表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界に落ちたが、わりと生きていける

作者: 霜月 せつ

「ぶえっへッッ!!!」


 異世界への召喚は、突然でした。




 私は、丸小野(まるおの)都和(とわ)。名字が珍しく、歳のわりにはキラキラなネームを持つピッチピチの23歳。

 ある日突然召喚された、異世界人である。


 召喚と言っても、勇者なんやとチヤホヤされたわけではない。

 ある日、酔って家に帰ると(私はかなり酔いやすいタイプで)気がついたらここにいた。湖に落ちたとか、穴を見つけて飛び込んだとかそんなこともない。


 私の異世界生活はまず地面との熱烈なキスから始まった。よくある始まりの森的なあれ。デカイ湖の畔に落ちた。それだけ。


 教会の魔法陣の中からパカーン! おお、聖女様! 勇者と旅をし、魔王を倒してむにゃむにゃ、とかない。森の中で静かに顔面着地し、リアルに鼻血が出て鼻が折れたかと思った。鼻が低くて良かったと心から思う。


 ここにきて魔獣出現! 転生チートで迎え撃つ! 俺の旅はここからだ! とかも無かったなぁ。非常に長閑な森。平和すぎて時々小鳥さんのお歌が聞こえる始末だ。


 なんだか拍子抜けしてしまって、もしやここは異世界などではなく、私が酔っぱらってしまい(何らかの手段を使って)県を跨ぎ(何らかの理由で)この森のなかで寝てしまったのではないだろうか、とも思った。


 しかし、森を出て、確信する。

 ここは日本などではない。よくてヨーロッパ。しかも飛行機に乗り、タイムマシーンに乗らなくては着かない、未開拓の地。私はついに現代科学を超越してしまったようだ。


 取り敢えず私は一番大きな建物に行くことにした。城ではなく、塔のようなものだ。

 ああいうところは基本、ギルド的な役所と決まっている。


 皆様、ここらへんで薄々気付いているだろうが私は青年期、厨二病というとても重たく回復の見込みがない病に侵されていたが、15の時に病に打ち勝ち見事、正気を取り戻した。あの時の言い様のない絶望感は忘れられない。

 が、夢を見ることを諦めた訳ではない。携帯という全世界と繋がれるスーパーネットワークで魔法やら剣やらなんやらかんやらを漁りまくっていた。


 ゲーム大好き。チート最高。


 現実と違ってゲームは裏切らない。数値が全てだし、データを消さない限り決して努力が無駄になることは有り得ない。レベル上げした時間に比例して強くなり、負けそうになったら電源をぶち切って即解決。

 なんて素晴らしい人類の発明だろう。


 両親はすでに他界し、祖父母も亡くした私は高校を卒業してすぐに働いた。妄想を膨らませて苦しい社会を生き抜いてきたのだ。ぶっちゃけ拗らせてないとすぐ死ぬ。


 これを本気で思って生きてきた。ネジが2、3本飛んでるねってよく言われる。私にとって異世界へ召喚なんて朝飯前だった。

 むしろ想定済み。はははは!!



 恐らくここは国の首都だろう。お城に近付けば近付くほど店が増え、家が増え、人が増えていく。赤、青、緑など様々な髪色を持つ人たちは私を珍しそうに横目で見ていた。

 黒髪が珍しいのはステータスのようだ。魔力量が多いとか、そういうのだろうか。


 数時間(以外と遠かった)歩いているとやっと塔に着いた。しかし、どうだろう。驚くほど高いのだが、ところどころ崩れかけていて壁には蔦が這っている。

 正直、ギルドって感じはしない。つか、汚い。


 森の入り口の方にあって、人の姿はない。あれほど人がいたのに、この塔を中心に半径数十メートルでぱたりと人がいなくなっている。

 こんなので人がくるのか。なんだか怪しい気もするが、取り敢えず歩いた数時間を無駄にはしたくないので無駄にデカイ木の扉を開くことにした。

 重そうだったが、すんなりと開けられた。


 中は暗くてひんやりしている。

 不気味。この一言につきる。お化けでも出てきそうな……。ゴーストとか、ゾンビとか出てきても全然驚かないレベルでヤバそう。

 明かりはなくて、窓からポツポツと日光が漏れている程度。天井があるのかも分からないほど上は高くてこれまた暗い。


「え? こわ……」


 思わず声を出すと音が反響した。

 その瞬間。


 ヴーヴーヴー!!

「ひぃ!!」


 突然アラームのようなけたたましい音が鳴り響いた。驚いて尻餅をついてしまう。

 サイレンってあまり良いイメージはないよね。怖い。


「なんなの……」

「侵入者だ! 全員、戦闘体勢に入れ!」


 サイレンの次は野太い男性の声。

 何だと思う間もなく体が地面に叩きつけられ、目の前に星が散る。

 塔の上から無数の男の人(少なくとも私にはそう見えました)が降りてきた。

 そんな高さから!? 某巨人漫画のようだ。


「貴様! ここで何をしている!」


 どうやら私には自動翻訳スキルがあるようで、知らない言語のはずなのに理解できる。素晴らしい。


「答えろ!!」


 押さえ込まれている腕が悲鳴をあげる。こちらは声を出したくても出せないのだが。

 だって、自分の回りにたくさんの武装した男の人がいて、皆自分に武器を向けているんだよ。中には手を翳している方もいる。魔法を使おうとしているのか、単なる厨二なのかは分からない。

 取り敢えず恐怖で声が出なかった。


「拷問にかけろ」

「ひいいい! 話します! いや、放してください!」


 拷問って何。

 私を拘束していた男は根性なしが、と言って鼻を鳴らした。

 拘束は解けない。


「ちょ、放してくださいよ」

「はぁ? いいから吐け」


 ギロリとガンを付けられたので、大人しく今までのことを話した。

 異世界から落ちてきたこと、この塔を見つけて役所的な何かと思い来たこと。

 異世界云々は言うのに戸惑ったが、ここで嘘をつけば頭と体がさようならしそうだったので包み隠さず話した。


 男は特に驚いた様子もなく、黙って聞いている。


「なるほどな。首領(ボス)、どうします?」


 男が塔の上へ向かって叫んだ。

 何だろう。この集団のボスとは。


 唐突にドオオオオンというバカでかい音がした。体が数センチ浮く。これ、塔が壊れても全然不思議じゃないですけど!?


 砂煙が立って、目を瞑る。

 もくもくと舞い上がる煙の中にシルエットが見える。あれはイケメンのシルエットだ。私にはわかる。


 案の定、煙の中から出てきたのはすごい美丈夫だった。銀髪に、赤い瞳。

 今まで町でも目にしなかった色彩である。

 若干長めの髪で、後ろに撫で付けたら男前にジョブチェンジするんだろうな、とぼんやり思った。服は黒の軍服で全体的に黒く、死神のようだ。


 男は私をじーっと見つめている。

 毛穴から冷や汗がぶわっと吹き出した。この男、威圧感が半端じゃない。怖い。殺される。

 ガタガタ震えているとニヤァと男は気味悪く笑った。


「自分、ほんまに異世界人やろな?」


 この男から言われたことに、私は目を丸くし、辺りを見回した。

 どうしたのだろう、私の翻訳スキルが故障しているだろうか。

 どう見ても銀髪赤目の男。キラッキラの王子様みたいな顔をして、口から関西弁。異世界にも方言があるのだろうか……。


 取り敢えず、迫力が二倍増した。


「てめぇ! 首領が聞いてんだろ! 早く答えろ!」

「喧しいのはお前や」

「すんません!」


 どっかから野次が飛んできて、それを死神が突っ込めば(これをツッコミと呼んでいいのかもわからない)、集団の中にいた男性が頭を下げる。

 コントですか? え、コントしてるの?


「なぁ、自分、名前は?」


 にっこりと微笑んで地面に這いつくばっている私と目線を合わせるためにしゃがみこむ死神。

 美形が目の前に……! ではなく、こ、怖い……! 洩らす! これが本音だ。


「なんか言わんとなぁんも分からんで? 手違いで殺されたいん?」

「まままま丸小野、都和、です!!」


 まをこんなに連発したのは人生で始めてだ。


「あ? マママママルオノ?」


 んなわけねぇだろ!!!

 叫びそうになるのを寸でで押さえた。


「マルオノ、トワです」

「マルオノ? トワ? どっちが名前なん?」

「トワ、です」

「へぇ、トワ。じゃあトワ、異世界人ってホンマ?」


 圧力がすごくて思わず腰が引ける。まぁ、寝そべっているので引くことも出来ないだろうが。

 死神の圧力がすごい。ちびる。


「な、トワ。正直言いや? まだ世界からサヨナラしたないやろ?」


 もう元いた世界からはサヨナラしましたけどね!、とは言わない。私はわりと空気が読める。


「ほ、本当です。気が付いたら、ここにいて」

「この塔が見えたのも?」

「勿論、本当です! お城の次に高い塔だったので……」


 上目遣いに死神の男を窺えば、ふむと考えるように手を顎に当てていた。処刑の方法を考えているわけではないよね……?


「まぁ、ええわ。俺はゼネラディード。ゼドって呼んだらええ。お前、俺の女になれ」


 名前とか要らないんで、と言おうとしてさらっと何かとんでもないことを言われた気がする。"俺の、女になれ"?


「い、意味が分かりません……」

「あ? なんや。トワは女の意味も分からんの?」

「いえ、あの、どうして私を……その、女なんて……」


 死神………もといゼドはしばらく考えたあと、ぐいっと顎クイしてきた。こんなにイケメンなのに何故か微塵もトキメかない。


「お前のケツが気に入ったからや」


 ………。


 思わず引いた顔をしてしまった。この男、どうやら変態だったようだ。

 私を押し付けていた男の拘束も一瞬緩む。というか、押さえつけられていて、いつお尻を見る暇があったんだ。この死神にはそういうスキルでもあるのだろうか。


「はははっ! 何引いた顔してんねん。まぁええけどな。死ぬんとケツ揉まれるん、どっちがええ?」

「ケツ揉まれるのです」

「やろ? やったら大人しく俺の女なっとき」


 確かに、私もお尻だけは綺麗だねと何度も言われたことがあった。ちょっぴり大きくてコンプレックスだったけれど、今は素直に己のケツに感謝することにしよう。

 ありがとう、ケツ。


「リゼル、トワを離せ」

「はっ!」


 私の上にのし掛かっていた男はリゼルと言うようだ。

 ちらりと後ろを振り向けばピシッと敬礼をしたこれまたイケメンが立っていた。第一印象は、"犬"。死神の忠犬って感じ。


「あの、首領、お言葉ですが彼女を本当に塔にいれるのですか……?」

「せやけど。なんか文句ある?」


 にこっとこんなに凄んだ笑顔は見たことがない。まさに殺人スマイル。


 リゼルは顔色を変えて平謝りしていた。それをゼドは興味無さげに一瞥して、私を見る。

 そして残念そうに眉を下げた。


「うーん、なんちゅうか、貧相やな」

「はい?」

「ケツはええのにな。顔も悪くない。惜しいわぁ……」


 くそったれ……!

 なぁにが貧相だ! これでも胸は人並みだぞ!


 ギリギリと内心歯軋りをするとゼドはケタケタ笑う。


「顔に出やすいやつやなぁ。よし、付いて来い」


 ゼドがパチンッと指を鳴らせば回りの景色が変わった。驚きで声が出ない。


「え、え……?」

「なん、空間魔法みるんは始めてか?」


 気がつけば私は白を基調とした部屋の、ふっかふかのソファに座っていた。今まで廃墟のような塔にいたはず。わけが分からない。

 空間魔法って……。瞬間移動のようなもの?


「ここはな、異世界人には理解できんやろうけど、特別な塔なんや」

「えっと……」


 ゼドは私の向かいソファに座って長すぎる足を組んだ。肘掛けに肘をついてニヤリと笑う姿はさながら、魔王。


「高さは……せやな、俺も数えたことないけど数億階はあるんちゃう?」

「数、億かい?」


 かいって、階のこと?

 え、ビル何個積み上げたらそんな高さに?


「とても高いってことですか?」

「まぁ、端的に言うとそうなるな。とてもってレベルやないけどな。10万階からは俺の私有スペースなんやけど、1000万階からは"龍の神聖なる神棚"らしくて、俺もよう知らん」


 10万階とか、1000万階とかスケールが大きすぎてよく分からない。

 取り敢えず大気圏突き抜けたくらいの想像はしておく。


「聞きたいことあれば何でも聞きや。異世界人には優しくするのがこの世界の(ルール)やねん」


 この男が優しいなんて言葉を口にするとは。なんとも胡散臭いが、情報は大切。

 ありがたく利用させて頂くことにします。


「ではまず、この世界について教えて下さい」

「この世界? うーん、規模がデカすぎて説明つかへんわ」

「えっと、住んでる国の名前とか、あ、さっきの空間魔法とか」

「この国はタルターニャ。大陸で一番デカイ国やで。経済力も軍事力もある。ある意味トップやない? この国に反抗しようとするアホなんかおらんしなぁ」


 なるほど。タルターニャ。RPG感溢れる素晴らしい名前だ。

 しかもこの世界で一番強い国。どうやら圧倒的な強さを誇るようで、その力が揺らいだことはここ数万年ないとか。安全な場所に落ちれたことに感謝した。


「で、魔法やっけ? トワの世界には魔法はないん?」

「無いですね」

「へぇ、これまた都合がええわ」

「都合……?」

「気にせんでええ」


 ゼドはヒラヒラと手を振って意味ありげにニヤリと笑った。気にしないでいいと言われたら気になってしまうのだが……。




 ゼドの話をまとめると、ここは"白凪の塔"という場所で、ギルド的なものでは無いらしいが、タルターニャお抱えの戦闘傭兵軍らしい。魔力だまりによって生まれた魔物の討伐や戦争の前線で戦う。

 塔はお城の近くにあって、塔の中で生活し、訓練をする。ゼドは代々軍を統括する首領(ボス)で、古代白龍族の末裔だとか。よく分からないと言えば、俺もよう分からへんと笑われた。

 取り敢えず国の軍の凄い人なのは分かった。


 魔法に関しては殆ど私の知識と変わらず、スキルがあったり特性があったりする。自動翻訳スキル(仮)のお陰で、空間魔法について訳してくれるから何と無くこういう魔法だろうなと思える。

 こんなところでも役に立つのか。翻訳スキルもなめたものではない。


「こんくらいやな。他になんかある?」


 ゼドは相変わらず肘をついてこちらを眺めている。

 私はごくりと唾を飲み込んでから、一番聞きたいことを聞くことにした。


「あの、私は帰れるのでしょうか?」


 私の言葉が静かに部屋に響く。

 ゼドはじっと私を見た。


「帰りたい?」


 窺うような、試すようなその目に思わず体を引きたくなるが私も負けじと見つめ返した。若干睨んでるかもしれないけど。


「帰りたいかって言われたらよく分かりません。帰る理由も無いですが、留まる理由もありませんから。でも、帰れるなら元いた世界の方が私には合うと思っています」


 ゼドが足を組み替えて優雅に笑う。


「ま、ええんちゃう? 一応な、帰る方法はある。異世界に落ちてから丁度一年後。月の満ちる夜に自分の落ちた場所に行く。ただし、子の刻から一時間の間しか帰れん」

「子の刻……?」


 ということは、午前12時から一時間ってこと? 以外と帰れるもんなんだ。


 帰れるなら帰った方がいいに決まっている。だけど仕事が心配だ。一年って向こうでも経ってるのかな? 就活から始めないといけないの……? 駄目だ。高卒なんて今時雇ってもらえない。


「一年とか一ヶ月ってどのくらいなんですか?」

「どのくらい?」

「何日とか、何時間とか」

「あぁ、一日は25時間。一ヶ月は30日。一年は20ヶ月や」

「20ヶ月!?」


 待て待て待て。

 長すぎだ。想像以上に長い。

 これは無職覚悟じゃないか。


 顔が真っ青になった私を見て、ゼドはにっこり微笑みかけた。


「安心せえ。俺が保護したるわ」

「"俺の女"としてですか」

「せや。体売ったら一年安心して暮らせるで? ええ話やろ?」

「いや、ケツ揉ませるだけでしょう」


 体を売るっつてもケツ揉ませるだけだ。体を売るとか誤解するような言い方をするな。


 ゼドはまたまた邪悪な笑みを浮かべる。


「俺は構わんで? 体を売ってもらっても。買ったるし、金は大切やん? 賢く生きな」

「………はぁ」


 確かにゼドの言うことは一理あるかもしれない。お金は大事だ。

 女っていうことは愛人ってことか。かなりぐらついた微妙な位置に就いてしまった。彼の気分次第で私の運命は決まるし、どう考えてもこのニヤついた男が堅気に一年という約束を守るとは思えない。

 いつか、ポイッというのも考えておくべきかもしれない。起こりうる可能性のある出来事には事前に準備をしておかなければ。


 チラリとゼドを見れば、にこっと微笑まれる。なんなら腕を広げてくれそうな勢いだ。

 なにか無いか。愛人ではなく、もっと安心できるような……。


「そうだ!!」


 突然立ち上がった私に驚くことなくゼドはゆっくり私を見上げた。


「ゼド、私をこの軍に入れてください」


 ペコリと上半身と下半身との角度を90度にする。

 この軍は国お抱えの戦闘傭兵軍。つまり公務員。高卒の私からすれば公務員なんて美味しすぎる職業だ。

 公務員になれば職を失うなんてそうそうないし、ある意味安定した位置を獲得できる。


 ━━━━というのは建前で、実はただ単にこのRPG感溢れるこの世界を満喫してみたい、これが本音。不純なのは分かってる。けど、試してみたいとも思う。厨二入ってるわぁ……。


「それ、意味分かっとるん?」


 ゼドの声が聞こえて思わず体が跳ねた。

 声が、違う。怒ってる……?

 恐る恐る顔を上げたら無表情で目付きを鋭くして私を睨んだゼドがいた。


「軍に入るっちゅうことはな、俺がお前の上司(ボス)になるんやで? 女やからゆうて特別扱いもされん。新人と一緒に一から鍛え上げなあかん。戦闘になったら戦うし、戦争があれば人も殺す。死ぬことも覚悟や」


 声が重くて体が痺れる。

 何か地雷を踏んだ? いや、違う。私を試してる?


「その辺、俺の女やったら楽やで。一年はちゃんと守ったるし、不自由もさせへん。な? 自分がどれだけ恵まれているか、分かるやろ?」


 この人が私を本気で心配してくれているのか、それともケツ目当てなのかは分からない。

 だけど、有無を言わせない威圧感。私は体を固くすることしかできず、そして頷きそうになってしまう。これは、あれだ。殺気だ。

 こんなに怖いなんて聞いてない。


 パンッと何かが弾ける音がしてふっと体の力が抜けた。

 あっぶねー……。


「邪魔すんなや。ノリア」


 不機嫌そうにゼドがため息をつく。

 後ろを振り替えるとニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる推定小学生の美少年がいた。


 さらさらの金髪のストレートボブに、緑色の瞳。一瞬女の子かと思ったけど、声は男の子だ。声変わりを終えた年齢には見えないのに、高めの男声だって分かる。

 ゼドとは対照的な白い軍服を着ているのを見て、軍の人なんだと気付いた。


首領(ボス)、新人を苛めちゃ駄目ですよぉ」

「事実を伝えとるだけやん」

「このお姉さん、異世界人なんですよね? なら、利用しちゃえばいいじゃないですかぁ。首領は甘いですよ」

「一年しか居るつもりのない奴を軍に置くほど、俺は暇じゃない」

「なるほど」


 リノアと呼ばれた少年は笑みを絶やさず私の方に体を向けた。


「初めまして。ボクはリノアール。君は不法侵入者の異世界人でしょ?」

「えっ」


 ケタケタと笑いながら指を差してきたリノアに驚いてしまった。面と向かって不法侵入者と言われると返す言葉がない。


「首領は堅いからさぁ。柔軟性がないんだよねぇ。先代にそっくりだよ。というか、白龍族って全体的に頭堅いんだよね」


 思ったよりも砕けた喋り方にポカンとしていると、リノアがあぁと言って説明を始める。


「ボクはね、聖霊族の末裔で寿命は星が産まれてから消滅するまでくらいあるんだよね。まぁ末裔だからさ、短いだろうけどそこそこ生きてるから、この軍では一番古株だと思うよ」


 聖霊族やら、白龍族やら、よく分からない。取り敢えずタルターニャの軍は凄い。

 これって、あれだよね、レア度半端ない人たちの集まりだよね?


「えっと、珍しい方が多いんですね……?」

「そうだねぇ。まぁ、国が人材を集めてるから自然とそうなるよね」

「もうお喋りは終わったやろ。はよ帰れ」

「やだなぁ、本題に入ってもないじゃないですか。君……ええっと」

「マルオノトワです」

「マルオノトワ?」

「トワが名前です」


 リノアはトワ、と確認するように呟いてからまた笑顔を浮かべた。


「トワは軍に入りたいんだよね?」

「え、はい」

「半年は新人と一緒に基礎練習とかばっかりさせられるよ?」

「も、もちろんやります」

「使えないと思ったら即切り捨てるけど、大丈夫?」


 ぐいっと顔を近づけられて思わず体を引く。

 はぁ、とゼドのため息が聞こえた。


「使えない傭兵を置くほど、ウチも人材が余ってるわけじゃないんだよね」


 にっこり。


 分かった。リノアさん、怖い。

 この人貫禄ありすぎでしょう。こんな可愛らしい顔をして。


「そもそもさ、白凪の塔に入れるのだって、国から選ばれた数人だし、その中でも毎年残る人がいるかいないかレベルだよ? トワにその覚悟はある?」


 宝石みたいな緑の瞳が私を見つめる。

 瞳に映った私は意外と動じてなかった。


 ここに来たのも何かの縁。

 生き残るためなら、全力を出せるはず。


 私はよく友人から悩みとか無さそうだねと言われてきた。正直、それは本当だと思う。

 私は悩みというか、良くも悪くも物事をあまり深く考えない。

 全部、私の選択だ。昨日泥酔したのも、塔に向かおうと思ったのも、神の悪戯とかそんな大層なものじゃない。その時、こうしたいと思ったんだから、仕方ない。


 一番してはいけないことは、自分を信じないこと。自分を裏切ること。

 私は自分の心に正直に生きてきたと自負している。それで上手くいかないこともあったし、逆に誰かを助けられたこともあった。


「私には、覚悟とか、義務とかよく分かんないですけど、自分の選択には後悔をしないと思います」


 リノアは虚を付かれたような表情をする。

 ゼドの視線も感じたが、何も言わなかった。


「全力でやって、無理だったら諦めます。何事も、やってみないと分からないって言うのは(あなが)ち嘘じゃないと思いますよ」


 シーンと部屋に沈黙が落ちた。


「あはははは!!」


 唐突に高い笑い声が響いた。

 音源は目の前の美少年。


「何て言うか、傲慢だねぇ。自分の選択に後悔しない……か。ふふふ、首領、いいんじゃないですか?」


 リノアが振り替えってゼドの様子を窺う。私もそちらを見て早速後悔した。

 ゼドはおもちゃを見つけた子供のように笑っている。ただし、無邪気には程遠い真っ黒な笑みだった。


「ホンマ、トワはおもろいわぁ。気ぃ強い女なんやなぁ。ますます服従させたなる」

「部下ですから、一応服従させられますよ」

「ちゃうねん。女として屈服させたくなるんよなぁ。あぁ、あれや。泣かせたくなる女っちゅうやつ」

「ふふふ、分かるかもしれません」


 物騒な台詞が聞こえて思わず身体が固まった。

 泣かせたくなるって何よ。怖すぎる。


「僕の直属の部隊に入らない? 悪いようにはしないよ?」


 リノアが音もなく近付き、こてんと可愛らしく首をかしげた。


「リノア、やめろ。トワはしばらくリゼルに付け」


 ゼドは話は終わりとばかりに立ち上がって首をボキボキ鳴らした。私も慌てて立ち上がって身なりを整える。

 視線を感じるなと思い、ふと顔を上げるとゼドの顔が間近にあった。


「うわっ!?」


 美形がいきなりドアップなんて心臓に悪い!

 ゼドはニヤニヤと笑ってさらっとお尻を撫でた。


「まずは服用意して、ステータス図らな」

「ちょ、それ、お尻触りながら言う必要あります!?」


 ぐいぐいとゼドの胸を押すが離れる様子はない。押し問答をしていたら突然顔をがしっと両手でがっちり固定された。

 驚いて目の前の麗人を見たらうっすらと微笑んでいた。


「あーあ。勿体な。せっかく俺の女に出来ると思ったのに」


 ゼドからはふわりと男らしい香水の匂いがしてくらっとした。

 堪らず声を上げる。


「あのっ!」

「なぁ、トワ。俺も一応軍の首領やけんな、お前を特別扱いは出来ん」


 私の額とゼドの額がくっつくと、赤い瞳と目が合う。思わず息を飲んだ。


「はよ俺の所まで来い。トワ」


 ゼドはそう言い、私のケツを一揉みしてから部屋を出ていった。呆然としていると今度は服の裾を引かれる。


「頑張ってね」


 今度は私の腰ほどしかない身長のリノアがにっこりと笑って部屋を出て行った。

 部屋に残された私は一人で驚くしかない。


 え、何をすればいいの……?


 何の説明もなしに放置されるのは堪える。

 部屋で暇を持て余していたらさっき私を拘束していた男性が怒鳴り込んできた。たしか名前はリゼル。


「お前、上司に迎えに来て貰わないと何も出来ないのか!!」


 唾を飛ばさん勢いで怒られ、必死に弁解をしようとしても全く聞いてもらえない。脳筋にはなかなか理解できないようだ。


 かくして、私の異世界生活は静かに幕を開けたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ