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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第五章『アーク・リヴァイヴ』
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異教崇拝(1)

「――まさか、こんなにもオルヴェンブルムに近いとはな。穴倉に潜って我が物顔とは外道らしいが、些か聖騎士団の甘さに苛立ちも覚える」


 月夜の草原を抜け、視界にあるは洞窟。入り口には見張りが二人、杖を携え佇んでいる。


『位置情報は把握したよ。これで万が一君が奴らに殺されても、直ぐに殲滅戦を開始出来るね』


 明るい口調だ。少年の声。夜空を見上げ、少女は口元に笑みを浮かべる。


「全く、口の減らない……。そんな事より君は今度の試験の心配でもしておくべきだ。実技に関しては経験不足だろうに」


『お生憎様、僕は実戦に出ないタイプの魔術師だからね。精々机上の空論でも並べて、教師のご機嫌伺っておくさ』


 歩き出す。草の根を踏み、ゆっくりと。見張りは彼女の接近に気付いてはいるが、特に何か仕掛けて来る気配は無い。

 それもその筈、見張りは現在視角情報を遮断する類の術式で防御中なのだ。万が一ここを一般人が通りかかったとしても、まさかこの洞窟の存在に気付く事はないだろう。

 手出しをしてこない理由は二つ。第一、先手を打てば視角遮断の術式が解れ、姿を現す事になる。『彼女』には既に敵の姿が見えているが、そうであるとは限らない。であれば、イニシアチブを取れるように息を殺し構えておくのは当然。

 第二に、『彼女』が自分達にとって敵ではないという可能性が挙がる。元々敵だの味方だのを容易に判断出来る目安もないのは、この組織の成り立ちからして止むを得ないのだが。


「失礼。こちらで集会を行なっていると聞き参じたのだが、相違ないか?」


 そこで見張りは自分達の姿が見られている事に気付く。見張りは二人、同時に杖を構え少女に応じる。


「紹介状は持っているか? 或いは誰からの紹介か、名を挙げろ」


「私の知る限り、巷で聞くラダ神は何人も拒まず受け入れる神なのだが、身の証がなければ集会には参加出来ないと?」


「我らが神の御心は慈悲深くあらゆる罪を抱擁するが、故に我らはその秘密と神性を保たねばならぬのでな」


 その返答に口元に手をやり思案する。成程、この見張りの錬度は決して低くない。聖騎士団所属の術師に匹敵するだろうか。

 先日発生したハイジャック事件に参加していた程度の低い信者とは訳が違う。大方先の『聖戦』で拠り所を失った騎士の類だろう。或いは元学園の生徒と言った所か。


「……気が重いな」


 少女は呟き、身体を覆っていたマントを一息に脱ぎ捨てた。

 その身を包むは純白の制服。腰には六の剣を提げ、金色の髪を風に靡かせる。


「『学園』の制服……!? ディアノイアの生徒か!」


「如何にも。我が名は剣士クラス二年、スオン・スキッド。異端崇拝の摘発に来た……といえば話が通じるか?」


『うわ、そんな名乗りするか普通……バカだろ、スオン』


「バカ正直と言ってくれ。我が美徳だ」


 腰に手を当て微笑むスオン。それに対する見張り二名の反応は――当然、術の詠唱及び迎撃の構えであった。

 目を見開くスオン。その視界には敵の構えと詠唱から次に発動する術式が“視えて”いる。これは彼女の能力ではなく彼女をアシストしている人間の術だが――。


「火炎と雷撃、か」


 すっと、片腕を前に。見張りは杖を振るい術式を発動。大規模な詠唱を必要とせず、杖に仕込んだ術式を媒介とした“短縮魔法”である。

 放たれた魔法の一撃はショートカットから繰り出された物にしては強力。その威力は一国の騎士団員と遜色ないレベルだろう。

 次の瞬間、草原が波打った。風はスオンの指先から螺旋を描き、その身体を覆う様に捻る。火炎も雷撃もその流れに導かれるように捻れ、目標から左右に散るようにして地を焦がした。


「止めろ、無駄な抵抗は。貴様達では私は倒せんよ。大人しく摘発されるなら良し、そうでなければ――」


 言葉が最後まで紡がれる事はない。今度はショートカットを経由したとは言え、二節の術式詠唱。片方は火炎、片方は雷撃。しかし先の一撃とは威力が段違いである。

 眉を潜めるスオン。正直な所、彼女は魔法攻撃の防御という物が苦手であった。専らその能力は相手を倒す事に傾いている為、真正面から高火力の術を叩き込まれれば無傷という訳には行かない。


「警告はしたぞ、外道。私は詫びないからな」


 土を踏む爪先。踵に風が渦巻き、螺旋を描いて放出する――。

 即ち、風力による加速。詠唱が完成すれば不利。故に先手を打ち踏み込むは当然。大地を抉りながら瞬く間に距離を積め、炎の術師へ手を伸ばす。

 風を纏った足で素早く放つ蹴り。軸足の周囲が爆ぜ、それが暴風の駒が放つ一撃である事を示す。容易に杖を粉砕、胴体に一撃が入ると風が弾け、見張りは回転しながら吹き飛んでいく。

 その間に雷の術師が詠唱を完成させる。スオンは放出された雷の槍をその場で横に身体を回転させ、撫でるように指先に乗せた。


「お返しするよ」


 体ごと回転し、光はUターン。指を弾くと槍は自らを放った術師へ突き刺さり、轟音と共に爆ぜ熱を放出した。


『お見事な手際は結構だけど、入り口を“観て”くんない? 多分トラップの類があると思うんだよね』


 彼女にだけ聞こえる声に急かされ洞窟の入り口へ向かうスオン。その瞳が淡く光を増していく。


『まあそりゃそうだけど、厳重な警備で。警報系が二~の、迎撃系が三~の……。遠隔割り込み開始、術式中和するよ』


 スオンの瞳に収束した光が放たれ、線となって洞窟の入り口を指し示す。そこで目には見えない“壁”に当たり、描かれた紋章をなぞって行く。


『インターセプト……全工程完了。後はお任せ、スオン』


 しかしスオンは動く気配がない。倒れた二人の見張りを見やり、何やら感慨深く呟いた。


「戦争が作った人々の心の傷……そう容易くは癒えぬという事か。連中は正にこの世の映し鏡……闇そのものだな」


『一度は滅びかけた世界なんだ、まともになっただけでも奇跡だと思うけど、実際ままならない事も多いね』


 かつてこの世界は一度神と呼ばれる存在の手で滅びかけた。後に第三次勇者聖戦と呼ばれる事になったその戦争は、人々の心に多くの傷と闇を残していった。

 元々歪んだ均衡で守られていた世界だが、それをまとめていたのがヨト神と呼ばれる万物の神を崇拝する“ヨト信仰”であった。まさかそのヨト神が世を消滅させと襲ってくる事になろうとは、誰も予想だにしなかっただろう。

 結果、ヨトは文字通りの創造神であり、あらゆる生命を抹消すべく圧倒的な力を振るった。破竹の勢いで滅亡へと追いやられた人類種が、神に、そしてこの世界に絶望したのは必然であった。


『あの聖戦以降、何とか持ち直しはしたけど……結局は何も解決してないって事さ。だからラダ信仰とか、わけのわからん新興宗教が台頭するんだ』


「神に救いを求めた所で得られる物等ない。人は人である以上、その手で幸福を勝ち取らねばな」


 そう口で言うのは容易いが、実際クィリアダリアという国もその国民全てを救済出来ている訳ではない。

 戦後処理は膨大な数に渡り、その賠償もまた甚大。その全てを果たすには三桁の年月が必要であり、その時が訪れるのはまだまだ先の事。


『おセンチになるのもいいけど、仕事しなよ。奴らは警告を無視した。もう容赦する必要はないよ。ご自慢の剣技を存分にご開帳と行こうじゃないか』


「剣士に有るまじき発言だが、剣の技なんてものは誰にも見せる機会がないくらいで丁度良いのだぞ?」


 ぶつくさ言いながら洞窟への入り口へ向かうスオン。その一歩が洞窟内へ踏み込むかどうかと成った時、異変は起こった。


「ディアノイア……確か、聖騎士団直下の戦闘員教育機関だったか? “見習い”が一人で出向くとは、余程腕に自信があるんだなぁ」


 声は真上から聞こえた。満月を背に、空に立つ男が一人。黒衣を風に靡かせスオンを見下ろしている。


『新手――!? いや、どこから!?』


 男は身の丈程の大剣を携え、傾けたその刃の上に片足をかけている。漆黒の刀身には何らかの術式が刻まれているのが見て取れるのだが、それが何の術なのかまでは理解出来ない。


「この私が気取れないとは……何者だ?」


「一応名乗る名前はあるんだが、名乗っても大概の奴が信じてくれないもんでな。あんま人前でペラペラいわねーようにしてんだ。悪いな」


 次の瞬間、男は落下を開始。まるでこれまで失われていた重力が急に復活したかのように、地の上に降り立ち大剣を構えた。


「今度はこっちの番だな。見た所ディアノイアの生徒みてーだが、何しに来やがったんだ?」


「愚問だな。ラダの使徒の摘発だ。オルヴェンブルム大聖堂は信仰の自由を約束してはいるが、貴様らは既にただのテロリストだ。各地で頻発する事件、よもや身に覚えがないとは言うまいな」


「俺が全部やったように言うんじゃねえよ。まあいくつかは俺も参加してるんだけどな」


 眉を潜め、剣の柄を握るスオン。緑色の光が全身から溢れ出し、風が周囲を凪ぐ。


「貴様らは危険だ。故に私が裁く」


「ほおー。お前にそんな事をする権利があるってか?」


「我々は義に従い戦っている。貴様らのように無作為、無差別に振りまく暴力とは訳が違う」


「こっちにも戦う理由ってもんがあるんだがな。まあ、言った所で聞きゃしねぇんだろ?」


 微かな間。一拍置き、スオンは風を蹴って走り出した――。

 その挙動は直進的とは言え、正に烈風。刃を抜くと同時に男へと斬りかかるが、男はそれを大剣で防ぐ。目で追うと言うよりは、直感で防いだという感じの防御であった。

 片手で大剣を器用に操り、スオンの連撃を防御。男は漸く両手で剣を持ち、下段から周囲を凪ぐように一撃を繰り出した。

 黒い炎が周囲を焦がす。スオンは背後に跳躍。空中で風を操り回転しつつ軌道を補正、更に空中で再加速。方向は勿論、後ろから前へ――。


『何だあの技……タイプが全く読めない! 多分闇属性だと思うけど……黒い炎、か……!』


「どうした秀才、頼りにしているんだが」


『簡単に言うなよ……こっちは一応プロミネンスのデータベースに繋いでるんだから、それでわかんない時点で未知の外法なんだって』


 飛来するスオンに男は大剣を両手で真上に振り上げ、思い切り振り下ろす。激突の瞬間光が爆ぜ、周囲の草原が吹き飛んでいく。


「見かけによらずパワーあるな、お前」


 スオンの持つ剣は単刀直入に表現すれば、“細身”。女が片腕で振るっていてもなんら違和感の無い程度のサイズであり、当然火力もその程度なのが定石。

 しかしスオンは風の術を剣に纏わせ、正面から繰り出される男の攻撃を螺旋状に拡散。衝撃を逃す事で真正面からの拮抗を可能としていた。


「貴様は見かけ通りの膂力、か」


 更にスオンは風のブーストを受けている。既に方向転換を含めて三度“前進”に加速しているが、それでも力は拮抗――否、僅かに押し返されている。

 男は更に踏み込み、炎を巻き上げスオンを弾き返す。空中を舞い、ふわりと着地したスオン。その刃に生じた違和感に彼女は目を見開く。


『スオン、剣がやばい! あいつ何か仕掛けてきてるよ!』


 見れば彼女の持つ剣には黒い炎が飛び火――否、感染していた。今はまだ何の影響も感じ取れないが、敵に与えられた物である事は明白。


「インターセプトは?」


『無理だ、未知の術だよ。相殺出来るわけないだろ』


 そうこうしている間に男は大剣を片手で持ち、開いた片手をスオンへと伸ばした。すると炎を帯びた剣が微かに動き、するするとスオンの腕へと移動していく。それはまるで意志を持つ蛇であるかのように、一瞬で腕を拘束した。


「捕まえたぜ、女」


 男が手綱を引くような動作をする。スオンの身体に異変が起こったのはその瞬間で、体が――厳密には腕が。引っ張られるように、一気に男へと移動を開始した。


「な――!?」


 炎を纏った剣は既に手放した。しかし呪を帯びた腕は拘束でその身を男の元へと運ぶ。男は剣を振り上げ、思い切り振り下ろしてくる。


『防ぐのは拙い! スオン、避けろ!』


 恐らくガードしてもあの炎は感染する。スオンは空中で体勢を立て直し、何とか片足を地に着く。そうして横方向に術式を発動する。

 横方向、ブースト二速――。引き寄せる力に逆らい、スオンは男の刃を潜り抜ける。しかしその呪縛から解き放たれる事は無く、男が手綱を引くと再び少女の身体は空を舞った。


「そんなに嫌がんなよ。お楽しみはこれからだぜ、なぁ?」


 男は闇を引いてスオンの身体を引きずり回す。これを風を纏って防ぐスオンだが、洞窟入り口の壁に叩き付けられる衝撃までは殺せない。

 背中からじんわり全身に広がる衝撃と苦痛に目を見開くスオン。男は再びスオンを引き、先と同じく剣で薙ぎ払う構え。


『やばい、相性が悪い……!』


 スオンの最大の戦力は速力。兎に角スピードで先手先手を打ち、敵の攻撃は只管回避するのが前提のバトルスタイルだ。

 それがこの片腕に仕込まれた枷の所為で完全に殺されてしまっている。風の鎧による防御にも限界があるし、何より剣同士で打ち合えば炎の感染が拡大する。

 仮に生身であんなものを叩き込まれたならば、恐らく風の鎧を貫いて一撃で両断される事だろう。“反らす”のは得意でも、“防ぐ”のは苦手なのだから。


『スオン、加減してる場合じゃないだろ!』


「どうやら……そう、らしいな……」


 迫る男の姿。スオンは息を吐き、空中で構える。それは彼女が本当の剣技を使う時の構え。可能であれば人前で披露したくない、奥義の類。

 再び、月を背に舞う影。その周囲を舞う刃は五つ――。腰から提げた六の刃は決して伊達ではない。彼女にとってその全てを活用するのが、本来の戦術なのだ。

 闇の中、月光を弾いて剣が踊る。引き寄せられるよりも早く、スオンは刃を次々に投擲する。螺旋を描き、風を纏った細身の剣。刺突こそが本来の華。この剣が最も効果を発揮するカタチ。

 男は手繰り寄せるのを中断し、飛来する剣の矢を防御する。一撃目――火花を散らし大剣が揺らぐ。そこで男はこの風の槍が片手で防げない威力を持つ事を理解する。

 二撃目からは両手で剣を打ち払う。しかし弾かれた剣はくるくると舞、再び襲い掛かってくるのだ。そして何よりこの剣が男の大剣と接触しているのは一瞬。炎を感染させるにはあまりに短い時間だ。


「成程、こっちの手を潰しつつ攻撃か。やるじゃねぇの、けどな――!」


 大剣を地に突き刺す男。その周囲を黒い光が覆い、風の矢はそれを貫く事が出来ない。停滞する刃は黒い光の放出で周囲に薙ぎ払われ、スオンもまた衝撃に吹き飛ばされた。


「く――ッ!」


 同時に黒い炎に引かれるスオン。猛然と近づく男の大剣、しかしスオンは徒手空拳である。


「どうした、避けらんねーのか? なら殺すぜ、おい」


 スオンの風によるブーストには制限があった。連続使用に関して言えば、限界は六回。

 先の剣の投擲の際、通常放出に更にブーストを乗せて五発放ってしまった。残る加速は一回分残るが、この引力に逆らうには二回分の加速が必要だった。


『スオン!!』


 声が頭の中に叫ぶ。見る見る近づく敵――スオンが取った行動は、何も無い空に手を振り上げる事であった。

 何をしようとしているのか、男には分からなかった。しかしスオンは迷い無くその手を思い切り振り下ろす。まるで男の刃に打ちつけるように――。

 刹那、光が爆ぜた。驚嘆で男の体が固まったのは一瞬だが、隙と呼ぶのにそれは十二分であった。スオンは懐に飛び込み、風を纏った蹴りで男の顎を思い切り打ち抜いた。

 ぐらりと視界が揺らぎ、そこでようやく気付く。スオンの手の中には、何故か一振りの刃。そう、最初に彼女が放り投げた黒炎に感染した剣だ。

 位置的には男を挟んで反対側に転がっていたその剣を風で操作し自分の手元に飛ばした。そうしてブーストを乗せて思い切り一撃を振り下ろし、拮抗しただけの事。


「悪いな。死ぬのは貴様だったらしい」


 そうして刃を振るうスオン。しかしその手から剣はすっぽ抜けるようにして吹っ飛んでいく。意味が分からず目を見開くスオン、その胴体に男の拳が減り込んだ。


「俺の意識から外れた捨てた剣を拾ったのは良い判断だったが、悪いな。俺は引き寄せるだけじゃなくて、弾き飛ばす事も出来るんだよ」


 軋む身体。スオンは口から血を吐きながら後退、よろけ、片膝を着いた。


「さてと、勝負アリってトコか?」


 口元の血を拭いゆっくりと立ち上がるスオン。そうして再び全身に風を纏う。


「……もう一度聞かせて貰おうか。貴様……何者だ?」


「そんなに知りたきゃ教えてやるが、後悔すんなよ?」


 刃を構える男。口の端を持ち上げるようにニィっと笑い、そうして告げた。


「俺の名は相良。この世界の外側――異世界からやって来た、“救世主”だ」




異教崇拝(1)




 再び相良がスオンを引き寄せようとした瞬間、風は周囲全てを薙ぎ払う程の衝撃を放った。

 捲れた大地に片腕を翳す相良。気付けばそこにスオンの姿は無く、大地を疾走した何かの痕跡だけを見つける事が出来た。


「………………逃げやがった」


 片手を翳す相良。しかしそれが意味を持たない事を知り、大剣を肩にかけ踵を返すのであった。


『思った通り、あの術にも一応有効射程って奴があったみたいだね』


 草原の上を尋常ではない速度で疾走していたスオンが大地を削りながら制動、やっと足を止める。

 距離にして3kmは下らない。前方に対する加速を六連射しては足を止め、それを三度は繰り返しただろうか。心身共に消耗は激しいが、あの術の有効範囲が分からない以上は逃げ切る為に大げさに走る必要があった。


「……全く、まさかあんな相手に出くわす事になるとはな。ふざけた事を」


『救世主って言ってたね。もしかしたら噂は本当なのかも』


「噂……?」


『ラダ神は異世界から救世主を召喚する力を持っていて、こっちの世界には既に何人か救世主が来てるって話』


 炎の消えた腕を見つめ、肩で息をするスオン。その場に座り込み、顔を伝う汗を拭う。


「救世主……か……」


 かつてこの世界を神の手から救った男が居た。

 勇者と共に世界を救った英雄の代名詞。それがもしも敵に回ったと知ったら、この世界の人々はどんな顔をするだろうか?


「確認する必要があるな……事実を」


 休む間もろくにないまま立ち上がる。スオンは一人、遥か彼方のシャングリラへと帰還を開始するのであった。

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