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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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邪神降臨(1)

「しっかし、まさか真正面からシャングリラに進攻してくるとはな。連中も中々肝が据わってるじゃねぇか」


 ディアノイアの校長室、窓辺に立つ大男は顎鬚に手をやりながら呟く。背後にはゲルト、ユリア、そしてローズの姿がある。

 例の救世主進撃から三日。街の被害は順調に修復を進めているものの、シャングリラ全体は未だ体勢を立て直せずにいた。

 救世主、ウォルス・ヤナ・ターンの一撃で砕かれた魔術による防壁は、その発生源であるラ・フィリアのシステムごと破壊されてしまった。こうなると修復は容易ではなく、シャングリラは丸裸にされたも同然であった。


「敵は相当の腕前ね。未知の術に未知の武器……これだけの被害で済んだのは僥倖と言えるわ」


「そうだな。それもゲルトやローズ、そしてユリア……お前のお陰ってわけだ」


 身長二メートルを超える大男であるソウルは屈んでユリアの頭を撫でる。撫でるという表現は随分マイルドにしたもので、実際は鷲づかみにしてグラインドさせているのだが。


「こいつがナツルとリリアの娘か。成程、親父譲りの無愛想な目付きだ。その反骨さは嫌いじゃねえが、泣き出しそうな顔を見ているとリリアを思い出すな」


「学園長、手を離してください。貴方の膂力は一般人とは桁違いなのですから、容易に子供の頭を捕まれては困ります」


 剣を抜いてソウルに突きつけるゲルト。高速振動していたユリアを放し、男は大笑いする。


「わははは! 大丈夫だろ、あいつらのガキならそう簡単にはくたばらん! それでローズ、こいつはどうだ?」


「そうね。使い物になると思うわ。確かにまだ幼いけれど、戦闘能力だけで言えば人間の領域を凌駕している……。何せ、この子は虚幻魔法が使えるのだから」


 ――虚幻魔法。それはかつてこの世界を生み出した神が、世界を作り、そして滅ぼす為に生み出した力。

 それは本来、個人が振るうレベルの力ではない。究極的な話、天地創造の為にある能力なのだ。神が大地を作り、空と海を作ったように、ユリアは命を左右する事が出来る。


「でも、異世界の救世主はこれでも消せなかった……。あいつら、やっぱりこの世界の人間じゃないから」


「だが、こちらの世界に依存し力を使っている以上、未知は未知でも奴らの術の根本にあるエネルギーはこの世界の魔力だ。虚幻魔法はそいつを無力化出来るからな」


 虚幻魔法はこの世界に存在する物を再生、あるいは消滅させる魔法だ。救世主の肉体と存在そのものは異世界の物だが、この世界で力を使う以上、この世界にある魔力を利用するしかない。それで編まれた結界など、ユリアにとっては無いに等しい。


「ところで、ユリアはもう一つの力も使えるのか? その、再生の力も」


 眉を潜めるゲルト。彼女は虚幻魔法の恐ろしさをよく理解している。

 かつてこの世界が神との戦争で疲弊し、磨耗し、滅びの寸前にまで追いやられた時だ。ラ・フィリアの遥か彼方、天空より響きし歌が世界を再生し、死者をも蘇らせた。

 それは全ての人間とはいかなかったが、少なくとも神との戦いで死んだ者は全てが蘇った。超超広範囲に対する、圧倒的な蘇生能力。それが滅びの魔法が持つもう一つの顔なのだ。


「恐らくその気になれば、ユリアは死者さえも蘇らせる事が出来るでしょう。しかし、それは人間には過ぎた力です」


 ユリアを見やり、その頭を撫でるゲルト。ユリアは目を瞑り、なされるがままにしている。その横顔をたまらなく愛しく想うからこそ、不安なのだ。


「死を超越し、死を撒き散らす力……。この子にはもっと命の重さを知ってもらわなければなりません。虚幻魔法は人の命を軽くしすぎる」


「二回もリリアに蘇生されたお前がいうと説得力あるなぁ」


 笑うソウルの声に何とも言えない表情を浮かべるゲルト。だが全く以ってその通り。ゲルト・シュヴァインは、とうの昔から死者なのだから。


「ソウル、貴方はどう考えているのかしら。今回の作戦、間違いなくこちらにも死者が出るでしょう。救世主との戦いとなれば、被害をゼロに抑えるのは不可能……だけど、この子の力があればそれが可能になるわ」


 腕組み思案するソウル。ローズの言う通り、学生がこの戦いで死んだとしてもユリアがいれば蘇生が可能だ。だがそれは人の理に反する行いでもある。


「虚幻魔法の存在は他の生徒には伏せておけ。俺は死んだ人間を蘇らせる事は良くないと考えている」


「どうしてさ。人が死ぬよりずっといいだろ?」


 むっとした様子のユリア。それもそのはず、大人たちはこぞってこの力を隠せという。メリーベルもレプレキアもそうだった。だが、ユリアは知っているのだ。

 この力があればどんな敵にも負けない。どんな悲劇だってなかった事にできる。それは極限の幸福だ。誰にでも幸せを分け隔てなく与える事が出来る。それこそ正に、神の如く。


「ユリア、いいか。人間は死ぬんだ。死ぬ事は悲しい。だから救いたい、それは合ってる。だけどな、死なない人間なんていちゃいけないんだよ」


「どうして?」


「人間は死を敬う。死を恐れるからこそ、死にたくないと願い、今を生きる。だから一生懸命になれる。誰かを愛する事が出来る。死は生命の誕生と同じく、尊いものなんだぜ」


 俯くユリア。正直な所、ソウルの言葉の意味は理解出来なかった。ふてくされる少女を前に、髭面の男は苦笑を浮かべる。


「お前もそのうちわかるさ。大切な仲間を持てばな」


「仲間……?」


「そうだ。仲間はお前を少しだけ弱くするだろう。だがお前はその何倍も強くなる。その時こそ、お前は本当の意味での勇者になるんだ」


 大きな拳を握り締め、逞しく腕を隆起させる。そうしてニカっと白い歯で笑って見せた。


「仲間を作れ、ユリア! お前の時代の、お前の為の勇者部隊を! さぁ往くのだ少女よ! お前の冒険はまだ始まったばかりだ!」


 振り返り、窓の向こうに広がる果てしない大空に叫ぶソウル。ユリアは何かかわいそうなものを見るような目で男を一瞥し、何も言わずに去って行った。


「……ところでソウル、救世主についてだけど」


「ああ。ガーグランドの校長とも話を進めている。どうやら救世主が出現しているのはクィリアダリアだけらしいが、外部大陸でも奇妙な現象が起きているらしい」


「奇妙な現象、ですか?」


 腕を組んだまま首を傾げるゲルト。ソウルは腰に片手をあて、ゆっくりと語り始めた。


「ガーグランドにある古代遺跡が活発化しているらしい。地上にあふれ出たガーディアンによる被害も出ているそうだ。尤も、その辺はガーグランドの学園が対応しているみたいだがな」


 ガーグランドというのは、外部大陸……つまりクィリアダリアとザックブルムが支配する南方大陸、北方大陸以外の大陸の事である。

 これまでクィリアダリアとザックブルムがそれぞれ支配する南方、北方の大陸がこの世界の歴史の基礎であった。それは神がこの二つの大陸以外の世界を作っていなかったからである。

 神の管理下から解放された後、この世界にはどうやら外側に広がる世界があるらしいという事がわかって来たのだが、まだその全貌を解き明かしたわけではない。

 それに伴い、現在ディアノイアでは外部大陸へ冒険者の派遣を行なっており、外部の拠点として要塞都市ガーグランドを建設。そこにディアノイアガーグランド校を作り、交流を続けているのである。


「ガーグランド……ですか」


 思わず呟くゲルト。そのガーグランドのある外部大陸……西方大陸へ最初に向かった部隊の中には彼の勇者、リリア・ライトフィールドの姿もあった。

 各地を放浪していたリリアはガーグランド校の建設に大きく貢献し、その後姿を眩ました。ゲルトは勝手に彼女が異世界に行ったのだと解釈しているが、周囲では行方不明になったという事実だけが広まっている。


「ユリアが行きたがっていました。母親が作った街を見たいと」


「ディアノイアの生徒なら行く事もあるだろうよ。とりあえず今は目先のラダの使徒が先決だけどな」


「それにしても、ラダの使徒はどうやって救世主を召喚しているのかしら?」


 深々と息を吐くローズ。そう、そもそも救世主召喚はそんなほいほい気楽に出来るような代物ではないのだ。

 かつてこの世界に召喚された救世主だが、その時彼らを召喚したのはこの世界の神々であった。

 この世界は元々、上位世界に該当する救世主たちの世界から生み出された幻想である。故に、上位世界から下位世界へ移動するというのは、実はそれほど難しい理屈ではない。その世界において時間と空間を制御する権限を持つ存在ならば、上下の世界移動は可能なのだ。

 しかしそれでも召喚できるのはこの世界が作られる原因となった人物のみであった。この世界の基礎部分を作り出した本城冬香、兄本城夏流、そして親友の如月秋斗。この三名は元々救世主としてではなく、この世界が発生する為に必要とした人間だ。故に召喚と言っても大それた物ではなく、世界を作った人間だから行き来できるという簡単な理屈であった。

 だが、今は明らかに異常である。なにせ上位世界でもなんでもない、直接の関係がない世界からも救世主が召喚されている。ウォルスにせよあの黒き獣にせよ、どう考えても夏流がいた世界の者ではない。


「それに関しては、世界移動の術を開発しているメリーベルに訊くしかないでしょう。彼女には新しい剣をこさえてもらっている所で、丁度近々こちらに届けに来ると言っていました」


「ま、そうだな。正直な所、専門家に任せるしかねぇだろうよ。まさか異世界から害となる存在が現れるとは、俺達も想定してなかったしな」


 それもそのはず、この世界に異世界人は三人のみと決まっていたし、彼らもその全てが善良ではなかったとはいえ、最終的には世界を救う為に動いてくれた恩人だ。それが敵に回るなど、想定外もいいところ。


「俺達は俺達の仕事をするぞ。これ以上シャングリラが戦場になるのは困る。こちらから打って出るしかねぇ」


「確か、イルシュナ先生の部隊が諜報活動に動いている筈です。アジトを調べ上げて、一斉に叩き潰すしかないでしょう」


「テロリスト相手の戦争と言うのも、なかなかどうして虚しいものね。こんな事をしても誰も幸せにはならないというのに」


 ローズの落ち着いた声に頷くゲルト。そう、こんな戦いは無意味だ。だがもしもそこに意味を見出す者がいるのだとしたら――その者は一体、先に何を見ているのだろうか?




邪神降臨(1)




「……マナ。マナ・レイストーム」


 ぽかぽかと晴れた陽気の下、道端に転がっているマナの姿がある。その傍で煙草を吸っているのはザイオンだ。


「おいへこたれ娘……起きろ!」


「げふぅ!! 存在してごめんなさい……マナはゴミです……道端に転がる空き缶なのです……!」


 ゆっくりと起き上がるマナ。寝ぼけているらしく意味不明な事を呟いているが、こんなものを気にしていたらこいつの教師は務まらない。


「しっかりしろ。ほれ、立つんだ。道端で寝るんじゃねぇ」


 差し出された手を取り立ち上がるマナ。その両膝は完全に笑っている。口元からは涎が垂れ、目の下には遠巻きに見ても分かるほど色濃くクマが出来ていた。

 救世主襲撃から三日。その間マナはずっとザイオンと共に訓練を続けていた。平均睡眠時間は二時間。彼女はそれ以外の二十二時間を半分ずつ座学と実技に割り振り実行していた。

 立っていられない程の強烈な疲労に膝を着き、倒れそうになる。意識がはっきりすると胃の中の物が逆流し、我慢しようにも口から漏れてしまう。


「げぇ……っ! うぇええっ!」


 その様子をザイオンは不安げに見つめていた。誰がどう見ても魔力の枯渇症状である。毎日休む間も無く魔法を使い続けていれば誰だってこうなる。


「どうした、もう限界か? まぁ無理も無い、お前はただの人間なんだからな」


 だがあえて心配する気持ちを殺し、辛辣な言葉をかけた。これは彼女が望んだ事、こうしなければ彼女はいつまで経っても普通の人間を脱する事が出来ない。

 口元の汚物を拭いながら涙目で立ち上がるマナ。両足は相変わらず震えていたが、今度はしっかり立つことが出来た。


「やれます……まだ、まだ……まいったなんて、言ってませんよ」


 その目には狂気にも似た光があった。果てしなく眩しい決意と覚悟……それは彼女が望んで己に課した地獄であった。

 先日の事件を垣間見たマナは、そこで圧倒的な……本当に途方も無く圧倒的な力の差を見せ付けられた。自分が百人……いや、千人いたって救世主には勝てなかっただろう。

 自分の弱さは知っていたつもりだ。だがもう知っているだけじゃない。ひどく打ちのめされ、思い知らされた。自分は弱い。情けない。ダメにも程がある。こんなんじゃあ、何百回死んで生まれ変わっても英雄になんかなれっこない。


「なら全身に魔力を込めろ。常に可能な限りマックスまでエネルギーを放出するんだ。それが魔力総量を底上げする唯一の方法だ」


 厳密な意味で、魔力総量を上げる方法など存在しない。それは生まれ持った才能の一つだからだ。

 だが、マナの限界はまだ見えていない。彼女は限界まで力を使った事がないのだから当然である。彼女が内包するキャパシティを完全に解き放つには、この追い詰められた状況を継続するのが手っ取り早いのだ。


「その状態で基礎体力をあげろ。自然と魔力を使った肉体操作が覚えられる。お前がぶっ倒れるのはまだ身体に頼っているからだ。身体は魔力で反射的に動かせ」


「……はい!」


 再び走り出すマナ。こうしてシャングリラの外周を何十週しただろうか。もう回数もわからないし、時間の感覚もなかった。

 酸素を求めて動きすぎた肺がパンクしそうになるのを魔力で支える。感覚の無い両足も魔力で動かす。もう口から出ているのが呼吸なのか呻き声なのかわからないが、そんなものは気にしない。


「走れ走れ! 限界まで走り続けろ! 自分を殺すつもりでやれ!」


 どうやっても追いつけないバケモノを見た。だけどそれに追いつきたい。諦められない。どうしてもと、どうしてもと哀願するのであれば。

 それはもう、命を削るしかない。時間を削るしかない。心を削るしかない。人間らしい部分を削って付け足して、それでもまだ遠い。そんな場所に行こうと決めたのだから。

 マナは走り続けた。日が昇り沈むまで、がむしゃらに走り続けた。そして彼女の中で何かが変わろうとしていた。

 意識が限界まで薄まり、気絶しているも同然のまま無意識に走り続けた。気付けば一周のタイムが縮まっていた。見る見る一周が早くなる。彼女はそれと知らないまま、その速力は最初の三倍近くにまで跳ね上がっていた。尤も、それでもまだユリアには程遠いのだが。


「――ぁ、――ぅ――は――は――っ」


 何度目か分からない気絶を経てマナは顔面から石造りの大地に倒れこんだ。体がぴくりとも動かず、魔力もすっかり干上がっている。


「……限界か」


「……いえ……まだ……いけ……ます……」


「いや、限界だ。それくらいは見れば分かる。ほれ起きろ、少し休憩を挟む」


 襟首を掴み強引に起こす。マナの目は虚ろで口と鼻からは夥しい量の血が流れていた。

 マナを抱きかかえ、ベンチに寝かせるとザイオンは回復を始める。とはいえ回復できるのは肉体的な損傷のみで、魔力までは回復出来ない。

 仕方ないのでカバンから回復薬を取り出し、マナの口に流し込む。多少回復速度が上がり、僅かな睡眠でも死を回避出来るだろう。


「全く……異常な根性だよ、お前は。初日で根を上げると思ったんだがね」


 返事はなかった。もうとっくにマナは眠りについていた。胸を上下させながらすやすやと眠っている。


「しかし……ひどい匂いだな。とりあえず一度風呂に入れるか……」


 眠ったままのマナを自分の家まで持ち帰るザイオン。そうして寝ているマナの服を引っぺがし、お湯を溜めた湯船に放り込んだ。


「ひぎゃああああああ熱いぃいいいい!! って、ここはどこですか!?」


「俺の家だ。お前血とゲロと汗が混じった壮絶なにおいがするから洗っとけ」


「っていうか裸にしましたね!? 先生、教え子の服を引っぺがしましたね!?」


「それがどうした。お前みたいな胸がでかいだけのガキんちょに興味はない。さっさと済ませろ時間が勿体無い」


 喚くマナを無視して立ち去るザイオン。マナは三日ぶりの風呂に浸かりながら深々と溜息を吐いた。

 体中の筋肉が断裂し、内出血しているのがよくわかる。風呂に入るのも苦痛で、耐え切れず立ち上がろうとして足が崩れてしまう。


「……まったく、凡人だなぁ、私は……。ユリアちゃんなら……リリア・ライトフィールドなら、こんな風にはならないんだろうなぁ」


 ゆっくりと、ゆっくりと瞼を閉じる。そうしてマナが思い出したのは三日前、ザイオンに告げられた悲しい現実であった。


「お前の魔力総量は、平均よりやや上くらいだ」


 その言葉の意味が最初はわからなかった。だが魔術を行使するのが仕事の魔術師にとって、魔力総量とは自分の力の限界に他ならない。

 確かに、技術を磨いて効率化を図り、道具を駆使し、仲間を駆使し、そうして魔術で戦うのが魔術師だ。だが魔力総量が大いに越した事はない。


「本当にやや上くらいだ。決して優秀とは言えない」


「あの、参考までに……ユリアちゃんはどのくらいなんですか?」


「魔力総量を数値化する事は出来ないので、まあざっと見た所の概算になるが……ユリアはお前の十倍くらいかなー」


 いい笑顔のまま固まるマナ。今ので完全に一度心をやられてしまった。


「まあ、多ければ多いだけ強力な魔術を連発できるって事になる。ユリアくらいの魔力量なら、適当に放出するだけで大魔法並の威力だろうな」


「そ、そんなぁ~……あんまりですぅ……」


 めそめそと泣き出すマナ。ザイオンはその様子を眺め、咳払いする。


「実は、俺も魔力総量はそんなに高くない。お前より少し上くらいか」


「えっ?」


「アクセルを見たか? あいつに至ってはお前と同じくらいだ」


 思わずぽかーんとしてしまう。ザイオンもアクセルも、ユリアに匹敵する戦闘力を持つ。それが自分と大差ない魔力総量だというのだから、驚くのも無理は無い。


「魔術の奥深さはそこにある。術式を理解し、最適化し、効率化を図り、研ぎ澄ます事で消費量を少なく、そして効果を大きく出来る。魔術師にとって一番必要な才能はそこだ」


「じゃあ、私みたいなのでも強くなれるかもしれないんですか?」


「不可能ではないということだ。その為にも先ずはお前の魔力総量を限界まで引き出し、底上げする。それをクリアしたら、本格的な魔術を教えてやるよ」


 ぱあっと花開くように明るい表情になるマナ。思わずザイオンに飛びついてしまう。


「宜しくお願いします、師匠!」


 とまあ、そんな事もあったのだが……気付けばマナは寝たまま湯船に顔面をつけていた。慌てて顔を上げ、水を吐き出す。


「うええっ! 死ぬ! 本当に今死ぬところだった!」


 暴れながら湯船から零れ落ちる。本当に死にそうな気分だが、それでもこれは自分が望んだ事。だから我慢出来るとかそういう事じゃなくて、これがいいのだ。


「待っててね、ユリアちゃん。きっと君に追いついてみせるから……」


 震える身体に力を込めて立ち上がる。少女の一歩はまだまだ小さく、麓を歩き出したに過ぎない。だがそれは確かに遥かなる奇跡への挑戦開始を意味している。

 鏡に映る自分を睨み笑みを浮かべる。無茶と無謀の彼方、その瞳は確かに明日を信じていた。

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