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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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異教崇拝(2)

「ダメだぁああああーッ!!」


 拝啓、家族の皆様。

 お久しぶりです、マナです。何だかもう大変な事になってしまいました。

 とりあえず、気持ちを落ち着ける為に前回までのあらすじをざっと紹介したいと思います……。

 わたし事マナ・レイストームはディアノイアへ入学する事になりました。と言っても実はわたしの合格通知は学園長のミスで届けられた物で、実際の所わたしは試験に合格はしていなかったようです。

 しかし、学園長に直談判した所、なんだか良く分らないけど入学を許可されてしまいました。泣きながら帰る寸前だったので、それはラッキーだったのですが……。


「全く周りについていけねぇええっ!!」


 なんかもう喋り方がわけわかんなくなってきました。

 わたしが今見ているのは一年生の前期試験の結果です。所謂テスト返しという奴です。わたしの手がぷるぷるしているのは決しておばあちゃんになってしまったのではなく、その内容があまりにもズタボロだったからです。

 当たり前といえば当たり前ですよね。わたしは実力で入学したのではなく、お情けの入学……つまりみそっかすなのです。

 わたしの入った魔術学科の入学最低ラインは攻撃魔法LV3の取得……でも私はLV2までしか使えません。もう実技のテストはボロボロで、0点どころか殆どマイナスみたいな状態でした。

 筆記試験もなんかもうわけわかんないのばっかりっていうか、そもそも見覚えの無い問題が平然と出てくるっていうか……。なんで入学して一ヶ月くらいの試験なのにこんなに難解なのか、みたいな……。

 でも多分、難解じゃないんですよね。周りの子達は出来てるんだもの……。何も出来ないわたしの唯一の取り得は、魔術学科にはあまり関係のない世界史の筆記テストくらい…………。


「何故世界史かというと、わたしが勇者マニアで色々と歴史の事を趣味で調べているからです」


 誰に説明しているのでしょうか?

 兎に角、わたしはもうダメそうです。この試験の結果を見て、自分が取得する魔法のジャンルを選択するらしいのですが、私はどれも軒並みダメダメです。

 これから一体わたしはどうすればいいのか……。途方にくれてたそがれてしまう、春も終わりそうなとある日の午後なのです……。


「あら? どうしたのマナ、一人でそんな顔して」


 そんなわたしに希望があるとすれば、それはあのゲルト・シュヴァインとなんとなくお近づきになれたという事です。

 ゲルト先生はたまにディアノイアの中で顔を合わせると、こうしてわたしに声をかけてくれます。奇跡!


「あ、ゲルト先生……実は……」


 試験の結果が記された紙を差し出します。先生は一瞬明らかに驚嘆した顔を浮かべ、それから取り繕ったように微笑みます。


「えーと……うん……そうね」


「素直に言ってくれていいですよ……お前はゴミ以下の低脳だって……」


「そ、そこまでは思ってないわよ? でも、これは厳しい結果ね……。マナはどういう魔術を先行していくつもりなの?」


「それも決まってないんです。わたし、得意な事が一つもないんです。見て下さいこの魔術検定の結果……全部だめなんです」


 がっくりと肩も落ちるという物。しかしゲルト先生は少し不可解そうな顔をしています。


「ねえマナ、貴女、得意な属性は何?」


 きょとんとしてから考えます。それはわたしも知りたいくらいなので。

 普通、人間には潜在的に持つ属性への適正という物が存在します。

 火、水、風、雷、地、光、闇――。その適正によって、取得出来る術のパターンや系統が決まってくるのです。しかしわたしは全部の属性魔法がLV2まで使えるのですが、逆に言うとそれ以上は使えません。

 つまり、本来持っているはずの『得意系統』がわからないのです。わたしの田舎ではLV2以上の魔法を独力で覚えるなんて無理だったから、仕方ないのですが。


「せめて得意な属性が分れば、それを重点的に鍛える事でレベルアップが見込めるんだけど……」


「ザイオン先生も言ってましたね。とりあえずそれを調べる為に、全部の属性のLV3を練習してるんですけど」


「効率、悪そうね……。普通は自ずと系統の得意不得意は理解出来るものなんだけど」


「みそっかすですから……」


 遠い目になってしまうのですよー。


「私がもう少し暇なら、術の特訓に付き合って上げられるんだけどね」


 苦笑するゲルト先生。ゲルト先生はこの学園でも一二を争う実力者なので、わたしみたいなへこたれに構っている時間はないのです。

 伝説の黒の勇者、ゲルト・シュヴァイン……そりゃそうですよね。最初はもしかしたら魔法を見てもらえるかもとか思ったけど、そんな余裕あるはずも無く。

 勿論、魔術学科のザイオン先生も凄く優秀な魔術師なのは分るのですが、やっぱり『勇者』に見てもらえたら、一番幸せだなって……。


「そういえば、最近ユリアちゃんはどうですか?」


「ユリア? ええ、いつも通り頑張ってるわよ。めきめきと新しい術も技も覚えて、恐ろしいペースで強くなってるわ」


 と訊ねるのは、実はわたしはあんまりユリアちゃんと会えていないからです。

 ユリアちゃんが入った学科は、わたしの魔術学科とは全く違うし、ユリアちゃんはあの実力……わたしなんかと同じ場所で同じ内容の授業を受ける筈もありません。

 だんだんとユリアちゃんに会えなくなって、ユリアちゃんはかわいいし、凄く強いし、リリアの娘だから大人気で、新しい友達が沢山出来たみたいです。

 それに引き換えわたしは……みそっかすだって事が皆もわかってるから、いつやめるのかな? くらいにしか思われてなくて。失敗ばかりで授業でも足を引っ張っちゃうからいい顔されなくて、ちょっとクラスでも浮いてます。


「……マナ、あまり気を落とさないで。一つ一つ順当にやっていけば、必ず努力は報われるわ」


 優しく肩を叩いて笑ってくれるゲルト先生。その笑顔で挫けそうになっていた心が少しだけ元気になります。


「……そうですよね! 英雄になるって決めたんだから、もう故郷には帰れません! わたしは絶対、ディアノイアで英雄になるんです!!」


「ふふ、その意気よ。それじゃあわたしは行く所があるから」


「はい! 先生、ありがとうございます!」


 ぶんぶん手を振って見送ります。先生の背中が見えなくなってから、もう一度試験の結果に目を落としました。

 努力は報われる。絶対に夢をかなえる……そう誓って、信じてここに居ます。でも……。


「……本当に、わたしなんかが……ここにいていいのかな?」




異教崇拝(2)




「それでは、定期職員会議を始める。まずは各学科の報告事項から……」


 ディアノイア校舎、職員棟。一階にある職員室の真上、二階にある巨大な会議室に職員達は集まっていた。

 職員会議を取り仕切るのは教頭である、ルーファウス・ヴァインベルグ。彼を取り囲むように設置された円卓に各学科の教師が腰を下ろしている。


「ちょっと待った! それより先に話すべき事があるんじゃないか?」


 立ち上がり、前のめりに声を上げるアクセル・スキッド。ルーファウスは眼鏡を中指で押し上げ、肩を竦める。


「物事には順序と言うものがある」


「だからこそ、だろ? ラダの使徒への対策について、会議の時間を多めに割くべきだ」


 戦士学科担当教師、アクセル。学園一の武闘派教師であり、戦士学科の実習として対ラダの使徒殲滅戦にも参加している立場にある。


「報告書は既にあげているはずだ。先日、うちの剣士クラスの生徒がラダの使徒のアジトへ踏み込んだ際、厄介な相手に遭遇した。相手はかなりの使い手で、“救世主”と名乗ったそうだ」


 “救世主”――それは、嘗て滅びに瀕したこの世界を救い、神をも打ち滅ぼしたという伝説の英雄を指し示す言葉だ。

 異世界から召喚された救世主はこの世界において絶大な能力を発揮する。更に神の法である“虚幻魔法リヴァイヴ”を受け付けず、森羅万象を操る神という存在に対しても対等に闘う事が出来た。

 かつて世界に滅びの運命を下したヨト神はこの救世主の活躍により封じられたと言われている。救世の大英雄、それが救世主なのだ。


「ラダの使徒側に救世主が現れた……それが事実だとしたら、こいつは放置出来ない事態だ」


「その件については既にある程度対策を考えてある。こうなってしまっては順序もへったくれもないが、お望みどおりラダの救世主対策について話し合うとしよう」


 腕を組み溜息を一つ。ルーファウスは話を続ける。


「先日剣士クラス二年、スオン・スキッドがラダの救世主に撃退された」


「……スオン? 剣士クラスのエースじゃねえか」


 頬を掻きながら呟くザイオン。スオン・スキッドと言えば、二年でありながら頭一つ抜けた戦闘力を持つ天才。“ブレイドダンサー”の異名を持つ、剣士クラスの切り札である。


「闘技場対戦成績はぶっちぎりの二位だったな。それがタイマンで撃退されたのか?」


「スオンは骨折四箇所の重体だ。今は医務室で預かって貰っていて、命に別状は無い」


 椅子にどっかりと座りながら語るアクセル。ザイオンは煙草に火をつけ、頭の後ろで手を組みながら思案する。


「その救世主っての、本物だっていう保証はあるのか?」


「本物であるかどうかは、あまりこの際重要ではないわね。問題はこの謎の敵が救世主を名乗っているという事実」


 医術学科担当、カソック姿の老婆ローズ・オーファンは腕を組み口の端を持ち上げるように笑う。


「それが嘘か誠かは兎も角、救世主の名を語る者が敵として存在する事は十二分に脅威ね。救世主の威光はそれほどまでに蔓延しているわ」


「……同様のケース、道の敵によるラダの使徒殲滅作戦の妨害は確かに確認されています。連中の中には複数、件の救世主モドキがいると思われます」


 ローズに続き声を上げたのは冒険学科の担当教師、イルシュナ・フィオレス。これで会議に出席している教師は全員……否、残りは一人。


「すみません、遅れました」


 両開きの扉を押し、入ってくるゲルト・シュヴァイン。担当学科は“勇者学科”――これで漸く全員出席である。


「遅いぞゲルト」


「廊下で生徒と話しこんでしまいました。以後気をつけます」


 ルーファウスの非難の目をかわし席に着くゲルト。ルーファウスは咳払いをし、手元の資料を配る。


「ラダの使徒はその救世主モドキも含め、戦力を補強しつつある。これは連中が元々先の大戦被害者の集まりであった、という成り立ちからもある意味妥当な事だ。先の大戦で人類の総人口は半分以下にまで落ち込み、世界中が混乱と闘争の最中に突き落とされた」


 更にその破滅の根源が誰もが信じていた創造神ヨトだったのだから、反発は当然である。

 ヨト信仰の威光で大陸を支配していたクィリアダリアは非難の的となった。しかしこの混沌とした世界を治める事が出来るのもまたクィリアダリアだけであり、世界は今非常に微妙なバランスの上に成立している。

 ラダ信仰と呼ばれる新興宗教が台頭しはじめたのは最近の事だが、元々秘密裏にこの密教は勢力を拡大し続けてきた。

 そのゲリラ的な行動原理は厄介で、広大なこの大陸の各地に拠点を隠し持ち、そこからテロリストを送り込むという仕組みが完成しつつある。


「一ヶ月ほど前、大陸横断列車であるパーシヴァルが連中にハイジャックされる事件が起きた。結果的に勇者の娘、ユリア・ライトフィールドが居合わせた事で無事に解決したものの、本来あってはならない状況だ」


 パーシヴァルは外部大陸とクィリアダリアを繋ぐ唯一の交通手段である。故にこれは常に厳重な警戒が施されており、ハイジャックと口にするのは簡単だが、実行するのは決して容易くないのである。

 この交通手段を封鎖されるということは、文字通り外部大陸との交流の術を失うという事だ。外部にある英雄学園との連絡が途絶する事は、そのまま学園計画全体の遅延に繋がるし、物流が途切れればクィリアダリア全域に影響を及ぼす事だろう。


「他にもラダの使徒は各地でテロを起こし続けている。専ら狙われていたのはヨト信仰の教会、或いは関係者だったが、現在では手口がどんどん煩雑になり、無関係な一般人も容赦なく巻き込むようになってきている」


「聖騎士団の連中は、広がりすぎたクィリアダリアの国土を守るので精一杯……あちこちで戦争の火種が燻ってるから、大げさに戦力を動かす事も出来ない、か」


 煙草を灰皿に押し付けながら語るザイオン。実際聖騎士団の戦力は先の大戦で大幅に低下し、現在は全盛期の三分の一もないだろう。

 聖騎士団という国の治安を維持する軍組織が正常に稼動しきれないという現状が、ラダの使徒や周辺諸国との闘争、国民の暴動等が収まらない原因にもなっている。


「ラダの使徒への対策については、女王よりディアノイアへ要請がかかっている。我々も部隊を組織し、正式に異端狩りに参戦する事になるだろう」


 ルーファウスの言葉に沈黙が流れる。混乱の最中にあったとはいえ続いた平和。これまで学園の生徒が卒業前に戦闘に狩り出される事はそうそうなかった。

 かつての時代のディアノイアとは状況が違うのだ。今の生徒達のレベルは全盛期程ではないし、実戦を経験している子達はかなり少ない。

 魔物狩りの実習とは訳が違うのだ。相手は熟練の戦士達……件の大戦を生き延びた者達だ。それを相手にするには生徒達では心許ない。


「ルーファウス、俺は反対だ。スオンが撃退されるレベルの相手が複数いる可能性がある。下手をしたら片っ端から殺されちまうぞ」


「何の為のディアノイアだ、アクセル? 我々は常にこういう状況を想定して教育を施している筈だ」


「相手が悪すぎる。せめて救世主相手は俺達がすべきだ」


「その真偽を確かめもせず、噂に流されて我々がここを離れれば奴らの思う壺だろう」


 にらみ合う二人。しかし確かに現状ではルーファウスに理があるのが事実だ。


「後期試験の結果如何により、生徒の中から幾つかチームを選抜する。戦士、魔術、医術、冒険、勇者……各クラスから一名ずつ実力者を選び、勇者クラスの生徒をリーダーとして運用する予定だ」


「無難な選択ね」


「確かに……既に実戦に耐えられるレベルの生徒は何人か見繕う事が出来ます」


 ローズに続きイルシュナが同意する。ルーファウスはそのままゲルトへ視線を向けた。


「勇者クラスの生徒は総動員とする。総員16名の勇者候補生、全員を実戦投入だ。無論、ユリア・ライトフィールドもな」


「……確かに実力は文句なしですが、まだユリアは……」


「あの子もそれを願っている事だろう。かつて母が歩いた道だ。あの子の存在は、戦場を切り開く光となるだろう」


 口を紡ぐゲルト。それを同意とみなし、ルーファンスは話を進める。


「では、順序が逆になったが定例報告を始める。先ずは魔術学科から」


 頷き立ち上がるザイオン。深く息を吐き、言い放った。


「特に問題はなし……ただ、一人尋常じゃない落ち零れが混じってる」


 教師達の視線が集中する。ザイオンは書類を封筒から抜き出し、テーブルに置いた。


「マナ・レイストーム……問題児だ。元々不合格だった者を校長がお情けで入学させたもんだが、この一ヶ月まったく授業についてこられていない。他の魔術学科の生徒からも、何故特別扱いで編入できたのかと問い合わせが入っている」


 眉を潜めるゲルト。ザイオンはどっかりと椅子に座り、新たな煙草に火をつけた。


「正直、夢見がちな田舎の小娘って感じだな。家柄も血統も無名の凡人だ。学園長の気まぐれはいつもの事だが、このままじゃマナ自身によくねぇと思う」


「……退学にさせるつもりですか?」


 声を上げるゲルト。が、ザイオンは何故ゲルトがそんな事を言ってきたのかよくわかっていない。


「いきなり退学ってのはねえが、もう少し様子見だな。ただ、後期試験の結果如何ではそういう話になるかもしれねぇわな」


「一応、うちの生徒は全員何とかしてやりたいけど……素人が混じってると色々危ない所はあるんだよな」


 困った様子で唸るアクセル。実際この学園では致死の術や技を平然と取り扱っている。ミスをすればそれだけ反動も大きいし、生半可な実力では授業についてくる事など不可能。

 お情けで席を残してやる事は簡単だが、それで事故に発展すれば本末転倒。ザイオンも意地悪を言っているのではなく、教師として生徒の安全やその人生に対し真剣に考え、適切な答えを出さねばならない。


「私もお前達の気持ちは良く分るが、あれでソウルの人を見る目は確かだ。もう少し様子を見て、次回の職員会議までに資料を提出してくれ」


「ああ、わかった」


 ルーファウスの一言でこの話題は終了した。しかしゲルトはマナが今後どうするべきなのか、その扱いについて悩み続けるのであった。

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