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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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邪神降臨(3)

 オルヴェンブルム城門前広場。そこに集う聖騎士達の姿があった。

 先頭に立って居るのは盗賊王、ブレイド・ブレッド。彼はクィリアダリアの最高戦力であり、今回の救世主討伐戦においての最高司令官でもあった。


「よーし、まあこんな物だろう。そんなに人数が居ても仕方ないし、王都の守りを空けるわけにもいかないからな」


 腕を組み振り返る黄金甲冑の王。その背後には聖騎士団の中から選抜された五十名の腕利きが整列していた。

 ラダの使徒は所詮弱小テロ組織である。それに対しクィリアダリアの正規軍である聖騎士団を使う事自体が、国の威信を脅かす事態だと言える。

 そもそもクィリアダリアは周辺諸国との軋轢に喘いでいる現状があり、国交正常化の為、周辺警備の為に戦力の大部分を割かざるを得ない。であれば、この五十人という戦力もラダ殲滅の為には多すぎる程であった。


「マルドゥーク、王都の守りはお前に任せる。何か異常事態があったら即座に対応しろ」


「しかし王、それでは御身が‥‥」


「何を余計な心配をしている。この俺の名を忘れたか? “盗賊王”の名は伊達ではない。そもそも俺は、現場で戦を仕切る方が性に合っている」


 紅いマントの隙間から右腕を出し、パチンと指先を弾いて音を鳴らす。すると広場の彼方此方に武器庫が迫り出し、そこから無数の刃が迫り出した。

 クィリアダリアに保管されていた国宝級の聖剣、魔剣の類。それらは盗賊王の倉庫を潤し、今や一国の軍隊に行き渡らせる程の規模に拡張されていた。


「これは神の名を貶める異教徒との戦争だ。故に貴様らには聖なる武器を授ける。この聖戦を乗り越え秩序を取り戻す為、存分に腕を振るってほしい」


 ブレイドの武器で武装した五十人の聖騎士達。その戦力は倍……否、それ以上の戦力と化した。相手が救世主であろうと、十二分に渡り合える。


「では、往くとしようか。クィリアダリアは世界の秩序を守る存在だ。連中が誰に喧嘩を売ったのか、その身を以ってわからせてやるとしよう」


 巨大な斧を取り出し、肩にかけるようにして構えるブレイド王。静かながらも周囲に放つ威厳は抜群であり、磨きぬかれた技術は紛れも無くこの国最強であると言える。


「アリア様は急ぎ戻ってくるそうですが、それでも帰還には三日ほどかかるそうです」


「そうか。まあ、あいつがいない方が俺はやり易い……。それで、メリーベルの奴はどうした?」


「リリア様を探しに出たまま連絡はありませんね」


 頬をぽりぽりと掻き、溜息を一つ。両方ともアテにならないが、留守を任されているのは自分も同じ事だ。

 あの勇者王が守り、その妹が受け継いだこの国を。あの救世主が救い、その仲間達が育てたこの国を。たかが異邦の軍勢程度に潰されて堪る物か。


「――出るぞ! 門を開けろ! 偽りの救世主に神の鉄槌を!」




 同時刻。シャングリラの駅に集まるユリア達の姿があった。


「これで全員集まりましたね」


 今回の作戦では、本来ならばより大規模な学生部隊が派遣される筈であった。しかし先の救世主襲撃を受け、その予定は変更となった。

 最終的に作戦に参加する生徒はたった三名のみ。勇者クラスよりユリア・ライトフィールド。剣士クラスよりスオン・スキッド。そして冒険者クラスよりウロロフスである。

 ユリアは学園の中でも最強クラスの戦闘力を持つ勇者である。そしてスオンはアクセルの弟子であり、同じく最強の一角。ウロロフスは偵察と連絡における能力の有用さから採用された形だ。

 そんな二人を引率するのは学園教師であるアクセル・スキッド、そしてゲルト・シュヴァインの二名である。二人はかつて神との戦いを勝ち抜いた英雄であり、その戦闘力は救世主に匹敵する。


「……いよいよ実戦、か」


 息を吐き、静かに顔を上げるユリア。肩の上に乗せた白いうさぎの頭を撫で、目を細める。

 これは彼女にとってはチャンスである。実戦で良い戦績を残せば、勇者としての力を認められる。そうなれば今以上に我侭な行動が可能になるだろう。

 それはより彼女の行動範囲を広げ、母リリアを捜す為に役立つ。そして救世主に勝利した時、ユリアは自分により自信を持つことが出来るだろう。


「緊張しているのかい、ユリア?」


 隣に並んだスオンの言葉。ユリアはゆっくりと首を横に振る。


「違う。楽しみなんだ。私がどこまでやれるのか……試すチャンスだから」


「それは頼もしいな。伝説の大英雄の末裔である君と共に戦える事を、私は光栄に思う。どうかこの戦いに勝利を導いて欲しい」


 笑みを浮かべるユリア。しかしこの場にいるのはこの五人だけであった。他の教師は学園の防衛に残り、生徒は一切参加しない。

 無論、ろくに魔術も使えないような落ち零れの生徒がこの場に居る筈は無い。故に誰もが彼女の事など忘れていた。それは止むを得ない事だ。何せ最初から――住む世界が違いすぎたのだ。


「よし、それじゃあ出発だ。準備はいいな?」


 アクセルの声に頷く一同。移動手段として用意されたのはヴィークルと呼ばれる古代の技術で製造された三輪バイクであった。


「懐かしいですね。以前これに乗ったのは、大聖堂からマリア様を奪還する時でしたか」


 バイクに跨りエンジンを唸らせるゲルト。その後ろにユリアが飛び乗り、しっかりとゲルトに捕まる。


「まさかこうして貴方を乗せて戦場へ向かう日が来てしまうとは……」


「ゲルトの足は引っ張らないよ。私は一人でも戦える」


「ふふふ、そうですか。では、レプレキア王に仕込まれたザックブルム式の戦闘技術を堪能させてもらうとしましょう」


 優しく微笑むゲルト。ヴィークルのアクセルを回し、一気に線路へと飛び出した。そうして風を切り、学園から飛び出すと線路を離脱。草原を真っ直ぐに駆け抜けていく。

 それに遅れ、スオンが操縦するヴィークルとアクセルが操縦するヴィークルが続く。三機は陣形を組み、目的地へと向かう。

 風に靡くユリアの栗色の髪。少女は澄んだ瞳で彼方を見つめ、腰のホルスターから銃を抜くのであった。




邪神降臨(3)




 ラダの使徒、及び救世主殲滅戦とは、同時並行して展開される拠点制圧戦である。

 聖騎士団は一斉に各地に発見されているラダの使徒の拠点を襲撃。これを制圧し、異教徒を逮捕、救世主と遭遇した場合は戦闘という流れを取る。

 各地を一斉に攻撃するのは、逃げる時間と連絡を取り合う時間を奪う為である。アンダーグラウンドに潜むのが得意なテロリストを根絶やしにする為には、ある意味常套手段である。

 使徒の多くはクィリアダリア各地にある洞窟を神殿と称して拠点にしており、各地で穴倉へ飛び込んでいく聖騎士団の部隊が確認された。

 一つの部隊につき、隊員は凡そ5~7名程度で編成される。そんな中、一際大きな拠点へ馬を走らせるブレイドの姿があった。

 王が引き連れているのは二名の騎士。そのどちらもが戦闘よりは支援や連絡を得意とするタイプである。場所は鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた森。目指す神殿は川の上流、滝の裏側にあるという。


「お前らはあんまり気張るなよ。神殿への突入は俺が一人でやる」


「は、しかし王、それは危険では……」


「お前らを守りながら戦う方が危険だ。他の隊から連絡があったら俺に伝えればいい」


 森の中を疾走しているとやがて景色が開ける。川原に出るとブレイドは遠巻きに滝を眺め、そこで馬を下りた。


「お前らはここで待機だ。後は俺が一人で始末する」


 二人に馬の手綱を渡し、軽く準備運動する。そうして息を吸い、吐き。一気に走り出した。

 その加速力は馬とは比べ物にならない。轟音と共に砂利を巻き上げ、川の上を走って上流へと突っ込んでいく。

 勢い良く水を巻き上げ、滝へと突撃。それを両断し回転しながら着地すると、目の前には地下へと続く細い道が広がっていた。


「ここが連中の穴倉か。大聖堂といい、胡散臭い連中はどうして地下に篭りたがるんだかねぇ」


 手にした巨大な斧を振るい、叩きつけたのは洞窟の壁であった。滝壺にあった出入り口を完全に封鎖し、斧を消してゆっくりと歩き出す。

 退路を断ったのは自分が撤退する事を考えていないからだ。故に断たれた退路は自分の退路ではなく、ラダの使徒の退路という事になる。


「さぁて、行きますかね」


 マントを翻し歩き出す。狭い通路を進んでいくと当然だが敵が待ち構えていた。

 あれだけハデに音を立てて進入したのだ。使徒は通路に魔術師を配置し、真正面から火炎を放出してくる。その範囲は通路全体であり、回避は不可能だった。

 しかし盗賊王は特に何をするでもなく前進を続ける。彼の黄金の鎧は魔法を弾き返す逸品であり、この程度で足を止めるような事はない。


「先に言っておく。俺はお前達を一方的に虐殺するつもりはない」


 足を止めて告げる言葉。全く攻撃が通用しない相手に使徒は怯んでいる。


「とっとと降参しろ。お前達はもう終わりだ。諦めるのならば良し、抵抗するなら……悪いが容赦はしない」


 顔を見合わせる使徒達の表情には恐怖が滲んでいた。しかしそれ以上の狂気が彼らを突き動かしている。

 ラダ神の前で撤退は許されない。使徒達は阿鼻叫喚の様でありながら、しかし容赦なく攻撃を繰り返す。


「はあ……ったく、しょうがねえなあ」


 溜息を漏らすブレイド。そうして彼が次に行なった行動、それは――走る事であった。

 ただ通路を一瞬で駆け抜けた。最後まで道を往くと広場に出て、そこでブレイドは足を止める。背後には白い煙があがり、足元は赤熱していた。

 ブレイドが通過した道端では“轢かれた”使徒達が薙ぎ倒されている。その全てが例外なく即死していた。


「おぉ、ここは広いな。これでやっと、武器を振れるってもんだ」


 真っ暗闇の広場、そこに一斉に明かりが灯る。見れば周囲は使徒である魔術師達で包囲されており、その全員がブレイドに矛先を向けていた。

 王は無言で虚空に手を伸ばし、そこから一振りの槍を取り出す。くるくると片手で回しながらそこに魔力を通し、槍に意識を精通させる。


「“魔法剣”」


 次の瞬間、一斉に周囲から魔法が放たれた。ブレイドはこれを槍の一振りで薙ぎ払う。

 鮮やかな色彩を放ちながら反射される魔法。これはかつての白の勇者と黒の勇者、二人の技を融合した力である。

 魔法を反射する力を付与された槍。その一閃は周囲の敵兵を盛大に吹き飛ばす。そうして回した槍を思い切り投擲し、片手を捻った。

 すると意志を与えられたように槍は飛翔する。次々に敵兵を貫き、微塵の容赦も無く殺戮を繰り返す。ブレイドダンサーと呼ばれる剣士の異端剣術でさえ、彼にとって再現は難しくない。

 ブレイドが腕を組んでいる間に始末はついた。あれだけの数がいた筈のラダの使徒も、今や立って居る者はひとりとして残されていない。血塗れの神殿を見渡し、王は溜息を漏らす。


「だからやめとけっつってんだろが。勝てるわけねえだろ、俺によ」


「……そうだね。たかが人間に勝てる相手じゃない……それは間違ってない」


 聞こえた声に顔を上げるブレイド。そこには体中に鎖を巻いた異様な服装の少女が立っていた。

 見た瞬間にわかった。その少女が待とう異質すぎる雰囲気。そして力……。ブレイドは手元に戻した槍を肩に乗せて笑う。


「んで、お前が救世主って連中か?」


「そう……でも、別に何かを救うわけじゃない。私には何も無いから。“全部何も無くする”ことしか出来ない――」


 目を伏せ歌うように語る少女。するとその背後に地面を突き破り巨大な岩が出現する。

 少女は体中の鎖を背後に岩に打ち付け、身体を縫いとめる。その様は正に磔――。少女という生贄を得て、岩は本来の力を取り戻していく。


「……目覚めて、クラウ・ソラス」


 岩であった筈の物が脈打ち、鮮やかな翠の輝きを放つ。まるで軟体のようにうねり、ゆっくりとその形状を変えていく。


「それを待つと思うか?」


 すかさず槍を投擲するブレイド。しかし軟体はするりと槍を受け止め、それを粉々に粉砕してしまった。

 形作られたのは鋼鉄の巨人。岩でありながら、鉄でありながら、人の柔らかさを持つ者。

 胸に少女の磔をぶら下げた異形の巨人。透き通った半透明の身体の中、夥しい数の光が蠢いている。


「『我は神……我は人……我は刃……。我は仇成す法を裁く者。人の歴史を正す者……』」


 巨人の低い男の声と少女の柔らかく細い声が重なる。今となっては個人としての意識は存在していない。二つは一つになり、そして一は全を超越する。


「『我が名はクラウ・ソラス……ユグドラシルの守護者なり……』」


「このロボットがなんだって? デカいからって強いとは限らないだろうが」


 吼えると同時に発光し、膨大な魔力を垂れ流すクラウ・ソラス。その迫力を前にして、漸くブレイドの目付きが変わった。


「こんな感覚は久しぶりだな。思い出すぜ、神に歯向かったあの頃を……」


 巨人の手の中に構築される光は剣を成す。ブレイドはその一撃を槍で受け止める。

 二人の影が接触する度に魔力が光となって爆ぜ、轟音が鳴り響く。地下の薄暗い空洞は、盗賊王と救世主の決闘場に変化した。

 激突する巨大な二つの力。ブレイドは笑みを浮かべ、拉げた槍を手放した。


「よし来た、こっからは本気で相手をしてやるぜ救世主。最強って奴がどんなもんか、最期に拝んで死にな」


 浮かび上がる黄金の光。ブレイドの足元に無数の刃が隆起する。その中から一つの大剣を選び、ゆっくりと引き抜くのであった。




「……ちっ。こいつはちっとばかし面倒だな……」


 ブレイドとホロンが戦闘を開始した頃。別の神殿の前に立ち塞がる相良の姿があった。

 黒い光を纏った剣を軽く振るい、ポケットから煙草を取り出す。その箱、銘柄共にこの世界の物ではなく。名や外見が表す通り、彼はこの世界の上位の住人であった。

 つまり、本城夏流と同じ世界の住人……それが彼の答えであった。そして彼は今、元の世界へ戻る為に一人孤独な戦いを強いられている。

 真正面から迫る騎乗した聖騎士、その数六人。相良は半分程縮んだ煙草を放り投げ、両手で剣を構えた。

 騎士は隊列を組み、先陣を切るのは盾と片手剣を携えた男。その左右をそれぞれ槍を携えた騎士が走る。更にその後方、三騎の隙間を縫うように魔術師が詠唱を開始していた。

 先行するのは魔術から生じた電撃だ。相良はそれを剣を振るって弾き飛ばす。あらぬ方向に反射された雷撃は大地を抉り、光を瞬かせる。

 続け、三人の騎士が連続攻撃を仕掛ける。この全てを剣で弾いた相良はその際に相手に付与した重力の楔を手繰り、槍を持った騎士へと飛んだ。

 空中を疾走し、回転蹴りを放つ。騎士を落馬させるとすかさずその上に乗り、手綱を引いて暴れる馬を制御した。


「頼むからそのへんで転がっててくれ。まだ殺人者にはなりたくないんでな……!」


 馬を走らせ、低い姿勢を取る相良。剣を“横”にし、刃ではなく峰を構えた。

 こっちの世界に呼び出されてから何度か戦闘を繰り返し、相手の力量くらいはなんとなくわかるようになってきた。本当の実力者なら本気で戦っても殺してしまう事はないだろうが、この程度の相手にまともに剣をぶつければ生死に関わってしまう。

 擦れ違い様、剣を叩き付ける相良。そうして近接タイプの騎士を全てダウンさせ、魔術の雷に片手を翳す。

 雷は相良に着弾すると同時、はじけるようにうねり始めた。そして一瞬で真っ黒に染め直され、魔術師の手元に絡み付く。

 思い切り雷を轢けばそれは縄となって魔術師の身体を空中に放り投げた。大地に叩きつけられた衝撃で術者が気を失うと、残った一人は慌てて引き換えして行く。


「……逃げろ逃げろ。後を追ってまで殺しはしないさ」


 馬から下りると、自分が乗っていた馬の頭を撫でて逃がす。その様を倒れていた騎士の一人が見つめていた。


「貴様、なんのつもりだ……?」


「お前らこそ何のつもりだ。相手が何者なのか、どういう事情で戦ってるのかも知らないで襲ってくるとはな。お陰でこっちはいい迷惑だ」


「貴様ら異端の救世主に救いなどあると思うなよ……。貴様らはヨト神の名の下に、平等に首を……ぐおっ」


 何か言っていたが相良は聞いていなかった。男の頭を踏みつけ、完全にダウンさせる。


「ったく、どいつもこいつも気が狂ってやがる。元の平和な日本が恋しいぜ……」


 溜息ついでに煙草を取り出し、余計に滅入った顔になる。日本から持ち込んだ煙草は、これが最後の一本であった。




「ホロンと相良が戦闘開始か。それじゃ、そろそろこっちも動こうかな」


 ゆっくりと重い腰を上げるハレルヤ。その傍には残り二名の救世主が控えている。


「僕は予定通りに行動する。君達は連中の足止めを頼むよ。特に、今回の戦闘には神の化身が出てくるはずだ。それを確保するのはウォルス、君に任せるよ」


「ああ、わかっている。相手が神なら察知するのは容易い。尤も、この世界の神は子供のようだがな」


「子供だからって甘く見ない方がいいよ。あれはこの世界にしてみたら存在そのものがイレギュラーの塊だ。だからこそ、重要なんだけどね」


 歩き出したハレルヤは振り返らずに進む。ウォルスはその後姿を見送り、もう一人の救世主に目を向ける。

 黒い獣の姿をした怪物はゆっくりと歩き出し、何を言うでもなくどこかへ姿を消した。一応彼らは仲間のはずだが、協調性などあってないようなものだ。


「お互いに干渉しない……それが俺達のルールだったな」


 笑みを浮かべ、二人とは別の方向に歩き出すウォルス。彼が考えるのは、ターゲットである神の少女の事であった。


「どこの世界に行っても、神というものに支配される……。それは結局の所、人が望んだ結果なのかもしれんな……フフフ」




 クィリアダリア勢力とラダの使徒、その衝突が開始された頃。シャングリラでは忘れられた少女が一人で準備に勤しんでいた。


「おい、マナ……お前は何をしているんだ?」


 冷や汗を流しながら問いかけるザイオン。その視線の先でマナは学園の制服を脱ぎ、代わりに購買部で購入したローブを着込んでいた。


「何って、出撃の準備ですよ!」


「……………………どこにだ?」


「オルヴェンブルムです!」


 ザイオンはすっかり困惑しきっていた。マナはつい数日前、すっかり参った様子で泣きじゃくっていたはず。それがどうしてこうなったのだろうか?


「あのですね、私あれから色々考えてみたんです。確かに私はユリアちゃんと一緒には戦えないと思います。救世主と戦うのも無理だと思います。でも、出来る事はあると思うんです」


 確かに……確かに、だ。ここ数日は今日の作戦の準備の為、ザイオンもマナに付きっ切りというわけではなかった。

 その間は確かに、マナは自由だった。だからこの数日の間に何かがあって、急にマナが心変わりした……それもありえないわけではない。

 しかし、それにしたって納得がいかなかった。あれで漸く諦めをつけて……否、諦めたとまではいかずとも、とりあえず今回は見送ってくれると思ったのだが。


「出来る事はあるって……お前、本気で言ってるのか? お前みたいなひよっこが行って、何が出来る?」


「何も出来ないかもしれません。でも、何もしなければ始まりません! 私わかったんです。私は私らしくやればいいんだって!」


 胸に手を当て、真っ直ぐな瞳で語るマナ。彼女はもう、焦っては居ない。

 急いではいる。だからやれる事をやろうと思うし、経験を積みたいと思う。しかし焦っては居ない。もう、レベルの違いすぎる話に首を突っ込んだりしない。


「一度思い切り泣いたらスッキリしました。それに、ザイオン先生言ってくれましたよね? お前には才能があるって」


「確かに言ったが、それは将来性の話で――」


 と、そこでザイオンの言葉は途切れた。否、黙らされた、のである。

 マナは自らの周囲に虹色の光を纏っていた。それは“限界突破者”だけが出来る、完全な相互作用による魔術の光。

 同時に全ての属性の力を発揮する事で、その全てを相殺し、混ぜ合わせた光を作る。その光を掌に集め、ゆっくりと握り締めた。


「先生が教えてくれなかったら、“限界突破者”なんて言葉も知りませんでした」


 その時ザイオンの脳裏に衝撃が走った。この娘は。このずぶの素人は。

 限界突破者という言葉を知って数日で、その扱いの難しい才能を習得し始めているのだ。誰に教わったわけでもない。誰に継承されたわけでもない。それは尋常ならざる才能である。

 だからこそ、止めるべきだ。アンリミテッドの力に目覚めたからといって、今は所詮低レベル。実戦に出れば容易くこの芽は摘まれてしまう。それはあまりにも勿体無い。


「行くなへこたれ! お前には才能がある! ここで死に急いでどうする!」


「伝説の勇者王リリアは、何の力もないのに闘技場に出場し、そこで後の大錬金術師となるメリーベルに勝利しました」


 目を瞑り語るマナ。その口ぶりは滑らかで、まるで見てきた過去を思い返すかのようだ。


「彼女は無茶な戦いだと知りながら、可能な限りの努力をして挑んだんです。勝てるか勝てないかじゃない。それでも挑戦したんです」


「お前とリリアは違う! いい加減に目を覚ませ!」


「何も違いません、同じです! 道なんてどこにもない! 進んだ後に残るのが道なんです! 目なんて覚まさなくたっていい! だって私は……まだ夢を見ている途中だから……!」


 歯軋りするザイオン。その前でマナは黒い三角帽子を被り、箒を片手に部屋を飛び出した。


「大丈夫です、オルヴェンブルムに戻って来た負傷兵を治療するだけです! これでも回復系の魔法は、得意なんですよ!」


「あっ、おい……!」


 次の瞬間、マナは箒にぶら下がったまま空中へと浮遊する。古典的な風属性の浮遊魔法の一つだ。そのまま箒を鉄棒のようにぐるりと回り、逆立ちの姿勢から箒の上に立ってみせる。

 そして赤熱した光の軌跡を残し、加速――。炎属性の空中加速魔法。これも初歩的な移動術だが、二つを組み合わせた事でその効力は何倍にも膨れ上がる。


「あ、あの野郎……いつの間にそんな高等複合魔法を……!」


 後を少しだけ追いかけて走り、直ぐに足を止める。それは追いかけるだけ無駄だと気付いたから。

 あの小娘は普通ではない。この物語の中において、何のバックボーンも持たない、ただのぽっと出の田舎娘だ。だからこそ、普通ではない。

 特別中の特別のフルスペックだけが並んだこの勢力図の中で、彼女の存在を気にするような者はいないだろう。実際、先行した勇者達は振り返ることすらしなかった。

 そう、故に彼女の存在は例外中の例外。予想外という言葉で片付けるにはあまりにも無茶で無謀。そしてその存在が――計画を波立たせる障害となるのだ。

 しかし今の所、ザイオンにそんな事がわかるはずもなく。呆れた様子でマナが去った後の青空を見上げ、溜息を零すのであった。

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