虚幻の日(1)
「魔王を――消す?」
魔王大戦終結の日。後に勇者と魔王の伝説が語り継がれる事になったその夜。
ラ・フィリアはプロミネンスシステムを稼動し北方大陸のパンデモニウムに照準を合わせていた。今や魔王軍と聖騎士団の戦いは熾烈を極め、どちらが先に倒れてもおかしくない。
拮抗した戦況は安定した勝利には繋がらない。プロミネンスの中、アルセリアは遠く離れた戦地の映像を眺めながら目を瞑る。
アルセリアの決定をアイオーンは決して快くは思って居なかった。しかしそれも止むを得ない。所詮、自分は機械仕掛けの神……。アルセリアによって存在を肯定される、ただの動くヒトガタなのだから。
プロミネンスの引き金はアイオーンが預かっている。アルセリアなら躊躇無くその引き金を引くことだろう。しかしアイオーンは迷っていた。戦地で今も決戦を繰り広げている彼ら一人一人の顔が忘れられないから。
パンデモニウムの頂上では最後の決戦が始まっていた。白の勇者と呼ばれたフェイトと魔王ロギアは互いに剣をぶつけ合う。何度も切り結びながら二人は傷だらけになって戦いを続けていた。
各々の願いは恐らく同じ所に向けられていた。ただそこに至るまでの道と手段を違えてしまっただけ……。ロギアは額から流れる血が瞳に零れるのを察知して片目を閉じた。
「こうしておまえと斬りあうのは何度目だろうな……」
「さあな……! ロギア、本当に最後までケリをつけるつもりなのか!?」
「当然だろう。一国の王として――神への反逆者として、その末路は凄惨な物でなければ意味がない。それこそおまえの、大聖堂の狙いなのだろう?」
細身のサーベルを突きつけ一人ほくそ笑む。風を受け銀色の髪を靡かせながらロギアは過去へと思いを馳せた。
ザックブルムの王としての定めを受けた時から彼女は神の存在を受け入れようとは思わなかった。世界にやがて騒乱が訪れ、勇者と呼ばれた騎士と魔王と呼ばれた姫の戦いが始まる事……。ヨトの預言書の複製品を手にした彼女はその結末を知ってしまった。
世界が何者かにより作られた事。世界はいずれ空白に飲み込まれてしまう事。それを齎すのが、自分たちの祖にして唯一絶対の神――。創造神ヨトであるという事。
世界の輪廻、繰り返される破滅から逃れた人種はイザラキだけではなかった。そのルーツがどこであれ、神の存在の核心、そして滅亡の未来を知る人間は確かに存在した。
神が世界をやり直す為に必要とした『始まりの国』――。その国を彼女が担う事になったのも、決して偶然などではなかった。
「私は運命を受け入れない――」
例えそれが神の定めた滅びだとしても、それを受け入れる事はままならない。
「運命という言葉に正解を求めるのは簡単だ。傷つく事も無い。楽な道だ。だが、それでも――私は、『私』で在り続けたい――」
サーベルを揮うロギア。彼女の戦争は初めからただその一点だけに集約する。
全てを犠牲にしても。世界の痛み全てを背負っても。それでも、神の采配などに自分を任せたくない。
誰かの意思に心を委ねるのは簡単で、一瞬で全ての痛みを肯定する。しかしそれは、『自分』ではないのだと王は悟る。
この世の全てを犠牲にしてでも、神を打ち滅ぼせるだけの力を手に入れる事。そしてこの世界の全ての人々に、空白の日の存在を伝える事――。彼女が思い描いた、戦渦に包まれしかしそれでも真実の自由を求めた世界。それは今、彼女が愛した男の手で砕かれようとしている。
それもまた、一興。夢の終わりには相応しい。愛した男の手で、せめて凄惨に悲惨に、そして無残に終わりたい。夢を追い掛けたのならば、その夢を砕かぬままで。
それが世界の望んだ自分の役割だとしても、構う事は無い。自分で望んで自分で始めた戦争。そこに、後悔など微塵も存在しない。
「おまえはどうだ、フェイト。おまえはそれでも、この世界の存続だけを信じ続けるつもりか?」
フェイトは神剣を手に眉を潜める。決してその心境は戦争の終幕に喜んでなど居なかった。
神剣フェイム・リア・フォース――。それは、勇者の証。リアの一族に受け継がれてきた伝説の宝物にして神の涙の一滴――。その剣を手にした者は存在を勇者に昇華させる。それは最早神の使徒にさえ等しい。
神の意思に従い剣を取った。空白の日を世界に広める事をよしとしない大聖堂は預言されし者や神剣まで持ち出し、魔王の軍勢を駆逐する事を決定した。
それと同時に魔王により広められた空白の日への反乱者を抹殺する事こそクィリアダリアの――大聖堂の真の狙いであった。それは確かに世界の安定に繋がる。神を崇拝する大聖堂にしてみれば絶対的な正義であった。
しかし二つの組織の願いはかみ合わず、結果的にこうして悲しい戦いが繰り返されている。神を討つ者、神を信じる者……。フェイトは自分自身をそのどちらにも該当しない中途半端な存在として認識していた。
そう、彼は別に世界の為に戦っているわけでも神を討つ為でも神を守る為でもなく。あくまでも自分自身の為に戦っているのだから。
「俺は……誰かの為に戦うわけじゃない。俺のエゴに従って剣を取ってきた。今までずっと、たった一人で――」
腐れた世界に産み落とされ、闇を渡り歩くような人生。人の死と命の儚さ、心の闇を塗りたくった体で生きてきた。
そんなフェイトが見つけた光――。クィリアダリアの城の中、花畑の中で太陽の光を浴びて微笑む女性に出会った。
「俺は――間違ってる。大聖堂のやり口は気にいらねえ。今俺は、自分の為といいつつ、結局納得の行かない戦いに参加している……」
それでも剣を構える。ロギアはフェイトの迷いながらもそれを振り切ろうとする強い眼差しを見詰める続ける。
「正しくなくてもいい。それでも俺には守りたいものがある。あいつを……あいつらを、俺は失いたくない! 神がどうとか、そんな事はまだわからねえ! 世界がどうなるかも、まだまだわからねえ!!」
「…………神との戦いになれば、平和な世界はヨトを踏破するまで訪れないだろう。成る程、要は家族の為……そういう事か」
「……俺達に出来ない事も、子供の代なら出来るかもしれねえ。それに――未来には、あいつがいる」
過去の世界に迷い込んだ未来の救世主。彼は今はもうこの世界にはいない。それでも、彼を信じることは出来る。
未来の世界がどうなるかはわからない。しかしそれは彼らが成し遂げることなのだ。未来に全てを投げ出すわけにはいかない。せめて、この戦いだけでも終わらせなければ。
「どちらが正しいのかはわからない。どっちも正しいのかも知れない。だから俺たちはこうやって剣でしか物事を決められない駄目な大人だ。だからせめて――剣でケリをつけようぜ」
「それには同意する。全く、華々しい大舞台だよ。これならば命を散らすに相応しい。どちらが勝っても――。悔いはないだろう?」
二人は向かい合い、微笑みあう。そうして駆け出した二人のシルエットがぶつかり合う時、パンデモニウムの周囲に広がる乱戦状態の戦地ではゲインたちが剣を振るっていた。
次から次へと現れる魔物を斬り伏せながらもゲインは仲間の姿を探す。勇者部隊全員、そして聖騎士団の半数近くを投入してでのパンデモニウムでの決戦。そこでゲインは背後で戦う仲間たちに声を投げかける。
「皆、撤退するんだ!! もう時間がない!!」
時間がない――。それはゲインの予感のようなものだった。
パンデモニウム攻略戦の作戦全容は勇者部隊によるヨトの打倒である。しかしゲインは大聖堂がそれだけで終わらせるとは考えていなかった。
大聖堂は――アルセリアは、戦闘が長引けば間違いなくプロミネンスを発動する。その確信のようなものが彼の胸の中にはあった。一度プロミネンスが放たれれば海を越え大陸を越えて全てを薙ぎ払う閃光の中、この戦地で戦う命は全て焼け落ちるだろう。
それだけは避けねばならない。せめて、全ての命が救えなくても――。仲間や弟子の命だけは、絶対に守らねばならない。
「決着は直ぐに付く! ロギアが倒されれば魔物たちにも混乱が起きる! 今のうちに撤退の準備をするんだ!!」
聖騎士たちはその言葉に耳を傾けなかった。ゲインは舌打ちして魔物を切り殺し、ミュリアとルーファウスの手を掴んで強引に走り出す。
「ちょ、ちょっと!? ゲイン、なにしてんのよ!? 今丁度ようやく攻勢に移って来たところなのに!?」
「師匠、どこへ!? まだ仲間が戦っています! 敵を倒さないと!!」
「いいから僕の言うとおりにするんだっ!! 戦域を離脱して指示を待て! いいか、これは命令だ! 勇者部隊の副隊長としての!!」
いつに無く真剣な様子のゲインに二人は戸惑っていた。自分たちを怒鳴りつける事など心優しいゲインがするはずもないと思っていたから。
その鬼気迫る様子に仕方が無く戦地を離脱する妻と弟子。それを確かに見送り、ゲインは再び戦場へと舞い戻る。巨大な斧を振り回すブレイドと太刀で魔物を薙ぎ払う鶴来。最後に魔物と格闘を繰り広げていたメフィスを強引に一箇所に集めて叫ぶ。
「撤退だ!! 逃げるんだよ、早くっ!!」
「お、おいゲインの旦那……!? 今いいとこなのに……!?」
「いいから逃げるんだ!! 急がないと、プロミネンスが――ッ!!」
その言葉をゲインが放つとほぼ同時刻、ラ・フィリアは水平に傾き発射体制を構築するとその砲身をパンデモニウムへと向けていた。
照準は当然、勇者と魔王に向けられている。遥か彼方で存分に剣を交える二人。それを横から狙い打つような行為にアイオーンは震えていた。
しかし引き金を引かないわけにはいかない。真横にはアルセリアが立っている。自分がやらねば彼女がやるだけ――。ただ、自分が罪から逃れるだけだ。
見殺しにする事に変わりは無い。ならばとせめてその罪は背負えるように自分に言い聞かせる。心の中で何度も仲間に懺悔した。そして――。
真紅の閃光が頭上を突き抜ける景色を、リア・テイルの庭でマリアは一人見上げていた。
夜空を照らす真紅の閃光。それは一直線に戦場へ突き進み、魔物も騎士も飲み込んで炸裂する。
咄嗟にゲインはその光に背を向け、仲間たちを守るように抱きしめた。雄叫びと共に全力で魔力を解放し、仲間の盾となる――。
凄まじい激痛に顔をゆがめながら、しかしその視線は空を見上げていた。パンデモニウムの頂上、照準が合わされたその場所に二人の姿はある。
勇者も魔王もただただ唖然とする事しか出来なかった。決戦に全ての力を使い果たしていなければ、あるいはそれを凌げたのかも知れない。だが二人は今余りにも満身創痍だった。
二人は同時に力を放ち、プロミネンスの閃光を切り裂く。しかし剣が手から零れ落ち、二人は光の中押し流されていく。雲を突きぬけ夜を昼に塗り替えた閃光の一撃が過ぎ去った時、そこには瀕死の二人が倒れていた。
崩れ去ったパンデモニウムの丘で倒れた勇者はゆっくりと顔を上げる。そこには全身に酷い火傷を負い、今にも死に掛けたロギアの姿があった。
ロギアは虚ろな瞳で空を見上げていた。星星が輝く夜の闇――。そこはまるで自分たちが歩いてきた地獄のような世界に似て居る。
「ロギア……」
枯れた声で勇者は地面に突き刺さった神剣を引き抜き、血塗れの手でそれを引き摺って歩くフェイト。
自分たちの身に何が起きたのか、そしてどちらが正しかったのかを同時に悟る。そうして剣を振り上げ、ゆっくりと、ロギアの胸に神剣を突き刺した。
それは止めの一撃だった。ロギアの上に倒れこみ、二人の顔は息のかかる距離まで近づく。二人は涙を流さなかった。フェイトは目を瞑り、ロギアを抱いて小さく呟いた。
「……ごめんな」
それがロギアが生身で聞いた最後の声だった。
『良くやりました。それでいいのです、アイオーン』
ラ・フィリアの中、そんな声が響き渡った。
両手で鍵盤を叩きながらアイオーンは俯いて一言も声を発しなかった。震える肩をそのままに、ただ静かに涙を流す。
世界はそれでいいのか……。自分はこれでいいのか……。その自問自答は何年経っても、そう。十四年経った今でも、心の中で繰り返されたまま――。
⇒虚幻の日(1)
ゲルトが死んだ……。その事実が受け入れられず、俺は肩を落し続ける。
悲しい……のだろう。とても、悲しい。でも、何故か涙は零れなかった。悲しい、というよりは呆然と言った感じで……。身近な人物が、当たり前のように居なくなった。
それも、ただ死んだんじゃない。俺の背中で死んだんだ。それは、俺がもっと早く走っていれば助かったかも知れない。俺がもっと……もっと、何か出来たに違いない。
だからどうしようもなく何も考えられない。ゲルトが死んだ……。それは本当なのか? 目の前に眠るゲルトを見て俺はずっと立ち尽くしていた。
ミュリアは泣いていた。かなり取り乱した様子で今はアクセルが付き添ってくれている。俺たちの戦いの結末は龍が知っていてくれたらしい。怪我の手当ての準備は出来ていたが、それを受ける気はしなかった。
ゲルトは傷だらけだった。俺も傷だらけだった。血は止まって今は固まっている。でも、多分とてもみすぼらしい格好をしているだろう。
「ゲルト……。俺、どうしたらいいんだ……?」
ぽつりと一人で呟いた。こんなに心の中が真っ白になったのは久しぶりだ。冬香が居なくなったと聞いた時……多分、それよりももっと辛かった。
あの時の俺は自分自身をどこか客観的に眺めていた。でも、それじゃ駄目だって気づいて、今は自分の心でそれを受け入れようとしている。
もしも冬香がいなくなった時、俺がまともだったならこんなもんじゃなかったんだろう……。そう考えたら余計に辛くなった。
「なあ、ゲルト……。俺に……何を伝えたかったんだ?」
大地に膝を着きゲルトの手を握り締める。両手で包み込むゲルトの手は冷たかった。ゲルトはまるで眠っているかのようだった。薄っすら微笑みさえ湛えて、苦しみとか悲しみとは関係ないみたいに……。
強く強くゲルトの手を握り締める。自分でもどうしようもない悲しみが心の中で渦巻いている。俺……こんなにも、ゲルトの事を大事に想ってたんだ。
「ゲルト……っ! ごめんなあ……っ!!」
謝って済むことじゃない。俺があの時もっとちゃんとしてれば……もっと、何か出来たはずなんだ。
やり直しなんか出来ない。後悔しても仕方が無い。わかってる。わかってるんだ。でも――そんな簡単には割り切れないよ……。
しばらくそうして崩れていると背後で扉が開く音が聞こえた。振り返るとそこにはアクセルが立っていて、何やら不機嫌そうな表情で俺に歩み寄る。
「ナツル、そんなことしてる場合じゃない。大変な事になってるんだ。まだ終わってない……! 早く奉龍殿に行くぞ!」
「……アクセル……」
俺は視線を反らした。ゲルトは死んでしまった。もう動かないんだ……。鶴来だってそうだ。俺は、彼女の遺体さえも回収できなかった。
二人とも俺の為に死んだようなものじゃないか。ヨトを倒してリリアを救い出したのに……なんでこうなっちまうんだ? 何で、まだ終わらないんだよ――。
アクセルが俺の胸倉を掴み上げ、強引に俺を立たせる。アクセルは歯を食いしばり、眉を潜めた。
「悲しいのは皆同じなんだよ!! お前だけじゃない! 俺だって……俺だって泣きてえよっ!! でもまだ終わってねえんだよっ!! ナツル!! このままじゃ、ゲルトや鶴来さんのやった事が全部無駄になっちまうんだぞ!? いいのかよ、それでえっ!!」
アクセルの叫び。その意味はわかる。そうだ、まだ終わってないんだ。まだ何かを遣り残してる。俺はここで立ち止まれないんだ。
でも、それでゲルトを忘れるのか? ゲルトの死を忘れて戦えるのか? そんな薄情な事できたってしたくない。俺は……じゃあ、どうすればいいんだ?
「おい、テメエら何やってんだ。奉龍殿に行くぞ。外は大変な事になってる」
廊下から顔を覗かせた秋斗が淡々と告げる。俺は出来るだけ気持ちを割り切って頷いた。アクセルも手を放し、小さく俺に謝っていた。
ヨトを打ち倒し、俺たちは空白の日を回避した。冬香として覚醒してしまったリリアも何とか奪い返してこうして戻ってくる事が出来たんだ。
なのに、どうしてああなった? そもそも何が起こったんだ? どうして……こんなにも心は空しいままなんだ?
奉龍殿まで歩く間、殆ど何も考えられないままだった。何とか『彼』の元まで辿り着き、重要そうな話が始まっても俺は心そこに在らず……。どうすればいいのかわからない。
この世界はどうなっているんだ? アルセリアはヨトを倒す事に賛成だったのか? 何故俺たちを攻撃したんだ?
アイオーン……あいつが魔法を撃ったなら、ゲルトはアイオーンに殺されたも同然だ。一人で拳を握り締める。俺は……ディアノイアが怪しいって気づいていたのに。ヨトさえ倒せば全てが終わると思い込んで、我武者羅に突っ込んで……。
『ラ・フィリアに強い魔力の反応を感じる……。天照が起動したのだろう……。その砲身は今、イザラキに向けられている……』
ふと、とんでもない言葉が耳に入ってきた。思わず顔を上げて聞き返してしまう。
「ここに、プロミネンスカノンが……?」
『恐らくはヨトの使徒の仕業であろう。ヨトが存在しなくなった今、この世界は非常に不安定な状態にある……。『世界』そのものが、空席となった神の座に困惑しているのだ』
「それは、何か拙い事が起きるのか……?」
『判らぬ……。この世界が神の手から離れたのは初めての事……。先例の無い事態だけに、世界がどうなるのかは予測不可能だ……』
「で、でもまだわかんないだろ!? つか、まだ実際に世界はそのまま残ってるし……! 天使だって、いなくなったんだろ!?」
俺の不安そうな表情を見てアクセルが努めて明るく発言する。しかしその言葉は静かに否定される。
「その天使がまだ残ってる事が確認されたんだとよ」
腕を組んだまま目を瞑った秋斗が告げる。それは俺も疑問を抱かずには居られなかった。
「どういう事だ……? 天使はヨトの力に依存しているんじゃなかったのか!?」
「魔物だって主であるロギアが居なくなっても活動してんだろが。魔物も天使も本質的には同じ、魔力で構成された召喚物だ。主が消えたところで連中が消える事はないだろ」
確かに秋斗の言うとおりだ。これからやらなければならないことはまだ山のように残っている。ヨトが居なくなった以上天使が際限なく増え続けるような事はないのだろうが……。
『その天使も今やラ・フィリアに従っているようだ……。プロミネンスがこちらに向けられたと同時に、天使の軍勢が直ぐ傍まで近づいている……』
「な――!? それじゃあ!?」
「まだ、何も終わっちゃいねえって事だろ……。この国は確か結界で覆われてるんだよな?」
『……だが、それもプロミネンスの直撃を受ければ破壊される。そうなれば天使の侵入を阻止することは難しい』
「プロミネンスはいつ放たれるんだ?」
『今すぐ放たれてもおかしい事は何もない……。最早、『我々』ではあれを止める事は不可能だ……』
俺はその言葉を聞いて直ぐに奉龍殿を飛び出していた。背後で皆が何かを言っていた気がするがそんな事は気にしていられない。
リリアはまだ、ゲルトの部屋の隣で寝ているんだ。リリアを一人にしておくわけにはいかない。それにゲルトだって、ここが戦地になったら……。
「くそ……っ!」
ゲートを使用して店の直ぐ傍に転移する。呼吸を乱しながら駆け抜けてゲルトの部屋を目指す。強引に扉を押し開き、そこで俺はゲルトを抱きかかえたリリアの姿を目撃した。
リリアは悲しげな表情で俺を見る。俺も恐らく同じような顔をしていたことだろう。いつの間にリリアは目を覚ましたのだろうか? そんな疑問よりも、彼女が血塗れのゲルトの遺体を抱えて俯いている事が印象的だった。
「ゲルトちゃんは……本当に死んじゃったんだね」
消え入りそうなリリアの声。その呟きと同時に凄まじい轟音が街中に響き渡った。立っていられない程の激しい振動に思わず倒れこむ。窓の向こう、作り物の青空を切り裂いて真紅の閃光が街を焼くのが見えた――。
「〜〜〜〜〜〜ッ!? っつう……! しゅ、シュート……無事か……!?」
プロミネンスの直撃がイザラキに襲い掛かった直後、街は大混乱に見舞われていた。夏流を追って奉龍殿を飛び出した二人も例外なく衝撃の影響を受け道端に転倒していた。
転送装置に派手に激突してしまったアクセルが顔を上げて周囲を見渡すが、後ろを走っていたはずの秋斗の姿が見当たらない。しばらくきょろきょろとあたりを見回していると秋斗は水路から這い上がってきた。
「……なんで俺様がこんな目に……ッ!!」
「あー……。でもそれなんか俺結構デジャヴってるんだけど……っと、それどころじゃなかった! 転送装置を起動……って、あれ?」
転送装置を起動しようとしてみるのだが、一向に機械が反応する気配が無い。もたもたしているアクセルを突き飛ばして秋斗が操作を行うが、やはり反応はなかった。
「……もしかして壊れてるのか?」
「え、お、俺の所為……?」
「テメエが壊したのかよ……。つかえねえなあオイ……」
二人が転送装置の前で試行錯誤していた時であった。人口の空を突き破って貫通して行ったプロミネンスの空けた穴を通り、無数の天使がイザラキの街に入り込んでいるのが見えた。
街のあちらこちらでは悲鳴が上がり、天使の攻撃がイザラキの街を壊して行く。二人はそれを見過ごすわけにも行かず、同時に武器を取り出して駆け出した。
「あークソッ! 俺様はもう、戦う理由なんかねーってのに……!」
「いいだろ、最期まで付き合えよ……! まだ――何も終わってないんだからなっ!!」
地上に降りてくる天使を迎撃する二人。しかしまるで世界中から戦力を集めたかのような膨大な量の天使たちに次第に追い詰められていく。
銃弾を連射しながら後退する秋斗。一般人が次々に殺戮されていく姿にアクセルが叫びを上げて突撃する。
神が滅んだ世界でまだ殺しあうというのならば、それは人と人の醜い闘争に他ならない。よりにもよってこの戦いを嗾けてきたのが自分たちの育った学園の主だという事実がアクセルにはどうしようもなく腹立たしかった。
上空から襲い来る天使の軍勢……。その全てが一斉に魔法を放つ。秋斗の『避けろ』という叫びよりも早く、アクセルの姿は爆炎の中に消えて行く。
「アクセル――ッ!!」
秋斗が叫びを上げた。しかし、煙幕が消え去った場所にはアクセルの姿は存在していなかった。その代わり、そこには何故か大きな壁が聳え立っていた。
一瞬で消え去った壁の向こう、そこには見覚えのある姿が構えている。大地に手を当ててアクセルに笑いかけているのは、かつて勇者部隊として共に戦ったブレイド。そして――。
「――こんな戦いは最早神など関係ない。これがお前のやり方だというのならば……僕はそれを赦さない」
空を舞う天使たちが次々に打ち落とされていく。七色の魔法が空を埋め尽くし、敵を葬り去って行く。
天から降りてきた白い影はそうしてゆっくりと顔を挙げ、細身のレイピアを揮った。アクセルと秋斗を庇うように前に出た二つの影――。
「ブレイド……。それに――レプレキア!?」
「よっ! 久々の再会だっていうのに大ピンチじゃん? アクセル!」
白い歯を見せながら笑うブレイド。その笑顔に励まされ、アクセルと秋斗も彼らに合流して武器を構える。
「何だかよくわからねえが、テメエらが敵じゃねえって事だけは判った」
「……手を組むのが気に入らないのは、僕も貴様らも同じだろう」
「でも、今は――!」
「こいつらを、ぶっ倒すだけだっ!!」
空を埋めつくすような数の天使に四人は向かって行く。
遥か彼方、天空の搭では既に第二の砲撃の準備が整おうとしていた。