さく溜息を漏らし、それから怪物を見つめる。風に黒衣を流しながら力を解き放つ。
「ですが、説教は後にしましょう。今はこの化物を駆逐するのが何よりも先決ですから」
「ゲルトちゃん……」
「どうせ貴女の事です、一人で抱え込んで足掻いていたのでしょう? 忘れたのですかリリア。私達は親友でしょう? 私達ブレイブクランは……どんなに遠く離れていても、固い絆で結ばれているのだと」
「そうだぜリリアちゃん! まったく、一人でこんなの相手にしようなんて水臭いぜ」
背後からの声に振り返る二人。そこには風を纏った剣の上に立ち空に浮かびアクセル・スキッドの姿があった。
「いよっ、久しぶりだな!」
「アクセル君! うわー、おじさんになっちゃったね~!」
「あのね? 神になって歳とらないリリアちゃんとか、魔女化してて老化しないゲルトと一緒にしないでくれる? 俺もう三十路なのよ?」
「アクセル・スキッド……救世主はどうしたのです?」
「スオンが相手してるよ。まあ、大分弱らせてきたから一人でも時間稼ぎくらいは出来るだろ。敵も撤退に入ってるしな!」
風と共に纏った剣を縦横無尽に駆け巡らせ、空に展開する魔物の群れを引き裂いていくアクセル。そうしてゲルトの傍に着地した。
「俺だってブレイブクランだ。大事な仲間だ。君達が困っている時はいつだって駆けつけるさ。それがたとえ地の果てだってな」
「――その通り。我ら勇者部隊は時を経ても不滅だ」
更に側面から飛来する砲弾が次々にゼスへと着弾する。ヴィークルに跨り平原を駆けてくるブレイドの背後、巨大な城がそびえその彼方此方から砲撃が行われている。
赤いマントをはためかせながらドリフトしてオルヴェンブルムに入場するブレイド。民家の屋根の上に飛び乗り、腕を組んで仁王立ちする。
「久しぶりだな勇者王……いや、リリアねーちゃん」
「ブレイド君! なんか大人になってるー! しかもイケメン!」
「あれから何年経ったと思ってるんだ? あんたがいなくなったお陰で、色々と俺は苦労してるんだよ」
凛々しい顔で、しかし白い歯を見せ子供のように笑うブレイド。虚空より巨大な斧を取り出しそれを両手で低く構えた。
「貴様は盗賊王……ホロンが足止めをしていたはずだが」
「あのお嬢さんなら洞窟でおねんねしてるよ。安心しな、命までは奪っちゃ居ない。俺は女の子には優しいんでな」
「馬鹿な……そんな簡単に倒せるような相手ではないはず……」
「こう見えてもそこの勇者王の後釜でな。悪いがこの国の最高戦力だ。そう簡単に負けてはやれんよ」
駆けつけた旧友達に言葉を失うリリア。ゲルトはそんなリリアに笑みを向ける。
「四人しかいませんが、戦力は不足していますか?」
「……まさか。これだけいれば十分すぎるよ!」
笑顔を返すリリア。そうして黒白の勇者は揃って宿敵に切っ先を突きつける。それは宣戦布告の合図。
「私、黒の勇者ゲルト・シュヴァインと」
「白の勇者、リリア・ウトピシュトナ!」
「「 クィリアダリアの勇者が相手だ! 」」
舌打ちし振り上げた掌を下ろすハレルヤ。無数の魔物が一気に四人へとなだれ込む。
ブレイドが足元を蹴りつけるとオルヴェンブルムの通りという通りに次々に巨大な槍が聳え立つ。まるで塔のような大きさのそれは魔物の大軍を貫いていく。
「開け、“盗賊王の城”――!」
頭上で斧を回し、更にそれを一振り。すると空間が開かれ、そこから大量の大砲が出現。更に大地からは無数の門が生まれ、そこから機械人形の兵士達が出現する。
「数はそっちが上のようだが、兵士の質はどうかな?」
一斉攻撃が始まった。ブレイド自身も敵陣に飛び込み、巨大な斧をふるって敵を引き裂いていく。更に両手に機関銃を持ち、回転しながら弾丸をばらまいた。
「メリーベルが作った魔銃だ。ユリアの物と同等の威力だ……たっぷり味わいな!」
「ブレイド! 武器借りんぞ!!」
空を舞いながら叫ぶアクセル。ブレイドが指を鳴らすと空から数百本の剣が降り注ぎ、アクセルはその全てに風を纏わせ方向変換させる。
剣の嵐がゼスを取り巻く魔物を串刺しにして行く。あれだけ空を埋め尽くしていた敵が見る見るうちに減っていき、ゼスへと続く道が切り開かれた。
「リリア、久しぶりですが……あわせられますね?」
「勿論だよ! 行こうゲルトちゃん! 私達二人の前に、敵はない!」
屋根から屋根へと走りながらゼスへ向かう二人の勇者。ゼスの放つレーザーの迎撃をそれぞれやり過ごし、加速しながら一気に懐へと飛び込んだ。
「リリア、貴女の剣に私の力の全てを込めます! 受け取りなさい!」
弓矢に変形させた剣に黒い光を収束させる。ゲルトは跳躍しリリアの進行方向へ向かってその光を放ち、リリアはその光を剣で受け止めて更に加速した。
魔法剣化されたリリアの剣に更に魔力を込め、ありったけの力を収束させる。その威力は冗談抜きで一振りで一つの街を蒸発させるほどの物である。
「リリア・ウトピシュトナ……貴様!」
「ごめんね、一人じゃなくってさ!」
大きく跳躍しゼスの真上を取るリリア。そうして白と黒、二色の光が混ざり合う剣を振り下ろした。
ゼスの迎撃も触手も全て切り裂き刃は落ちていく。その一閃はまるで流星。空を覆う黒い雲を一瞬で四散させ、黒き異邦神の身体を真っ二つにした。
溢れる光の飛沫が全ての憂いを薙ぎ払う。絶叫しながら消えていくゼスの姿を見つめながらリリアは光を帯びた風に目を細めていた。
レイストーム(3)
「ゼス……! まさか……そんな事が!」
消失していくゼスの身体。勇者部隊の四人がその様子に勝利を確信した、まさにその時である。
ぶれはじめていたゼスの身体が一瞬停止し、次の瞬間完全な状態に復帰したのである。それはまるでさっきまでの時間をなかった事にし、全てをまき戻したかのようであった。
「復活しただと……?」
「これは一体……どういう事です?」
戸惑うブレイドとゲルト。ハレルヤは笑いながら復活したゼスの上に降り立った。
「お前達はバカか? どうしてわざわざこの世界に来てラダの身体を乗っ取ったと思ってるんだ。そんなもの、神しかもって居ない力を得る為に決まってるだろう」
「――まさか」
目を見開くリリア。次の瞬間ゼスは触手を伸ばし、その先端から光を放った。しかしそれは先ほどまでの魔法攻撃ではなかった。
攻撃を受けたのはアクセルだ。ブレイドダンス状態の剣を束ねた防御壁で対応するが、ゼスの放った一撃はまるで防御など存在しなかったかのように、アクセルの剣ごと彼の身体を貫いていた。
「な……に……!?」
「アクセル君ッ!!」
叫ぶリリア。伸ばした手はアクセルには届かず、その身体はぼろぼろと崩れて分解されていく。
「これは……」
「そうだよ。君も使えるだろう? “虚幻魔法”だよ」
その言葉がどれだけ絶望的な意味を持つのか、その場の全員が即座に理解した。
ゼスは受けたダメージを虚幻魔法を使って回復したのか。確かにそれは理論上は可能だ。リリアが自らの傷を全て修復できるように。
ただしそれはヨトには出来なかった事だ。そして恐らくはラダにも。即ち目の前にこれは、リリアと同じだけ虚幻魔法を使いこなせるという事である。
ゼスは空に口を開き、そこから巨大な光の弾を射出した。光は空中に魔方陣を描きだし――それと同時にリリアはありったけの力で空に虚幻魔法の防壁を張った。
雨のように降り注ぐ光が町中を消し去っていく。激しい魔力消費とダメージの衝撃の中、リリアは途切れそうになる意識を必死で手繰り寄せた。
最後まで立っていたのはリリアとブレイドだけであった。ブレイドは攻撃の瞬間だけ自らを固有空間に閉じ込めてやり過ごしたが、ゲルトとアクセルにそれを防ぐ手段はなかった。
「くそっ! ゲルト、アクセル!!」
振り返り叫ぶブレイド。瓦礫の山と化した……否。街の残骸と化したオルヴェンブルムの中、アクセルの姿は見えなかった。ただ彼が扱っていた無数の剣の欠片が光の粒となって散らばるのみだ。
「う……っ」
「……リリア! 貴女……!」
リリアはゲルトを守るだけで精一杯であった。その身体に虚幻魔法を受け、それでも消えなかったのは彼女が神であったから。それでも魔力の殆どを消失させられてしまった。
「ゲルトちゃん、逃げて……。ゲルトちゃんじゃ、あれには勝てない……」
「ですが……」
「……クッ! 撤退するぞゲルト! 俺達はここにいてもただの足手まといだ!!」
ゲルトの腕を掴むブレイド。しかし彼が掴んだ腕はごきりと音を立ててゲルトの肩から外れてしまった。
防ぎきれなかった虚幻魔法がゲルトの身体を貫いていたのだと気付いたのはその時だ。リリアとブレイドが目を見開いたまま固まるのを見てゲルトは小さく笑う。
「大丈夫です。私、消えるのは三回目ですから。また貴女が……呼び戻してくれるって、信じてますから……」
次の瞬間ゲルトの姿は風に攫われ消えた。ブレイドが拳を握り締める音と共にリリアはゆっくりと立ち上がった。
「ブレイド君、逃げて」
「リリア……」
「近くに私の娘とマナちゃんがいると思う。さっきの攻撃の余波で生き残っているかどうかは賭けだけど……探して保護してあげて」
あの一撃でオルヴェンブルムは消滅してしまったのだ。二人が街から離脱していれば良いが、そうでなければ無事ではすまないだろう。
ブレイドは頷くと同時に走り出した。その足音を聞きながら立ち上がり、リリアはゼスを凝視する。
「少しはいい顔になったじゃないか、勇者王」
「…………完全にやられたよ。またその虚幻魔法を食らう事になるなんて思ってなかった」
「ならどうする? 勇者王、リリア・ウトピシュトナ。仲間は死んだぞ。お前の城も消えた。武器も失ったお前はどうする?」
「そんなの決まってる。お前を倒す。この命に代えても――ッ!!」
徒手空拳で走り出したリリアに虚幻魔法が降り注ぐ。その身体中を光で貫かれ血を流しながら、勇者は巨大な異邦神へと戦いを挑んでいった。
そしてこの日を境に、この世界の運命は大きく変動していく事になる。
オルヴェンブルムという街が消えた日。そして二人の勇者が消えた日。
異邦神ゼスの脅威が、世界を侵食し始めた……新たなはじまりの日の幕開けであった。