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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第四章『全てを救う者』
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エピローグ


夏流、元気ですか? 私は多分、元気ではないでしょう。

この手紙が届いたら、秘密基地に行ってみてください。夏流に見せたかったものが、そこにあります。

何もかも、ただそこに残してきました。夏流ならきっと私の思いに気づいてくれると信じています。

もしかしたらとても大変な事かも知れません。夏流を苦しめる事になるかも知れません。

それでも私は、夏流に託したいのです。お父さんでも、お母さんでもなく、他の誰でもなく……夏流に。

あの夏を覚えていますか? 私は今でも鮮明に思い返す事が出来ます。

なっちゃん。きっと、あの時のなっちゃんは、正しい事を言っていたんだね。

そろそろ、お別れです。書き始めたらきりがなくなっちゃうから……名残惜しいけど、これまでです。それじゃあ、お元気で。

最後に……さようなら、なっちゃん。 ありがとう。


本城 冬香。



⇒エピローグ



その冒険はそんな冬香からの手紙で始まった。彼女がこの手紙を俺に寄越したのは、一体いつ頃だったのだろうか?

きっと自分がしでかしてしまった事の重大さに気づいた直後あたりだろうと俺は思った。それはつまり、きっと俺に助けを求めていたという事だ。

そう考えると今でも憂鬱な気分になるが、いつまでも落ち込んではいられない。冬香は自殺した。その事実だけは現実世界に戻っても変わらないのだから。

冬香が俺に何を残し、何を伝えたかったのか。それは考えれば考えるほど深みに嵌る泥沼だ。でも俺はその答えを自分で見つけ出せると信じている。

手紙をぼんやりと眺めながら欠伸をする。いつの間にかこれを肌身離さず持ち歩くようになっている当たり、我ながらかなり女々しいのだが……。


「またそんなもん眺めてんのか、おセンチ野郎」


背後から何者かに肩を叩かれる。まあこんなに強く肩をぶっ叩いてくるのは一人しかいないわけだが。


「秋斗……。もう少し落ち着きってもんがもてないのかお前は。もう二十歳だろうに」


「あ? 落ち着いてんじゃねえかよ、充分」


そういう態度を落ち着いているとは言わない。

時が流れるのは早いもので、俺が現実世界に戻って二年半。今は地元に戻って大学に通っている。

師範せんせいの家に住んでいても別に良かったのだが、うっかり異世界で鍛えた技を披露してしまった事をきっかけに居づらくなってしまったのだ。

あんまりにも俺が上達したもんだから一体何が起きたのかと根掘り葉掘り聞かれそうになり、ほぼ逃げ出すような形で実家に戻った。

とりあえず俺の目先の目標は大学をきちんと留年せずに卒業して就職する事、それから親父と仲直りする事だ。両方とも世界を救うとかそういうのに比べると大分見劣りするが、これがなかなか難しい。

親父はそもそも俺を目の敵にしているし、今更あの歳になって素直に仲直りも出来ないんだろう。大人というやつは時に不便なものだ。

大学は大学で秋斗にあちこちつれまわされる所為で中々勉強に打ち込めないし、困ったものだ。まあこっちに戻ってから一先ず秋斗とは元通りの関係に戻れただけマシなのだが。


「昼飯どうすんだ? 手紙見てても腹は膨れねえだろ」


「あー……。俺、今日はこれで上がりだ。家に帰ってなんとかするよ」


「ハッ! そうかいそうかい、じゃあ俺はお邪魔出来ねえな」


ニヤニヤ笑いながらそんな事をほざく秋斗。その向こうで見知らぬ女性が手を振っている。


「あれ誰だ? 明らかにお前を呼んでいる気がするんだが」


「あ? 彼女だけど」


「え? お前、あれ? あの子彼女だったっけ?」


「あー、お前に紹介したのもう別れたから」


早っ!? 僅か三日でアウトか!? 最短記録更新だな……。せめて一週間は持たせろよ……。

そんな事を考えるのだが勿論口にはしない。秋斗は残念ながらモテるのだ。性格も根性もひねくれている事を理解してやれる心のひろ〜い女性が現れる事を友として切に祈る……。


「じゃ、俺様はもう行くぜ」


「ああ。また明日だな」


「気が向いたらな」


お世辞にも真面目な生徒とは言えない秋斗が彼女(新)と一緒に講堂を去っていく。その後ろを見覚えのある彼女(旧)がついていったような気がするのだが、見なかった事にしたほうがいいのだろうか。

なんだか疲れた……。秋斗といると退屈しないんだが、逆にトラブルが多すぎて困る。何でもかんでも最終的には俺が片付ける事に成るんだし……。

一人で大学を後にする。大学からは車で実家まで帰宅する。やたら豪勢な家を前に溜息を漏らす。

こんな家に住んでたんじゃ肩がこるよ……。冬香に押し付けて逃げた自分が恨めしい。

結局俺は三流大学でだらだらやってるだけだし、なんだかなー。これでよかったんだろうか。まあ別にいいか。適当に納得して家に上がる。

昼時だからか台所からは食欲をそそるいいにおいが漂ってくる。部屋に戻る前に顔を出すと、昼ドラを見ている母親の向こう側でナタルがフライパンをふっていた。


「おや、おかえりなさいナツル」


「ただいま……。お前完全に執事みてえになってんぞ……」


「ははは、そのようなものでしょう。居候の身ですからね。これくらいはさせていただかないと」


さて、なぜこいつがここにいるのかという話になるわけだが……。

ラ・フィリアで意識を失った後、俺はあの古ぼけた館の屋根裏に戻った。時間は殆ど進んでいなかった。あれだけ向こうに居たっていうのにまだ冬休み期間中だったのだから驚きだ。

例の一件以来、向こうとこちらを繋ぐ力は途切れてしまったらしい。ナタルでも戻れなくなったらしく、こっちの世界に何故か一緒に来てしまったこいつを家に置かざるを得なくなったのだ。

白いワイシャツに黒ズボン、花柄の可愛らしいエプロンを付けたナタルはどう見ても超イケメンである。女みたいな顔をしているくせに長い髪を今は三つ編みにしているから余計になんだか嫌だ。


「ナツル、今日は貴方の好きなオムライスですよ」


「オムライス好きになった覚えないんだが……」


「あら、いいじゃないオムライス。私は大好きよ、ナタル」


「これはありがたいお言葉……。奥様、味見しますか?」


そしてうちの母とナタルはやたらと仲が良い。まあ家事全般を何でもこなすナタルが一番貢献しているのは母なのだろうが。

父は内心穏やかではないのか、ナタルの前では最近頑張って家事を手伝ったりしている。良い傾向なのかおかしな傾向なのかわからないが、ナタルのお陰で家の空気は少し変わったようだ。


「そういえばバイトを始めたんですよ。ナツル、職場まで送って頂けますか?」


「バイトって何をだ? お前にも出来るようなのってあんの?」


「はい。ホストのバイトです」


さらっとなんかいっとる。ああ、オムライスうまいなあ。


「不肖ナタル・ナハ、このままただの石潰しであるつもりは在りませんよ! 今日からじゃんじゃん稼いで、本城家に貢献致します!」


充分うちは金持ちなんだが。


「もういいからお前も食えよ……」


「おっと、そうでしたね。今日は卵を変えてみたんですが、お味はいかがですか?」


俺の前の席、テーブルに付いたナタルが嬉しそうに微笑を浮かべながら顔を寄せてくる。何となくムカついてその顔面に拳を減り込ませる。

大体まあ、そんな感じの日々。何かが劇的に変わったわけではない。あんな大冒険を体験して直、こちらの世界は平和極まりない。

しかしそれを退屈だとは思わない。俺はこの世界で生きる。自分の物語を生きる。変な厄介者が一人増えたが、それはまあそれで……。

食事を終えて部屋に戻る。昨日は遅くまで秋斗に付き合わされた所為で寝不足だ。ベッドの上に寝転がり目を閉じる。

昔はそれこそ毎日のようにあっちの世界の夢を見た。皆が元気でやっている夢だ。リリアの事も思い出す。相変わらずへこたれで、夢なのにべそかいていた。

なんというか、それでこそ我らのへこたれ勇者様という感じか。変わらないで居てくれる事もあるとありがたい。夢の出来事なのにそんな風に思う。

今でもふと、思い返したようにあの洋館へ足を向ける事がある。何ヶ月かに一度、昔はもっと頻繁に。ただ足しげくそこに通ううちに俺は思い知るのだ。向こうの世界とのつながりは消えたのだと。

もう戻れないし出会う事もない皆。それでも俺は思い出を胸に生きていける。だから大丈夫。

それなのに何故かまたその場所に足を踏み入れる。迷いの森を抜けて洋館へ。今の俺にとってはもうこれだけでも大冒険だ。

人並外れた力なんて一つも無いただの俺に戻った俺。思えば全ては夢のようだった。虚幻の世界で体験した事が全て俺の夢だったのならそれはそれで笑えるのに。

洋館の鍵を外して内部へ。階段を昇り廊下の梯子を登って屋根裏部屋へ。俺は時々そこで一日を無為に過ごす。本を読みふけったり、ぼんやり考え事をしたり。

文字通りそこは俺の秘密基地。昔と変わる事の無い、確かなもの。机に突っ伏して眠りに付く。ここで眠れば、向こうの世界を夢見られる気がして――。


「リリア……」


君を好きだっていう気持ちは今でも変わってない。でももう会えないから、前に進んで行く。

退屈で平穏でどうしようもなくただっ広い世界を俺はやっと自分の足で歩き始めたから。

全ての人々に感謝を。そうして俺はいつしか記憶を薄れさせ、この未練さえも断ち切る事が出来るのだろうか?

ゆっくりと立ち上がる。夢はいつか覚めるから。立ち上がり上着を羽織って部屋を出る。扉を閉める。階段を下りる。


「       」


「えっ?」


誰かの声が聞こえた気がして振り返る。慌てて階段を駆け上がり、廊下を走って梯子を昇り扉を開いて屋根裏部屋へと顔を覗かせた。

そう、俺の冒険はこの場所から始まったんだ。それはきっとこれからも続いていく。ずっとずっと、続いていく。


「――――大丈夫か?」


梯子を上る、崩れた本の山に埋もれるようにして転倒しているそいつに俺は歩みより、そっと手を伸ばした。

そいつは顔を上げて満面の笑顔で俺を見る。懐かしい気持ちで俺は彼女の手を握り締め、本の海から引っ張り上げた。

軽い、しなやかな身体。彼女が俺の名前を呼ぶ。俺は彼女の手を握り、彼女の名前を呼んだ。

ここから始まった全て。ここで終わった全て。また何度でも始められる。物語を紡いでいける。


「久しぶり――。へこたれ勇者様――」


彼女が微笑む。小さな口で言葉を紡ぐ。耳を澄ませ、その一字一句を聞き逃さないように俺は目を閉じた。

リリア・ライトフィールド。勇者で魔王でお姫様で……ついでに妹で神様で。



泣き虫でへこたれで誰よりも頑張り屋さんな白い勇者の少女に、俺は確かに出会った――。


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