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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第四章『全てを救う者』
106/126

虚幻の日(4)


その神が救世主と過ごした月日は五年にも満たない物だった。

それさえも通算であり、彼が体感した時の流れではたかだか三年程度の事だろう。それでも二人が心のどこかで通じ合っていたのには理由があった。

ナタルとナツル……。二人の英雄の資質を持って世界に産み落とされた存在はよく似ていた。姿形が、という事ではなく。その存在の持つ本質が酷似していたのである。

それは形の無い物。運命とも偶然とも異なる。それは世界を産み落とした想像主があえて世界に練りこんだピース。

実在する人物をモデルとして彼は存在を描かれた。まるでそうあるようにと願われて生まれてきた彼はそう在るべく在り続ける。その願われた先の姿、二人の影が重なるのも無理は無い。

ナタルが救世主を召喚したのは決して偶然などでは無かった。始まりはそう、冬香がそう願ったから。彼女の願いを叶える為、彼は自らの真実の姿を世界に招きいれた。

それを後悔したのは今から何百年も前。その時から世界が何度も滅んだとしても変わらぬ思いで今もここに立っている。

揺らぐ事の無い決意。変わることの無い想い。その全てが彼を英雄足らしめる真実の力。その最強の英雄が今、目の前の一人の少年に目を奪われていた。

そこに居るのは異邦人。この世界に在るはずの無い者。生れ落ちるはずの無かった染。世界を解れさせるナイフ。そして何より、無力な人間風情――。

異世界から召喚された彼には身に相応しい力しかないはずであった。その少年が今、神の加護も無く神である自分と対等に拳を合わせている。その事実に驚くなという方が無理な話である。

二人の男の拳は均衡した力で激突していた。ナタルは目を見開き目の前の少年を凝視する。救世主と呼ばれた少年の口がゆっくりと笑みを浮かべる。


「――どうした。こんなもんかよ、英雄神」


直後膨れ上がった夏流の魔力に吹き飛ばされる。身体が後退する――その事実に動揺を隠せない。空中で黄金の翼を広げ、海の上に着地する。

波打つ水の上に波紋が広がる。神は静かに顔を上げ、首を鳴らしている夏流を見据えた。


「……これは、驚きました。何故貴方にそのような力が……?」


「さあな。長い間一緒だったからお前の力が俺に移ったのか……それとも俺に才能があったのか……。どっちだっていいさ。理由なんてこの際関係ないだろ?」


「――確かに」


微笑みながら目を瞑る。確かに、意味や理由などこの際些細な事である。ナタルは己の両腕を覆う黄金の爪に魔力を通す。

両腕で拳を作り、それを構える。魔力でナタルのシルクハットが吹き飛び漆黒の長髪が金色に染まって行く。

風が巻き起こった。飛沫を上げながら迸る魔力が大気を振動させる。弱者ならばそれだけで震えて身動きが取れなくなるであろう圧倒的な力――。夏流もまた、彼に匹敵するとはお世辞にも言い難い。

しかしそれでも少年は平然とその場に構えていた。それは力の差を克服して余りある想いがあるから。彼は一人でそこに立っている訳ではない。それを誰よりも知っているからこそ、ナタルはそれに驚きはしなかった。

本当はわかっていた事だ。ナタルは少年を初めて見た時からその予感を胸に秘めていた。彼は『救世主として冬香に望まれた』存在なのだ。その意味はこの世界の法則さえも捩じ曲げる。

神が、世界が、その存在を肯定している――。彼は何者にでもなれるし、同時に何者でもない。ただ願うままに己の力を揮い、想うままに法則を書き換える。

それが出来なかったのはこの世界と向き合おうとしていなかったから。自分の存在と、そして冬香の与えた役割を認めようとしなかったから。しかし今の彼は違う。

彼は言った。リリアを肯定すると。彼女の全てを肯定すると。それは世界を愛する行為に他ならない。この世界の全てを望むままに受け入れた事に違いない。

ならば今目の前の少年が自分と対峙するに足る存在である事も決して不思議などではない。疑問ならば払拭される。では、残す物は何か――?


「正直な所、ここで戦う意味は全く在りませんが――。貴方の存在に少々興味が沸いて来ました。これでは私闘わがままに成ってしまいますが……」


「俺も聞きたい事が色々あるが、とりあえずてめえをぶっ飛ばしてから考える事にした」


「――昔から変わりませんね、貴方は。いつもいつでも――強引なお方です」


二人が同時に顔を上げる。二つの影は同時に疾走し、海と砂が交わる場所で拳を再び激突させた。

衝撃に耐え切れずに二人とも後方に吹き飛ばされる。二人同時に身体を捻り、反転と同時にハイキックを繰り出した。それは空中で激突し、互いの心を揮わせる。

目にも留まらぬ速さで攻防を繰り広げる二人の英雄。それは二人が同じ時間を過ごしてきた結果でもある。互いの全てを吸収し、高めあってきた二人にとってそれは当然の結果だった。

次にどこから拳が来る? 蹴りは? どうやって避ける? 防ぐ? その全てが流れるように頭の中に浮かんでくる。光の速さで繰り広げられた攻防の中、二人は何故か笑っていた。

この刹那、一瞬だけ二人は全てを忘れて互いの存在だけを見詰め合っていた。常に一つで同じ場所に居た二人。同じ世界を同じ視線で見詰めてきた。その絆は最早敵や味方という括りでは判断できない。

ただ、全ての拳に想いを込める。それは言葉よりもハッキリとしたコミュニケーション。話をするよりも深く、呼吸をするように理解する。それはまるで踊っているかのようであり、歌っているかのようでさえある。

二つの拳が互いの額に減り込む。二人は同時に後方に吹っ飛ばされて倒れこんだ。海に沈みかけたナタルが身体を起こし、夏流が砂を噛む。


「――成る程。今の貴方は確かにワタクシの『敵』に成り得る……。とても危険な存在だ」


「言うわりには顔が笑ってんぞ、クソうさぎ」


「でしょうね。貴方との決着は、全力でつけたい……。心は偽れませんね。ワタクシは貴方を倒したい……やはり、そういうものなのです」


「……この世界をどうするつもりだ? ヨトは消えた。この世界の管理者はいなくなったんだ」


「それでもこの世界は余りにも未熟すぎる。管理者であるヨトが未熟で不安定な存在であったように、全ては発展途上……。まだまだ誰かが『あやして』あげなければ成らない」


「管理者が居なくなったと思ったら今度は保護者気取りか?」


「――――では、貴方は何を以ってしてハッピーエンドと成すお積りですか?」


ナタルは口元から流れる血もそのままに笑いながら両手を広げる。


「物語の幕引きは? 二年前のパンデモニウムでの決戦、あれも充分にエンディングと呼べたのではないでしょうか? そう、十四年前の勇者と魔王の決戦も……」


物語には幕引きがある。ハッピーエンドは一時的なものでしかない。恒久的な幸福など存在しない。


「幸福と不幸は光と影……。我々は平和を求め、しかしそれを壊してしまう二律背反アンビバレッジする存在です。この世界は貴方や貴方の妹にとってはただの『物語』でしかないかもしれない。所詮は紙上の空論、それが一応幸せな形で決着すれば貴方は満足ですか?」


ハッピーエンドの定義など曖昧なものである。例えばそこに一握りの希望でもあれば、幸福な未来を予感出来さえすればそれは幸福な結末だと言えるだろう。

だが、それが訪れる保障は? 誰が幸せを守ってくれる? 目先に見えたハッピーなビジョン。それが実現する保障は誰にも出来ない。誰にもそれを守れない。ハッピエンド……それは、目前に迫った不幸を忘れただけのエンディング。


「神を倒し、リリアを救えば貴方の物語はハッピーエンドなのですか? それは少々身勝手でしょう……? ただ世界を投げっぱなしにしただけです。貴方は救ったつもりになって、その実何一つまだ救えていないのです」


では、救いとは?


「目先の幸せを守り、その先にある不幸を切り抜ける『確約』です。それが無い限り世界は変わらない。リリアがどんな気持ちで自分を追い詰めていたのか貴方には判りますか?」


夏流は世界を去るだろう。それは彼の物語が終わる事に他ならない。

だから世界を守りたかった。目先だけではなく永遠の幸福を実現したかった。この世界が偽りのものであると知る者ならば、その願いはより一層激しさを増して行く。


「リリアを追い詰めたのは貴方です。貴方の存在が、物語のエンドの存在が、この世界を狂わせてしまう。しかしそれは今は問題ではないのです。問題なのは、いかにして物語をハッピーエンドで締めくくるのか」


「それをお前たちが成し遂げるっていうのか?」


「誰かに成し遂げられる者ではありませんよ。人一人に出来ることなど限られていますからね……。我々に出来る事は……ただその手伝いです。それに何より――ワタクシは正直に言ってしまえば、こんな世界『どうでもいい』」


男は胸元に手を伸ばしネクタイを緩めた。そうして長い後ろ髪を一つに束ね、光のリングで結ぶ。

強かな表情でナタルは笑う。腕を組み、水面に立ったまま翼を広げる。その興味の対象は――最早ただ一人。


「ワタクシは貴方に出会う為に生まれてきました。では、貴方が居なくなったこの世界にどんな意味があるのでしょう? ワタクシは知りたいのです。貴方が本当に彼女の英雄に相応しいのか」


「俺は英雄なんかじゃない。ただそう望まれているだけだ」


「期待には応えるのが役者の務め。貴方は貴方に相応しいだけのステージで演舞を行う必要がある。ワタクシはその相手として申し分ないだけのこの世の『悪』でしょう?」


「……お前が悪だっていうなら、俺だってそうさ」


「善悪論を繰り広げるのは筋違いです。ワタクシは『敵』……貴方という『正義の味方』が倒すべき『敵』――。それが世界の決めた役なのです。演目は『救世主最後の戦いメサイア・ラスト・ダンス』。この長い長い物語の終焉に相応しいだけの演目でなければ観客は赦してはくれませんよ」


人差し指を立て、口元に運ぶナタル。そうして小さく無邪気な微笑を浮かべ、光の翼で空に羽ばたいて行く。


「終焉に相応しい場所で見えましょう。ワタクシと貴方、その両方の終着点に相応しい場所です。この世界の始まりの場所――。貴方という役者が舞台に上がる事を心待ちにしていますよ」


「ナタルッ!!」


黄金の光は空に羽ばたいて行く。偽りの空を貫き、遥か彼方の空へ。それを見送りながら夏流は強く拳を握り締めた。


「……判ってるさ。俺は、この物語を幸せなものにしなきゃいけないんだ。それが……俺の役目なんだから」


拳をじっと握り締める。そこに描いている物は、この世界に来た時とは色も形も変えていたのだろうか。



⇒虚幻の日(4)



「遅いぞ、ニーチャン!」


「……ああ。悪い、ちょっとヤボ用があってさ」


バテンカイトスの中にある広間に戻ってきた夏流を仲間たちが呼ぶ。仲間の下に歩み寄ると車椅子を引いて近づいてきたメリーベルが豪華な装飾を施されたトランクを夏流に差し出した。


「これ、出来るだけ夏流の力に相応しいように強化しておいたから」


「ありがとう。大事に使わせて貰うよ」


「……大事に、使わなくてもいいよ」


ぽつりと呟くメリーベルの言葉に首を傾げる夏流。メリーベルは夏流の手を取り、不安を隠せない眼差しで言葉を続けた。


「壊してもいいから……。だから、ちゃんと生きて。何回だって直してあげるから……。だから、死なないで――」


「……メリーベル」


夏流の手を強く握り締めるメリーベル。夏流はトランクから新しくなった神威双対を取り出し、それを両腕に嵌め込んだ。

黄金と同時に不思議な紫の光を放つ巨大な爪……。それがメリーベルの二年間の全てであり、夏流に込めた思いでもある。

触れるだけで伝わる事がある。まるで生まれ持った自分の腕のようなその感触を強く握り締め、夏流は屈んでメリーベルの頭を撫でた。


「ありがとうな……」


メリーベルは顔を挙げ、じっと夏流を見詰めた。それから目尻に浮かんだ涙を指先で拭い、車椅子を後ろに引く。

少年は振り返って仲間たちを見渡した。勇者部隊と呼ばれるそれら全てが彼を支え彼の礎となり彼の歴史となり彼の想いとなり彼の力となる。その全てにありったけの感謝の気持ちを込めて頭を下げる。


「皆、ありがとう。でも、これは俺の戦いじゃない。俺たちの戦いなんだ。誰もそこから逃げられない。目を反らしちゃいけないんだ。だから皆全力で戦って欲しい。仲間たちに後悔だけはして欲しくない。皆で一緒に沢山の事を学んだディアノイアが決戦の地になったのは絶対に偶然なんかじゃないって俺は思うんだ」


全てはそこから始まった。全ての物語が動き出した。まるで偶然のように、まるで運命のように。導かれた全ての命がそこで交わり、そして力を手に入れた。

そこには出会いがあり別れがあり、そして全てがあった。何一つ失うものなどない。たとえ命を落としたとしても、それ以上の物を守れる事もある。


「俺たちはディアノイアの子供たちだ。あそこで生まれ、あそこで終わる……。俺はこの世界を皆の腕に返したい。だから皆は手を伸ばして欲しい。自分の未来を思い描いて欲しい。それは夢でも空想でもなく、永遠に続くものだから。君たちの未来を、誰かの舵に任せちゃいけない」


傍らに立ち、俯いたままのリリアの肩を抱く。そうして夏流はにっこりと微笑み、それから声を大にして言った。


「俺はリリアが好きだ! 世界とかそういうことは正直よくわからん! でも、好きな女の子がいる!! 皆だっているだろ!? 恋とか夢とか友情とかっ! そういうくっだらない物を持ってるだろ!?」


隊列を成したディアノイアの戦士たちが全員同時に笑い声を上げた。夏流はその笑い声の中リリアの手を握り締めて一緒に掲げる。


「そういうくだらないものを忘れないで欲しい! この世界は誰かが作って誰かが管理するものじゃない! 皆が一人一人、そういうくだらない気持ちで導いて行くものなんだっ!! だったら俺は――好きな女の為に戦うっ!! 皆はどうだ!? 何の為に死ねる!? そいつを胸に思い描くんだ! 目を閉じて、心の中に!!」


仲間たちが次々に目を閉じて行く。夏流とリリアも同時に目を瞑った。その瞼の裏側の暗闇に映し出す未来のビジョンはきっと一人一人違うのだろう。


「それでも、その願いを――。俺たちの心の風景を忘れちゃいけないんだ。俺たちはガキだ! でもこれから大人になって、世界を何とかしていかなきゃいけないっ! 他人事じゃない『俺たち』の世界を! 皆で一緒に取り戻そう!!」


「夏流……」


「俺たちはブレイブクランッ!! 皆知ってるだろ!? 勇者は『愛と勇気』の為に戦うんだっ!! 俺たちは勇者だ! この世界を救う救世主だっ!!!!」


湧き上がるような仲間たちの声の中、夏流はそれを眺めて静かに目を閉じた。心の中に思い描く景色――そこに、たとえ自分がいなかったとしても。

それでも、幸せでいてほしいから。守られていてほしいから。この世界が間違ってしまわないように。その未来を信じられるように。せめて心を置き去りにする為に―ー。


「――――行こう。これで終わりだ。そして始めるんだ! 誰かの為じゃなく、自分の為に! 俺たちの――物語をッ!!」


バテンカイトスの中、仲間たちはそれぞれの未来を思い描く。そこには沢山の未来がある。それを守るのは自分たちに他ならない。

一人一人が自分を守る事が出来たなら――。それが全員で出来たなら――。世界はきっと救われる。未来はきっと幸福になる。

それを出来るかどうかは誰かが決める事じゃない。自分の世界の幸せを決定付けるのは誰かなどではない。自分自身の力で決める物――。

バテンカイトスの広間に作られた幾つもの門が同時に開かれた。その先にあるのは雪原――。ゲルト・シュヴァインの残した道しるべを通り抜け、次々に戦士たちは出撃していく。

かつて学園で育ち学園を巣立ちそしてまた鳥たちは古巣へと飛び込んで行く。白い雪原に無数の足跡を刻みながら、雄叫びと共に真っ直ぐに――。

夏流もまた、リリアの手を握り締めて前を見る。指と指を絡め、しっかりと歩く道を見据えて。リリアの心の中にあった不安は一瞬で吹き飛んでしまった。少女は頷き、そうして門を前にする。


「ナツル!」


声に振り返るとアクセルが歩み寄ってきていた。そうして彼らの前に立ち、夏流の肩を強く叩いた。


「お前たちを絶対に搭まで無傷で送り届けてやる。お前たちの道は俺たちが切り開く……。アルセリアをぶっ潰すのはやっぱりお前らじゃなきゃな」


「アクセル君……」


「おいらたちは二人を信じてる! おいらたちはおいらたちの戦いをするよ! だから、忘れないで!」


「……あんたたちの後ろには、いつでもあたしたちがいる。身体は離れても、心は一緒に闘ってる」


「この世界には、きっと僕たちが望む正解なんてないのだろう。それでも僕たちは……道を選ぶ事が出来る」


「絶対に勝ってよねっ! これは女王命令なんだからっ!!」


それぞれの言葉を受け取った夏流の隣に秋斗が並ぶ。そうして周りには聞こえないような小さな声で呟いた。


「……ナタルは行ったのか」


「……ああ」


秋斗は小さく溜息を漏らし、腰のホルスターに手を伸ばす。二丁の拳銃を構え、二人の旧友に向かい合って。


「――俺はまだ何も諦めてねえ。お前に勝つ事も、冬香の事も……。だが……だけど……」


ちらりとリリアの方に視線を向ける。それから目を瞑り、眉を潜めたまま視線を反らした。


「ある意味勝敗は最初からついてたわけだ」


「……秋斗」


「変な気遣いは止せ。寒気がするぜ。それよりテメエ、自分の言った事……曲げんじゃねえぞ」


「勿論だ。もう、俺は逃げない。どこにも逃げない。俺はここに居る。俺は、リリアの傍に居る」


「……ハッ。だったらせいぜい強がってな! テメエがぶっ倒れても心配するこたないぜ? 俺様が――テメエの代わりに世界を救ってやる」


二人の救世主はそうして笑いあい、それから互いの武器を軽くぶつけ合った。


「俺様も一緒に行くぜ。アルセリアの奴は借りもある」


「ったく、ホントに素直じゃねえやつだな〜」


「ウゼエぞアクセル……。テメエ最初から最後までウゼエのな……」


全員の視線を一つに束ねる。そんな中、リリア一人だけが俯いたままだった。

そんなリリアの左右に二人の救世主が立ち、頭を同時に小突いた。涙目になって顔を上げたリリアに全員が笑いかけている。


「みんな……」


「行こう、リリア。俺が傍に居る。君を守るから」


「ここまで来てウダウダしてんじゃねえよ。とっとと行って――速攻片付けるだけだ」


二人がリリアの肩を叩く。リリアは目尻に涙を浮かべながら小さく頷いた。


「それじゃあ――」


「みんな……っ! またね! 絶対絶対、またねっ!!」


リリアが声を上げる。それと同時に仲間たちはそれぞれの扉の中に姿を消して行った。

残された三人がそれを見送り、息をそろえたように扉を潜って行く。遥か彼方にある雪原――。天使と生徒たちが戦いを繰り広げる最後の戦場を彼らは駆け出した。

雪原へと確かに足を踏み込み、息をそろえて賭けて行く。リリアが魔剣フレグランスを手に取り前に出ようとするが、二人の男がそれを赦さなかった。

覆い隠されるような形で強引に後ろに押し返されたリリアが魔剣を胸に抱いたまま目をぱちくりさせる。二人の救世主は互いを見ないまま加速し、正面に群がる天使たちに突撃して行く。


「「 邪魔だあああああああッ!! 」」


夏流が次々に天使を蹴り飛ばし、秋斗が近づく全てを撃ち抜いて行く。リリアの目の前で繰り広げられる壮絶な戦い……。しかし勇者に出番は回ってこない。


「……相変わらずだなあ、二人とも」


そう呟きリリアは魔剣を収めた。どうせ後ろから何を言っても聞いて居ないのだ。子供のように意地を張って、二人は懸命に戦っている。

所詮はそんなもの。彼らにとっては当たり前。そう――もう何年も、そうして彼女を守ってきたのだから――。



雪原の中、シャングリラの市街地へと突入したアクセルが走る。出来るだけ奥深くまで進軍し、夏流たちに道を切り開く為に。

アルセリアの強さは未知数だ。それ故に夏流には出来るだけ万全の状態で辿り着いて貰わねばならない。その為にアクセルは自身が持つ忌まわしき執行者としての能力を惜しげもなく行使する。

物音も気配も無く移動し、屋根から屋根へと飛び移る。ディアノイアの門の前に突然姿を現したアクセルに天使が気づくよりも早くそれらに剣を投擲する。

風で回転を加えられた剣は次々に天使の首を刈り取って行く。空中で剣を受け止めたアクセルの正面、門を守るように立つアイオーンの姿があった。


「アイオーン……。そうか、お前はそっち側に付いたって訳か」


アイオーンは無言で槍を構える。その足元に魔方陣が浮かび上がり、噴出す紅蓮の炎がアクセル目掛けて飛来する。


「――風よ」


アクセルは己の身体を竜巻で包み込み、炎を蹴散らす。二人の攻防の第一声はそれで終了した。アイオーンは槍の切っ先を下ろし、躊躇いのある表情でアクセルを見詰める。


「……皮肉じゃあないか。君たちとボクとが戦う事になるとはね……」


「どうしてアルセリアについたんだ?」


「どうしてもこうしても、理由ならシンプルさ。ボクは彼女の魔力によって生き存えている機械なんだからね……」


「アルセリアは夏流たちが止める。それでもお前は俺たちの『敵』なのか?」


「――同じ事さ。ボクはアルセリアが居なくなればもう動いては居られない……。もう、この世界に存続する事は出来ないんだ。だから――」


アイオーンの足元から七色の魔法が吹き上がる。猛る龍のようなその力を前にアクセルは剣を両手に構えた。


「ボクは最後までボクの役割を演じるのさ――! 途中で降りる事は、何よりボク自身が認められないのだから――ッ!!」



「うわっち!?」


突然飛来した影の刃にブレイドは咄嗟に反応して回避運動を取る。着地点を狙って繰り出された矢のような一撃を斧を振るって弾き飛ばし、軽い身のこなしで雪を蹴る。

ディアノイアの外周、市街地に続く坂道でブレイドを待ち構えていたのは漆黒の影を持つ預言されし者マリシアであった。蠢く黒い影の気味悪さに思わずブレイドは顔を顰める。


「なんだこいつ……? 気持ち悪いなあ……。なあ、お前もえーと……監視者ゲイザーなわけ?」


影は答えない。返答の代わりとして黒い影を放ってブレイドを攻撃する。ブレイドはどこからともなく飛来した二対の剣を手に取り、近づく影を両断する。


「問答無用、ってわけか――! だったらこっちも遠慮はしないぜ!?」


剣を両手に構え、大地を疾走する。次々と繰り出される影の刃を切り裂きながら本体に直進して行く。

本体目掛けて二つの剣を同時に振り下ろそうとした瞬間だった。目の前の影は一瞬で姿形を変え、大剣を手にした男の姿に成り代わった。

影は大剣でブレイドの剣を受け止める。突然変化した戦闘能力に混乱するブレイドを一撃で吹き飛ばし、再び姿を変える。

次に現れたのは杖を持った女の姿だった。影が放つ漆黒の電撃がブレイドに迫る。


「んなろっ!」


空中で鏡のような盾を取り出して魔法を受け止める。それは魔法を弾き返す力を持った鏡の盾――。威力を上乗せして返却された魔法を姿を変えた影は剣で両断する。


「魔法を切り裂く剣……まさか、リインフォース!?」


影を収納して着地するブレイドの正面、かつて勇者と呼ばれた男の姿をした怪物が頭を上げる。全身にぞわりと浮かび上がった瞳の全てがブレイドを見据えていた。


「……なんだか良くわかんねーけど、もしかして色々な戦闘スタイルに変化出来る……って事か?」


やがて姿が変わり、大剣を手にした小柄な少女の姿へと存在を確立させる。リリア・ウトピシュトナという少女が大聖堂での戦いの時コピーされた戦闘能力――。それは神の力に目覚め始めたリリアに他ならない。

闇の神剣を掲げるリリアの影を前にブレイドは小さく笑みを浮かべた。それから何一つ武装しない姿のままで影を見据える。


「――おいらにはピッタリの能力だ。嬉しいよ――ここで会ったのが『お前』で、『お前だけ』でさ――」


そうして目を開き、ブレイドは天に腕を伸ばす。空中から飛来した『十二本の剣』――。その中心に立ち、少年は風を巻き上げながら宣告する。


「――見せてやるよ。『盗賊』の闘い方って奴を」



雪原を飛翔する魔王の姿があった。空中から次々に魔法を放ち、地上の天使たちを焼き払って行く。

レプレキアに近づく敵は一匹たりとも生き延びる事は出来なかった。他の仲間たちに比べても圧倒的な力を誇る魔王と勇者のハイブリッド――。人類としては限りなく最強に近い力を持つ少年を足元でアリアは応援していた。


「やれー! やっつけろー! 早く終わらせろー!」


なにやら野次が聞こえてくるが、少年は溜息を漏らしてそれを無視する。ブレイドにおいていかれてしまったのがそんなに気に入らないのか、先ほどから八つ当たりを受けている。

地上に滑空しながら剣で次々に天使を斬りつけるレプレキア。その正面、天使たちの中に紛れて一つの影が待ち構えていた。

それは、巨大な斧を携えた大男――。タイミングを合わせ、飛来するレプレキアを大斧で打ちつける。

剣でそれを受け止めるもあまりの力に吹き飛ばされるレプレキア。大地へ足を着き、着地の体勢を整えるレプレキアを男は追い掛けようとはしなかった。


「よお、孫。ここは俺の担当でな。少々面倒だが、相手になるぜ」


そこに立っていたのは『フェイトの父』、そして『リリアの育ての親にして祖父』、ヴァルカン・ライトフィールドであった。

しかし彼らは知っている。フェイトの父はとっくに死んでいるのだ。つまり目の前の男と地のつながりなど存在しない。


「一体どういうつもりだ……?」


本職ゲイザーとしての俺の力が必要とされたってぇだけだろう。なあに、心配することはねえ。孫相手なら、手加減くらいはしてやるぜ?」


「ふざけた事を……!」


「ちょっとおっ!! おじいちゃんなら大人しく道を明け渡しなさいよおっ!!」


「元気な孫娘だな。小さい頃のリリアにそっくりだ!」


「そーじゃなーくーてーっ!!」


「まあいいじゃねえか。とりあえずかかって来いよ。どっち道時間はねえんだ。後悔のねえように……やれるだけやってみな」


「言われずともそうさせて貰おう。例え監視者ゲイザーが相手だとしても、僕の魔王としての力はその威光を砕いて余る――!」


「口達者なぼうずだ」


二つの影が再び激突する。搭の周辺でそれぞれの戦いが始まる中、アルセリアは搭の頂上へと続く光の階段をゆっくりと昇り始めた。

鋼鉄の鎧は脱ぎ捨てて、本当の自分の姿に戻って。眼下では自分が育んできたその成果が争い火花を散らしている。その姿に一度目を伏せて祈りを込め、そうして彼女は歩みを再び。

そう、全ては物語のハッピーエンドの為に。始まりと終わりの搭の前、全ての決戦を演じる為に――。


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