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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第四章『全てを救う者』
107/126

虚幻の日(5)


「これが……ディアノイアの真の姿なのか――?」


天空高く聳え立つ塔。その最上階に辿り着いた者は誰も居ない。

かつて魔王と呼ばれたたった一人の女が築き上げた理想。天空の向こう側、神と呼ばれた存在の元へと続く現実と虚幻とを繋ぐ架け橋。

ラ・フィリアは美しい光に包まれていた。搭を包み込むようにぐるりと管を巻く螺旋階段が天空へと続いている。光で出来たその回廊を見上げ夏流は小さく息を呑んだ。

それは巨大な一つの大樹の様でもあるシャングリラという街のディアノイアという学園の中心部に聳え立つラ・フィリアという名の世界樹――。降り続ける白い光へ手を伸ばす。

触れる事の出来ない幻の搭。その幻影の階段へと一歩足を踏み込んだ。そこに確かに道はある。夏流は振り返り、背後に立つ二人と共に階段を駆け上り始めた。


「……これが、ロギアがこの搭を作っていた理由だったんだね」


「魔王は神を殺す為にこの搭をわざわざこの場所に作ったってぇわけか。わざわざ敵国のど真ん中、この上にある場所を目指して……」


「ロギアやフェイトが作ってくれた道が今、俺たちをアルセリアの所へ……未来へ導いてくれる。ここまでやってきた事を全部無駄に出来ない。急ごう、もう直ぐそこに決着が待ってる」


夏流の心は固い決意で満ちていた。その輝く横顔をじっと見詰め隣を走るリリアはその手をそっと握り締める。

歩みを止める事はなく、しかしリリアの視線は夏流に問い掛ける。この先にある終わり――その瞬間を迎えてしまえば、きっと自分たちの物語はエンディングを迎えてしまうから。

少年は少女と指を絡め、微笑みを浮かべる。リリアもまた微笑みと共に空を見上げる。そこに涙はなかった。

この戦いが終われば救世主は役目を終えるだろう。そうなれば別れは逃れようもない。しかしそれでも構わない。二年前と今は違う。今は確かに心を通わせる事が出来たから。思い残す事は――何もない。


「一緒に行こう、夏流! 『私たち』の夢が正しかった事を証明する為に!」


光の螺旋は続いて行く。雲をつきぬけ遥かなる宇宙へと。その向こう側にある誰の目にも触れる事のない領域へと。

地上での戦闘は苦戦を強いられていた。無限に増殖し空から降り注ぐ天使の軍勢に比べ、生徒達は圧倒的に数が少ない。一人、また一人と倒れて行く。

戦力の要でもある戦闘能力の高いメンバーがそれぞれ足止めを受ける事で他の場所での戦況は悪化の一途を辿っていた。絶望的な戦況……しかしそれでも諦める者は一人として存在しなかった。

学園前でのアクセルとアイオーンの戦い――。アクセルはアイオーンの放つ魔法を次から次へと両断し、かわし、いなし、やり過ごして行く。


「夏流たちはもう搭を昇り始めたんじゃねえか!?」


「かも知れないね……。彼らなら辿り着くだろうね、遥かなる天空の高みまで……。彼女リリアはきと彼女アルセリアに匹敵する。正に無垢なる祈りの力でね――!」


短い槍を回転させアクセルに襲い掛かる。アクセルが投げ放った剣の旋風が地面擦れ擦れを滑空する。空中へと舞うアイオーンの両腕から大量の水が溢れ出し、アクセルはそれを剣で裂く。

足元全てに流れる水に魔力を込める。大地から連続で突き上げる氷の柱……。アクセルは空中に飛翔してそれを回避する。

地上から連続で放たれる光で構築された剣の嵐。闇のうねりがアクセルの全身を包み込み聖なる鎖がその腕を拘束する。

鎖を引いて空中からアクセルを手繰り寄せたアイオーンの蹴りが鋭くアクセルの腹部に減り込む。吹き飛ばされたアクセルを鎖で引き無人の民家、レンガの壁に叩き付けた。

砕けた壁の向こう側、鎖に剣を突き立てるアクセル。しかしそれは並の修練で繰り出された拘束魔法ではない。圧倒的な熟練された技による魔法の極地――。いかに祝福儀礼を受けた暗殺用のサーベルでも断ち切る事は叶わない。


「流石に強いな……。不動のランキング一位――女帝とまで呼ばれただけはある」


「もう一つの二つ名はご存知かい? ボクも出し惜しみをして、全力で戦えずに後悔するのは嫌なんでね――。君を倒して搭を昇らせてもらうよ」


大地に手を着くアイオーン。その全身に紫色の光の線が駆け巡る。全身の魔力を右手に収束し、大気の『何も無い場所』に叩き付ける。

空間がぐにゃりと歪む。世界が軋む轟音に思わずアクセルは耳を塞いだ。次の瞬間空間に亀裂が走り、硝子の砕けるような音と共に赤黒く燃え立つ巨大な槍が世界に姿を現した。

槍を大地に突き刺すアイオーン。次の瞬間彼女の魔力が大気を走りあらゆる場所に無数の魔方陣が浮かび上がる。


「――おい、マジかよ……!?」


大地から。壁から。空から――。

ありとあらゆる場所から骸骨の腕が伸びる。次から次へと世界に姿を現した亡者のその数、凡そ三百体。

その全てが頭蓋の内側から炎を浮かべ、全身を真っ赤に染め上げて動き出す。炎の剣や盾で武装したアンデッドたちは鈍重な足取りでアクセルに迫る。


死術使いネクロマンサー……! 禁術だろ、これっ!?」


「奥の手というのは最後まで隠し通すものさ――」


明らかに勝ち目のない戦況にアクセルは仕方が無く撤退を試みる。しかし次の瞬間腕にまとわり付いた鎖がそれを赦さず彼の望む方向とは正反対へと歩ませる。

この世界で最強の魔術師を前にアクセルは冷や汗をかきながら両手に剣を構える。最早引き下がる事は出来ない。死を覚悟し、思わず心の中で妹へ謝罪する。

瞳を見開き、近づいてきた炎の亡霊を一撃で斬り伏せる。


「――いいぜ、やってやる……! あいつらだって戦ってるんだっ!! 俺はもう仲間を裏切らない……!! 俺たち皆で行くんだ! この先の世界へ――!!」


次々にアンデッドを破壊しながら直進する。埋もれるような数の骨の腕がアクセルへと伸びる。それを振り払うように剣を振り回し、雄叫びと共に前進する。

その叫び声の遥か向こう、アイオーンは新たな魔法の術式を組み上げながらアクセルを待ち構えていた。

アクセルの戦場とはディアノイアを挟んで反対側に大剣を手にしたブレイドの姿があった。その正面にはリリアの姿に変化した黒い影。

二人はしばらくそうして睨みあっていたが、痺れを切らした影が黒いリインフォースを掲げながら突撃する事で拮抗状態は崩された。振り下ろされる大剣を同じく大剣で受け止める。

一撃で防御を崩してしまうような凄まじい破壊力――。その一撃は案の定ブレイドのガードを貫通し、その肩口に深々と突き刺さっていた。

血飛沫が上がる。しかし直後その血は全て美しい花弁となって消えて行く。幻影のブレイドがにやりと笑い、影の背後から何人ものブレイドが姿を現した。

その全員が別々の動きで影に斬りかかる。全方向から同時に斬りつけられた影がよろめく頭上、ブレイドが大剣を掲げながら跳躍する。

光の剣が構築され、街ごと吹き飛ばすような重い一撃が繰り出される。真っ二つに両断された影が悶えながら一つに戻って行く中、ブレイドは剣を背後に構え、体勢を低く影を睨む。


「――盗賊ってのはさ、盗むもんだろ? でも物を盗むと皆怒るからさ、おいらは別のもんを盗む事にしてるんだ」


ブレイドの瞳が輝く。同時に構えた大剣の周囲に真紅の風が渦巻いて行く。それは、かつてゲルト・シュヴァインが使用していた彼女の奥義――。

至近距離に近づきながら放たれた竜巻と強力な突き――。その直撃を受けた影が獣のような悲鳴を上げる。吹き飛ばされていく影を追い、剣を格納して空間を飛び越える。

影の進行方向に姿を現したブレイドは両腕にナックルを構え、飛んで来た影を蹴り飛ばす。防御を無視して対象を貫く雷の一撃――。拳を掲げ、少年は呟く。


神討つ一枝の魔剣レーヴァテイン――!」


黄金に輝く拳を影の胸に打ち込む。迸る電撃が炸裂し、影を光の剣が貫いて行く。その身を空中に投げ飛ばし、後方へ跳躍。


「これだけ攻撃しても――! 倒れないわけねっ!!」


剣を取り出す。その数合計十二本――。それを全て空中に投擲し、ポシェットから無数の宝石を取り出しそれを大地に投げ込む。

全身を串刺しにされた影が落下すると同時に大地に転がった宝石が同時に発動しその身体を巨大な氷で封印する。少年はその傍で天に腕を伸ばす。


「確かこういうの倒すのに向いてるのは……えーと……。まあいいや! 全部混ぜれば――!」


腕に電撃の紋章が迸る。錬金術の工程を再現し、空中に擬似リインフォースを作り出す。かつて不死に限りなく近い力を持った錬金術師を貫いた錬金術の剣。


「さらに魔法剣化して――!」


漆黒の光と黄金の光、二つの輝きを織り交ぜた剣を空中に跳躍して刃先を大地に向けて滑空する。

黒い花弁と風と電撃と光を纏った超密度の剣で真上から両断する。氷と中身どころか大地まで深く両断した魔法の剣が消滅し、ブレイドは衝撃によろけながらガッツポーズを浮かべる。


「名づけて――! 勇者部隊フルコース!!」


自身が見た物を覚え、己の力に取り込んでしまう能力――。戦えば戦うほど強くなる力。仲間たち全員の攻撃を受け、影は成す術も無く消滅する。

光の柱が天に立ち上る。それを見上げ、それからブレイドは脱力した様子で周囲を見渡した。


「これやると物凄く疲れるのが難点だよなあ……。さて、他の皆の手伝いに行くとするか――!」


見れば正面で空が燃えている。なにやら見覚えのある炎の術に嫌な予感を覚えながら少年は仲間の下へと駆け出した。



⇒虚幻の日(5)



「ディアノイアが……燃えてる……」


階段を昇り続けるリリアが眼下を見下ろして一言呟いた。

町が、世界が、まるで赤い光に飲み込まれていくかの様。その力が誰のものであるのか直ぐに判ってしまって夏流とリリアは口をつぐんだ。


「地上で派手にやらかしてるヤツがいるみてえだな……。しかしなんだこの半端ねえ魔力は」


「……俺が知る限り、世界最強の魔術師が戦ってる」


夏流とリリアの悲しそうな表情に秋斗は気まずそうに視線を反らして舌打ちする。


「下の事は下の連中に任せておけよ。ここまで来て、仲間に任せて、それでもそんな顔すんのは心配じゃなくてただの侮辱だ」


「お前の言う通りだな。アクセルたちなら上手くやるさ」


頷き合って上を見上げる。そこで搭の外周をぐるりを巻いていた螺旋階段は一度途切れ搭の中へと続いているようだった。三人は呼吸を合わせて階段を昇り切り踊り場に足を踏み入れた。

そこに立っている見覚えのある人物達に夏流は眉を潜めた。しかしその中でも更に一人、馴染み深い――しかしここに居るはずの無い顔が混じっている。


「……ベルヴェール……なのか?」


三人を待ち構えていたのは白、黒、蒼の三機の機械人形。白蓮、クロムロクシス、そしてベルヴェールの従者であったブリュンヒルデ。

その三人の正面に立っているベルヴェールは全身傷だらけで前のめりに立っている。その瞳は何も移してはいない。体の各所、間接から赤い炎が燃え上がり、まるで錆付いた機械のような不自然な動きで弓を構える。

放たれた氷結の弓矢を秋斗が正面から打ち落とす。嘗ての仲間は既に息絶えていた。ネクロマンシーで操られている――。それを成しているのは恐らく自分も良く知っている女――。


「そんな……。ベルヴェールさん……」


「何ボーっとしてやがる! 知り合いだかなんだか知らんが、こいつらは敵だ!! 倒さなきゃならねえんだよ!!」


秋斗の激に二人は我を取り戻し武器を構える。その正面、見知った顔が並ぶ状況に夏流は前に出る。


「白蓮、お前はナタルについたって事か」


「……申し訳ありまセン、マスター……。ですが、これが我らに与えられた役目なのデス……」


白蓮は白い薙刀を構える。クロロは巨大なキャノン砲を両手で構え、照準をリリアに向けた。


「クロロ君……! どうしてそんな所に……!?」


「返答。我々の役割はこの瞬間に成就される……。救世主を打倒し、世界の歪みを修正する……。ですがリリア、貴方だけはここを通しても良いと命令を受けています」


機械人形たちが道を空ける。魔剣を降ろしたリリアを見詰め、クロロは目を瞑る。


「アルセリアが貴方を待っています。この世界の幸福を、貴方と決定する為に……」


「――悪いが俺も通らせて貰う」


返事をしようとするリリアを押しのけて夏流が前に出る。しかしそれは命令に含まれて居ない――。救世主という異世界の存在を妨害する為に三つの影が道を遮る。

次の瞬間夏流は大地に片足を強く叩き付けていた。振動する大地から電撃が放たれ三つの機械人形は同時にその場に膝を着いた。


「何度も言わせるな。俺も通らせて貰うと言っている」


「……マスター、その、力は……!?」


「知らん。だがお前たち程度で足止め出来ると思われるのは心外だな。俺は全力でナタルに会いに行かなきゃならないんだ。こんなところで余計な力を消耗するわけには行かない」


夏流の鋭い視線にその場の時が静止するかのような感覚。仲間であるリリアや秋斗でさえ思わず息を止めてしまう程、その声は力に満ちていた。

救世主は武器を構えた人形たちの間をリリアの手を引いて歩いて行く。いつ襲い掛かるかわからない彼らの合間、触れようと思えば一瞬で接触できるような距離を夏流は無言で渡りきっていた。

彼らが足を踏み入れた場所とは反対側にさらに上のエリアへと続く螺旋階段が伸びている。そこに夏流が足を踏み入れようとして、ようやく人形たちは動く事が出来た。

全員の攻撃が同時に背後から夏流に襲い掛かろうとしたその瞬間、全員の武器を撃ちぬく銀色の銃弾が飛来する。夏流たちを守るように武器を構えた秋斗が二丁の銃口から白い硝煙を巻き上げる。


「雑魚の相手は一先ず引き受けてやる! テメエらはテメエらの決着をつけに行け!!」


「ああ。任せるぞ、秋斗」


躊躇いも無くそう頷く夏流。リリアの手を引いて消えて行くその後姿を見送り少年は小さく舌打ちする。


「……チッ。結局、いつも俺は主人公にはなれねえらしい」


「それでも、秋斗は自分の役目を果たしてる」


頭の上によじ登った白いうさぎがそう呟く。少年は笑いながら顔を挙げ、魔力を解き放つ。


「ハ――ッ!! んなこたあ、言われなくたって判ってんだよっ!!」



「く……そ……っ! こんなん、勝てるわけ……ねえだろ……っ!」


大地に膝を着き、ぼろぼろの体で血を吐くアクセル。大地は既に炎の軍勢に埋め尽くされている。

アクセルの周囲には骸骨の残骸が山を作っている。既にどれだけの数を葬り去ったかわからない。しかしアイオーンの足元から魔物は次々に現れるのだ。全く光明と呼べるものは見えそうにもなかった。

既に剣も幾つか折れている。腕が痺れて動かない。体中が酷い火傷で痛みよりも痛覚が麻痺する奇妙な感覚が身体を支配している。二対の剣を手に両足に最後の力を送り込んで立ち上がる。


「まだ立ち上がるのかい? 君も大概凄まじい根性だよ」


「根性と気合だけはうちのメンバーの誰にも負けないんでね……っ! 才能や特殊な血筋はないけどな……。勇者に近づきたくてここまで来たんだ。努力と気力で補ってきた俺の人生、お前なんかに劣って堪るかよ!」


「見上げた馬鹿道だ。だが、ボクもここでモタモタしていられないんでね――。そろそろ終わりにしようか」


アイオーンの頭上に無数の炎の槍が浮かび上がる。必殺の一撃を込めた大魔法を同時に七つ無詠唱で構築する。そこに綻びなど微塵も存在しない。

紅蓮の槍がアクセル目掛けて放たれる。空中から飛来するそれを回避しようとするアクセル。しかし腕に巻きついた鎖がそれを邪魔する。


「しま――ッ!?」


叫ぶよりも早く槍は飛来する。それがアクセルの目の前に迫る。刃先が胸を穿ち存在を燃やし尽くす直前――。後方から飛来した何かが魔法の槍を一つ消滅させる。

その一瞬の隙に目の前に割り込んできたのは白銀の鎧に全身を纏った何者か――。巨大な十字架が天に掲げられ、白い光の帯がアクセルを包み込んで行く。


「これは――?」


直後に一点に収束した紅蓮の槍が音を立てて空中で炸裂する。弾き飛ばされ砕かれた魔法の断片が降り注ぎ、周囲の亡霊を薙ぎ払って行く。

アクセルの目の前に立っていた騎士がゆっくりと振り返る。美しい羽飾りを施された兜の向こう、懐かしい声が彼の名を呼ぶ。


「よかったわ〜、間に合って。アクセル君が死んじゃってたらここまで来た意味がなくなっちゃうもの〜」


「……まさか。うそだろ? どうして……エアリオ……!?」


「姉上を呼び捨てにするんじゃあない! このシスコン剣士め!」


憎たらしい声に振り返る。そこには息を切らしてアクセルに駆け寄るマルドゥークの姿があった。


「マルまで……!? ど、どうしてここに!?」


「私たちだけではないぞ。元聖騎士団、聖堂騎士団、さらには他国の騎士団に元魔王軍……。この世界の全ての力がここに向かっている」


シャングリラ周辺に突如として姿を現した数え切れないような膨大な量の援軍。それは文字通り街へと雪崩込み、傷ついた生徒たちを救う。

戦況は今一変しようとしていた。天使たちは増えた瞬間次々に撃墜されていく。生徒たちの誰もがそのありえない混成軍に呆気に取られていた。


「聞こえたのよ〜、夏流君の声が」


「だから間に合うようにここに急いだのだ。尤も、あの演説は少々どうかと思ったが……あの男らしいといえばらしいのか」


夏流がバテンカイトスで仲間たちに向けて叫んだ言葉。その全ては世界中に配信されていた。

各地の精霊から精霊へ――。僅かに世界の残った自然が、命が、その言葉と思いを乗せて世界中へ広がって行く。

龍の王から全ての龍へ。全ての龍から全ての命へ。そしてその願いは世界の全てへ――。広がって繋がった全ての願いは一つに折り重なり、誰が始めたわけでもなく自然と全ての人々が手を取り合いこの場所を目指していた。

かつていがみ合っていた命も、かつて共に戦った命も。見境無く全ての願いを引き連れて世界の思いがこの戦場へ流れ込んで行く。

増援の数は止まらない。一体何処にこれだけの数の仲間が居たのか――? そう疑問に思う者も居る。だがしかし世界は彼らが思うよりもずっと広く。そして一人の人間の采配でどうにかなるようなものでもない。

夏流の言葉は確かにきっかけになった。しかし誰もが自分の意思で、自らの願いを叶える為に走り出したのだ。守りたいからこそ無我夢中で、純粋だからこそ敵と手を取り合って。


「長い間潜伏して仲間を集めていた甲斐があったという物! 加勢するぞ、アクセル・スキッド!!」


「この世界の未来の事を〜、人任せにしちゃいけないものね〜」


「二人とも……」


「何やってるの、お兄ちゃん! ぼーっとしている暇があったらさっさと立って戦って!」


背後からの声に振り返る。そこには黒い装束に身を包んだ子供たちが立っていた。その全員がアクセルたちの周囲に滑り込み剣を構える。

その中には彼の妹の姿もあった。アクセルの身体に回復魔法をかけ、真っ直ぐな瞳で顔を上げる。


「レン……!」


「……救世主様の声が聞こえたんだ。それに、こんな世界になっちゃって分かった事もあるよ」


誰もが同じ脅威を前に心を一つに重ねて行く。そうして気づくのだ。孤独なのは自分だけではないと。心に落された影、しかしそれは混ぜあう事の出来る色。

触れ合い、助け合い、そうして人々は同じものを目指していける。そこに神様なんて居なくても。それでも当たり前のように明日を目指す。

それは人がまだ生き続けたいと願うから。まだ歩きたいと願うから。当たり前のように命を続けて行く螺旋。人の進化する魂。明日を目指す眼差しが、この世界を一つ一つ成長させていく。

回復魔法の光と共に妹の心もアクセルの中へ流れ込んでくる。少年は心を震わせ手を瞑る。


「そうだな……。もう、この世界に俺たちを救ってくれる神様はいない。いないけど……でもっ!!」


それでも彼らは手を取り合う。

そうして世界を共に生きる仲間が居る事を知る。

時に憎しみ合い理解出来ない心を嘆き、力でそれを解決しようとする。

愚かしい争いが繰り返され悲しみの涙が大地に零れ落ちても。

そこから芽生える物がある。人は過ちを繰り返す度に痛みを刻む。心を学ぶ。

世界は進歩する。今解き放たれた赤子のように。ゆっくりと一歩ずつ彼らは歩き始めた。空想の世界の虚幻の存在――しかし彼らは一つになれる可能性をもって言う。

かつてヨトが願った世界。かつて世界が生まれたいと声を上げた時、冬香が指し示した未来。世界の全て……。それは誰かに願われるものではなく、彼らが自分自身で選んで行く。


「戦うんだ、自分たちの手で!」


燃え盛る炎をエアリオの十字架が両断する。マルドゥークの放った魔法が道を切り開き、執行者たちが炎の野を駆ける。

アクセルは一直線に彼らの切り開いた道を駆け抜ける。傷だらけの身体で、それでも守りたい世界がある。男は雄叫びと共にアイオーンへと斬りかかった。

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