マナの手紙(2)
拝啓、家族の皆様。
わたしのシャングリラへの旅路はとんでもない事になってしまいました。何と、ラダの使徒を名乗る謎の武装集団に大陸横断列車パーシヴァルが襲撃されてしまったのです!
せっかく滅びを免れた世界でも争いは耐える事はないのだと強く実感しました。人間の中には良い者も居れば悪い者も居ます。所謂悪者というものです。
でもあの人たちはそれを正義だと信じてやまないのでしょう。信じる正義が違うからぶつかり合う事もある……それは判るけど、だからって周りの人を犠牲にしていいわけがありません。
悪い事はやっぱり悪い事です。人は傷つけてはいけないし、出来る事ならみんな笑って過ごしたい。それは親が子供に教えることで、延々と伝えていかねばならないことですよね?
少なくともわたしはそう考えられるだけ家族に恵まれたのかも知れません。どうしてあの第三次勇者聖戦の痛みを知っている同じ人類なのに、こんなにも争うのでしょうか。
ディアノイアでわたしはその答えを見つける事が出来るのでしょうか。それが早くも不安で仕方がありません。
でも、悪い事ばかりではありませんでした。なんと、乗り合わせた女の子は勇者だったのです! これには流石に超びっくり! まさかの展開です。
勇者の女の子はとっても小さな女の子でした。まだ十歳くらいにも見えます。そんな小さい女の子が大の大人を次々にやっつける姿はただただ驚きの一言でした。
彼女の名前はユリア・ライトフィールド……ライトフィールド! つまり、正当な勇者の後継者なのです! もしかしたらリリアの娘!? 最早妄想が止まりません。
ユリアの活躍でラダの使徒は一瞬で全滅してしまいました。学園の生徒でさえ身動きの取れない状況下だというのに、もうバンバンやっつけてしまいました。あれこそ勇者の活躍です……!
「……えっと、ユリアちゃん?」
皆が唖然としている中わたしは彼女に声をかけました。ユリアちゃんは食堂車のテーブルの上から誰かの紅茶を勝手に飲みつつ振り返ります。
「えっと……。お菓子、食べる?」
自分が食べようと思っていたチョコクッキーを懐から取り出し差し出します。ユリアちゃんは目を丸くして口元からよだれをじゅるり。
明らかに食べたい様子だったのでクッキーを差し出します。するとユリアちゃんはそれを手に取り、上目遣いにわたしを見るのです。
「…………ありがと」
そうして騒動も無視してそそくさと自分の席に戻っていくのです。そのちょこちょこした後姿が余りにも可愛らしく、わたしは思わずその場で妄想の世界に入り込んでしまいました。
あの伝説の勇者、リリア・ライトフィールドの娘さん……つまり、リリアはやっぱり生存!? うは!! やっぱり雑誌なんかよりわたしの想像のほうが正しいわけです! 全国四億人のリリアファンに光明が差し込んだ瞬間にこうして立ち会う事が出来るとはああああああ!!
「君、大丈夫だったか?」
妄想に浸るわたしに声をかけてくれたのは制服を着た例の剣士さんでした。腰にいっぱい剣を携えています。そんなにいっぱい本当に使うんですか? とは訊けませんでした。
とにかくそんなわけで、わたしのシャングリラへの旅は幸先のいい雰囲気で始まりました。パーシヴァル襲撃とかそんなの最早どうでもいいです。ユリア・ライトフィールド……絶対に目を離してはいけません。
絶対にリリアの娘さんと仲良くなりたいと思います。そうすればきっと、わたしも伝説に近づけることでしょう。そんなわけで、わたしは今も頑張っています。
⇒マナの手紙(2)
「はあ……。速攻見失った……」
溜息を漏らすマナ。絶対に目を離さないと誓ったユリアは小さな体で大きく跳躍し、シャングリラに着いたとたんにどこかに行ってしまった。
パーシヴァルから降りる人々の中に紛れ、マナは一人呆然と立ち尽くす。短い人生のチャンスであった……そんな事を考えながら。
仕方が無く重い荷物を引き摺って歩き出す。勿論中身の八割はリリアグッズである。少女は額に汗を浮かべながら春の陽気に包まれたシャングリラへ躍り出た。
そこは彼女が思い焦がれた幻想の街。勇者を育み英雄を輩出し全ての若者が憧れるとまで言われた神の世界へ続く街、シャングリラ。シンボルである神の搭ラ・フィリアは今も天高く聳え立っている。
「でか……」
上着のポケットからパンフレットを取り出しマナは何度も繰り返し予習したページを眺める。
ラ・フィリア――。それは嘗て魔王大戦と呼ばれた戦いで魔王ロギアが建造したとされる古代技術を応用した搭である。シャングリラそのものと連動しており、要塞に変形したり砲台になったり、そして最大の役割である神の国へと続く搭にもなるという。
「つまり三段変形……」
パンフレットを閉じ、人の波に押し出されるようにして歩き出す。シャングリラは要塞都市でもあり、この地が戦場になった事も歴史上何度もある。
中心部に聳えるラ・フィリアの麓にディアノイアは存在する。そこまでの道程は全て上り坂であり、マナは肩で息をしながら一生懸命に坂を上っていく。
「ディアノイア……!」
そうして見えてきた白い建造物に慌てて走り出す。
伝説の英雄を何人も輩出した学園、ディアノイア……。そこに自分も生徒として所属する事が出来るのだ。そう考えると長旅の疲れなど吹っ飛んでしまった。
不安や期待、様々な気持ちを胸に新入生たちが次々に門を潜っていく。扉の前で自らの手の平に“人”という字を書いて飲み込み、マナも門を潜っていく。
広い広い構内をパンフレットに従い歩いていく。学科によって講堂が分かれている為、マナは自分が通うことになるであろう魔術学科の講堂を目指して行く。
新入生の中には素手に杖や剣など、愛用品とも思える品々を担いでいる者も居る。それに引き換えマナは武器も持たず、初級の単純な魔法でも成功するか怪しい素人である。そんな自分が恥ずかしくなり、思わず俯きがちになってしまう。
講堂に入ると直ぐに教師と思しき男が壇上に立ち、巨大な黒板を前に声を上げる。
「ここでは入学式の前にまず制服を支給する。魔術学科の制服はローブ式の物とアーマークローク、それから女子はこのワンピース型がある。まあ好きな物を取っていくことだ。名前を呼ぶので、呼ばれた物から資料と制服を受け取り更衣室で着替えを行う事」
「制服選べるんだ……。うん、そういえばそう書いてあったけ、案内に」
一人で納得しながら何度も案内書に目を通す。今日の行事については既に生徒達に予定表を含む案内が届けられている為、マナは特に慌てる事は無くここまで辿り着く事が出来た。
制服に着替えた後各学科で多少の説明があり、その後入学式となっている。マナは内心どきどきしながら自分の名前が呼ばれるのを待ち続けた。
一人、また一人と新入生たちが名前を呼ばれて講堂を去っていく。自分はまだか、まだかと待つマナ。しかしいつまで経ってもその名前が呼ばれる事はない。
ついには最後の一人になってしまったマナ。広い広い講堂の中、一人ぽつんと背中を縮こまらせて待っている。しかし教師は黙ったまま、マナの名前を呼ぼうとはしない。
「……おい、お前」
「は、はいっ!」
「………………誰だ?」
「えっ?」
状況が飲み込めず目を丸くするマナ。
「お前の名前も顔写真も名簿にないんだが……。何でここにいるんだ?」
「え? えええええっ!? ちょ、まっ!? え、だってホラ!! 合格通知持ってますよ!?」
慌てて教壇に駆け寄り合格通知を手渡すマナ。それを受け取り教師は内容をよく吟味する。
「……確かに合格ってサインがしてあるな」
「ですよね!?」
「だが、名簿にはない。多分あれだ、校長の書き間違えだろうな」
「はっ?」
「この入学許可は学園長であるソウル・ブーストナッコォが一任しているんだが……あー。まあなんというか、あの人は結構テキトーでな。たまにこういう事があるんだ。不合格なのにサインしちゃったりするんだよ」
マナは合格通知を片手に真っ白になる。完全に固まっているマナをから目を反らし、教師は気まずそうに頭を掻く。
「この魔術学科の入学最低条件は、LV3の攻撃魔法の取得だけど、お前はいくつまで使えるんだ?」
「……LV2、ですけど」
しかも成功率は微妙である。
「じゃあ駄目だろ、どう考えても……。他の生徒を見たか? 連中、既にLV6とかまで使えるやつまで居るんだぞ。ここに入学する前に、地元である程度修練を積んでるんだ。ここじゃ基礎からなんてやってねーぞ」
「そ……そんなあ……」
「ま、そういう事だから……。あー。残念だけど、俺もう行かないとだから。せっかくだから、校内見学でもしてけや。ホラ」
そうして教師はポケットから紙切れを取り出し、そこに文字を書き込んで行く。渡されたのは『この者の校内見学を許可する』という旨が記された許可証、そして教師の名前である“ザイオン・カーツ”という名であった。
それからザイオンのポケットマネーでいくらかの小銭……せめて食事くらいは取ってから帰れという優しい気遣いであった。そうしてザイオンは固まっているマナを放置して去っていく。
一人取り残されたマナはその場に三十分程微動だにせず停止し、それからボロボロ涙を零しながら一人寂しく講堂を出て行った。
校内はやけに静かだ。それもそのはず、既に入学式が始まろうとしているのだ。マナは涙をぐいっと拭い、肩を落として歩いていく。
「うう……。せっかく南方大陸くんだりまできたのに、そんなのないよお〜……」
最早一歩も歩けぬほどマナは意気消沈していた。校庭に設置されたベンチの上に腰掛け、放心状態で空を見上げる。
そうしているとまた泣きたくなってきて、青空が目に染みた。そうしてそこで沈んでいる事数分……。マナは背後からの声に振り返った。
「あら、どうかしたの?」
振り返るマナの視線の先、そこは黒いスーツ姿の女性が立っていた。眼鏡をかけ、凛とした空気を纏った女性……。彼女が学園の教師である事に気づくのにそれほど時間は必要なかった。
しかしマナは何も応えられなかった。今何か口を開けば泣いてしまいそうだったのだ。ひたすらに唇を噛み締め、涙目になって女性を見詰め続ける。
「……随分と大変な顔になっているわね。女の子がそんな顔をしていたら可愛くないですよ?」
そう言って女性はハンカチでマナの涙を拭い、それをマナの手に握らせて微笑んだ。その優しさが胸に染み、マナの両目から滝のように涙が流れる。
「ありがとうございまず〜〜!!」
「ど、どういたしまして……。それで、どうしたのかしら? 良かったらわたしに話してみない?」
「はい……ぐすん、えっと」
そうしてマナは身振り手振り自らに起きた事を話した。学園長の手違いで合格通知を受け取ったものの、不合格になっていたという事。そして今帰る事も出来ず途方にくれている事……。
女性はその全てを腕を組んで聞いてくれた。時々相槌を打ち、困ったように微笑みながら。それだけでマナの気持ちは少しずつ落ち着いていった。
「……もう、学園長は。昔からそうなのよ、あの人は……。そうよね、ディアノイア……入りたかったわよね」
女性がマナの頭を撫でる。マナは肩を落とし、深々と溜息を漏らした。
「皆の憧れなんだもの、サインするときくらい責任を持ってシャキっとしてくれなきゃ困るわ。わたしからも学園長には良く言っておく」
「……でも、最早何をどうしたらいいのかもわからないんです。家族になんていえばいいのか……」
「…………そうね。だったら学園長に話をしてみましょう? 彼が貴方を気に入れば、学園にも入れるわ」
「って、そんなテキトーでいいんですかっ!?」
「学園長がそういう方針なのよ。ザイオン先生から聞かなかった? 学園長が新入生に関しては一任しているって」
マナの目が輝き、両手で教師の手を握り締めてぶんぶん振り回す。その余りにも嬉しそうな様子に教師は少し戸惑い気味であった。
「でも、もう少しここで待ってもいいかしら? 人を待っているの」
「はい、もうなんでもいいです! 一時間でも二時間でも待ちますっ!!」
「そう? あら、でもそんな必要はなさそうね」
教師が立ち上がり手を振る。その様子に釣られ、マナもまた立ち上がって視線をそちらの方に向けた。
視線の先、歩いてくる小さな影があった。まるで姫君のような美しいドレスを身に纏った少女――。ユリア・ライトフィールド。勇者の少女との再会であった。
「ユリアちゃん!?」
「……ユリアと知り合いなの?」
「は、はい。ここに来る時にちょっと……」
二人が顔を見合わせている間にユリアはノンビリ歩いて二人の所に寄っていた。ユリアはマナの顔を見て、それから隣に立つ教師の顔を見上げる。
「ゲルト、久しぶり」
「ええ、久しぶりね。暫く見ない間に大きくなったわね〜、ユリア」
「……ゲルト? もしかして、ゲルト・シュヴァインさん?」
マナが一人呆然とする中、ゲルトは腰を落としてユリアを正面から抱き寄せる。ゲルトの腕の中、ユリアは幸せそうに頬を緩めていた。
ゲルト・シュヴァイン――。かつてリリアと背中合わせの存在として名を馳せたもう一人の勇者の名である。伝説の英雄の中でも沢山の武勇伝を持つゲルト・シュヴァイン、その人が今目の前に居るのである。
しかもつい先ほどまで親しげに話をして頭までなでてもらってしまった。その事実に気づき、一人でマナはテンションをあげる。小躍りしそうな気持ちになり、最早欝な気分は吹き飛んでいた。
「そう。名乗るのが遅れてしまったわね。ゲルト・シュヴァイン――ディアノイアで教師をやらせて貰っているわ。よろしくね、マナ」
「は……は、はいっ! は……!? え、夢ですか!?」
「え? げ、現実だと思うけど……」
「はあああああっ!? げ、ゲルト・シュヴァインに撫でられちゃった!! もうわたし、一生お風呂入りません!!」
「え……っと、出来れば入った方がいいと思うわ」
「じゃあ入ります!! それより、えっと……ユリアちゃんは?」
ユリアはゲルトに暫く抱かれ、それからゲルトの後ろに隠れるようにして引っ込んでしまった。悪党の前ではもの凄まじい啖呵を切っていただけに、少しだけ照れた様子のそれが可愛くて仕方が無い。
「ユリア? 珍しいわね、この子が人見知りするなんて」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。この子、世界中のあちこちを転々としているというか、たらいまわしというか……。生まれ育ちはバテンカイトス、ついこの間までザックブルムのレプレキア王の城で生活して、これからはわたしの家で暮らす事になったのよ」
「とりあえずユリアちゃんの生い立ちが半端ねえことだけは理解しました」
「本当は両親が面倒を見るべきなんだけど、この子の両親は今どこで何をやっているのかさっぱりわからないのよ」
どこか困ったような、諦めたような溜息と共にそう語るゲルト。ユリアはいつの間にか校庭を走り出し、水路の淵をぐるぐると巡っている。
「あの、こんなこと聞くのはあれかもしれないんですけど、ユリアちゃんって……」
「リリア・ライトフィールドの娘よ――って、ユリアッ!?」
見ればユリアは水路に落ちていた。ドボンという音と共に流れて行くユリア。血相抱えて走っていくゲルトが綺麗なフォームで水路に飛び込み、一瞬でユリアを片腕に抱えて戻ってくる。
「何やってるのよもう! だめでしょ!?」
「……だって、魚が泳いでたから」
「はあ……。メルはどういう教育をしてたんだか……。やっぱりユリアはわたしが育てるべきだったわ……」
一人遠い所を見詰めながらゲルトはぶつぶつと言葉を繰り返す。その様子には先ほどまでの気品のようなものは全く感じられない。
腕から下ろされたユリアは身体をぷるぷる振って水を弾いていた。犬のような動作を取るユリアにマナの視線は釘付けになる。その熱い視線が怖いのか、ユリアはまたゲルトの影に隠れてしまう。
「ユリアちゃん、かわいいですね〜」
「貴方もそう思う!?」
「は、はい……?」
「ユリアったら子供なのに何でも出来るのよ〜! もう超可愛いし、超パーフェクトっていうかもう天才なの! ユリアはバテンカイトスで魔術教会会長である大錬金術師メリーベル・テオドランドから錬金術と魔術を学び、北方大陸最大国家ザックブルムの二代目魔王レプレキアから剣術を学んだ正に超エリートなのっ!!」
まるで自分の事のように目を輝かせて一息に語るゲルト。その様子に流石にマナも若干引いている。
「それにね、このお肌とか髪質とかはもう母親そっくりで、でも目元の強気そうな所とか性格とかは若干父親よりかな? とか考えちゃうの! 貴方もそう思うでしょ?」
「は、はい……」
圧倒されるマナ。その傍ら、ドレスを絞りながら顔を上げるユリア。その頭の上によじ登ろうとする白いうさぎの姿があった。
白いうさぎはユリアの頭の上に乗ったままのんびりとしている。それが何を意味するのか理解できず、マナは只管頭の上にクエスチョンマークを浮かべ続けた。
「それじゃ、学園長室に行きましょうか。入学式が終わるまでまだ時間があるし、ユリアの着替えを済ませなきゃ」
そういって校内に入っていくゲルト。ふと、貴方自身の服がずぶ濡れである事はかまわないのですか? と訊ねたくなったが、それはなんだか気が引けて黙っている事にした。
水浸しになったユリアは小さくくしゃみをし、それからうさぎを頭の上に乗せたまま校内に歩いていく。マナもそれに続き、二人と共にディアノイアの中に入って行った。
〜帰って来た! ディアノイア劇場リターンズ〜
*読者数どんだけ〜*
マナ「こっそり連載するつもりだったのに物凄い読者数ですね」
ユリア「一体どこでどうやって聞きつけて来るんだろう……」
マナ「まあ、嬉しいことなんだけど、別に大したことない話だっていう事を考慮するとね……」
ユリア「ごしゅうしょうさま」
マナ「あ。アンケートにご協力いただいた方はありがとうございます。ディアノイアは続編書いたからそんな連打しなくても大ジョブですよ〜」
ユリア「……ぶんなげだけどね」
マナ「えーと、あとは……何かいうことある?」
ユリア「ない」
マナ「ですよね〜」