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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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邪神降臨(2)

「――単刀直入に言うと、多分、あの連中が出現したのは私の所為」


 オルヴェンブルムの城内、謁見の間。そこでブレイドは一人の女と対面していた。

 クィリアダリア最強の盗賊王を前にして、全く緊張感のないたたずまい。緩やかに流れる水や空気の様な雰囲気を纏った女は静かに目を開く。

 メリーベル・テオドランド。現在の魔術教会を収める長であり、歴代最高の錬金術師。それが今旧友であるブレイドと再会を果たしていた。


「メリーベルの所為? ってぇのは、一体どういう事なんだ?」


「そもそも、この世界の救世主システムと、連中の使っている救世主システムはまるで理屈が異なっている……それは知ってるでしょ?」


 頷くブレイド。そう、この世界に本来備わっている救世主召喚のシステムは要するに世界誕生の欲求であった。

 形を持たない世界と呼ばれる意志に呼び出された上位世界の人間、その思考をトレースして世界の雛形を作る。それが救世主システムの起訴である。

 その派生として本城夏流や如月秋斗と呼ばれる者が召喚された。しかし彼らも元々は形無き世界に原型を与える為の存在である。


「その世界間移動は、本来一方通行な物なの。一方通行っていう言い方にも弊害があるか。要するに、上位世界の存在……救世主はこっちの世界と自分の世界を行き来出来るけど、こっちの世界の存在は上位世界に逆流する事は出来ない」


 それは世界の成り立ちを起因とした法則である。それを破れる存在は、過去に存在したこの世界の神と呼ばれる者たちのみ。


「“創造主クリエイター”、そして“監視者ゲイザー”……。この二種類だけは上位世界と下位世界の中間に位置する為、例外的に自身に大きな制約を受ける事で上位世界への逆流が可能だった」


 嘗てこの世界に存在した武神、ナタル・ナハ。これは現在上位世界へ移り住んでいるとされている。

 しかし彼はその神としての性能の殆どを失い、上位世界においては一般人程度の性能しか発揮する事は出来ない。そうした重い制約があって初めて成立する例外なのだ。


「でも、ラダの救世主は違う」


 全くこの世界の系統とは異なる世界から召喚され、しかもその元の世界で所有していた能力を余す所なく発揮している。


「勿論、この世界に依存している限り、能力の使用なんかにはある程度変化があるだろうけどね」


 ユリアが使用した虚幻魔法。これが彼らの存在の不可解さを露にしてくれた。

 まず、虚幻魔法は存在干渉魔法である。これはこの世界に存在している事が効力発揮の大前提となる。

 過去、この世界の神であるヨトと本城夏流が戦った際、彼らは虚幻魔法を受けても消失しなかった。しかしこの世界の力、即ち魔力そのものは一撃で打ち消されてしまっていた。

 本城夏流という存在は上位世界に起因するが、彼がこの世界で力を発動するにはどうしてもこの世界の魔力を使う必要がある。故に消えるのは魔力だけ、という理屈である。


「それなら別に夏流と同じだって事だろ? あのラダの救世主もよ」


「そうだけど、それは有り得ないの。だって彼らは夏流のように直接の上位世界から下ってきたわけじゃないんだから。それならこっちの世界に存在しているだけでやっとなわけで、元々の世界で持っていた力なんて制限されて使えなくて当然なんだって」


「あ、そうか。えーと、世界発生の原因となった直接の上位世界から、下位世界の移動の場合は力を使える。けど逆流の場合は違う」


「そういう事。つまり彼らは私達の知っている救世主召喚のシステムとは全く異なる方法で召喚……というか、世界間移動をしてきている事になる」


 そこで勘の良い盗賊王は気付いた。気付いてしまった、というのが正しいか。

 顎に手をやり、困った様子で眉を潜める。そう、要するに彼らは何も、“召喚されたとは限らない”という事だ。


「……つまり、こういうことか? 連中はラダの使徒が召喚した救世主ではなく……異世界からの“侵略者”である、という可能性」


「そういう事。しかも彼らが移動に使っているのは……恐らく私が作った世界移動術」


 元々この世界という球体は、真上に向かって伸びる狭い管だけがあった。

 しかしメリーベルはここに新しい道を通してしまった。上位世界へ下位世界の人間が移動する為の道。ワールド・トラスト・ゲートである。


「それって……」


「そう。リリアが夏流に会いに行く為に使った門よ」


 それは、勇者と救世主の別れの物語――その筈であった。

 神との戦争を終えた救世主は愛する勇者と別れ、元の世界に帰った。二人は永久に別れ、二度と会う事は無い――筈だった。

 故に、それは圧倒的なイレギュラー。まさかこの世界そのものだって、その結末が逆転する事など想定していなかっただろう。

 不可能を可能にしてしまったのはこの大天才、メリーベル。錬金術師の一族が積み重ねた英知の結晶。彼女は独力で世界を移動する道を作るに至って“しまった”。


「……最近、封印していたその門を誰かが使った形跡があるわ」


「なんて事だ……」


 項垂れるブレイド。それは単純にメリーベルの所為というわけではないのだが、それでもそう考える者は出てくるだろう。

 何より自分勝手な理由で世界の門を開いてしまったのはリリア・ライトフィールド……彼の勇者王なのだ。彼女に対する批判も彼方此方から噴き出して然るべき。そんな未来を思えばブレイドの気が重くなるのも当然であった。


「この事は俺以外には話したか?」


「いいえ。ただ、リリアはもう気付いてるんだと思う。自分の所為でこの世界に新しい問題を呼び込んでしまったんだって」


 夏流の居る上位世界へ行き、そこで子供を授かった筈のリリアが何故わざわざこの世界へ戻って来たのか。

 そして何故彼女は姿をくらまし、単独で行動し続けているのか。彼女が何をしようとしているのか。その全ての辻褄がゆっくりと噛み合い始めたような気がした。


「リリアは一人で戦ってるのよ。多分、この世界に向かってきた“敵”と、ね……」


「その門を閉じる事は出来ないのか?」


「出来るけど、多分意味はないわ。この世界へ通じる道を、連中はもう独自に作れるようになってるはず」


「お手上げ、か……。それで、連中の目的はなんなんだ? 世界の侵略者なのだとしたら、何故ラダの使徒なんてこっちの世界の都合に合わせた役割を演じている?」


「その辺は私にも謎。本人達に直接訊いて見るしかない」


 その言葉がブレイドの背中を押す最期の切欠となった。王はゆっくりと重い腰を上げ、立ち上がる。


「わかった。連中は俺が責任を持って撃滅する。マルドゥーク、アリアとレプレキアに伝達を。ラダの使徒狩りには俺も参加する」


「ですが、王……」


「これ以上グダグダ言うんじゃねえよ。メリーベル、その話は俺以外の誰にもするな」


「いいけど」


 その話が外部に漏れれば、クィリアダリアの息が掛かった二人の英雄、勇者王リリアと魔術教会のメリーベル、二人の信頼が失墜する事になる。

 無論こんな事になろうとは二人とも想像もしていなかったし、その責任を問うのは酷ではある。しかしそんな言い訳は民衆に通用しない。


「ラダの思う壺だ。この問題、俺達が思っている以上にデリケートで裏があるぜ」


「そうね。だから私は私なりに責任を取ろうと思う」


 腕を組み頷くメリーベル。そうして静かに顔を上げた。


「リリアを探してここに連れて来るわ。あの子が今何と戦ってるのかはわからないけど、異界の救世主と戦う為にあの力は必要よ」


「……そうだな。こんな時、夏流のにーちゃんが居てくれればと思うのは甘えだろうかね」


 後頭部をぽりぽりと掻くブレイド。メリーベルは静かに首を振り、苦笑を浮かべる。


「そんな事はないわ。だって……私も今、そう思ってるもの」


 細すぎる身体を抱き締める女。その言葉には哀愁が滲んでいた。その傍らに立ち、ブレイドはメリーベルの頬に手を伸ばす。


「俺達だけでもきっと何とかなるさ。伊達に十年、修行をしてきたわけじゃねえからな」


「流石盗賊王。頼りになるわ」


 にやりと笑うブレイド。紅いマントをはためかせ、メリーベルと擦れ違い歩いていく。その一歩一歩には揺ぎ無い自信、そして王としての責任が刻まれていた。




邪神降臨(2)




「つーわけでだ。今回のラダの救世主の一件、学園の生徒は出来るだけ関わらないようにというお達しが来た」


 ディアノイアの教室の一つ、そこで机の上に腰掛けるアクセルの姿があった。その正面にはスオン・スキッド、そしてユリア・ライトフィールドの姿がある。


「ディアノイアからも部隊を出すんじゃなかったの?」


「その予定だったが……この間の襲撃で腕利きの生徒もかなりやられててな。今の学園の生徒のレベルじゃ、異界の救世主には通用しないって判断だ」


 実際それはその通りである。何せ彼らラダの救世主という連中は、その一人一人が世界を救う偉業を成し遂げた者達なのだから。


「言ってしまえば、全員が神にタイマンで勝てるレベルだからな。全盛期のリリアちゃんと夏流がズラっと並んでるようなもんだ」


「それってすごいの?」


「凄いなんてもんじゃねえよ、悪夢だ」


 冷や汗を流しながら笑うアクセル。ユリアは少しだけその反応が嬉しそうだった。


「……それで、師匠。我々二人をここに呼び出した事と、その話は何か関係があるのですか?」


「ああ。学園としては生徒は出さないって方向で決まったんだが、如何せん戦力不足は解決していなくてな。学園の中で救世主との戦闘にある程度耐えられそうなメンバーを見繕い、聖騎士団の支援隊として派遣する事になったんだ。その部隊にお前らも参加してほしい」


 顔を見合わせるスオンとユリア。それは二人にしてみれば願ったり叶ったりなのだが。


「あくまで偵察や後方支援がメインで、救世主と直接やりあうのは禁止だ。仮に戦闘になったとしても、必ず撤退を優先する事。それが参加の最低条件だ」


「私は依存ありません。至らぬこの身が少しでも役に立つのであれば」


「むー……。私は一人でもあいつらと戦えるんだけど……」


「お前の戦闘力はよーくわかってるが、それでも一人で暴れたりするのは禁止だ。お前にはまだ実戦経験が圧倒的に足りていない。連中だって考える頭があるんだ、やばい奴と真っ向勝負でタイマン張るわけないだろ」


 ユリアの虚幻魔法は、この世界に存在する最強の兵器だ。

 その一撃でこの世界に起因する存在であれば、問答無用の一撃必殺。しかも死んだ人間も蘇らせられるという、文字通りのチート魔法である。

 神の権限を持つ少女、ユリア。これを前線に出すという事にはメリットよりもデメリットの方が大きいというのが大人たちの考えであった。


「まあ、安心しろ。お前達には俺とゲルトが同行する。新旧勇者&ブレイドダンサーコンビって事だな」


「ゲルトも来るんだ。ふーん」


「日頃の訓練の結果を見せる良い機会ですね、師匠」


 二者それぞれの反応を眺めつつ、アクセルはこの作戦が決まった時の事を思い返していた。

 本来はアクセル一人、それからユリアとスオンの三人で偵察チームを組むはずであった。しかしゲルトはどうしても、どーしても同行すると聞かなかったのである。

 結果、ゲルトが受け持つ筈だったチームが一つ解消され、アクセルチームにくっつく形になった。お陰で少し仕事量が増えてしまったのは秘密である。


「ま、俺達ならいけるだろ。スオンはこの学園の剣士の中じゃ最強だし、ユリアは文字通り神の子だしな」


 笑いながら二人の少女の頭を撫でるアクセル。白い歯を見せ、爽やかに言うのであった。




「で、どうするんだハレルヤ。そろそろ連中も本腰で俺達を潰しに来るだろうぜ。シャングリラでの“パフォーマンス”は、少しばかりハデすぎた」


 暗闇に覆われた広大な空間があった。石造りの神殿。果てしなく広がる四方の空間を支える為、巨大な石柱が乱立している。

 その最奥にその祭壇はあった。神を崇め讃える為に人類が作りし祈りの櫓。邪神である、“ラダ神”を模した偶像がそこに鎮座している。

 長く伸びた髪はいばらで出来ていた。瞑った目を更に光から遠ざける為に施された鋼鉄の目隠し、音を全て遮断する為に耳を覆う拘束具。言葉を紡ぐ事を許さぬ轡。その神はあらゆる手段で辱められ、そして封殺されていた。

 両足は岩と一体化し、両腕はとうに斬りおとされている。裸の身体には無数の紋様が刻まれ、その様相はさながら許しを請う少女のようであった。

 しかしそれは本物のラダではなく、ラダを模して作られたとされる偶像に過ぎない。実体を持たない神を民衆に信じ込ませるには、この悲痛な邪神の偶像は必要不可欠だった。


「だろうね。連中もバカじゃない。いい加減、僕らの正体にも気付いた頃だろうさ」


 神の座に最も近い席に座る美しい青年が居た。彼の名はハレルヤ。異界よりこの世界への道を開きし“召喚者”である。

 彼こそがラダ神の存在を人々に広め、そして自ら異世界より救世主を召喚せしめし者。必然、彼はこの場に存在する四名の救世主の主であった。


「というわけで、期は熟した。僕はいよいよラダ神をこの世に降臨させようと思う。手を貸してくれるね、みんな?」


 ――第一の救世主、ウォルス・ヤナ・ターン。

 神殺しの救世主。人類の守護者にして裏切られし者。絶対なる力を持つ、神に準ずる存在。

 神に対する力という要素は、この世界においても生きている。即ち彼はこの世界の神――“リリア・ウトピシュトナ”に対する切り札であった。

 それが神の力であれば例外なく無力化し、両断する剣を持つ。故に彼の存在が最も価値を発揮するのは、対リリア、そしてユリア戦である。


「……俺は召喚された側の存在だ。主であるお前の命令に逆らう事は出来ない。そういう決まりだろう」


 ――第二の救世主、ホロン。

 巨人を操る救世主。嘗て世界に滅びを告げに現れた異邦の軍勢と戦い、それらを退けし少女。

 鋼鉄と樹木と生命を織り交ぜた三角形神体の適合者。普段は巨大な岩塊の形状をした“聖権”を持つ。

 その性質は拘束と制御。彼女もまた異邦を封じる概念を持ち、この世界の存在に対して力の無力化を発揮する事が出来る。


「特に他にやることもないし……ハレルヤは私をユグドラシルから救ってくれた。そのお礼はするつもりだよ」


 ――第三の救世主、黒き獣。

 名を持たない男。人にして異形の王。滅びを迎えた星に君臨し、その星に君臨する害悪全てを抹殺せし英雄。

 自分以外の全てを滅ぼす事で、“世界の寿命”を延ばした救世主。人類にとってはただの災害でしかないが、星を守護するという概念を持つ。

 その力は単純な殲滅において有力で、自分以外の全てを巻き込む広範囲攻撃の“聖権”は文字通り一騎当千の戦果を発揮する。


「…………」


 ――そして、第四の救世主、相良。

 彼はこの集まりを一人だけ遠巻きに眺めていた。そこに協調性と呼べるようなものは微塵も感じられない。

 それも無理はなかった。なぜならば彼だけは、ハレルヤに召喚された救世主ではないからだ。


「そのラダ神ってのが復活したら、本当に俺を元の世界に戻してくれるんだろうな?」


「約束は出来ないけどね。この世界を完全にラダが支配すれば、君を元の世界に送り返す事も可能になると思うよ」


「……その言葉、完全に信じたわけじゃねえが。とりあえず他に、手掛かりもないんでな」


 ゆっくりと重い腰を上げる相良。背にした漆黒の剣の感触を確かめ、静かに息を吐く。


「これで決まりだ。準備は整った。あとは儀式を始めるだけだ。この世界に存在する筈であったもう一人の神……ラダ神降臨の時だよ」


 両腕を開きながら語るハレルヤ。すると暗がりの中に一斉に篝火が灯り始める。

 周囲を覆うのは黒いローブに身を包んだラダ信仰の信者達。その数はこの広大な神殿を埋め尽くすほどである。

 ハレルヤはその景色を眺め、しかし人形のように美しい笑顔を崩さない。なぜなら彼にとってそれは心を動かすような景色ではなかったから。

 彼の目に全ては泥のように見えていた。木偶の群れが自分に跪いている。その何に歓喜し、どこで笑えば良いというのだろう。


「――退屈さ。いつだって、世界って奴は」




 いつだってずっと、走り続けてきた。目の前の今しか見て居なかった。先の事なんて後で考えればいいと思っていた。

 夕暮れの坂道を駆け上がれば、町の中心からシャングリラの景色を一望する事が出来る。そこで足を止め、マナは呼吸を整えていた。

 目に染みるくらい、真っ赤な空。全身を流れる汗も火照った体も、草原を吹きぬけた風が優しく冷やしてくれる。

 先の救世主襲来の傷跡はまだ癒えてはいない。しかし時の経過は確かに感じさせる。時間は止まっていない。常に未来へと流れ続けている。


「どうした? もうへばったのか?」


 ゆっくりと歩み寄るザイオン。マナは彼に背を向けたまま、苦笑を浮かべる。


「あの、先生……? 正直に、答えて欲しいんですけど……」


 それを訊くのが怖くて仕方がなかった。けれどここ数日、すっかり実感してしまったのだ。

 だから拳を握り締め、ぎゅっと握り締め、血が滲むくらいに握り締めて、意を決して問いかける。


「私……今、戦力になりますか?」


 振り返り、笑いながら口ずさむ。ザイオンは風に紫煙を靡かせながら眉一つ動かさない。


「私……学園の皆の……ユリアちゃんの力に……なれますか?」


 男は煙草を携帯灰皿に捻じ込み、前髪を掻きあげる。そこで“嘘”を吐く事は簡単だ。事実を突きつけるのも。けれども彼は、彼女の為に回りくどい言い回しを考える。


「今はまだ、無理だ」


 夕日を背に泣き出しそうな顔で微笑むマナ。ザイオンはそこに近づけずに居た。


「お前には才能があるよ。魔術師としてな。お前……アンリミテッドって知ってるか?」


「アンリミテッド?」


「そうだ。“限界突破者アンリミテッド”……。本来人間は一つの属性系統しか極める事が出来ない。しかしお前は全ての魔術を極める素養を持っている」


 そう、だから彼女は全ての魔術を平均的に取得できたのだ。

 その全てが今の所平均以下ではあるが、それは彼女が魔術を学べる環境で育たず、両親からも魔術を継承できなかった為。

 マナ・レイストームが持つ魔術の素養は、それこそ天才的である。それがどれくらいの領域まで成長出来るかどうかはわからない。何せこの学園には、ただの天才なら掃いて捨てるほどいるのだから。

 しかしマナがこの調子で毎日努力を怠らず、ザイオンの指導の下みっちりと魔術を学んだのならば……十二分、優秀な魔術師として大成するだけの素質はあるのだ。


「だがな、マナ。お前がユリアと同じレベルの戦闘を出来るとすれば……それはどんなに早くても十年はかかるだろう」


 今ザイオンはかなり甘い事を口にした。本来魔術とは一つの系統を極めるだけで一生を費やすものだ。アンリミテッドであれば、尚更時間はかかる。

 十年でただの素人が神の娘と肩を並べられるだろうか? そんな夢物語が叶うのならば、とっくにこの世界の誰もが英雄になっている。

 何百人という選ばれた者達の中で、更に限定された一部の天才の中の天才だけが、ユリアと同等の戦いを繰り広げる事が出来る。

 その為に十年……? 否。マナであれば、何十年あっても足りないくらいだ。


「今度、ユリアはスオン達と一緒に救世主殲滅戦に参加する事になっている。この際だからはっきり言うが、お前はそれに参加させない」


 それはザイオンが教師として彼女の実力と敵の脅威を考慮しての答えであった。それはマナもわかっていた。

 わかっていたからこそ、打ちのめされた。表情は笑顔のままだが、その場に膝を着く。ぽっきりと……心の中で何かが折れてしまった気がした。

 そんなはずはない、まだやれる、まだ頑張れる、あきらめるな、きっとまだチャンスはある……前向きな言葉の洪水で頭を満たしてみても、身体が動いてくれない。


「知ってたんです。私は天才じゃないって。私はただの田舎の村娘だって……それでも……それでも私……」


 憧れた。強烈に。

 あの日見た勇者の姿に。人々を救い、笑顔を振りまいたあの勇姿に。


「でも、今は……私、ただの……お荷物なんですね……」


「マナ……」


「どんなにどんなに心で強く想っても……壁を……越えられない……っ」


 歯を食いしばり、涙を流す。ぼろぼろと大粒の雫が頬を伝い、石畳を濡らす。

 泣いているのは悲しいからじゃない。世の中の理不尽を嘆いているからでもない。ただ、悔しいから泣いているのだ。

 自分の不甲斐なさを。自分の努力不足を。結果を出せない惨めさを。ただ打ちのされる為だけに泣いていたのだ。


「あの子を守ってあげられない……! 私は……何の為に……!」


「お前が気負うような事じゃないさ。ユリアは強い。正直な話、俺よりも……な」


「違うんです。それでもあの子は……私は……」


 マナが何に涙を流しているのか、ザイオンには良くわからなかった。

 そもそもわからない事だらけだ。何故この少女はこんなにも努力できるのか。こんなにも前向きで居られるのか。

 今だって諦めたから泣いているわけではない。結果が出せない自分をイジメているだけだ。そんな人間、本当に存在するのだろうか?


「焦る事はない。お前は俺が必ず一人前の魔術師にしてやる。必ずだ。お前がここを卒業する時には、俺を超える魔術師にしてみせる」


 泣きじゃくるマナの傍に屈み、頭をぐりぐりと不器用に撫でるザイオン。マナはその手を掴み、両手で握り締め、声を殺して泣いた。


「……強くなれるさ。約束する。お前は今そんなにも悔しいんだ。その気持ちを忘れるなよ、へこたれ」


 夕焼けを背景に、二人の影が伸びていく。やがてそれは途切れて闇に消えていくだろう。

 この日、マナ・レイストームの挑戦が一つ終わりを告げた。彼女の今の力では、救世主には叶わない。わかりきっていた単純明快な答えを今、漸く少女は受け入れ始めようとしていた……。

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