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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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邪神降臨(4)

「この辺は粗方片付いたか……」


 煙草の吸殻を放り投げ一息つく相良。そうして彼は森の中を一人で走り出した。

 他の拠点にも同じく聖騎士団が突入を開始している頃だろう。そうなれば拠点の中にいる信者達にも被害が出るに違いない。


「別に、わざわざ助けてやる必要もねーんだがな……」


 それでもこの世界にやってきて、わけもわからず右往左往していた自分達に様々な施しをくれたのは事実である。

 食事も寝床も、信者が無償で提供してくれた物だ。それは歪んだ信仰心から来るものだが、だからといって行動に貴賎はない。


「ちっとばかし、真面目に走るか」


 一気に加速する。相良の身体能力は元々の世界――上位世界に居た頃の数倍に跳ね上がっていた。

 元々体力には自信のあるタイプではあったが、ここまでくると異常である。その現実を受け入れている自分もまた、異常なのだろうが……。

 その頃、ザックブルムからクィリアダリアへと向かう大陸横断列車があった。その特等席に座っているのはクィリアダリアの元女王、アリア・ウトピシュトナである。

 現在は王座を夫であるブレイドに譲り、外交大臣として活動している彼女だが、実質女王としての信仰は未だ彼女に集中していた。

 そんなアリアが急遽国へ帰還する事を決定した理由、それは彼女が車中で熟読を重ねている文書にあった。


「……まさか、彼の救世主の襲来が、リリアの手によって齎された物だったとは……これは厄介な事実ね」


 それはメリーベルが王の命を受け認めた手紙であった。深々と溜息を漏らし、アリアは車窓の奥を流れる景色に目を向けた。


「フフフ、彼女はそんな事は想定もしていなかっただろうね。だが上位世界の存在を知っていた以上、予測を立てておくべきだったのさ」


 対面する席の向かい側から聞こえる艶のある声。アリアは元女王にあるまじき事に、どっかりと足を組み、ふんぞり返るようにして窓際に頬杖を着いた。


「そんなの無理に決まってるでしょ? それにリリアは夏流に会いに行ったのよ。それを止める権利が誰にあるっていうのよ」


「まあ、この世界を救ったのはあの二人だからね。それを邪魔する権利は誰にもないだろうさ」


「そう、あの二人の幸せを壊す権利は誰にもないのよ。だから私達がそれを守らなければならない。あんたも他人事じゃないのよ、アイオーン」


 女は紅い髪を風に靡かせながら微笑んでいた。アイオーン・ケイオス……学園最強……否、世界最強の魔術師。それが彼女の名である。

 嘗て神をも殺し世界を滅ぼす計画を企てた“監視者”であるアルセリア・ウトピシュトナ。彼女に使役される人形として生きていたアイオーンだが、現在ではアリアに鞍替えし、彼女の為に生を繋いでいた。

 元々アルセリアが倒れれば朽ち果てるだけの命であった。実際アイオーンは神との戦いの後、その危険性も相まって機能停止状態で幽閉されていたのだ。

 それも当然の処置。何せ彼女は最後の最後まで事の首謀者であるアルセリアに従い、勇者部隊の前に立ち塞がった正真正銘の敵なのだから。

 しかしアリアはその封印を解き、同じリアの力を継ぐ者としてアイオーンと再契約を果たした。結果アイオーンはアリアの下僕として再起動したのである。


「わかっているよ、マスター。しかしボクの役目は君を守る事にある。救世主との戦いに参戦するわけにはいかないね」


 アリアという重役がほぼ単身彼方此方を飛びまわれる理由がアイオーンという護衛の存在にある。

 アイオーン・ケイオス。その戦闘力は単身で数戦、数万の軍勢に匹敵するといわれる。監視者の下僕という立場でありながら、下手をすればその監視者よりも強いというのが彼女の実情だ。

 気まぐれで自分勝手で退廃的な空気を好む彼女だからこそ、その力が万全に発揮される事は少ない。実際これまでの襲撃者は、アイオーンを本気にさせることはできなかった。


「しかし、夫の出陣を耳にして慌てて帰還するなんて、存外に妻としての自覚があったようだね」


「相手が相手だし、それに事を荒立てればリリアの名誉に関わるとなれば仕方ないでしょ? ま、ブレイドが負けるはずないけど」


「フフフ……旦那の勝利は信じて疑わないが、心配で帰ってしまうわけだね。ごちそうさま」


「なんとでも言いなさい、生意気な下僕ね。ま、この調子じゃ私達がクィリアダリアに着くのは事が済んだ後でしょうけど……」


 溜息を零すアリア。そこで会話は中断されてしまった。二人は黙って列車に揺られ、車窓からの光に照らされる。


「何と無く、嫌な予感がするんだよね……」


「嫌な予感? あんたのそういうの当たるのよね」


「そもそも――ラダ神というのは、実際に存在した神の名前なんだよ」


 眉を潜めるアリア。その興味が引けた事を確認し、アイオーンは口元を歪ませる。


「ヨトとラダ……この二体は等しく“創造主”だったんだ。しかしヨトが創造の実権を握り暴走を開始した時にこのラダという神は抹殺されている」


 この世界の創造機であったヨト。しかし本当の神である本城冬香の死後暴走を開始し、世界の実権を握り、そして世界の設計図である原書を独占した。


「その際、ラダはヨトの暴走を阻止しようとした。二つの神は対存在であり、お互いを監視し制御する役割も持っていたからね」


 しかし、暴走したヨトは神の法を犯し、天使と呼ばれる存在を使役。世界中にこれをばら撒き、当時の文明を滅ぼそうとした。

 ラダはあくまでも冬香というマスターに与えられた役割……即ち創造のみの力でこれに立ち向かった。人々を守りヨトと戦ったが、彼女は劣勢を強いられていく。


「ヨトはその頃から既に監視者と呼ばれる下僕を人間から見繕って使役していたからね。単身のラダが叶うはずも無かったのさ」


 そして世界の文明は一度滅ぼされ……ループする世界が開始された。ラダの存在は歴史上から抹消され、そしてヨト信仰が生まれたのである。


「それじゃあ、もしかして世界各地に残されている遺跡や古代文明って……まだヨトとラダが共存していた頃の物なの?」


「そういう事になるね。まあ、ヨトはそれらを無かった事にしてループ世界を作りこの世界を囲ってしまったから、ループ開始時点より前の世界はボクらにとってはあってないようなものだけど……」


「でも、ラダは実在した……。それが今回の件に絡んでいるのだとしたら……ちょっと厄介ね」


 口元に手をやり呟くアリア。アイオーンは眼鏡を外し、懐から取り出した艶のある布でレンズを拭く。


「仮にラダの使徒に信仰されているのが本物のラダだとすると……ボクらの目の前にある問題は、それこそ何千年も前……創世記の物って事になる。それを解決しなきゃならないのは、ループ世界を脱したボクらへの試練なのかもしれないね」


 ヨトが管理し、閉じ込める事で守ろうとした世界。そこから人類は飛び出した。

 だがどうだ? そこで待っていたのは人類同士の軋轢、広すぎる世界と新大陸、噴出する各地の問題、そして創世記の神と未来を切り開いた筈の勇者が齎した新たな敵……。


「…………まるでハッピーエンドじゃなかったみたいじゃない」


 悔しそうに呟くアリア。無論、困難の中に飛び出す事は覚悟の上だった。その上で、自由と引き換えに庇護を放棄したはずだった。


「ハッピーエンドだった事にする為には……この問題をすべて解決するしかないだろうね」


「わかってるわよ。だから私達が居る。絶対に未来の子供達に、問題を残して堪るもんですか」


 強い眼差しで語るアリア。そんな彼女の瞳がアイオーンは好きだった。

 姉に、女王に、そして世界を滅ぼそうとした少女に良く似ている。だからこそアイオーンは、アリア・ウトピシュトナの下僕を続けているのだ……。




邪神降臨(4)




「来たか……待っていたぞ、神の血を継ぐ者よ」


 急停車するヴィークルから飛び降り着地するユリア。学園から派遣された部隊も、目的地である地下神殿付近へと到着していた。

 そこで待ち構えていたのは異界の救世主、ウォルス・ヤナ・ターン。そしてそれは彼の言葉からもわかる通り、偶然ではない。


「狙いは私って事か」


 二丁拳銃を構えるユリア。ウォルスは不敵な笑みを浮かべ、虚空に浮かんだ剣を握り締める。


「ユリア、一人で戦ってはいけませんよ。あれは以前戦いましたが、強力な救世主です」


「悪いが前回同様、数で攻めさせてもらうぜ」


 剣を抜くゲルトとアクセル。二人の力は現状ではユリアを上回っている。放たれる全く無駄の無い魔力にウォルスは静かに笑みを浮かべた。


「慌てるな。言った筈だ……私が待っていたのは、そこの小娘だとな」


 次の瞬間、ユリアの足元が光り輝いた。空中と大地に浮かんだ魔法陣に挟み込まれ、ユリアの身体が拘束される。


「拘束魔法……だけど、このくらい……!」


 余裕で振り切れる――そう考えたユリアだが、全く身体に力が入らない。そこで漸く表情に焦りが見え始めた。


「動けない……どうして……!?」


「ユリア、動かないで!」


 ゲルトが魔法を発動し結界を攻撃する。更に刃を叩き付けるが、それもあっさりと弾かれてしまう。


「そいつは特別製だ。神以外にはあまり効果がないが……その類の存在なら完全に封じる事が出来る」


「対神武装……? そうか、こいつ……だからユリアを!」


 両腕を広げ、鞘から一気に十二の剣を解き放つアクセル。それを高速で射出するが、ウォルスはそれを剣の一振りで薙ぎ払ってしまう。

 このウォルス・ヤナ・ターンという救世主は他の救世主と比べても明らかに強力だった。それもその筈、先の戦闘も人間が相手だからと手を抜いていたに過ぎない。


「悪いが人間を相手にするつもりはない。一緒に来てもらうぞ、小娘」


「待ちなさい!」


 駆け寄るゲルト、しかし次の瞬間にはユリアもウォルスもその場から姿を消していた。


「転送魔法ですか……余程周到に待ち伏せされていたようですね」


「ユリア……! くっ、私がついていながらみすみす……!」


 スオンの言葉に苛立ちを隠さず付近の巨木に叩き付けるゲルト。轟音と共に倒れる木を無視し、ウロロフスが挙手する。


「いや、今のはゲルトのせいじゃないよ。だって連中がユリアを狙ってるなんて誰も想像してなかったし」


 彼の言葉は正しい。そもそもユリアは特別な存在ではあるが、まだ無名の一生徒に過ぎない。

 これといってクィリアダリアにとって重要な人物ではないし、何の権利も肩書きも持たないただの勇者見習いだ。


「そもそも、どうして連中はユリアが実戦に出てくると思ったんだ? あいつがここに来る事になったのは、ぶっちゃけ偶然でしょ?」


「いや、そうとも言い切れないぞ。だからこそ奴等は学園を襲撃したんじゃないか?」


 腕組み思案するスオン。彼女の考えは概ね正しい。

 つまり、救世主がシャングリラを襲ったのは、自分達の脅威度を知らしめ、余計な戦力を送らせないようにする為だったのではないか。

 そうすれば必然、学園でまともに戦える戦力だけの少数精鋭にせざるを得ないし、襲撃を警戒すれば殆どの戦力を防衛として釘付けにする事も出来る。


「つまりスオンはこう言いたいわけ? 僕らはやつらの策にまんまとハマった……と」


「……あの救世主、ウォルスが私とアクセルに撃退されたのも含め、演技だったとすれば……有り得ない話ではありませんね」


「あいつらは学園を襲う事で俺達が出撃させる戦力を限定させ、ユリアを引っ張り出し、出し惜しみをしていたウォルスに捕獲させたって事か?」


 悔しがるゲルトとアクセルだが、そもそもあんな魔法は見た事も聞いた事も無い上に、発動も早すぎて邪魔する余地など無かった。

 ウォルスは神を相手にするスペシャリストだ。そんな彼がユリア一人を捕まえるのに専念すれば、やってやれないなんて事は有り得ない。


「それにしたってユリアが出てくるかどうかは博打だったと思うんだけどな。それが決定したのはつい数日前、しかも一部の人間しか知らないはずだし……」


 そこまで呟いたところでウロロフスが固まる。それから溜息混じりにその可能性を提示した。


「もしかしてさ……裏切り者がいるんじゃない? 学園内にさ」


 ゲルトとアクセルはその可能性に逸早く気付いていた。実際、アルセリアやフェンリルという前例もあったのだ。想定しない筈が無い。しかし……。


「今はユリアを救出する事が先決です! 事件の考察なら終わった後でも出来ます!」


「しかし、あの子がどこに連れて行かれたのか……いや、恐らくはラダの使徒の神殿のどこかだろうがな」


「だったら今は拠点つぶしを優先するべきじゃない? 各地で一斉制圧をかけてるところだし、どこかで見つかるでしょ」


 不安のあまり冷静さを欠いたゲルト。その頭を撫で、アクセルは笑う。


「大丈夫だよ、あいつは夏流とリリアの娘だぜ? 俺達は俺達の仕事をして、さっさとユリアを助けにいこう」


「アクセル・スキッド……」


 顔を赤らめ、すぐにぶんぶんと振るゲルト。次の瞬間、抜いた剣を真上に向かって振り上げた。

 上空からの襲撃者はその一撃で弾かれ、回転しながら着地する。黒い炎を纏った人型の獣……それが四人を品定めするように睨んでいた。


「こいつは確か……イルシュナと戦ってた奴か。僕らみたいな精霊族には天敵なんだよね……」


「救世主の一人か……チッ、見過ごすわけにもいかねーし……! ゲルト、ロロ! お前達は拠点制圧に向かえ! スオンは俺とタッグでこいつを仕留める!」


 肩を並べる二人のブレイドダンサー。同じ構え、同じ挙動。二人は静かに剣を手にする。


「二人で大丈夫なのですか?」


「心配ないよ、スオンもアクセルも強い。それよりゲルト、君の力が前線には必要な筈だ。ユリアを助けに行きたくて仕方ないんだろうしね」


「そう言うことだ! ロロ、連絡役は頼んだぞ!」


 頷くウロロフス。ゲルトは二人の剣士を顧みると、静かに森の中を走り出した。


「師匠……こうして貴方と組んで戦うのは久しぶりですね」


「そうだな。あれからお前がどれくらい腕を上げたのか、せっかくだからついでに見てやるよ」


 雄叫びを上げ、周囲に黒い炎を侵食させる獣。ゲルトとスオンは同時に自らの周囲に風の障壁を展開する。


「風使いである我々に貴様の炎は相性が悪いぞ、怪物よ」


「俺らの剣は安物だし、振るもんじゃなくて撃ち出すもんだしな」


 二人の周囲を舞う無数の剣。その中心に立つ師弟の髪を輝く風が巻き上げる。


「お見せしよう……これが我らが奥義」


「ブレイドダンスって奴だ――!」




 光の奔流から目を覚ますと、ユリアは自らの視界を疑った。

 見覚えの無い場所……しかしラダの使徒の神殿とは違う。なぜならばそこには明らかにヨト信仰を意味するヨトの偶像が聳え立っていたからである。

 遅れて出現したウォルスはユリアの拘束を解除する。その瞬間大きく背後に跳び、ユリアは体勢を立て直した。


「ここは……ヨト教の神殿?」


「そうだ。しかもただの神殿ではないぞ。現在は封鎖されている、オルヴェンブルム大聖堂……その地下神殿だ」


 全く理解が追いつかない。しかし冷静に周囲を確認してみれば、どうやらウォルスの言葉が嘘ではないと知る事が出来た。

 オルヴェンブルム大聖堂は大聖堂騎士団という組織が瓦解してからというもの、基本的には立ち入り禁止となっている。

 現在のオルヴェンブルムはヨト信仰からの緩やかな脱却を目指しているのが理由の一つ。もう一つの理由は、この場所が以前、勇者部隊の戦闘により破壊された為である。

 歴史的建造物である大聖堂は、創世記……即ちヨトのループ世界が始まる以前の建造物である。それを完全に修復する事は出来ないし、何より悪の温床となっていた大聖堂を修復する事には反対意見も多かった。

 結果、ここは勇者王リリアが神剣フェイム・リア・フォースを覚醒させた時以来、立ち入り禁止となっていたのである。


「どうしてラダの使徒がヨト信仰の神殿に……? お前達は何を考えている?」


「さぁな。そいつは俺ではなく、そこの男に聞いてくれ」


 視線を動かし、漸く発見する。乱立した柱の一つ、崩れた柱の上に腰掛けているハレルヤの存在に。


「やあ。会いたかったよ、神の血を引く者よ」


「……お前も救世主か」


 間の抜けた顔をしているくせに、何の構えもとっていないくせに、何かおぞましい力を感じる。悪意と狂気に塗り固められた笑顔……そんな表現が相応しい。


「そもそもどうしてここにいる? お前達はラダの神殿にいるんじゃ……」


「それはフェイクさ。お陰でこのオルヴェンブルムを大して苦労せず制圧出来たよ」


「え……?」


 愕然とするユリア。しかし実際、地上は悲惨な事になっていた。

 待機していた聖騎士の殆どがこのハレルヤという男一人に惨殺された。城門は破壊され、彼の歩いた痕跡にはただ死体と崩れた建造物が残されていた。


「僕は待っていたんだ。君たちが本腰を上げて僕らを潰しに来るのをね」


 笑いながら降り立つハレルヤ。実際、この状況は彼らにとって痛くも痒くもなかった。

 ラダの使徒と呼ばれる勢力はその最初から全てがフェイク。信仰心を利用して作り上げた使い捨ての軍隊を囮にし、大規模掃討戦を引き起こし、その間にオルヴェンブルムに到達する。ここに来れるのはハレルヤ一人で良く、他の者は救世主であろうが例外なく使い捨ての駒であった。


「まさかあの盗賊王まで外に引っ張り出せるとは思わなかったけどね。ま、実際彼も居なくて良かったと思うよ。まともにやったら僕に勝てる筈が無いんだ」


「オルヴェンブルムの力をなめるなよ。お前達程度にどうにか出来ると思うか? この異常を聞きつけて直ぐに増援が来るに決まってる」


「だろうね。でも主戦力は救世主が足止めしてるし、すぐには戻れないさ。それに、時間はそんなに必要ないんだ。ユリア……君さえいてくれればね」


 次の瞬間、得体の知れない衝撃にユリアは弾き飛ばされた。そのまま壁に叩きつけられ、身体をみしみしと壁に押し付けられていく。

 見れば半透明の何かがユリアを壁に釘付けにしていた。なんなのかはよくわからない。“見えない”……否、“きちんと存在していない”のだ。

 故に銃を撃っても効果はなかった。苦しさに喘ぐユリア。そこへゆっくりとハレルヤが歩いてくる。


「なぜ君だか、わかるかい?」


「何の……事……だ」


「君はね、神と神の混血なんだ。上位世界と下位世界の混血とも言えるね。存在そのものがどちらかの世界に固定されていないんだよ。故に君はその気になれば二つの世界を自由に行き来出来るし、二つの世界を支配する神にだってなれる。今はまだ未熟だけど、君にはそういうスペックが秘められているのさ」


 故に。彼の本当の目的を果たす為にユリアの存在は必須なのだ。


「君は、産まれた時の事を覚えているかい?」


「は……?」


「産まれるという事は素晴らしい事だよ。世界に存在する瞬間、人は歓喜の産声を上げる……。でもね、全ての命が……“世界”が、歓迎されて産まれるわけじゃない。中には歓迎される、黙殺されてしまう声だってあるんだよ」


 ウォルスが投げた剣を受け取り微笑むハレルヤ。そして彼は身動きの取れないユリアの手を取り、その小さな掌に剣を突き立てた。

 鮮血が飛び散り、少女の腕が壁に縫い付けられる。更にもう一本、反対側の腕を壁に突き刺す。そうして磔にしたユリアの顎に手をやり、ハレルヤは顔を寄せる。


「不公平だと思わないか? 歓迎される命と、歓迎されない命……許される世界と、許されない世界。その違いは何処にある?」


 次の瞬間、ユリアの頭の上に乗っていたうさぎがハレルヤへと飛び掛った。しかし悲しいかな、そこはうさぎ。剣の一撃で薙ぎ払われてしまう。


「サイファーッ!!」


「さあ、そろそろ始めようか! これは聖誕祭なんだよ、ユリア! 君という存在の力を経て……僕はついに願いを叶える!」


 三本目の剣を振りかざすハレルヤの瞳は狂気に輝いている。これがラダ信仰……? 否、断じて否である。

 これはそんな生易しいものではない。信仰等と言う美しい言葉ではない。これは――。

 一振りで首筋を切り裂かれたユリア。そこから溢れるように、泣き出すように、紅い液体が飛び散っていく。


「その為に君は犠牲になるんだ……神の血を流しつくして、ね……」




 その頃、オルヴェンブルム上空を飛ぶ一人の少女の姿があった。

 急降下し街中に着地するマナ・レイストーム。そこで彼女が見たのは夥しい数の死体であった。


「そんな……どうしてオルヴェンブルムがこんな事に……」


 そして死体はまるで道のように大聖堂へと続いている。頭を振って傍に倒れた騎士に駆け寄るが、とっくに事切れていた。


「ごめんなさい……もう少し早く私が着いていれば……なんて、おこがましいかな」


 ぎゅっと拳を握り締め、顔を上げる。三角帽子の影に見える瞳は、激しい感情に燃えていた。


「誰がやったのか知らないけど……こんなの酷すぎるよ」


 箒を手に少女は走り出した。一度足を止め、亡骸に黙祷を捧げる。今の自分がやるべき事は、彼らを弔う事ではない。

 本当は埋葬してやるのが筋というものだが、数が多すぎる。だったらこれ以上数を増やさないように……。


「元凶を……調べるしかない!」


 破壊された扉を潜り、じめじめと湿った空気に満たされた大聖堂へと足を踏み入れる。

 それがマナ・レイストームの運命を左右する選択であった事を、彼女はまだ知る由もない……。

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