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きみのたけみ

作者: 多川崇人

駄文ですが。




君野武美が死んでから一年になる。

去年のちょうど今頃、俺のクラスメートが死んだ。

彼女の遺体が町の西に流れる河で見つかり、ニュースで大きく取り上げられているのを今でも良く覚えている。

もちろん名前は公式には非公開だったが、ネットで誰かがタレコミ、世のほとんどが彼女の身元を特定することができた。

死因は当時不明で、警察は自殺と処理したが、噂によると他殺の線で捜査していたとか。実際のところはよくわからなかったし、今も知らない。

きっと俺だけでなく、他のクラスメート達も知らないだろう。これは、去年彼女が死んだ時期がちょうど受験シーズンだったからではなく、彼女には一人も親しい者がいなかったからだ。

彼女はいつも一人で時間を過ごし、一人でいるのが好きなようにも見えた。休み時間も一人で本を読むか、どこかへぷいっと行ってしまい、授業が始まるまで帰ってこなかったり、とにかく人と一緒にいるのを拒んだ。

さらに、彼女の外見からも近寄り難いオーラが発せられていた。元々黒系だった俺達の制服に、長い黒髪に、鋭い目つきをした彼女は下級生から魔女と呼ばれていた程だった。顔立ちが悪くなかった分、もったいないな、と思ったのをよく覚えている。

そんな近寄り難い彼女に、受験に集中していた俺達が気に留めるはずもなく、訃報が届いたときも、驚きはしたが、悲しむ者はいなかった。俺も然り。

それなのに何故今更思い出しているのか。受験も終わり、無事大学に入って、平穏な生活の中、クラスメートの死を考えるだけ心に余裕ができたからなのか。もしそうなら、あまりにも偽善っぽく、良い気はしない。

かといって、

「考えないようにすると、考えちゃうんだよなぁ」

俺はそれから時間のある時に君野のことを考えるようになった。


1.

あれは高校二年の時だっとろうか。一度だけ君野武美と日直の担当をしたことがある。

俺達の学校ではクラスが成績により分けられ、平均よりちょっと高かった俺と彼女は一年からずっと同じクラスだった。その間、口をきくことはほとんどなかったが。

だけれど、五十音順によって組まされる日直のパートナーとして、俺と君野が組むことはなかった。

もちろん、それ自体に異存はないし、むしろ君野みたいに喋らない人より、他の人と組んだ方がよっぽど楽しいというのが本音だった。

けれど、その日は君野と組まされた。

理由は簡単。君野のパートナーが風邪で休んでしまい、部活に入ってなかった俺が代役とされたからだ。その結果、俺は放課後遅くまで彼女と一緒に残っていた。

彼女が黒板を消し、俺はクラスで育てている花に水をやり、その後二人で日直日誌を書いた。

その間お互いに一言も喋らなかったのを今でもよく覚えている。

だけど、それが嫌だったわけではない。もちろん、仲の良いやつと話すのは好きだけれど、静かに過ごす時間も、それはそれで嫌いじゃない。

そもそも俺は君野が嫌いだったわけではない。

そりゃ、もう少し喋れば良いのになと思ったことはあるし、美人なんだからもっと愛想よくしたらモテるのにと、思ったこともあるけれど、嫌いだったことは一度もない。

君野武美を嫌っていた人は他にいた。

喋らない人をどうやったら嫌いになるのか、俺は不思議でならなかったが、喋らないこと事態を嫌う人達がいた。

『上から目線』とか『気取ってる』とか、『実はヤリマン』だとか。陰口はちらほらと聞こえた。

彼女がそれに対しどう思っていたのかは知らないが、何を言われても無表情を貫いていた彼女の態度がさらに陰口を増長させた。

かといって、そこからイジメに発展するとかはなかった。

俺達の学校は一応進学校だったし、イジメなんてする奴はほとんどいなかった。ただなんとなく、彼女の周りにはいつも不穏な空気が漂っていた。

そんな彼女と差し向かいに座り、俺は日直日誌を書いていた。彼女が、自分の分を終わらせ窓の外を眺めながら俺を待っていたのを覚えている。

日誌を書き終えたことを二人で先生に報告に行かなくてはいけなかったから。

外は夕日により、真っ赤に染まりあがり、教室内もその色が浸食していた。

俺は盗み見るように彼女の方を見た。

真っ黒な黒髪が肩まで伸び、それに対抗するように真っ白な肌が、夕日の色を纏い、一瞬彼女が俺と同じ人間で、同じ学校の同じクラスの人物だということを忘れてしまった。

どれくらい見ていたかは覚えていないが、彼女がこっちに振り向き、気付かれたと思って、急いで日誌に視線を戻したのを覚えている。

彼女一人を待たせるのも気がひけて、俺は言った。

「先生には俺から言っとくから、君野さん、先帰っていいよ」

けれど、彼女はゆっくり首を横に振り、また窓の外を見始めた。


変な奴。

俺は彼女が嫌いじゃなかった、けれど好きでもなかった。


2.

大学生にとって講義やテストは大して難しいものではない。

出席を取る教授の方が少ないからサボり放題だし、テストも前期に同じ講義を受けた先輩に聞けば大体答えを教えてくれる。

だけど、レポートはそう簡単にはいかない。

講義をサボる分、知識の幅も狭まるし、前期の先輩に聞いても同じレポートを出すわけにもいかない。

すると、残された選択肢はどうしても、自分で調べて、書く他にないわけだ。

今日の俺はまさしくそのために、学校の図書館に朝から缶詰になっていた。

図書館の一番奥にある席を占領し、PCと対峙して早三時間が経つ。

レポートの書く内容は大体決まっているし、そのための資料もきちんと探し出し、PCの隣に置いてある。あとは書く作業だけなのに、まだ一ページ目しか終わっていない。

悪い癖なのはわかっているけれど、俺は昔から大事なことは、最後の最後までやらずに、直前になって急いでやる傾向がある。いくら直そうと思っても、自分を変えようとすること程難しいものはない。

俺はちらりと集めて来た資料に目をやり、一つため息をつく。

壁に掛けられた時計の針が、図書館の静寂を突き破り、俺の耳に入ってくる。

午後1:33分。

「昼飯行くか」

PCをショルダーバッグの中にしまい、資料を受付のところまで持っていって、すぐ戻ってくるから預かっててくれ、と受付の人に頼み、俺は図書館を出た。

悪い癖なのはわかっている。けど、よく言うだろ。

腹が減っては戦はできぬって。


普段は昼は学校の外で食べているけれど、このまま学校を出ちゃったら、勢いで家に帰っちゃいそうで、学食で済ませることにした。さすがにレポートは今日までに終わらせたい。

学校の食堂は図書館からそう遠くないところにあり、ちょっと歩くとラーメンやハンバーガーの匂いがしてくる。

俺は販売機で定食用の券を買い、食べ物が出てくるカウンターまで行き、マスクを着けたおばあちゃんに渡した。おばあちゃんは誰と話しているのか、「はい、B定食一個ね」と独り言のように言い、奥に行って、トレイに乗ったB定食を持ってまた出てきた。

齢で安定しないのか、歩く度によろめくその姿は見るほうの寿命を縮ましてしまう。

俺は急いで定食を受け取り、礼を言うと、おばあちゃんはニコニコしながら、小さく頭を下げる。

こっちの気も知らないで。

俺は苦笑い気味に会釈をして、その場を離れると、後で待っていた生徒が、おばあちゃんに券を渡すのが目に入った。

「はい、肉うどん一個ね」という声が後ろから聞こえ、汁ものを運ぶおばあちゃんの姿を想像する。

また寿命が縮んだ気がした。


食堂はラッキーなことに、あまり混んでなかったけれど、俺がいつも座っている窓際の特等席が取られていたことに少し落ち込む。

仕方ない、他の席を探すか。

席なんてどこでもいいのだけれど、やはり食事と勉強の時は、ある程度落ち着ける場所がいい。

席を探していると、後ろから俺の名前を呼ぶ声がし、振り返る。

六人掛けのテーブルの端に座るセミロングの茶髪の娘が、パスタ用のフォークを持ったまま、手をぶらぶらと俺の方に振っている。

「清水」

俺は彼女の名前を口にしながら、近寄った。

彼女の前には食べかけのトマトパスタと、課題らしいテキストが広げられている。

「勉強?」

俺が訊くと彼女はテキストを一瞥しながら頷く。

「あんたは?」

「見ての通りメシだ」俺は定食の乗ったトレイを持ち上げる「あと、レポートを仕上げるために、な」

すると、彼女は意地悪そうな顔をしながら、くつくつと笑う。

「どうせ、また、直前までやらないんでしょ」

…鋭い。

「ねえ、一緒に食べない?」

「勉強は?」

「小休止。それにあんた友達いなくて淋しいんでしょ」

失礼な奴め。

何か言い返そうかと思ったけれど、上手い言葉が出てこなく、結局止めて、彼女と差し向かいになるように座った。

彼女は肘をつき、トマトを刺したフォークを宙にぷらぷらさせながら俺に向かって言う。

「ねぇ、何か面白い話でもしてよ」

「いきなり、無茶いうなぁ」

俺は定食に着いてきた、小さな麦茶のボトルを開け、のどを潤す。

「いいじゃない、わたし、今ちょうど暇していたの。そしたらあんたが淋しそうな顔して前を通るもんだから、声掛けてやったんじゃない」

「ほんと、失礼だなお前!」

ペットボトルをテーブルに叩きながら言うと、彼女は腹を抱えるように笑い、俺はそんな彼女を見ながら盛大な溜め息をついた。俺と彼女の通常のやりとり。

俺は彼女から視線を外し、いつも座っている、窓際の特等席の方を見た。カップルらしい男女が仲睦まじくご飯を食べている。

俺は横目に彼女を何気なく観察する。

伸ばされた茶髪は下ろされ、長いまつげに、赤みが目立つ唇と頬。白いシャツの上にネイビーブルーのショールを掛けているその出で立ちは勉強には似合わない格好だけれど、昔から遊ぶのが好きな彼女は、大学に入ってから、さらに遊び歩いているらしい。

ま、俺とは関係ないけど。

「お気に召す話ができるかわからないけど…」

「いいよ、高校のよしみだし」彼女はトマトにかじり付きながら言った。「それにつまらなかったら、勉強に戻るだけだから」

さいですか。

彼女はまた笑い、俺はまたため息をついた。


清水恵子。

この大学でただ一人、俺と同じ高校の同級生で、現在同じ学科にいる生徒。

彼女とは高校一年と三年生の時に同じクラスだった。というのも、二年に上がる頃、街で遊び過ぎた彼女が成績を落とし、俺とは別のクラスになったからで、三年になるまでに、どうにか成績を戻し、また同じクラスになった。

といってもあまり交流があったわけじゃないし、今も特別仲が良いわけじゃない。時々話し、誰もいなければ一緒にメシを喰う、そんな仲だ。

そう、普段なら彼女という存在にさほど興味などないけれど、今日はちょっと気になっていた。

彼女とは二年同じクラスだったことがある。つまり、彼女は君野武美とも二年同じクラスだった。

性格は正反対で、きっと君野がもっと喋るような人物だったとしても、清水と上手く行っていたとは思えない。まあ、正反対だからこそ、喋らなかったのだろうけど。

清水の周りにはいつも人がいた。君野の周りには誰も寄ろうとしなかった。

二人は常に対極の位置にいた。

君野は教室の右端の列の一番上の、入り口近くに座り、清水は左端の一番後ろの、窓際の席に座っていた。清水は学校がぎりぎり許す範囲まで化粧やアクセサリーをし、君野は女性であることを疑う程自分の見た目を気にしていなかった。

二人はマグネットのプラスとマイナスを擬人化したみたいだった。

そして、きっとそのせいなのだろう。

清水が君野の陰口を叩いていたのは。


3.

君野武美の葬式は質素なものだった。

幼い頃に祖父母を亡くした彼女は従兄弟や、他の親族とも疎遠となり、身内として参列していたのは親と妹一人だけだった。さらに、彼女の性格から、親しい者等おらず、俺達のクラスが行ってなければ世界で最も寂しい葬式となっていただろう。だからといって、君野がそれを気にしていたとは思えないけれど。

お経が読まれ、焼香のため俺達は棺の前を並んだ。その時に見た彼女の遺影が印象的だった。撮られた写真なのか、知らないが、映っている彼女の口元は一切の歪みを見せず、真一文字に結ばれていた。まるで、撮っている人の苦笑いが思い浮かぶくらいだった。

俺の番が回って来て、俺は細かく潰されたような香を鼻先まで持っていき、数秒黙祷をした後、香炉の中に落とした。

彼女の顔が開かれた棺の扉から覗いていた。敷き詰められたシーツと同じくらい白く、透き通った彼女の肌。その上を覆う長い黒髪。生気を失った彼女の顔と合わされ、そこには生きている時とは違った、理不尽とも言える美しさがあったのを覚えている。

きっと今見たら涙を流してしまっていたかもしれない。

だけど、その時の俺は大して何も感じなかった。いや、感じることができなかった。

クラスメートが死んだという事実を完全に受け止められいなかったのか、それか俺が彼女ともっと仲が良かったら、何か感じていたかもしれないのか。今となってはわからないし、考えても仕方のないことなんだろう。

けれど俺は思う。あの時俺は泣くべきだったのではないか。と。


慎ましやかな葬式が終わり、俺達のクラスはそこで解散された。

受験を控えた俺達が、平日丸一日を潰してまで葬式に来させられたのは少々驚きだった。担任の先生がそういったことに厳しくなければ誰も来やしなかったろう。実際、家に残って勉強していた生徒もいた。

俺も最初は行く気がなかったけれど、形だけでも死んだクラスメートを送るくらいしても良いだろうと思い参列した。今となってはあの担任に感謝している。

学生服の高校生達が一斉に葬儀場を去っていくのを俺は最後まで眺めていた。友達と談笑しながら歩いて行くもの、携帯を取り出しメールをチェックするもの、近くの販売機でコーラを買うもの、皆それぞれが各々の人生に戻っていく。そんな当たり前の光景がまるで別世界のようで不思議な感覚に陥った。

君野の死体が、クラスメートの死がすぐ後ろにある。そんな事実が存在しないかのような普通の光景。

あの場にいた者の中に、その後君野のことを考えた者が一体何人いるだろう。きっと、皆無だろう。

もちろん俺も人のことは言えない。あの日、葬儀の後、俺は真っすぐ家に帰り、勉強をして、家族と下らない話で笑い合い、tvを見てから、寝るまでまた勉強した。それだけだった。

けれど、葬儀場の入り口でクラスメートの光景を眺めている時、俺の中で何かが込み上がってくるのを感じた。それが一体なんだったのか、今でもわからない。


入り口近くのベンチで、なんとなく周りを眺めていると、葬儀場の中から君野の妹が出てくるのが見えた。名前は知らない。

姉と同じ黒髪は肩あたりで止まり、姉に似た整った顔もまだあどけなさがあった。

喪服で黒いスーツドレスを着ているため、姉の姿と重なるところもあったが、彼女の瞳には姉にはなかった、溌剌とした輝きを見せていた。

彼女がこっちに気付き、俺と視線が交わった。

視線を外すように会釈をすると、彼女もかしこまったように頭を下げ、葬儀を報せる看板を持ち、また中に入っていった。

彼女に、君野の妹の目に俺は一体どのように映っただろう。

姉を思ってくれる級友か、大して悲しんでもないのに葬式に来たクラスメートAか。

正解を知っている今の俺は後ろめたさを感じてしまう。

けれど、君野の妹はきっとそんなこと思わなかったろう。

彼女にとって俺や他のクラスメートなんかどうでも良い存在なのだから。

彼女にとってあの時大事だったのは、死んでしまった姉のことだったのだから。

俺が、他のクラスメートの誰かがいたところで、彼女の悲しみが和らげられることはなかった。俺達は彼女や彼女の家族にとって、どこまでも無関心な存在だった。


俺達にとって君野武美がそういう存在だったように。


4.

清水恵子の笑い声が耳に入ってきて、俺は我に返る。

彼女と話していたことさえ忘れていた。

食堂はさっきよりも賑わいはじめ、さっきまで俺達二人だけだった六人掛けテーブルにも、何人か別の人が座っていた。俺達の隣には、ちょっと派手目な二人組の女子が座っていた。

俺の特等席には、さっきと同じカップルがまだいた。


「前から思ってたけど、あんたって地味に面白いよね」

清水がひとしきり笑い終わった後に言った。

「そりゃ褒めてんのか」

「貶しちゃいないわ」

「そいつぁどうも」

俺は残り僅かな定食のおかずを箸で持ち上げ、ご飯と一緒に食べた。

「でも冗談抜きにあんたって結構面白いわよ、地味だけど。それなのに何で友達作れないのかが不思議だもん」

「まず、とても余計な一言が入っていたことは置いといて、俺にだって友達くらいいるぞ」

「そうなの」

「そりゃまあ」

「ふぅん」

清水は信用してないように俺のことを見た。

「なんだよ、俺がそんな悲しい嘘を言うとでも思ったか」

「別に嘘ついてるとは思わないけど、他の人と一緒にいるところ見たことないからさ。疑問に思ってもしょうがないっしょ」

確かに俺が友達と会うことは少ない。時々昼を一緒に食べたり、飲みに行ったりするものの、休日や空いてる時間に遊びに行ったりすることはまずない。

別にしたくないわけではない、ただやらないだけ。どこか行く時も基本的に一人だし、よく散歩に行く時も必ず一人で行く。一人が好きかどうかはわらないけれど、昔からこうだから、きっと好きではあるのだと思う。かといって人と一緒にいるのが嫌いかと聞かれても、別にそういうわけではない。

コンパスの針が必ず北を向くように、俺は一人でいる。ただそれだけだ。

だから、清水が俺のことを友達の作れない奴と思われても、それは仕方のないことなのかもしれない。

「まあ、別にどっちでもいいんだけどね、あんたに友達がいようといなかろうと」

「お前が始めた話題だろ」

「ちょっと興味があったのよ。あんた高校の時は人に囲まれてたから」

「そんなに囲まれてた覚えはないけど」

「でも3~4人くらいは、いつもあんたの机周りにいたじゃん」

「まあ、あの頃つるんでた友達が3人いたからな、あいつらは確かによく俺の机周りに集まっていたな」

あいつら元気してるだろうか。大学に入ってから一度も連絡してない。

「3人もいれば普通に友達グループじゃん、なのに大学ではいつも一人って、何で」

「何でと聞かれてもなぁ」

俺は隣に座る女子達のトークに注意を引かれた。彼女達の友達が、彼氏に浮気されてそいつを刺そうとしたらしい。悪寒が走った。

「高校で、友達がいなかったといえばさ」清水はノートの上に置かれたペンを手に取り回し始める。「もうあれから一年、経つんだ」

彼女のその一言に俺は意識を彼女の方へと戻した。

くるくると回り続けるペンを見ながら俺はゆっくり頷いた。

「ああ」

「そっかぁ、早いねぇ」

どこか冗談めかすような声で彼女は言った。

俺達のクラスで、君野が死んでから一番大変だったのは多分清水だろう。

君野の死後、警察が俺達の学校に訪れたとき、真っ先に話を聞かれたのが清水だった。君野の陰口を彼女が、先頭を切って叩いていた、と誰かが話したらしい。もちろん誰かは知らない。

警察の方は形式上にだけ捜査をしていたらしく、陰口程度で人が自殺を図るとは本気に思っていなかったらしい。

けれど清水を怯えさせるには十分だった。

一週間の内に彼女の体重が激減していたことは、彼女と親しいわけでもなかった俺にまで一目瞭然だった。

当然、葬式にも欠席した。あんな状態で遺族と会えるわけがなかった。

そんなことがあったから、一年経った今をしみじみ思うのは無理もないことだ。


そんなことを思っていると、一つ疑問が浮かび、俺は無意識に口を動かした。

「清水はさあ」

清水は俺の言葉に視線をこちらに向ける。

訊くべきかどうか憚られたけれど、彼女がこの程度で傷つくとは思えない。

「清水は、君野のこと嫌いだったの」

「嫌いじゃないよ」

あまりの予想外な即答にびっくりした。

「嫌いじゃない?」

「うん、だって嫌うトコなんて一つもなかったじゃんアイツ。喋らなかったし」

「いやだって、お前」

あんなに陰口叩いといて、嫌いじゃないって言えるのか。

「そりゃ陰では色々言ったよ、でも嫌いじゃないってのはホント。ムカついたけど」

「それ違うのか?」

「全然違う。嫌いな奴はどんな手を使っても不幸にしてやりたい奴で、ムカつく奴はただその生き様が気に入らない奴のこと。気に入らないは目障りと同じって考えてくれていいよ」

「大雑把だなあ、それにちょっとよくわかんねぇし」

俺は頭を掻きながら、椅子にもたれ掛かかった。

嫌いじゃないけどムカつき、生き様が気に入らないで、それは目障りと同じことって。

頭がこんがらがって意味がわからなかった。

「あんたは嫌いだっとの?」

「いや」

「でしょ」

清水はさも当然のように言った。

俺はそれでも納得行かなかったが、これ以上訊いても堂々巡りだと思い止めた。

「じゃあ、清水は君野の生き様の何が気に入らなかったんだ。俺はそんなことも考えたことなかったぞ」

「生き様ってちょっと大袈裟だったわね」

彼女は回していたペンを置き、片手で梳くように髪を掻き上げながら言った。

「なんつうかな、アイツいつも一人で静かにいたじゃん。休み時間も、昼食の時とかも、いつも一人で本読むか、どっか行っちゃうか、とにかく孤独そうにいたじゃない。それがなんだか、『見てください、私寂しいんです』って言ってるみたいで、なんかムカついたのよ。

そりゃ私の考え過ぎかもしれないっていうのも考えたわよ。けどさ、授業中にアイツの方を見るとさ、何か窓を見ながら悲しそうな顔してたのよね。

辛いことあるんなら誰かに言えばいいのに、そういうこともせずに独りでいたじゃない。

それを美徳だと言う人もいるでしょうね。問題や悩みに独りで立ち向かうって勇気がいることだから。けど私から見たら、何だか言い訳してるみたいだったの。自分は独りだから不幸でも良いんだって。他の人に自分の痛みは分からないからって、勝手に他人との繋がりを諦めてるみたいで、何だかムカついたのよ。」

彼女は溜め息を漏らし、最後の一言を言い放った。「皆が彼女に無関心だったように、彼女は私達に無関心だったのよ」

彼女は言い切ると、俺達の間に沈黙が流れた。

彼女の右手を見ると、握りこぶしが小刻みに震え、それを左手が必死に抑えているのが目に入った。

俺は何か言う言葉を捜していると、彼女はおもむろに手元の参考書を開け、勉強を始めた。

それが合図のように、俺は食べ終わった定食のトレイを持ち、席を立った。

空っぽの茶碗や皿の乗ったトレイを、同じお婆さんに渡した。お婆さんは相変わらずニコニコと俺の手からトレイを受け取り、俺も笑顔で会釈した。

食堂を出る前に、入り口から中を見渡した。

六人掛けのテーブルがいくつも並び、そこに学生と思われる様々な人達が座っている。友達と談笑するもの、恋人と仲良く食事するもの、本を読むもの、一人で幸せそうにご飯をかっ込むもの、黙々とテキストを読み勉強するもの、皆がそれぞれ違う人生を歩み過ごしている。

俺はこの先、ここにいる彼らの内の何人と関わりを持つことがあるだろう。同じ大学で、齢も近いから案外多いかもしれない。けれど、この後、二度と関わることのない人もいる。今日ここで、同じ食堂にいたことだけが唯一の繋がりとなる者もいる。そういった人達もまた俺のことなど知らずに各々の人生を歩むこととなる。

君野武美と俺がそうであったように。


俺は食堂を出て図書館に向かった。やり終えてないレポートのことを考え、頭の隅で、俺がいつも座っている特等席に座っていたカップルのことを思いながら。


駄文なのに読んでくださり、心より感謝です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々とした文体のようで、登場人物達の心理描写が丁寧で、気がついたらあっという間に読み終えていました。 特に、「嫌い」と「ムカつく」の違いについての部分は、読んで非常に興味深かったです。 […
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