表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第四章『全てを救う者』
101/126

空白の日(5)


ヨトの魔法が全て掻き消された瞬間、既に彼女は次の行動へと移っていた。

並の物理攻撃も魔法攻撃も今の救世主には通用しない。切り札は虚幻魔法リヴァイヴ――! 掌から無数に放たれる泡のような雫のような黒い光がふわりふわりと夏流たちに襲い掛かる。

しかし次の瞬間泡は全て銀色の弾丸で撃ち抜かれていた。撃墜された闇の向こう、無数の剣を纏ったアクセルが襲い掛かる。


「うおおおおおおおおッ!!」


指と指の間に剣を挟み、両手に六つの剣を構えてアクセルは斬りかかる。流れるような動作から連続でヨトに襲い掛かり、飛翔していたヨトは大地に落された。

翼を羽ばたかせ大地への直撃を回避するヨト。上空で剣を投げ放つアクセルの一撃を結界で防御し、反撃に黒い閃光がアクセルに襲い掛かる。

光線のような消滅の波動を空中で剣を蹴って飛ぶことで回避し、アクセルは着地する。そのアクセルの着地を狙おうと腕を伸ばしたヨトの目の前に既にゲルトの姿があった。

両手に構えた魔剣の二刀流で交互に攻撃を繰り返す。ヨトは全てを自らの周囲に展開する結界で防御していた。次元の断層を生み出し不可侵領域を生み出す虚幻結界――。ゲルトの魔剣はその結界に遮られていた。

ヨトが身体を楽に構えると全身から無数の閃光が放たれる。剣山のように全身から光を放つその一撃を受け、ゲルトの姿が消滅していく。


「……幻?」


ヨトが消滅させたゲルトの影が消え去って行く。本物のゲルト・シュヴァインは遥か後方に既に待避を済ませていた。

追撃しようとするヨトに秋斗の弾幕が襲い掛かる。銀色の弾丸が次々に撃ち込まれ、結界が軋む。


「ヨトォオオオオオッ!!」


夏流が拳を構えてヨトに駆け寄る。消滅の球体が放たれるがそれらは秋斗の攻撃で相殺されていく。

援護を受けヨトまで辿り着いた夏流の蹴りが結界に鋭く減り込んだ。罅割れて軋み、ぐらりと揺れる存在次元――。反撃の一撃を正面から拳で打ち抜き、夏流の一撃はヨトの結界を木っ端微塵に砕いた。


「……行ける! 倒せない敵じゃない……!」


ヨトの反撃を受けた夏流の腕は一時的に魔力を失い防御も攻撃も不能な状態に陥っていた。しかし膨大な魔力を引き換えに物理ダメージを相殺する事に成功する。

それがゲルトやアクセルであれば既に消滅していただろう。しかし救世主なら――。渡り合う事が出来る。世界を消す力を相手にしたとしても。引けをとる事はない……。


「貴方達は……自分が何をしているのか判っているのですか!?」


「判ってるさ!」


「それでも――ッ!!」


ゲルトが手首を自ら切り裂く。噴出す血は空中で光に変わり、アクセルの十二の剣に付与されていく。

渦巻く漆黒は魔力の剣を構成する。アクセルは空中に飛び上がり、十二の剣を一気に投擲する。

魔法剣と成ったそれらはヨトの結界をずたずたに引き裂き、ヨトの体へと突き刺さって行く。体中に剣を刺され、女神は苦痛に表情をゆがめた。


「テメエの御託なんざ誰も聞きたかあねえんだよッ!! ボケェッ!!」


「俺たちは――ッ!! 自分の歩く道くらいッ! 自分で見つけられるッ!! 俺たちは――ッ! 同じ道を手を取り合って歩いていけるんだッ!!」


秋斗が銃弾を連射しながら駆け寄る。同時に夏流も秋斗の隣を走り、拳に魔力を収束する。

二人はどちらからとも無く同時に魔力を一点集中させる。夏流は拳に。秋斗は二つの拳銃を正面であわせ、その銃口に。

金と銀の魔力が一気に膨れ上がって行く。極限まで練りこまれた魔力の一撃が放たれ、二つ混ざり合い螺旋を描きながらヨトに直撃する。

耳を劈くような轟音と爆発――。電撃が空間に迸り、あちこちに拡散する。直撃を受けたヨトは美しいドレスをボロボロに焦がし、ふらつく足取りで何とか倒れる事を拒絶していた。


「わた、くしは……。倒れる、わけには……。世界は……。わたくしが……。守り……続け……なくては……」


確かな手ごたえに二人の救世主は武器を降ろした。しかし、それにしては妙な違和感がある。

以前戦闘した時は確かに不意打ちであった事もあり、油断もあった。今回は二年の月日を経て二人とも大きく力をつけたし、迷いも油断も無い。

だがそれにしてもヨトの力が余りにも弱弱しく感じられたのだ。それが杞憂であると自分に言い聞かせ、二人の救世主は前に出る。


「さあ、とっととリリアを返してもらうぜ」


「もうやめろヨト……。こんな事をしたって何にもならない」


美しく整っていた髪も今や解けて顔にかかっている。ヨトは虚ろな表情で前のめりに前進する。


「わた、くしは……。世界を……。まも……る……っ」


身体がよろめき、ヨトの身体がぐらいと揺らぐ。何故か夏流はその身体を支えていた。

血を流し、今にも力尽きてしまいそうな神……。夏流はそっとその身体を抱きしめた。ヨトはゆっくりと顔を上げ、夏流の瞳を覗き込む。


「あんたが守らなくたっていいんだ、世界は……。その責任の全てをあんたが背負う必要はない。世界は……あんたを含め、全ての人間の手で紡がれる物だから」


「…………」


「おい夏流! テメエ何してんだ!? そいつから離れろ! 忘れたのか、テメエ全身めちゃくちゃにされて殺されかけたんだろうがっ!!」


「夏流……」


「落ち着けって! 確かにヨトは認めらんないけど……。でも俺にだってヨトが頑張ってた事は判るぜ? 倒さなくて済むなら、それに越した事はないじゃん」


「……確かに、彼女はもう既に戦闘できるような状態ではありません。これ以上は、ただの集団暴行です」


「チ……ッ」


舌打ちし、秋斗は腕を組んで背を向けた。ゲルトはヨトを警戒しながら息を呑む。アクセルも出来ればこれで終わってくれる事を望んでいた。


「……あんたの気持ちは、良く判るよ。俺も、あんたと同じだったから……。俺も、自分を信じられず……未来を信じられず……。傷つく事を恐れて、全てから逃げていた」


目を瞑れば直ぐに思い出せる過去の日々。そう、もしも彼がかつて勇気を胸に抱いた少年であったならば。この世界は、うまれていなかったのかもしれない。

この世界は、こんなにも歪まなかったのかもしれない。それは最早結果論であり、多くの偶然が作用する未来のことなど誰にも確かに語る事は出来ない。

だがそれでも、信じて前に進もうと……後悔しない道を選ぼうと。そう胸を張れたのならば……。未来は違ったかも知れない。


「今でも後悔してる。これからもずっとそうだ。この痛みも、悲しみも消える事はない……。でもだからこそ、俺は同じ事を繰り返さない。繰り返さないって誓えるんだ。それは、この痛みがくれた勇気だから」


「……痛みが……勇気……?」


「目を瞑って居ないで、もっと世界を自分の目で見るんだ。あんたには世界がどう映っているのか判らない。俺はあんたにはなれないから……。でも、言葉を交わして分かり合う事は出来る。諦めないでくれ、ヨト。こんな最果てに一人引きこもってたら、見える物も見えないから」


ヨトはゆっくりと瞳を開く。虹色の瞳に救世主を映して。

それから暫くの間、ずっと夏流を見詰めていた。そうしてまるで瞳のその姿を焼き付けたかのように、満足げに瞳を閉じて微笑む。


「…………わたくしは、一人では無かったのですね?」


「あんたは神様なんかじゃない。ただ少し特別なだけの人間だ。変わってるけど、一人じゃない。言葉は通じるし、思いは重ねられる。だから、一人じゃない」


「…………」


ヨトは何かを迷っているように見えた。だが少なくとも戦意はなくなったように思える。そうして全員が安堵し戦いの決着を確信したその時――。

世界に亀裂が走る。空間が捻れる。全ての法則が歪む。世界の在り方を根本から否定するような強い悪意――。結晶が、砕ける音が響き渡った。

全員同時に視線をリリアへと向ける。そこには瞳を開き、結晶の中で動き出そうとするリリアの姿があった。ヨトが微笑み、涙を流しながらリリアを見詰める。


「…………ああ。目覚めたのですね――冬香」


その言葉を契機に世界が逆転する。光の回廊は黒く染まり、重苦しい空気が場を支配した。

あまりの威圧感に誰もが身動きもとれず、呼吸さえも忘れた。全員の視線が収束する中、かつてリリアと呼ばれていた少女が黒い翼を広げて大地に降り立つ。

舞い散る漆黒の光が世界に降り注ぐ。まるで生まれたばかりの存在が光を浴びて命を確かめるかのように、ゆっくりと。静かに息を吸い、少女は光の中で瞳を開いた。


「冬香……」


リリアは聖剣を携えたまま一直線に夏流へと歩み寄る。その動作から誰も目を反らす事が出来ずにいた。金縛りにあったかのように、時が静止したかのように、全員がただ彼女の一挙一動に目を見張る。

やがて夏流の傍まで歩み寄ったリリアはにっこりと微笑み、そうして懐かしい声色で囁いた。


「久しぶりだね――。なっちゃん」


それと同時に聖剣がヨトの胸に深々と突き刺さっていた。


「え――? どう、して……?」


夏流に支えられた状態のまま、ヨトはそっとリリアに手を伸ばす。ヨトに頬を撫でられながらリリアは目を細め冷たい笑顔で囁いた。


「私を殺してくれたお礼――。まだ、してなかったから」


「わたくしは……やはり、間違っていたのですね……」


「うん。こんな世界はね――。元々全部、間違えているんだよ?」


ヨトの身体が燃え上がる。白い炎に焼かれ、神は大地に倒れた。めらめらと燃え上がる炎を間に救世主と想像主は対峙する。


「そうでしょ? ね、夏流――」


そう、懐かしい……声色と共に。



⇒空白の日(5)



「リリア……? リリア……なんですよね?」


「そうだよ、ゲルトちゃん。でも、そうじゃないとも言える――かな?」


二年の月日を経て成長したリリアの横顔はかつてのマリアによく似ている。夏流はそんな事を考えながらもそれが間違った思想である事を自覚した。

リリア・ライトフィールドでも、リリア・ウトピシュトナでも、ロギアでもないその表情……声……。落ち着き払った様子。同じ姿形をしていても、それがリリアであるとは夏流には思えなかった。

本城冬香という人間がかつて存在した。彼女は現実の世界では命を落とした。既に彼女はこの世界のどこにも存在しない。だが、この世界の神が記録した冬香の心と記憶は確かに存在する。

それは今勇者の少女の心の中に芽生え、全てを塗りつぶしてしまっていた。もう、そこに立っているのはリリアではなかった。その事実がどうしようもなく受け止められない。


「助けに来てくれたんでしょ? ありがとね。でもね、ゲルトちゃん――。別に、助けて欲しいなんて頼んだ覚えはないんだけどな?」


「ゲルト、避けろッ!!」


夏流の叫び声に弾かれるようにしてゲルトが魔剣を構える。目の前に一瞬で移動していたリリアの神剣の一撃を何とか受け止め、歯軋りしながら顔を突きつける。


「貴方は――ッ!! リリアじゃないッ!!」


「リリアだよ。ううん、リリア、でもある……かな? でもね、ゲルトちゃんには前々から死んでもらおうと思ってたから丁度いいしそろそろ死んでもらおうかと思って」


「な――ッ!?」


ガードの上から凄まじい腕力でゲルトを弾き飛ばすリリア。背丈が伸び、攻撃のリーチも腕力も存分に成長を遂げている。長大な聖剣を片手に構え、リリアは風に長髪を揺らしながら微笑む。


「止めろリリア!! 何をやってんだッ!!」


叫びながらリリアに跳びかかろうとする夏流の前に秋斗が立ち塞がる。二人は正面からつかみ合い、にらみ合う。


「邪魔をするなっ!! 秋斗ッ!!」


「勘違いしてんじゃねえよ!! 目論見通りリリアは冬香になったんだ、テメエこそ俺様の邪魔をするんじゃねえ!!」


取っ組み合いになる二人にリリアが放った魔法が迫る。白い光の弾丸がヨトの放つ虚幻魔法と同じものであると気づいた時、二人は咄嗟に身体を離して回避に成功した。

互いにバランスを崩しながら縺れる足取りで何とか停止する。リリアは神剣を肩に乗せたまま片手で連続で魔法を放つ。


「お、おいっ!? 俺たちまで見境なしかっ!?」


「止めろリリアッ!! 何やってんだ、お前はっ!?」


「二人ともうるさいよ……? 昔からくだらない事で喧嘩してたけど、いよいよ本当にくだらない喧嘩だね」


「何だと……!?」


「秋斗はストーカーすぎ。正直キモいよ……? 異世界にまで追い掛けられてウザいったらありゃしないし。夏流もさ、いい加減お兄ちゃん面はやめたら? 結局何も救えないし、守れない……。夏流はいっつも逃げてば〜っかり。この――ヘタレ」


剣を構えたリリアが跳躍する。上空から振り下ろされた神剣の一撃が大地を砕き、残骸が二人に襲い掛かる。遮られた視界を突きリリアの蹴りが秋斗に突き刺さる。

派手に吹き飛ばされた秋斗が大地を転がる間、既にリリアは夏流との戦闘を開始していた。凄まじい勢いで繰り出される神剣をしのぎ、しかし夏流に反撃する様子はなかった。


「冬香……本当に冬香なのか!?」


「そうだよ、なっちゃん……。でも、そんなの関係ないでしょ? なっちゃんは『リリア』からも『冬香』からも逃げ出したじゃない」


思わずはっとする。そう、それは紛れも無い事実だった。

リリアはずっと夏流の傍に居た。夏流に強く依存していたとも言える。裏切られたくないと、信じたいと、少女はいつでも夏流を見詰めていた。

それはある意味では歪み、捻れ、曲がった心だったのかも知れない。それでも少女は真っ直ぐであろうと努力を続けた。必至に前に進もうと足掻いた。

夏流に思いを伝えようとした。傍に居たいと願っていた。だが、夏流はそれを気づいていて見ないフリをした。『好き』だという言葉に、何一つ向かい合おうとはしなかった。

純粋な好意に対し、夏流の態度が誠実であったとはお世辞にも言えない。それは自覚している。結果、リリアは夏流のその歪んだ態度を『正解』にする為に、早足で世界を一つにしようとしていた。

全ては夏流の為に。夏流に忘れられる為に。夏流が居なくなってしまった世界で、彼が心配せずに澄む為に……。


「でも……」


それが寂しくないはずがなかった。たかだか十五の少女であったリリアにそんな覚悟が決められるはずもない。

それも判っていたのに。全部判っていたのに。同じ事を繰り返していた。二度、大切な人を傷つけていた。傷つきたくないから。自分を守りたいから。そうやって、いつでも逃げていた――。


「リリアが気づいて居ないとでも思ってた……? 私はとても賢いの。貴方がそうやっていつも責任や愛情から逃れようとしている事は全部お見通しなの。貴方はリリアを見捨てたんだよ? リリアを一人、闇の中に突き落とした――」


「――――ッ!!」


神剣の一撃が夏流を吹き飛ばす。倒れる夏流に追い討ちを賭けるように虚幻魔法の一撃が放たれる。眩い閃光の矢を魔力を振り絞って受けた夏流ではあったが、その身は一撃でズタズタにされてしまった。

魔力や存在といったものが蒸発して煙を巻き上げる。夏流はいよいよ立っている事もままならなくなり背後に大きく倒れ込んだ。


「り、リリアちゃん……!? どうしちゃったんだよ! 夏流がわかんないのかっ!?」


アクセルの叫びを遮ったのはゲルトだった。魔剣でリリアへと斬りかかるその動作は確実に殺意を湛えている。連続で剣と剣がぶつかり合い、ゲルトは夏流を庇うように躍り出る。


「アクセル・スキッド! 彼女はリリアではありません!」


「リリアだよ? リリアとしての記憶も、冬香としての記憶もあるもの。だから『私』は『私』なの」


「そんなものは詭弁です……! リリアを返して! リリアを返してください――ッ!!」


交じり合う白と黒。二つの勇者のシルエットが何度もぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。


「――楽しいね、ゲルトちゃん。覚えてる? 昔もこうして――殺しあったよねえっ!!」


魔力を込めた神剣の一撃を魔剣で受け止める。受け流したはずなのに衝撃が腕に走り、激痛と共にその威力を物語る。

リリアの力と神剣の力が共鳴し、破壊力は凄まじい程に跳ね上がっていた。確かにそう、かつてもこうして同じように剣を交えた。学園の傍の、誰も居ない草原で――。

思い返す。あの日は雨が降っていた。冷たく悲しい心のうちのまま、擦れ違ったままリリアとぶつかり合った。全力を出し、リリアを下した。あの時は悲しかった。でも戦いが終われば心は晴れた。

なのに今は心が晴れる気がしなかった。リリアはもうどこにも居ない気がした。どうしようもなく悲しくなり、涙が浮かぶ。しかしそれは視界を遮り戦いを左右するから涙を流さぬように心を研ぎ澄ます。


「無駄なんだよゲルトちゃん!! ゲルトちゃんが『リリア』に勝てるわけがないでしょう……? 貴方は所詮、勇者としては出来損ない……っ! 選ばれなかった勇者なんだからっ!!」


「出来損ないでも選ばれない勇者でもいい! わたしはくだらない事にばかり拘ってきた! でも、リリア……! それが貴方の言葉だなんてわたしは思わない!!」


「ふーん……。でもねゲルトちゃん、君は大概ヘタレなんだよ。それこそ夏流さんと肩を並べるくらいのドへたれッ!! 何でもかんでも『リリア』の所為にして、君は自分じゃあ何にもしようとしないじゃないっ!!」


二対の魔剣の片方が弾き飛ばされる。隙に容赦なく剣に魔力を込めて思い切り振り下ろすリリア。回避には成功したものの、魔力の余波でゲルトの胸は深々と切りつけられていた。


「勇者とか騎士とかそんなこと関係ないのに、君はいっつも『リリア』『リリア』……。友達思い? 違うよね? 君は自分じゃ夢を追う事も出来ない弱虫だから! 自分ひとりじゃ何も信じられないからっ!! だから他人をダシにつかって自分で手に入れた気になって浸る! 力も地位も名声も――! 全部君のものなんかじゃないんだよ!」


大量の血を噴出し、傷口を片手で抑えながらゲルトは後退する。噴出した血は黒く腕のようにうねり空中を舞う剣を受け取り主の下へと送り届ける。

傷口から溢れた血を刀身に塗りつけ魔力を込める。二対の剣は魔力と血を帯びて巨大化し真紅の大剣へと姿を変える。ゲルトが瞳を閉じて深々と息をつく。次の瞬間開かれた瞳は真紅、血を零したような赤に染まっていた。


「あ――っはははははははっ!!」


リリアが大地に神剣を突き刺し両手を広げる。少女の翼から無数の鎖が放たれてゲルトに迫る。

強力な行動阻害の術式を刻まれた封印魔法の全てを血の剣の乱舞で捻じ伏せてゲルトは跳躍する。上空から二対の大剣をリリアに叩き付けるが、リリアは翼でそれを受け止めてしまう。


「本当は勇者とかどうでもよかったんでしょ……? ただ、『リリア』がやっているからやってるだけ。夏流さんの事だってそう。『リリア』が好きになったから君も好きになる……。本当の気持ちなんて何処にもない」


「確かにそうかも知れない……。でも、貴方にそんな事を言われる筋合いはないッ!!」


翼で防がれた魔剣をありったけの力で振り下ろす。翼を貫き引き裂いて大地に突き刺さった魔剣を視界に捕らえ、リリアは驚いたように目を丸くする。


「お前はリリアじゃない! リリアにそういわれるのならばわたしは納得できる! でもお前は!! リリアの心を覗き込んでいるだけのただの影だッ!! リリアの心を汚すような行いは――断じて赦せないッ!!」


「信じるの? 『リリア』を……?」


「――――信じている。今も昔も、これからも……。彼女の心を、言葉を、思いの全てを――! わたしは全肯定するッ!! リリアの全てを受け入れるッ!! お前のような存在が、わたしたちの間に割って入れるなんて思うなあああああああああああああッ!!!!」


剣を斜めにクロスさせてリリアを吹き飛ばす。翼でそれを受けたリリアではあったが、翼には確かに傷跡が残されていた。真剣を振るい、リリアは不機嫌そうに眉を潜めた。

既にゲルトはペースを乱し、肩で息をしている。様子を窺っていたアクセルがゲルトと共に並び剣を構えた。


「なんだかよくわかんねえけど、お前がリリアちゃんじゃないって事だけはわかった。リリアちゃんはとっても優しい子なんだ。自分の身を犠牲にしたって大切な物を守る子だ。お前はリリアちゃんとは違う……。出会っていたのがお前だったなら、俺はここには立って居なかった」


アクセルの言葉にゲルトもはっとした。そう、もしも出会っていたのが『この』リリアだったなら――。そうだ。きっとこんなに苦しくはならないのだろう。

そう、もっともっと自分は歪んだままで……。だから、それはそれでよかったのかもしれない。残酷な運命でさえ、素直に受け入れられたから――。


「戦うつもりなの? 『リリア』と」


「貴方のようなものに『リリア』の心が汚されてしまうくらいなら――。わたしは、『リリア』を壊しても構わない」


「それは自分に対する言い訳でしょ?」


「ええ。それでも……。それでもっ! 自分の手を汚してエゴを抱えてでも! わたしたちは生き続けるんですッ!!」


「傲慢な命――。本当に自分勝手だね。でも、丁度いいよ。壊しちゃいたいくらい、ムカツク――!」


リリアの周辺に同時に虚幻魔法リヴァイヴの球体が渦を巻く。周囲を高速で旋回し、炸裂する閃光は散弾のようにありとあらゆる場所に拡散し、全てを消し去って行く。

消滅の渦から身をかわす方法は存在しなかった。二人がそれに飲み込まれそうに成った時――。鋭く大地を走る雷の光が二人を守っていた。


「夏流……」


「……リリア。お前の言うとおりだ。冬香……。お前の言う通りだ。俺は、ヘタレだった。馬鹿だった。どうしようもなく、ビビリだった……」


リリアを前に夏流は傷だらけで立ち上がった。そうしてリリアへと一歩ずつ歩み寄って行く。


「俺はいつもお前たちから逃げていた。そうやって自分の身を守っていたんだ。全部俺が間違えていた。全部俺が犯した罪だ。だからお前を責めるつもりはない。でも――!」


目を瞑る。後悔ばかりの日々を繰り返してきた。ならばいっそもう、笑えるくらい全てに向き合って――。


「それでもお前が好きなんだ! 好きだ!! 愛してるッ!! もう、お前を離したくない――! お前が何を考えていても! 俺をどう思っていてもいい! それでもいいから、聞いてくれ!!」


突然の夏流の行動に戸惑っていた。リリアは瞳を揺らしながら後退する。


「お前が好きなんだ!」


「…………」


「好きだ!!」


「…………いや」


「愛してる、リリア!!」


「……いやっ!」


「ずっと傍に居て欲しい! 冬香!!」


「いやああああああっ!?」


頭を抱えて悶え苦しむリリア。その全身から魔力が放出される。在ろう事か夏流はそれを両手を広げて全くの無防備な状態で受け止めたのである。

派手に吹き飛び全身から血飛沫を巻き上げながら大地を転がる夏流。彼の転がった後には血を引き摺ったような血痕が残り、リリアは呼吸を大きく乱しながら頭を抱えて苦しんでいた。


「いまさらになって……! いまさらっ! そんな事を――!! 都合のいい事をぉおおおおおおおおっ!!!!」


「――――なんだ。ヘタレなのは貴方だって同じじゃないですか」


ゲルトの声が響き渡る。前髪の合間、リリアの震える瞳がゲルトを見据えていた。

少女は剣を携えたまま前に出る。そうしてリリアと対峙する。足を止めずに近づいて行く。リリアは怯えるようにして後退し、剣を構えた。


「来るな……」


切っ先が震えている。迷いが浮かんだ剣筋にゲルトは小さく微笑んだ。


「言いたい事言いたいように言ってくれたけどね、リリア……。貴方だって結局恐れていたんでしょ? 我侭を言って夏流に嫌われるのを。貴方は信じて居ないのよ。夏流の事も、世界の事も……!」


血の結晶が生み出す二対の剣。その柄を合わせて頭上で振り回す。

二対の大剣は一つの巨大な両剣へと姿を変えていた。ゲルトはそれを長物の扱い方で振り回し、リリアに突きつける。


「助けて欲しいなら――。助けてって叫ぶ努力を怠ってはいけない。貴方は信じる事を恐れてそれを放棄した。偉そうに全ての罪を他人に押し付けるな――ッ!!」


「あ……ぁぁぁあああああああああっ!!」


神剣を滅茶苦茶に振り回しゲルトに襲い掛かるリリア。ゲルトは落ち着き払った様子でその攻撃の全てを受け流す。

毎度踊るような動きには全く無駄というものが存在しない。その動作、心、力の全ては嘗ての全盛期の勇者、ゲイン・シュヴァインに見劣りする事も無い。

まさに貫禄のある勇者の戦いを繰り広げようとしていた。一方のリリアは取り乱し、心を揺らしたままでの乱雑な動作――。まさに、十四年前の再来のように。

リリアの剣がゲルトを貫く。しかしそれは幻影だった。血のように赤い薔薇の花が舞い散り、渦巻く華の中でリリアは視界を失い戸惑う。

その身体に四方八方から連続で剣戟が襲い掛かった。反応し何とか防御しようとするもののおいつかない。体中を切り刻まれながらもヨトと同じ結界で防御を続ける。


「貴方は――わたしの最高の友達。一番だって胸を張って言える、最高の仲間……。だからそんな貴方に、手加減なんてしてあげられない――!」


花弁の渦が吹き消されていく。ゲルトは両剣を高速で回転させていた。血の結晶と花弁が舞う中、ゲルトは剣を回転させながら突撃する。


「だから――ッ!! わたしが貴方の目を覚まして見せるッ!! わたしが道に迷った時に貴方が傍に居てくれたように!! わたしが貴方を――! 導いてみせるッ!!」


「う……ああああああっ!!」


リリアの叫びと共に反撃が繰り出される。しかしゲルトの螺旋はそれを押し切り、リリアの剣を吹き飛ばして体ごと突進して行く。


渦巻く闇の花弁メイルシュトローム――!」


黒と赤の竜巻はリリアの身体を遥か上空へと弾き飛ばす。ゲルトは血の剣を屈折させ自らの傷口に手を当てて血と魔力を強力に練りこんだ刃を構築する。

魔力の弦を張り、まるで両剣を弓に見立てて構える。血と魔力と魂とその思いの全てを練りこんだ真紅の矢を構え、思い切り弓を引き絞る――!


漆黒魔法剣メギドエディシア――! 射抜く極光サジタリウス――――ッ!!」


浮かび上がった魔方陣を突き抜けるように矢が放たれた瞬間、黒い極光が世界を照らし上げた。

光の速さで放たれた矢は空中に投げ出されたリリアの次元結界を一撃で粉砕し、その身体を射抜く。空中で炸裂して降り注ぐ薔薇の花弁を静かに見詰めながらゲルトは剣を二対に戻した。

頭から地上に落ちてきたリリアはぴくりとも動かなかった。ただ血溜まりだけが広がって行く中、ゲルトは両手から剣を落してリリアを抱き起こす。

リリアは気を失っていた。その傷だらけの身体に回復魔法をかけながらゲルトはきつく唇を噛み締めた。

気づけば涙が溢れていた。涙の雫はもう留まる事は無く、ぽろぽろとリリアの頬へと零れ落ちて行く。

ぎゅうっと強くリリアを抱きしめる。大切な大切な友達。もう、全ての言葉は意味を成さない。

後悔や懺悔など無意味になってしまった。もう、後戻りなど出来ないのだから。救えたはずのリリアを、傍に居たのに救えなかったのは自分だから。

涙を流しながらリリアを見詰めるゲルトの背後、ボロボロになった夏流が立っていた。夏流はゲルトごとリリアを抱き寄せると額から血を流したまま優しく微笑んだ。


「弱くても、間違っていても……まだ、これからだ。俺たちは何度だって、新しい道を歩いていける。新しい心を交えていける……」


「……リリア、お願い……。わたしたちの話を聞いて」


「俺はリリアを愛してる」


「わたしもリリアを愛してる」


「「 だから―― 」」


リリアがゆっくりと瞼を開く。虚ろな表情で、しかしその頬を涙が伝った。リリアは二人の姿を見つめ、何も言わずに涙を流し続けた。悔しそうに歯を食いしばり、肩を震わせて。

戦いは終わった。もう、何もかもが終わったのだ。そしてこれから新しく始めていける。リリアを抱きかかえて夏流は立ち上がった。目を瞑って涙を流し続けるリリアに苦笑し、少年は振り返る。

秋斗は大地に座り込んだまま項垂れてぴくりとも動かなかった。それは彼が死んでしまったからではなく、この状況にどうすればいいのかわからなくなっている証拠であった。

そんな秋斗にアクセルが歩み寄り、手を差し伸べる。秋斗は無言でアクセルの手を借りて立ち上がり、夏流へと歩み寄る。


「…………夏流、俺は……」


「……いいんだ。これから戻って三人で話をしよう。それで……喧嘩になるかもしれない。でも、それでも……話をしよう。何度でも、何回でも……」


秋斗はそれに応えなかった。ただ目を瞑り、眉を潜める。戦いが終わった。ゲルトは二人のその様子を眺め、微笑み……そして。


「あっ」


小さく声をあげ、ゲルトは二人の救世主を突き飛ばしていた。二人が何事かとゲルトに視線を向けた瞬間、高速で飛来した何かがゲルトの真横を突き抜けて行った。

全員が沈黙する中、遥か彼方で轟音が響き渡った。全員の視線が音の方に向けられる。そこには3メートルを超える巨大な剣が柱に突き刺さっていた。

遅れて何かが大地に転がり落ちた。夏流の目の前に転がっていたのは、ゲルトの腕だった――。

それを認識するよりも早く、ゲルトが夏流に覆いかぶさる。何かが閃光し、爆発の連続がゲルトの身体を蹂躙して吹き飛ばしていた。

滅茶苦茶に傷ついて大地に転がるゲルトを見て夏流は顔を上げる。そこには居るはずのない人物が、あるはずのない力で立ち尽くしていた。

巨大な鎧の騎士――。アルセリアは二人の救世主の前に立ち見下ろしている。そのアルセリアの背後、槍を携えたアイオーンが彼らを見詰めている。


「…………今、撃ったのはあんたか……? アイオーン……」


アイオーンは答えない。それが答えでもあった。


「どう、して……」


震える声で問い掛ける。アイオーンは黙って目を瞑り、視線を反らすかのように顔を背けた。


「どうしてだよ……。何でだよ……ッ!!!! 答えろよおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


戦いは終わったはずだった。

ただ、夏流の悲痛な叫びだけが神の空間に響き渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://49.mitemin.net/i69272/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ