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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第一章『二人の勇者』
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学園の日(1)


「うわぁっ!? 二人とも……ど、どうしちゃったんですか!?」


夕暮れの日差しが差し込む学園の医務室で俺とアクセルは仲良くボロボロになっていた。

どこかで俺たちの話を聞きつけたのだろう。リリアはクロロをつれて医務室に飛び込んでくるなり俺たちを見て叫んだ。それも無理は無い。俺達は文字通りボロッボロだった。服は布切れみたいになってるし、外傷も酷い。全体的にこげているというかなんというか……兎に角酷い有様だった。

昼間に俺が魔力解放をした結果がこれである。あれから今の今まで俺達は仲良く二人して気絶していた。状況がよく判らないまま頭に巻かれた包帯を指先でなぞる。


「……どうしちゃったんだろうなあ。アクセル、俺たちどうなったんだ?」


「……どうしちゃったんだ、じゃないだろ……。お前、どんだけ魔力高いんだよ……。普通もう少し加減して解放するだろ……。お陰で俺までとばっちりじゃねえか……」


「えぇ!? 師匠が魔力解放しただけで、二人ともぼろぼろになっちゃったんですか!?」


「いや、攻撃したつもりはなかったんだが……」


「ただの解放であれ!? 俺本気で紙一重で死ぬとこだったよ!? ガードが上手く行ったから良かったけど、あれ生身で受けたら死んじゃうからね!!」


「ま、マジか!?」


三人とも驚いていた。一人クロロだけが医務室の中を興味深そうにうろうろしている。薬品の陳列された棚をじろじろ眺めているのがちょっと不安だが、とりあえず腕は直っていないようだ。

それにしても一体なんだったんだ……? 俺はただ、魔力解放ってやつをしただけなんだが……。つーかあれで出来てたんだろうか。謎だ。

何はともあれ気絶するとは情けない。アクセルは俺と距離を置き、まるで化物を見るかのような目で見つめている。リリアに至ってはぽかーんと口を開いたまま停止してしまっているし。


「兎に角悪かったよ……ごめんアクセル。いててて、マジでこれどっか折れてねえか……」


そんな事をぼやきながら立ち上がる。すると医務室の扉が開き、人間の姿になったナナシと――その背後、完全に扉の向こうに見切れてしまっている巨大な鎧の姿の学園長、アルセリアが立っていた。


「目が覚めましたか、ナツル」


「ナナシか……。お前よく無事だったな」


「こう見えても優秀な使い魔ですから。あ、そうそう。アルセリアが貴方に話があるそうなので、ちょっと学園長室まで行きましょうか」


ここで話が出来ないのは単純に学園長がこの部屋に入ってこられないからじゃないのか。全長3メートルは軽い巨大な学園長は一生懸命扉を潜ろうとしては何度も激突していた。その衝撃で扉が湾曲してしまっているが見なかったことにしたほうがいいのだろうか。

とりあえず包帯塗れの情けない格好のまま医務室を出る。学園長に会釈すると、彼女はのしのしと歩いて階段を上っていった。階段壊れそうだなとか考えていると、背後でアクセルとリリアが俺を見ている事に気づいた。・


「あー、ちょっと行ってくるから。先に帰ってていいぞ」


そう言って扉を閉める。ナナシと共に螺旋階段を上り、二度目の学園長室訪問を果たした。

相変わらず恐ろしく広い空間だ。とぼとぼ歩いて夕日が差し込む巨大なフロアを進み、アルセリアの前に立つ。

執務机の上に座ったアルセリアは机の上で指を組み、俺を見下ろす。鎧の向こう側に光る鋭い眼光が凄まじい威圧感を与えてくる。

こいつの中身ってそういえばどうなってんだろうか。巨人でも入ってるんだろうか。でも声は女だしなあ。じゃあでかい女――怖いわ。


「お久しぶりですね、夏流。尤も、貴方の感じる時の流れではそう久しくはないのかもしれませんが」


俺がこの世界のルールの外側で生きている存在だという事を知るのは、彼女とナナシだけだという。そんな彼女を前にしていると、威厳があるのはわかるのだがどこか気が楽に思えてくる。


「挨拶は抜きで良いでしょう。夏流、貴方の行動はこの世界に大きな影響を及ぼします。それは承知していますね?」


「ああ」


行動により、世界の運命さえ変えられる能力――それを持つのが救世主。

この世の未来を予知する事を可能とする『原書』とその『原書』に記されていない未来を手繰り寄せる事が出来る力。更には時間、場所に限られない行動方法。そして先ほど始めて発覚した、救世主の力。


「貴方の持つ力はこの世界を変える力……。変化とは再生であり滅亡でもあります。つまり貴方はこの世界を生かす事も殺す事も出来る。その事を肝に銘じてください」


「……わかってるよ。あの力は『わきまえて』使えってことなんだろ?」


自分の掌をじっと見つめる。先ほど全身から溢れ返る程滾っていた力強い脈動は既に息を潜めている。今は何の特別な力も感じられないこの身体に、どれだけの力が溜め込まれているのか。


「貴方の存在は森羅万象の外側に存在します。最初から完全無欠の救世主としての存在を確約されている貴方にとって、人殺しなど呼吸をする如く容易い事……。『力』は膨大、それ故に存在する『封印』です」


「封印?」


「ワタクシは使い魔として貴方の傍に居ますが、同時に貴方の魔力を抑える役割も果たしているのです。普段の貴方はワタクシによる魔力の封殺と同時に、貴方自らが自身に課した特殊な封印によって二重に拘束されているんですよ」


シルクハットを人差し指の先で持ち上げながらナナシが微笑む。二重の拘束……そんなに厳重に封印しなければやばいような代物なのか、救世主の力ってやつは……。

確かに、自分自身で『力を使う』と強く願わなければ俺は何も出来なかっただろう。俺自身が持つ現実感が力を封じているもう一つのストッパーになっているわけか。というか、あの時ナナシは俺の肩の上にいたはず。じゃあ、ナナシが居なかったらどうなってたんだろうか。想像するだけで寒気がする。


「夏流。貴方もこの世界での力の使い方を学ぶべきです。今の貴方は己の力をコントロール出来ない未熟な腕前……。力を使えば周囲に存在する物全てを薙ぎ払い、焦土と化してしまうでしょう」


「そんな物騒なの!?」


「ふふふ、そんなに恐れる必要はありませんよ。そういった強すぎる才能を持ってしまった子供たちを保護するのもまた、ディアノイアの役目。貴方も『見習い救世主』として存分に切磋琢磨してください。心配せずとも、貴方には『時間』だけはほぼ無限に存在するのですから」


確かにそうだ。こっちに居る限り俺の中の時間はほぼ停止した状態にある。こっちで修行する分にはなんら問題がないというわけか。

だが、俺の役割はリリアを育てることのはず……。俺自身が戦わなければならないような状況になんてなるのだろうか。その辺の質問はまたうまいことはぐらかされてしまったものの、何となく俺はそれでいいような気がしていた。

どちらにせよ、リリアに稽古をつけるのに自分が強いほうが良いに決まっている。自分自身に救世主の素質があるとは思わないが、反則チートレベルの能力を最初から付与された裏業的存在が救世主なら、それを正しく使うにはある程度の鍛錬が必要になる。

文字通り、この世界の安定ゲームバランスをぶち壊しかねない。それだけはどうにか遠慮願いたい所だな……。


「とりあえずは……こっちの世界の服を、調達しないとな……」


自分でめちゃくちゃにしてしまった私服を指先でつまみ、苦笑を浮かべた。

やれやれ。どうにもこの先不安な救世主生活だなあ……。



⇒学園の日(1)



校長室を出て螺旋階段を降り、一階のロビーへ出るとそこで二人が待っていた。先に帰っていていいと言ったのに律儀な奴らだ。


「わざわざ待っててくれたのか。悪いな……って、どうしたお前ら」


二人とも何か神妙な面持ちで俺を見つめていた。なんだろう、この憐憫の視線は……。


「師匠……退学ですか?」


「え? 何で?」


「だって、学園長に呼ばれるなんて普通じゃないですよう……。あの学園長、阿修羅の如き強さだって有名なんですよ? 甲冑着込んだ騎士だって握り潰す腕力だとか……」


そりゃ確かにリアルにいけそうだが、話してみると意外と温厚な性格なんだが……あの学園長は。

とりあえず誤解を解くことにした。呼びだされた理由は大規模な魔力解放の注意、という事にしておいた。二人ともそう思っていたようだからすんなり信じてもらう事が出来た。


「しかしナツルよぉ、お前只者じゃないな……。ゲルトだってあそこまで凄くはないと思うぞ」


「えええええええっ!? ししし、師匠っ!! ゲルト・シュヴァインより強いって本当ですかっ!?」


生徒たちがぞろぞろ行き交う学園のロビーでリリアがそんな事を叫ぶものだから、周囲の視線が一撃で収束してしまった。相変わらずボロッボロの服装の俺を見て通りすがる生徒たちが聞き耳を立てている。


「お、おいリリア……滅多なこと口にするなよ……」


「はう……ごめんなさい。でも、やっぱり師匠は凄いです! 尊敬しちゃいます! えへへっ」


とても嬉しそうにニコニコしているリリア。何とも幸せそうなのでツッコむ気力がうせてしまう。アクセルも一先ず俺が退学にならずに安心したのか、気の抜けた表情でリリアを見て笑っていた。


「あー、とりあえずリリアちゃんが叫んじゃった事だし、場所移動すっか? なーんか、一躍時の人ってカンジ?」


「全然嬉しくないから……。ほら、さっさと帰るぞ」


うさぎ状態に戻ったナナシを頭の上に乗せ、三人で帰宅する。中庭を抜けて門を出たあたりで俺は何か違和感を覚えて立ち止まった。

なんだかおかしい。俺が立ち止まったことで残りの二人も停止した。急停止したものだからどうしたものかと首をかしげているが、俺はとりあえず振り返る事にした。


「ってえ、誰だお前っ!?」


振り返るとリリアとアクセルの間に当たり前のように一人割り込んでいる見知らぬ人物の姿があった。二人も今の今まで気づかなかったのか、同時に気づいて思い切りのけぞっている。


「アイオーン!? い、いつからそこに居たんだよ……」


真紅の髪に真紅の瞳。黒い正装の上に紅いローブを羽織っている謎の……男? 俺とリリアの視線が胸に注がれる。胸は大きかった。女だった。

アイオーンと呼ばれた女は金縁の眼鏡の向こう側、鋭く光る眼差しで俺を見つめている。とりあえずアクセルの知り合いのようだが、本当に何なんだ? どうやって割り込んできたんだ? さっきまでいなかったと思ったのに……。


「嫌だなぁ、アクセル。ボクはずうっと君たちと一緒に居たじゃないか。ほら、君たちが魔力解放で気絶するよりも、ずっとずっと前から」


「え……?」


思わず寒気がした。ぐるぐると渦巻くような奇妙な瞳を持つ女、アイオーン。鋭い歯を微笑みの向こうに見せながら、眼鏡に手を当て低く笑う。

俺たちが魔力解放で気絶するより前って……気絶したのがもう五時間くらい前だぞ? ていうか、じゃあ医務室にも居たっていうのか? んなアホな……。

そう考えてアクセルに視線を送ると、うんざりした表情で苦笑を浮かべていた。どうやらこの様子だとマジらしい。再び背筋がゾクっとした。


「と、言うか……気配は完全も完全、存在すら否定する勢いで消し去ったつもりだったのにね。良ぉく気づいたものじゃあないか、本城夏流。褒めてあげるよ、フフフ」


「そいつはどうも……。つーか、気配消して後をつけるなよ」


「そいつは失敬。趣味がストーキングなものでね。いや、なかなか習慣付いた行動というのは止められない物さ」


さっきからずうっと俺のことだけ見ているのが怖いのだが、気のせいだろうか。アクセルに説明を求めて視線を送ると、嫌々といった様子で紹介してくれた。


「……こいつはアイオーン・ケイオス。学科は魔術学科だけど、生徒の間じゃ死術使いネクロマンサーで通ってる。強さはまあ、ゲルトと同じか上かって所だな」


「紹介に預かったアイオーン・ケイオスだ。これから仲良くしようじゃあないか……ねぇ、本城夏流?」


両手をひしと握り締められ、握手を強制される。先ほどからずっとアイオーンは笑っているのだが、目が全く笑っていない。顔にぺたりとシールを貼り付けたような奇妙な笑顔……。そして何故か名乗ってもいないのに俺のフルネームを知っていたり、趣味はストーキングだったり、あんまり考えたくない結論が俺の脳裏をちらついている。

というか、ゲルトと同じかそれ以上――この学園でも一、ニを争うほどの実力者ってことか。その死術使いネクロマンサーが何でまた俺の後をつけるのか。


「あぁ……気持ちいいよ、夏流。君のその猜疑心の塊みたいな視線……ゾクゾクする。ボクの事を全く信用していないんだね」


「そりゃそうだろ……。お前のどこに胡散臭くない所があるのか逆に教えて欲しいくらいだ」


「そりゃあそうだろうね。ただ、君はもうボクからは逃れられない……その事だけは覚えておいて欲しいな。なぁに、悪いようにはしないさ。君の存在に、ちょっとばかし興味があるだけでね……。あぁ、良ければ今夜一緒にどうだい? こう見えても、夜の奉仕は得意なんだけれども」


得物を狙う爬虫類のような目だった。絶対についていきたくないタイプの女だ。絶世の美女と呼んでも問題はないはずのその外見の上にへばりつく奇妙な笑顔、そしてこの視線……絶対にモテないだろうなあ、とか思う。

リリアは何のことだか判らないのかきょとんとしているし、アクセルはもう話を聞き流しているのか、あさっての方向を眺めながら腕を組んで俺に背を向けている。この薄情者……。


「そんなに脅えないでおくれよ……傷つくじゃあないか。大丈夫、ボクは総受けだからね。苛められるのとか、好きなのさ。君はどちらかと言うと、苛める方が好きそうだし……ねぇ?」


リリアに視線を向けるアイオーン。なんだか今までの俺とリリアのやり取りを全て見透かされていたような気がして気分が悪くなった。思わず睨み返すと、アイオーンは頬を朱に染め踵を返す。


「フられてしまったようだね。それでは今日は挨拶までで……。そうそう、一つだけ忠告しておくよ」


「……何だ?」


「ゲルトには気をつけたほうがいいよ。君にとって彼女は恐らく……フフ、これ以上知りたかったら、今晩……」


「いかねーからっ!!」


肩を竦め、アイオーンは立ち去って言った。数歩歩いたその背中がまるで闇に解けるように消え去った瞬間、俺達は目を丸くした。アクセルは見慣れているのか眉を潜めて腕を組んでいたが、一体どういう関係なのか。


「ナツル、悪い事は言わないからアイオーンのいう事は真に受けないほうがいいぞ。あいつの台詞九割冗談だと思ったほうがいい」


伝説のバッターかよ。

何だかわからないがどっと疲れた。今日はもう帰って眠りたい……。溜息を漏らして振り返ると、リリアがじいっと俺を見つめていた。

何事なのか、どうも先ほどのやり取りでリリアは不機嫌になったらしい。ほっぺたを膨らませながら踵を返すと俺たちを置いてずんずん歩いていく。


「お、おい……リリアさーん?」


「……焼餅焼いたんじゃないの? お前がアイオーンにデレデレすっから」


「あれにデレデレするのはちょっと上級者だろ……。待てよリリア! おいっ!!」


リリアを追いかけ、三人で帰宅した……って、んん!? 三人!?

同時に振り返る。そういえば……医務室にクロロ置きっぱじゃねえか?

結局こうしてこの日はクロロの回収に全員で戻り、ぐったりしたまま帰宅した。クロロはとりあえずはリリアの部屋に寝泊りする事になったようで、俺はうさぎを肩に乗せて家に帰った。

家……寮がもう自分の部屋であるような気がしてきたのだから不思議なものだ。ベッドの上に寝転がり、深く息をつく。

とりあえずさっさと眠る事にした。もうこれ以上、今日は余計な事が起きませんように……そう祈りながら。



そんなこんなで翌日。朝早く、寝ぼけたままで俺はリリアと一緒に学園の周りを走っていた。

リリアと俺はあれからも毎日のように特訓を行っていた。俺がこちらの世界に本格的に居座り初めてから、朝登校前にもちょっとした修行というか、トレーニングをするようになっていた。

俺は昔から朝はランニングしていたので問題ないのだが、リリアは今にも死にそうな顔でぐったりしながら走っている。お陰でこっちまでスローペースになり、なかなかただの朝練習が終わらない。


「はあ、はあ……っ! し、師匠……っ! 早い……ですっ!」


「お前が遅すぎなんだよ……本当に基礎体力の無いヤツだな」


リリアを坂の上で待ちながら自分の体の調子を確認する。昨日の魔力解放ってやつの影響か、全身に奇妙な気だるさを感じる。何となく疲れが抜け切っていないような、不思議な感覚だ。

ナナシ曰く、慣れない極端な魔力解放は肉体に大きな負担をかけるらしい。生命エネルギーそのものである魔力を大規模に放出するにはそれなりの訓練を積まねばならないそうだ。それを行き成りドカンとやったものだから、どうにも具合がよくない。

流れる汗の量もいつもより多く、いくら水を飲んでも水分が抜け落ちて行く……そんな気がする。呼吸が乱れるほどではない物の、いつまでも続くとなると少々辛い物があるな……。


「はあ、ふう……っ。師匠、どうしたんですか? 珍しく親切にリリアを待っててくれたですか? いつもはぶっちぎって先に帰っちゃうのに……」


「お前が遅いからだろ」


ちなみに俺は寝起きの機嫌が結構悪い。ちんたら走っているリリアを見ているとイライラしてきて全力でぶち抜いて部屋に帰って二度寝することはよくある。

リリアは俺の目の前で汗をタオルで拭いながら上目遣いに俺を見る。何か言いたい事があるのかと思い腕を組んで首をかしげると、リリアは目を丸くして俺に言った。


「なんか、師匠……昨日の魔力解放から、雰囲気変わりました?」


その質問は意外だった。少なくとも自分で変わったような気はしていない。実際今は二重の封印で力は抑えこまれているはずだし、力を使おうとは今も思っていない。

それでも変わったものがあるとすれば、この世界に対する態度だろうか。流石にもう、どうでもいいとは思わない。せめてリリアくらいは、しっかり面倒を見てやらなければならないと思っている。

俺のそういう、リリアへの心境の変化を悟られたのだろうか。人の心に敏感な優しい少女は、恐らく俺のそんな些細な迷いやらなにやらも感じ取ってしまうのだろう。俺は適当に言葉を濁し、背を向けた。


「でも、師匠はやっぱりすごいです。いつも自信たっぷりで、しっかりしてて……。リリア、一目見た時から只者じゃないと思ってたですけど、やっぱり師匠はすごい人でした」


「そんな事はないよ。適当だし、自信もない……。ただ、熱くなりやすいだけだと思う」


「そうですか? じゃあ、そういうことにしときます」


「そういうことにしといてくれ」


二人してくだらない事を言って笑いあう。その時自分の中でリリアの姿と冬香の姿がダブったような気がした。

何故なのか? 台詞回しが全く同じだったのである。リリアの笑顔と、俺に対する期待や信頼の瞳……そして少しだけおどけるようなその口調が、嘗て自分で見捨てた妹のそれに良く似ていたから。

分かっていた事だ。俺はこの世界に来て、リリアを見た瞬間から冬香の姿を重ねていた。自分でも気づいている。それに気づかないように、一生懸命目を反らしているんだって事も。

彼女が願って作った世界の中で、彼女に願われて主人公として存在するリリア。その存在には恐らく彼女の想いが、願いが、俺に伝えられなかった沢山のものが今も色褪せる事無く生きている。

リリアに肩入れする理由は、自分で探す必要も無い。彼女がメリーベルとの戦いで傷ついているのを見て、俺が割って入りたくなったのも……全ては彼女にリリアが似ていたから。

ドジで、ぼけぼけとしてて、いつも誰かにからかわれていた冬香。そんなあいつを守るために割ってはいるのは、俺にとっては当然の事だった。一分一秒だって見ていたくはなかった。あの子の泣いている顔は。


「師匠? 急に黙り込んで……どうしちゃったんですか?」


「あ、いや……なんでもないよ。それよりいつまで休んでいるつもりだ? もっともっと体力つけて、強くならなくちゃな」


「はいっ! でも師匠、ちょっと具合悪そうですよ? リリア一人でもちゃんとサボらず走るから、師匠はもう帰って休んでてください。それじゃっ!」


リリアは俺に手を振り走っていく。生真面目なあいつのことだ、俺が何も言わずともちゃんとトレーニングメニューをこなすんだろう。

俺がこの世界にいなくても、あいつは俺の言葉を信じて毎朝走る……。冬香もきっとそうだった。俺が居なくなった後も、俺の言葉を信じて……。

余計な事を考えすぎた。急激にこの世界にいてはいけないような気がしてくる。ここは、あの子が願った夢の欠片……。俺の居るべき場所じゃないと。

口元に手をあて、思案する。肩の上のうさぎが道端に飛び降り、長身の男の姿に変身して振り返った。


「どうかしましたか? 魔力解放の影響、そこまで大きかったのでしょうかね?」


「そうじゃねえよ。ただ……」


「ただ?」


「いや……俺はリリアにとって必要な存在なのかなって、ちょっと思ってな」


YESでもNOでも、辛い答えになる事だって在る。

リリアが俺を必要としていないというのならば、俺はこの世界に……冬香の世界に干渉する権利を失ってしまう。

だがどうだ? リリアが本当に俺の存在を必要だと思うようになった時……俺はあの子を裏切る事になる。この世界に俺は、永遠には存在できないのだから。

先の見えていない未来に囚われて考え込むのはよくない傾向だ。だが俺にだって迷う事くらいある。いつまでもゲーム感覚で居られないのならば、それなりの覚悟を決めなければならない。


「そうそう、ナツル様。原書の方ですが」


差し出された原書を開いて俺は眉間に皺を寄せる。そう、そこにはいよいよ持って最悪の状況が映し出されていた。


「どういう事だよ、こりゃ」


「それを確かめるのが、貴方の役割でしょう? 救世主ナツル様」


舌打ちして俺は原書を閉じる。時間がないのかもしれない。今はそんな気配は見えなくとも……。

原書に映し出されていた一つの絵。俺にはそれが、リリアが剣で貫かれ命を落としているようにしか見えなかった――。


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