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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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レイストーム(2)

「何だ……なんなんだ、こいつは……!?」


 『彼女』は、ハレルヤにとって完全な想定外であった。

 この異世界へやってきてからというもの、ハレルヤは念入りに準備を進めてきた。全ては決して失敗の許されない、己の悲願の為である。

 彼が訪れたこの世界には幾つかの懸念すべき存在がいた。そう、この世界は既に外部に自分達以外の世界があるという事を知り、それに対抗出来る程の戦力を有していたのである。

 クィリアダリアは既に異世界からの襲撃に対抗すべく戦力を整えつつあった。それを率いる盗賊王ブレイドの戦闘力は特に桁外れであり、恐らくハレルヤが引き連れている救世主を当ててもどれだけ持つか、というレベルであった。

 故に彼の計画の基本骨子というものは、いかにしてブレイドを街の外に追い出すか、彼との戦闘を回避するかと言う事にあったのだ。

 この世界にはブレイドの他にも特筆すべき超過戦力……この世界の歴史、成り立ちに対して過剰な戦闘力を持つ存在が散見されたが、ブレイドより上というものは居ない。

 ……否、たった一人だけ、この世界の守護神とでも言うべき化物がいた。勿論、それと当たる事も想定していない。『今の』ハレルヤにとって、彼女との戦闘は絶対に避けねばならないものである。

 しかしその心配は無用であった。彼女は逸早く、誰よりもこの世界に迫りつつある危機に気付いていた。そしてそれを早期段階で処理する為、単身で戦いを挑んできたのである。

 最初は彼女から逃げ延びる事、生き延びる事だけがハレルヤの課題であった。あの化物から何とか逃げ延びるだけで、用意していた救世主の半数以上を潰されるだなんて、そんな馬鹿げた事は想定もしていなかった。

 だが、お陰で彼女は世界各地に伸びきった戦線と異常事態の解決に振り回されている。可及的速やかに計画を進めれば、ブレイドと共に避けられるはずの相手であった。

 だから要するに、問題点と言えばそれだけ。その二つの異常戦力さえ避けてしまえば何の問題も無い……筈であった。


「なのに……こいつは……」


 迸る光は彼女の身体に収まりきらない魔力。大気が軋み、耳の奥にぎりぎりと音を立ててくる光。

 尋常ではない。これまで救世主という、世界一つを救済、或いは滅亡せしめる可能性を持つ力を幾つも見てきたハレルヤだからこそわかるのだ。あれは普通ではないと。

 だが、同時に理解する。英雄とはどれもああいうものなのだ。特別な素養を持って生まれてくる天才もいる。だが英雄の多くは――どちらかと言えば凡人の類であったではないか。

 彼の神殺しの英雄ウォルスですらそうであった。彼らは最初は凡人だった。しかしどういうわけか自分の中にある全てをかなぐり捨てて化物になりたがるのだ。

 誰もが諦める、絶望すべき状況が凡人を叩き、鍛え上げ、一振りの刃を生み出す。その切れ味たるや、やがては天才の喉元にすら届かんという程に。


「ウォルス、ヤツを殺せ! あんなイレギュラーを放置するわけにはいかない! 儀式は間も無く終了する……絶対にヤツに邪魔をさせるな!!」


 身体中血塗れになりながらもウォルスは健在であった。コキリと首を鳴らし、口元に安らかな笑みを浮かべる。


「言われるまでもない……。手出しは無用だハレルヤ。あの女は……俺が裁く」


「マナ、時間が無い。あの男の言う通り儀式は最終段階に入ってる……それに、君が君を召喚していられる時間も僅かだ」


 傍らのうさぎの声に頷くマナ。今彼女は確かに感じていた。自分の体の中にある見えない時計が、異常な速度で回転を続けている事を。

 この一分一秒はおぞましい代価を彼女に要求するだろう。一呼吸に刹那に命が吹っ飛んでいく感覚……だがそれも恐ろしくはない。


「わかってるよ。一分でケリをつける」


「一分か……クク、いいだろう。貴様の決意、覚悟……俺に証明してみせろ!」


「行くぞ、神殺し。私の人生全部とお前の力……どちらが上か勝負だ――!」


 轟音と共にマナの周囲に光が爆ぜた。同時に遺跡の大地に亀裂が走り、この町周辺に漂う魔力が収束していく。

 そのまま何の詠唱もなく、マナは杖を振るった。眩い光が地下の神殿を照らし出し、虹色の光がウォルス目掛けて突っ込んでいく。


「明らかに大魔法……だが無詠唱で……しかもこの短時間で呼吸をするように、か!」


 ニヤリと笑うウォルス。そうして自らの周囲に無数の武具を浮かび上がらせる。


「“聖権アーク・ウェポン”……“人類賛歌ネーム・ディバイド”!」


 緑色の結晶で作られた槍を引き抜き回転させる。すかさず繰り出した突きは濃密な魔力で作られた虹の光の中心を貫き、周囲に拡散させた。

 魔を貫き相殺する魔槍で大魔法を相殺した……つもりだった。しかしそれはフェイク。光の向こう、魔力を爆発させ加速したマナが眼前にまで突っ込んできている。

 咄嗟に槍で防ぐウォルス。しかしマナが振り下ろした魔杖ヴェイズ・レムにあしらわれた巨大な宝石が輝きを放ち、ウォルスのガードを刎ね飛ばした。

 彼にとっての誤算は、マナが完全後衛タイプの魔術師であると誤解した事にある。否、実際彼女はどちらかといえば完全後衛型の魔術師である。十二分な魔力収束と呪文詠唱を以って、一撃で大火力をたたき出すのが得意なタイプだ。

 しかし、明らかに近接戦に特化したウォルスに対し、呪文詠唱やら魔力収束やらは満足に出来るとは思えない。そんな事をしている間に串刺しになって終わり。守りに入ったら直ぐに潰されてしまうだろう。


「だから――前に出るッ!!」


 ――魔杖、ヴェイズ・レム。その性質は拘束と収束。

 魔術師にとって最も重要であり、そして基本的な能力である魔力の収束と固着を強力にサポートするのがこのヴェイズ・レムという杖なのだ。

 これはウォルスの“人類賛歌”にストックされていた伝説の武具の一つであり、その能力は神を食い破るに匹敵するだけのものがある。そして今のマナにとって、最も欠けている物……時間を補う杖でもあった。

 魔力の収束も詠唱もこの杖を持っているだけでかなり削減できる。その短縮率は実に70%。今のマナなら大魔法ですら無詠唱で発射し放題である。

 しかし、この杖の真に恐ろしい能力は何か……それはこの杖を投げ渡したウォルスは無論承知していた。この杖の性質にある『拘束』……それが厄介なのだ。

 杖の一撃を槍で受け、衝撃が爆ぜた瞬間――明らかにマナの体を覆う魔力量が爆発的に上昇した。マナはその回転しながら片手で杖を持ち、空いている手をウォルスの胸に押し付ける。

 視線が交差する刹那――直後、マナの五つの指からそれぞれ違う色の光が爆ぜた。五色の光はそれぞれが大魔法級の威力を秘めており、その零距離掃射はウォルスの体を彼方に吹き飛ばすのに十分な威力であった。

 吹っ飛びながらウォルスが見たもの、それはマナの指にはめられたリングである。両手の指全てに指輪がはめられており、その全てが杖としての能力を持つ。

 それは彼女が未来で師匠……ザイオンから受け取った彼のリングである。ザイオンは連続高速魔術発動の達人であった。マナはその術を既に会得した事になっているのだ。

 即ち、瞬時に大魔術を発動できるマナが、それを連続で十発まで同時装填可能である、という事。零距離砲撃は余裕でウォルスの結界を打ち砕き、彼の身体に重傷を負わせていた。

 神殿の壁に激突するウォルス。すかさず左右の手に別々の形状の剣を握る。マナは更に追撃に走っており、跳躍すると同時に魔杖を掲げた。

 魔杖ヴェイズ・レム、その拘束の力は今や彼の杖に魔力貫通の力を宿していた。あの杖は攻撃し、ほころびを生ませた相手の武器、魔術を強引に取り込み拘束する事で、一時的に自らの力とする能力を持っている。

 そも、あの杖を持っていた英雄が……ウォルスの親友が、その相手から力を奪う能力を使い神々と戦ったのだから、そんな事は先刻承知である。

 杖の先端に光の槍を構築したマナは頭上から鋭くそれを投擲した。ウォルスは結界を最大限に張り巡らせると同時に左右の剣を十字に構えて防御を図る。

 最早単純な魔力攻撃による火力ではマナに分があった。光の槍はウォルスの障壁を貫通し、十字に構えた剣に直撃。更にその能力を奪い、増強しながら突き進んでくる。


「フ……フハハハッ!! 素晴らしい! この僅かな、本当に僅かな時間でその杖をここまで使いこなすとはな! だが――ッ!!」


 神殿内に鳴り響く轟音。ウォルスは力を振り絞り魔杖を弾き飛ばしたのだ。ぎぃん、という音が反響する中、マナは素手でウォルスへと突っ込む。

 時間はあまり残されていない。力を使えば使うだけマナの命の限界は吹っ飛んでいく。もうあれから何年、何十年経過しただろう? いや、全ては考えるだけ無意味な事だ。

 余計な事を考えている暇があるのなら、その力を前に踏み出す為に使え。無駄な努力でもいい。足掻きでも構わない。無様だろうがなんだろうが、兎に角前へ――!


「私は……守る! 何があっても……どんな代償を支払っても……守るッ! 守り続けるッ!! それが――ッ!!」


 自分をここまで育ててくれた人達への。

 自分を愛してくれた人達への。

 自分が愛すべき人達への――感謝の気持ち。

 何もかも投げ捨てても構わない。命なんて惜しくない。絶望の真っ只中に何度叩き落されても這い蹲ってよじ登り、蛆虫のように生き延びてまた挑んでやる。

 ただ光だけを追いかけ続けると誓った。この世界の主人公になる事が不可能だとしても――この世界の主人公を守る事は出来るから。

 全ての防御障壁を前へ。そこへウォルスは左右から刃を繰り出す。

 マナの障壁をまるで紙のように切り裂いて刃がマナの肩口から深く突き刺さった。更にもう片方の刃が腹を突き刺し、夥しい量の血がマナの口から吹き出す。

 しかし眼は死んでいない。焔の宿った瞳でウォルスを睨み、血を吐き出して大きく息を吸い込んだ。


「えいしょうそくど……じゅう……ばい……」


 最早マナの瞳にウォルスの姿はなかった。ただ憧れるべき人たちの背中があり、彼らはマナを導くように手を差し伸べている。


「お背中……お借りします、師匠……! うわああああああああッ!!」


 右の拳を振り上げ――ウォルスに叩き込む。同時に五発分の大魔法、虹の光を爆発させた。

 続け左の拳……下段から繰り出し、ウォルスの顎を撃ち抜く。またも五発分の大魔法が炸裂、ウォルスの頭上に衝撃が突き抜けた。


「――――――――ッ!!」


 マナの口が超高速で言葉を刻んだ。最早なんと発音したのか、ウォルスにも聞き取れなかった。

 ただ確かな事は、それが何らかの詠唱であり、その結果またマナの両手の指十本に大魔法が装填された、という事だけである。

 次々に拳を繰り出すマナ。その一撃一撃が尋常ではない力を帯びている。何かを叫び、目を見開き、血を流しながらマナは拳の連打を繰り返す。


「う、お、が……おおおおおっ!?」


 心の中で時を刻む。尋常ではない速さで吹っ飛んでいく命の砂時計の中、マナはただ意識を攻撃に集中する。

 もう恐らく持たない。約束の一分が来る。それまでの間に入れられるだけ……魂をこめた魔術をぶちかますだけだ。

 地下の暗闇の中に虹の花火が瞬く。光は雄叫びと共に何度でも何度でも爆ぜ、最後の一撃はウォルスの胸を貫き、救世主と呼ばれた怪物の体を打ち上げ、地下神殿の奥底から青空にまでぶっ飛ばす程の威力を以って放たれるのであった。

 頭上に空いた大穴から光が差し込む。マナは身体に剣を突き刺されたまま、振り上げた拳をゆっくりと下ろし、膝を着いた。


「い……っぷん……」


 その瞬間マナの体から光が消え、元通りの姿……ただの凡人の少女へと回帰する。

 呆然と事の顛末を眺めていたハレルヤの目の前で、マナ・レイストームはうつ伏せに倒れるのであった。




レイストーム(2)




「ウォルスが……負け、た……?」


 自らの口から零れ落ちた言葉がこんなにも信じられないなんて、ハレルヤの長い人生の中でも始めての事であった。

 これまで何度も信じがたい奇跡に立ち会ってきたが、あの最強無敵の救世主……切り札のウォルスが敗北する瞬間を目の当たりにするなんて、想定外も甚だしい。


「いや、ウォルスだからなのか」


 彼は人間が好きで、人間を愛しているからこそ英雄になり、そして人間に討たれる事を望んだ救世主だ。

 そもそもヴェイズ・レムを渡さなければ勝負にすらならなかっただろうに、わざわざ勝ち目を相手に与えた事からも彼の異常性が垣間見れる。

 そもそもウォルス・ヤナ・ターンにとって、勝敗などどうでも良い事だったのかもしれない。ただ、マナの持つ……人間の命のきらめきを見たかっただけなのか。


「……ウォルスが手加減した……でも、それだけには思えないね」


 無論ウォルスが自業自得で敗北したというのはある。しかしそれでも、腐っても彼は救世主だ。世界一個救って余りある存在だ。それを打ち破ったのだから……。


「彼女もまた、救世主の器……という事か」


 その時、マナの指先がピクリと動いた。最早ただの少女に過ぎなくなったマナ・レイストームは、まだ命を繋いでいた。


「あ……ぐ……ぅっ、うぅぅぅぅ……ああああっ!!」


 床をのた打ち回り血を吐くマナ。それはウォルスの攻撃が致命傷だったから、というだけではない。

 彼女の身体に無理を強いた神の特権が代価を求めているのだ。身体中がバラバラにねじ切れそうな激痛の中、発狂せずに堪えているのはある意味奇跡的である……否。


「ここまできたら奇跡じゃない。彼女は必然的にここにいる……」


 マナは身体に刺さった剣を泣き出しそうな顔で引き抜き、内臓が飛び出しそうな傷口を押さえ、それでも立ち上がろうとしていた。

 まだ眼が、まだ死んでいない。もうわけがわからない。ハレルヤにとってあれは理解しがたい化物であった。


「ま……って、て……ね。いま……たすけ……る……」


「こいつ……その状態でまだ何か出来る気で居るのか!?」


 一歩歩みを刻む度にボタボタと身体中から血が零れ、地下神殿に広がっていく。それでもマナは歩みを止めようとしない。

 彼女の瞳には壁に釘付けにされ気を失ったユリアだけが映っていた。だからその前に立ち塞がっているハレルヤの事なんて見えていない。


「ゆり……あ……ちゃん……」


「……チッ。最早君の存在は儀式にとって障害ではないが、このまま生かしておいても後々問題になる可能性がある。いや……その状態で生き残れるとはとても思えないが……それでも念には念を入れるに限る」


 片手を翳すハレルヤ。その指先に黒い魔方陣が浮かび上がった。


「君の馬鹿げた確率変動もここで終わりだ。消えろ……イレギュラー」


 黒い光が放たれ、地下神殿を飲み込んでいく。それは着弾点の周辺に光のドームを作り、その中にあった物を何もかも灰燼へと変貌させた。

 ハレルヤが得意とする次元魔法の一つであり、基礎的かつ最も高威力な空間圧縮の術である。その攻撃は確かに直撃――した筈だった。


「……うっ」


 ゆっくりと、ゆっくりとまぶたを開く。霞むマナの視界の中、誰かの顔が傍にあった。

 優しく、暖かな陽だまりのようなにおいがする。白い指で誰かはマナの頬を撫で、それから傷口へと手を伸ばした。

 明らかに致命傷で会った筈の傷がものの数秒で完治する。すっかり力の入らないぼろぼろの身体はそれでもマナの意識をまどろみへと誘う。


「よくがんばってくれたね。ありがとうね」


 誰かの声が聞こえる。その人の声を思い出す前に、その人の笑顔を見つめる前に、マナの意識は深い闇の中へと沈んでいった。


「ば……か、な……!? なぜだ……なぜ、貴様がここに居る!?」


 思わず後退するウォルス。圧縮魔法で抉られたはずの場所に、その女は佇んでいた。

 血塗れのマナを抱き締め、片手で剣を盾のように構え、魔法から身を守っていた。そうしてその場にマナの体をそっと横にし、くるりと振り返る。

 白銀の大剣を手にした、白いスーツの女。その上に申し訳程度に防具をつけているが、彼女にとって防具など基本的に何の意味もない。

 長い栗色の髪を頭上の大穴から吹く風が舞い上がらせる。凛とした瞳で宿敵を捉え、女は軽やかな声で告げた。


「そんなの決まってる。自分の娘の危機に駆けつけるのが、お母さんってものでしょ?」


「リリア……ウトピシュトナ……!」


 片手で巨大な剣を構え微笑むリリア。しかしその表情とは裏腹に切っ先には強い怒りが乗っていた。


「よくもまあ人の娘にちょっかい出してくれたね。しかもマナちゃんまでこんなボロボロにしちゃって……悪いけど私は今かなり怒ってるよ、ハレルヤ」


「き、貴様はザックブルムにいたはず……ど、どうして……!?」


「メリーベルから連絡を貰ってね。いやー、ギリギリセーフだったよー。彼女が作ってくれた新型の転術札がなかったら間に合わなかったね」


 ニヤリと笑うリリア。そうしてゆっくりと歩き出す。


「さてと……これでいきなり全部台無しになっちゃったわけだけど……一応遺言くらいは聞いてあげるよ?」


 そう――これで全てが終わった。

 この化物は、この世界最強の神は、どう考えた所でハレルヤが敵うような相手ではないからだ。

 この女から逃げる為だけにどれだけの労力を費やしてきたか。その努力と時間がこの瞬間、一瞬でフイになってしまった。


「は、ははは……ふ……ふざけるなああああっ!! 貴様みたいな反則……僕にどうしろっていうんだ!! くそおっ!!」


 魔法は効かない。魔力攻撃は効かない。物理攻撃も実力的な問題で効かない。

 そしてリリアの攻撃はあらゆる防御を貫通するし、この世界に依存する存在は虚幻魔法で吹っ飛ばされる。どう考えても勝ち目がない。


「追いかけっこもここまでだよ、ハレルヤ。君を討ち滅ぼし、私は暖かい家庭を作る!」


「く……くふふ……くはははは……ハーーーッハッハッハッハ!!」


 俯いたまま笑うハレルヤ。リリアがきょとんとしていると、ハレルヤはゆっくりと血走った眼で顔を上げた。


「残念だったな……勇者王。お前は間に合わなかったんだよ……」


「……まさか……」


「そうだ……お前がここに入って直ぐ僕を両断していれば或いは間に合ったかも知れない。けどお前はその小娘を守る事を選んだ。それが全ての敗因だ、リリア!!」


 ユリアの傍らで血を啜っていた異形。それがゆっくりと実体化しつつあった。

 足元に張り巡らされた魔方陣が光を放ち、神殿全体が振動を始める。その様子にリリアの顔色も変貌した。


「そうだ……! お前には随分と邪魔をされたが、僕の悲願は成った!! この世界の神の血を奪い、そして神を蘇らせるための儀式を奪った今の僕になら……可能なんだよォッ!! リリアァアアアッ!!」


 地の底から響くような雄叫びが神殿を満たしていく。そうしてそこに光が収束し、遂にハレルヤは召喚に成功した。

 それは――どす黒く、巨大で、醜く、圧倒的な力を秘めた『神』。

 ラダでも、ヨトでもないもの。元々この世界に存在しなかった神。『存在する事を許されなかった』――外側より来訪せしもの。


「異邦神……ゼス」


 ポツリと呟くリリア。うねる巨大な体でリリアを包囲し、ゼスと呼ばれた神は無数の腕を伸ばし、翼を広げる。


「やった……やったぞ!! 遂にゼスを復活させた……お前のお陰だよリリア! お前の娘の血と、お前が作ったこの世界のシステムがッ!! 僕ら虐げられし者に光を与えてくれたのだ!!」


「……テンション上がってる所悪いけど、君の喜びもここまでだよ。異邦神ゼス……事情には同情するけど……ここで潰させてもらう」


「たった一人でかい!? いくら君がこの世界の神でもそれは不可能だよ。なぜならば、ゼスは今や君以上に『この世界の神』なのだから!!」


 笑みを浮かべ、両腕を広げるハレルヤ。そうして背後の神に命じる。


「さあ――反逆の始まりだ! この国の数多の命を持って、お前の誕生を祝う宴としよう! 舞い上がれ……神よッ!!」


 雄叫びを上げる巨大な怪物を前にリリアは一歩も怯まず剣を構える。そうして眼を瞑り、魔力を全て振り絞り戦闘態勢へ行こうした。

 銀色に輝く髪を靡かせ、青い光を帯びた剣を突きつけ、女は大切な者を守る為に駆け出す。


「かかってこい、リリア・ウトピシュトナ!!」


 大きな跳躍から振り下ろす大剣。異邦神はそれを結界で受け、歪な口で笑みを作るのであった。

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