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虚幻のディアノイア  作者: 神宮寺飛鳥
第一章『二人の勇者』
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友達の日(3)


「……? あれは確か……リリアの取り巻き」


中庭でなにやら話し込んでいるアクセルと夏流の姿を通りかかったゲルトは足を止めて眺めていた。

上着のポケットに両手を突っ込み、視線を尖らせる。二人が何をしているのかには興味はなかったが、その場にリリアの姿がない事が気がかりだった。


「というか……本当に何をやっているのかしら」


ナツルが唐突に繰り出した拳がアクセルの顔面を殴り飛ばし、アクセルは派手に吹っ飛んで中庭を転がっていく。

そのわけのわからない状況に肩を竦め、踵を返すゲルト。振り返った直後、しかし目の前に突然現れた人物に驚嘆し、目を丸くした。

何の気配もなく立っていた背の高い人物。美しい顔立ちと豪華な服装は男なのか女なのか外見では判断を難しくしている。金縁の眼鏡をかけた人物は腕を組んだまま薄っすらと微笑を向け、ゲルトに声をかけた。


「やあ、ゲルト。君も気になるのかい?」


「……何の話ですか? それより、気配を消して背後に立たないでください、アイオーン」


溜息混じりに呼ぶ名前。アイオーンと呼ばれた人物は既にゲルトを見ては居なかった。その視線の先、倒れたアクセルに慌てて駆け寄る夏流の姿がある。


「『白の勇者』の取り巻きと君が評する彼らだけれど、なかなかどうして興味深いよ」


「どうしてですか? アクセルは兎も角、もう一人の方は特に凄みを感じないのだけれど」


「そこがいいんじゃないか。学園の生徒は他の生徒の戦闘能力に関するデータは閲覧自由のはず。だというのに、彼は所属学科さえ明らかにされていない……未知数なものこそ興味深いんだよ、ゲルト。まるでミステリーだよ、彼は」


「そうですか。もしかして惚れたんですか?」


「恋……そう、恋! 恋、かもしれないねぇ。まあ、ボクは恋多き人生だから、そんな事もあるさ。ああ、あるだろうとも」


「それは良かったですね。じゃあいつまでもそこで馬鹿みたいに彼らを眺めていてください」


冷たくあしらって歩き出すゲルト。その背後に突きつけられた金色の槍にゲルトも素早く大剣へと手を伸ばしていた。


「そうそう、ゲルト。明後日あたりチャレンジしてこないかい? 君も今月、三位のまま終わらせるつもりじゃあないのだろう?」


ゲルトは振り返らなかった。自らより上位ランクにアイオーンが居座っているからといって、特にこれといってがっつくつもりはない。

焦らずとも最終的に一位であればいい。敗北の二文字を決して許さない己の勇者としての宿命さえまっとうできれば、後の事はどうでもいいのだ。

よって、アイオーンの個人的な挑発など意にも介さない。一瞬で抜いた刃でアイオーンの槍を弾き、ゲルトは今度こそその場を立ち去った。

残されたアイオーンは二人の姿――特に夏流に視線を集中させ、舌で唇を舐めて微笑んだ。


「――――気づいていないのかい、ゲルト。彼は本当に、面白い逸材だよ……壊してしまいたい程に、ね」



⇒友達の日(3)



「と、とりあえずナツルの今の戦闘能力は良くわかった……」


頬を押さえながら立ち上がるアクセル。つい先ほど、俺が思い切りぶん殴ってしまったせいである。

アクセルに師事を扇ぐ事にした俺に対し、こいつがまず一番に要求してきたのがそれだった。今の自分に出来る全力での攻撃――今の俺に出来るのは、ただ全力で拳を突き出す事だけだった。

涙目になって頬を擦るアクセル。なんだか悪い事をしてしまった。本気で来いっていうから本気でやったのが間違いだったか……。


「つーか、ナツル……お前、どうしてそんなに腕っ節が強いんだ? なんでもないただのパンチで、何故この威力……」


「え? あ、ああ……なんでだろうな。昔鍛えてたのかもな」


というより、実際は今の今まで鍛えていた。実家を飛び出してから、俺は親戚の家で暮らしてきた。その親戚の家というのが格闘技の道場を開いている師範代の家で、俺は朝と夕方、そこで師匠の特訓につき合わされていた。

元々親父も格闘技が趣味で自身も嗜んでいたので俺も自然とそういうものに興味を持っていたのだが、それから毎日当たり前のように鍛錬を積んできたお陰で自慢じゃないが体力だけは上等だと思っている。

とまあ、そんなことはアクセルに説明できるわけがない。どう説明すればいいのかもわからないし、そもそも俺は記憶喪失になってしまったはず。ああ、嘘が嘘を呼んでいく嫌な展開……大丈夫か、俺。


「んー、まあどっちにしろだったら問題は肉体的なところより精神的なところになるわけだな。よし、ナツル……これで俺に襲い掛かって来い」


と言ってアクセルが俺に渡したのはどこからか取り出した木刀だった。これで襲い掛かって来いといわれても、こんなもんで襲い掛かったら怪我じゃすまないんじゃないか。


「何不安そうな顔してんだ。ホラ、問題ねえから来いよ。今度は俺も構えるからよ」


構える、といってもアクセルは片手をだらりとぶら下げ、身体を斜めに構えて片手を俺に翳しているだけだ。とても防御に向いている状態にあるとは思えない。だがしかし全力でやれというのだから、まずはやらないことには話にならないだろう。


「本当にいいんだな?」


「おう、どんと来い」


「行くぞっ!!」


わざわざ掛け声なんてかけている時点で本気なのかどうか。とにかく俺は少々齧った事の在る剣道の構えで木刀を握り、アクセル目掛けて思い切り振り下ろした。

踏み込みも上等、振り下ろした剣筋も真っ直ぐだったはず。全く手加減はなかったはずだ。直撃すれば骨くらいは軽くいってしまう……そんな攻撃を受け、砕けていたのは木刀の方だった。

理解できない状況に目が丸くなる。俺が振り下ろした木刀をアクセルは受けたのだ。どこでって――右手の甲で、だ。

何が起きたのか。アクセルは当たり前のような顔をしているし怪我一つしていない。なのに木刀は折れている。単純な話、木刀の強度を生身の人間の肉体が上回った、という事である。


「その様子じゃ『魔力』の使い方が完全に判らないみたいだな」


こちら側の世界の人間ならば誰もが持っている力、それが魔力である。

魔法の詠唱に必要な力であり、生命力でもある魔力は己の肉体を強化する事も可能であるらしい。


「まあ早い話、今さっき俺は自分の手の甲に魔力を集めてお前の攻撃を弾いたわけだ」


「よく、わかんないんだが……。とにかくパワーを集めてガードしたんだな?」


「そうそう」


そんな事をあっけらかんといわれても、わかるわけがないだろが。

完全にファンタジーだ……。非現実的すぎる。『気』みたいなもんか? 修行すればビーム出せるようになるってことか……。おかしいだろ。


「さっきは防御の瞬間だけ放出したから良くわからなかったかもなー。じゃあ今度は持続して出すから、よく見てみる事」


「わ、わかった」


アクセルが全身の力を抜き、深呼吸する。直後、アクセルの全身から緑色の光が薄っすらと溢れ出し、身体を覆っているのがわかった。


「す、すげえええっ!!」


「凄くはないだろ……多分この学園の生徒は全員出来るぜ?」


「ま、まじで!?」


そんなバケモノみたいなのがいっぱい集まってる学校だったのか!? この学園、相当ファンタジーだな……。


「まあとりあえず常時放出するのは結構難しい。普通は攻撃、防御の瞬間だけ発動するもんだが、まあこれは練習しなきゃわかんねえだろうな」


「ど、ど、どうやればいいんだ? 俺も出せるのか、そのオーラみたいなの……」


「魔力な。なんだ、本当にわかんないのか? 見た感じお前、かなり魔力高そうだけど」


そんなもん見ただけでわかるのか? いや、しかし別世界の住人である俺にそんな力があるはずはないんだが。


「魔力の使い道は基本的に二種類。『蓄積』か『放出』だ。魔力を使えば身体能力を強化出来る――つまり蓄積が得意なやつは前衛向け。放出技術はつまり魔法の詠唱を意味する……つまり、後衛向け。まあ、人によっちゃ両方出来るやつもいるんだけどな」


「アクセルはどうなんだ?」


「俺は放出は苦手だから、魔法として使っても威力は高が知れてる。だから俺は基本的に魔法攻撃は出来ないシンプルな剣士のスタイルだな。まあ大体一人一種類くらいは得意な魔法傾向があるもんなんだが」


話を聞いているだけではよく判らない。とりあえず俺は頭の中で事実を整理する。

この学園ではこれくらい出来なくてはやっていけないという事。要するにそういうことだ。アクセルに出来る事なら、俺にだって出来なきゃいけない。なによりそれくらい出来なければ、リリアをこれから守ってやる事なんて出来ないのだから。

守ってやる? 俺の目的はリリアを強くする事だったはず。守ってやる必要があるとしたら、そう……あいつがちゃんと一人前になって、俺の存在が必要なくなるくらいに強くなるまでの間の事だ。

俺の力が不要に成る瞬間、俺はこの世界に存在意義を失う。そんな事は最初からわかっていた事。だからこそ、俺は――。


「大丈夫ですよ、ナツル様」


耳元でうさぎが囁いた。俺はアクセルには聞こえない小さな声に意識を傾ける。


「貴方はこの世界を導く救世主という役割を持っています。故に貴方には最初からありとあらゆる苦難を跳ね除けられる程度の力は存在しているのです」


「……どういうことだ?」


「特に難しい話ではありません。貴方が向こうの世界でどうなのかは関係なく、貴方はこちら側では最強なのです。ただ、その力は大きすぎるため普段は無意識にセーブされているのでしょう。力を使うのならば、自分の中で気持ちを切り替えるのです」


気持ちを切り替える、といわれてもわからない。そもそもこちら側では最強、と言われた所でしっくりも来ない。

だから俺はとりあえず目を閉じる事にした。アクセルが言うには魔力とは生命エネルギーの事らしい。なら、誰にでも出来て当然の事。

考える。自分は今、向こうの世界の本城夏流という一般人ではない。俺自身、恐らくまだどこかでこのファンタジックな世界に適応できていないのだと思う。

俺が非現実的だと心の中で否定する一つ一つの現実が俺の救世主の力から遠ざけているのだとすれば、気持ちを切り替えるとは割り切る事に他ならない。


「――――俺は、最強だ」


自分自身に言い聞かせるように呟いた言葉にアクセルが目を丸くする。だが、俺はそれを意に介せず深呼吸する。

一瞬だけでいい。何もずっとこの世界に居る必要なんてない。ただ必要な時、必要なだけ救世主としての力――世界の法則から外れた力を発揮できればそれでいい。

そうすればこれから先ずっと楽になる。リリアを守ってやれる。もう、あんな無茶な戦い方をさせないで済む。そうすれば、俺は――。

心の中に冬香の姿を思い浮かべる。冬香が作った世界の中で、彼女が俺に与えた救世主の席。その意味を俺は受け止めなければならない。彼女の世界にとっての俺の存在意義。それが救世主という言葉ならば、俺はその事実を演じきらねばならない。

呪文をかけよう。己の心に魔法をかけるのだ。言い聞かせた思いを、この世界に顕現する。なんでもいい、口走れ。恥ずかしくてかっこ悪い、己に言い聞かせる言葉を。


「――――救世主モード、オン」


我ながら馬鹿馬鹿しい台詞を口走った。

その瞬間、俺の周りにあった世界は光の速度で迸り、急速にそれらは俺にとってのリアルになっていった。



シャングリラの街全体に響き渡るような激しい轟音がディアノイアで鳴り響いた時、リリアは狭い路地でゴミの山を漁っていた。


「うぅ、全然見つからないですねぇ……」


ごそごそとゴミ山を漁る事数十分。一向に見つかる気配のないクロロの腕にリリアは泥だらけになってしまっていた。

クロロもまた、片方しかない腕でゴミを漁っているせいか、せっかく綺麗に洗った服もどろどろになってしまっている。二人してとぼとぼ裏通りから表通りに出ると、その汚さに通行人たちが一歩引いて通り過ぎて行く。

あれからもう随分と探し回ったのが、腕は見つからない。そもそもクロロは落とした場所を大体記録していたのだか、その周辺では腕は発見されなかったのである。


「まさか、誰か拾って持ち帰っちゃったんですかねぇ」


「思案します。確かに、機械部品は希少価値がありますから、持ち帰ってしかるべき場所で売却するという可能性もあるでしょう」


「はうう……。そうだったらもうアウトだよう。ねえねえ、屋根の上に転がってたりしないかな?」


「探してきましょうか」


「いやいや、いいよ! 今真昼だしさっ!! あれ? そういえば何か学園の方が騒がしいですね」


二人は坂道の上にある学園を見上げた。街中の人々が先ほどの音に何事かと学園に視線を向けているのだが、リリアが反応したのは少々遅かった。クロロは服についた汚れを叩いて落としながら顔を上げる。


「返答します。先ほどの振動は強大な魔力の放出による衝撃かと推測されます」


「へぇ〜。世の中にはそんなただ魔力解放しただけでズドーンってなっちゃうようなすごい人がいるもんなんですね〜」


「肯定。流石は英雄学園ディアノイアです」


二人はその振動の元が知り合いの夏流である事は全く知らない。そんな呆けた顔で立ち尽くす二人の脇を、見覚えの在る腕を持った人物が歩いていくのを見た。

リリアとクロロはゆっくりと同時に振り返る。すると、中年太りの男性がクロロの腕を持って鼻歌を歌いながら歩いているではないか。


「おおお、おじ、おじさんっ!!」


「お、おぉおう!? 何だいお嬢ちゃん……そんな鬼気迫る表情で」


「そ、その腕!! どこで拾ったんですか!?」


「え? これ、お嬢ちゃんのかい?」


「厳密にはあっちのクロロ君の腕なんですが」


リリアが指差す先、腕を肩口から失っているクロロの姿があった。しかし男はだからといって腕を返そうとはしなかった。


「残念だけどねえ、お嬢ちゃん。これはさっきうちに来た客が金の代わりに置いて行ったものなんだよ。俺はそこで旅人用の保存食なんかを売ってるんだが、異国風の服装をした女の子がこれで何とか譲ってくれないかって言うもんでね。知り合いにこういうの買い取ってくれる業者がいるから、今から持ち込んで買い取ってもらう所なんだよ」


「そ、それなんとか待ってもらえませんか!? ていうかそれ……それクロロ君の腕だからああああっ!!」


「そういわれてもねえ……うちも商売だし……。どうしてもって言うんなら、さっき商品を売った子を連れてきてよ。その子から品物を取り返せたら、返してあげてもいいよ」


「ほ、本当ですか!? それでどんな人だったんですか!?」


男にその人物の特徴を教えてもらい、リリアとクロロは走り出した。異国風の服装の女、長い黒髪に腰には長い刀剣を装備している旅人との事。そんな目立つ格好をしていればいやでも直ぐに見つかるはず。そうして二人が走り回っているうちにたどり着いたのが大きな噴水を囲むようにして存在する広々とした広場だった。

そのベンチの前を通りすぎ、慌ててブレーキを駆ける。ベンチの上を見ると、そこには巫女装束に身を包んだ女がもぐもぐとお食事の真っ最中だった。


「……食べてる」


「肯定します。彼女は食べています」


「……食べてる――――ッ!?」


慌てて駆け寄り、女の足元につくリリア。女は目を丸くして食べかけのパンをごくりと飲み込んだ。


「た、食べちゃった……」


「肯定。彼女は食べてしまいました」


突然現れた二人に女は驚いた様子だったが、完全に満腹になると傍らにおいてあった巨大な太刀を手に取り立ち上がった。


「一体何用かな、少女よ。拙者、特に君に泣きつかれる謂れは無いと思うのだが」


「な、泣きつかれる謂れがあるんですよぉうっ!! うああん!」


リリアは立ち上がり、早口に事情を説明した。泣きながらであるせいか、口調もかなり怪しい。長々と語るリリアに女は腰に手を当て逐一相槌を打っていた。


「成る程」


話が終わるとリリアは一気に喋ったせいで呼吸困難に陥っていた。激しく呼吸を荒らげるリリアに女は瞳を閉じ、凛々しい笑顔で言った。


「君が何を言っているのかさっぱりわからん」


「わあああああんっ」


「まあ、一先ず落ち着き給えよ。そら、水だ。飲みたまえ」


「あ、どうもありがとうございます。ごくごく……ってえ!? これ、だからさっき説明したじゃないですか!! 飲んじゃ駄目なんですよぅう!!」


「君は面白いな、あっはっは」


「面白くないんですよおおおおおう!!」


見かねたクロロが前に出て改めて事情を説明する。すると女は太刀を腰に挿し、片目を閉じたまま答える。


「残念ながら食べてしまった物は返そうにも返せないのだよ。それにそもそも、機械人形の腕など落ちていたら普通誰かが捨てたと思うだろう?」


「思いますけど……思いますけどそうじゃないんですよう……。じゃあ、クロロくんはこれからどうすればいいんですか? 腕が片方無いまま一生生きて行くなんて、そんなの可哀想ですよう!!」


「案ずるな少女よ。ならば君が彼を救えばいいだけの話だ。君は優しい女の子だ。ならば、これから長い時間をかけて彼に腕を与えられるような存在になればいいだけの事。未来はまだまだ長いのだ、諦めるな。拙者も影ながら世界のどこかで応援しているよ」


「……お姉さん」


「では、達者でな」


女はリリアに一礼し、去っていく。その後姿はとても颯爽としていてかっこよかったのだが、リリアは笑顔のままその背中に駆け寄り、背後から女を突き飛ばした。

勢い良く噴水の中に上半身を突っ込んだ女は水浸しで振り返り、リリアを見て首を傾げた。まだ何か用か? といった視線にリリアはその場で地団駄を踏んだ。


「だーかーらーっ!! お金払ってくださいよう!! 全然いい話じゃないですからあっ!!」


「やれやれ、若い内からその様子では将来の苦難を乗り越えられないぞ? 若い内の苦労は買ってでもしろ、というではないか」


「そういうことじゃないんです! てか、苦労するのリリアじゃなくてクロロ君なんですよう!!」


「そう言われても困るな。何を隠そう拙者は一文無し。先に立ち寄った賭博場で全て使いきってしまってな。やれやれ、困った物だ」


「…………それ、貴方が全部悪いんじゃなくてですか?」


「欲が出たな。当たったところで引き上げて居れば少なくも儲けだった物を、大博打など打つから見ての通りだ。まあ、ゴミ山で腕を拾ったから何とか生きながらえたがね」


「だから、その腕は〜〜っ!!」


二人の無意味な問答は暫く続いた。リリアがどんなに一生懸命に女に声をかけても、ぬらりくらりとかわしてしまう。まるで言葉が通じているのか通じていないのか、不思議な空回りが延々と続いていく。やがてリリアが無言で目に涙を溜めて女をじいっと見つめるようになると、流石に女も堪えたのか溜息を漏らした。


「少女よ、君の名前は?」


「うぐぐ……。リリア・ライトフィールドですう……」


「リリアか。拙者は八代鶴来やしろつるぎ。東の異国、イザラキから遥々馳せ参じた。色々あって今は銭の持ち合わせが無いので返す事は出来ないが、代わりと言ってはなんだが拙者、君の護身を勤めて差し上げよう」


「護身って、ボディーガードってことですか?」


「拙者しばらくこの街に留まる予定なのでな。その間、君をありとあらゆる危険から守って進ぜ様。用心棒を生業にして生活しているのでな。まあ本業は別にあるのだが」


「……それって結局お金は払わないって事じゃないですか?」


「そうとも言う。というか、金は無いから払えないと何度も言っているだろう。そっちの人形君は腕が無くても死ぬ事はないが、拙者は今金が無くて死の危機に瀕している。君の言う『かわいそう』の度合いで言えば、拙者の方が若干上ではないかね?」


すっかり鶴来の言う事に丸め込まれ、リリアは仕方がなく金を貰うのを諦めることにした。というか実際に金目の物は一切所有していない様子だった。

全ては振り出しに戻ってしまった。結局腕は手に入らないまま、その上何故か妙な用心棒までついてしまった。鶴来は懐から札を一枚取り出すとそれをリリアに差し出す。


「名刺代わりだ。いざという時はこいつで呼んでくれ」


手渡された札には達筆な文字が記されている。聖クィリアダリア王国では異国の文字である漢字を読み書きできる人間はそう多くは無い。学園にもその授業は存在するものの、リリアは特に特殊言語の授業は選択していなかったので読む事は出来なかった。


「この術布に願えばいつでも馳せ参じよう。というわけで拙者これから宿を探さねばならないのでな。申し訳ないが失礼仕る」


鶴来はそのまま踵を返し公園から立ち去って言った。とりのこされたリリアとクロロはぽつんとその場に立ち尽くし、二人の間を風が吹きぬける。


「それで結局……腕、どうしよう」


残されたのはどうにもならない現実と一枚の札だけ。

結局何一つ進展のないまま、リリアは肩を落として戻る事にしたのであった。


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