第六話
「ぷはー! 食った食った!」
「ピィ! ピィ!」
「こら。女の子がはしたないですよ」
フェイメルに出された料理はどれも上手そうで、実際、とても美味しかった。
ベヒーモスの肉を焼き、その上にアイテムボックスから取り出した謎の赤いソースによって包まれ山菜の葉を乗せたステーキ。口にくわえれば溢れ出る肉汁に謎のソースがぴりっとしていて、ほどよい辛さを演出する。
木の実を潰した特製ミックスジュースはさっぱりとしていて、後味をよくしてくれる。
そしてデザートにリンゴのような赤い木の実。シャリシャリとした感覚と甘酸っぱい味が口の中一杯に広がってくる。
「主食が無いって言うのが残念だなぁ」
「仕方ありません。私たちはまだ村にすら行っていないのですから。ではそろそろ」
食器を片付けて、切り株に座るフェイメル。俺は膝にピヨ子を乗せたままフェイメルが話しだすのを待った。
「さて、何から話しましょうか。シオン様は勇力と言うものについてご存知ですか?」
「あぁ、確か人族にだけ使える特殊な力だって事くらい……かな」
「転生する前に勉強しているようで何よりです」
勉強というか、何となく手に取った本に載ってたぐらいなんだけどな。さすがにこの言葉にして言う事はできなかった。
「人族の勇力と言うものはそれぞれ人によって異なる力であり、想いによって強さも変わります。そしてその勇力なのですが……使える人のさらにごく一部の人にのみ、何かしらの形として顕現するのです。シオン様の場合はひな鳥として顕現しているみたいですね」
「へぇ。じゃあピヨ子って俺の勇力なのか」
「ピィ?」
一心不乱に俺の右手で持っていた小さな木の実をつついていたピヨ子の頭を撫でる。
「じゃあピヨ子がさっき斬られたのは?」
「おそらく貴女自身で見せた幻覚でしょう。ひな鳥は斬られれば血を流す。大剣が体を通れば両断される。ごく当たり前の事を貴女は想像したのでしょう。そして、私が回復魔法を使えばそのひな鳥が復活する。たとえ本当は回復しないと思っていても、ひな鳥はシオン様の勇力。少しでも想像したのなら元に戻る。ですから何も問題ありません。そのひな鳥は死にません。……ちなみにどんな姿をしているのか聞いても?」
「へぇ……って、姿が何か関係あるのか?」
「えぇ、まぁ。姿によってどんな勇力なのか大体察する事ができるのです。色、その姿、それぞれに意味があるのです。できれば私以外の人物には決して口にしないよう」
「了解。えぇっと、金色のもふもふの毛並みに所々に炎のような色がある感じかな?」
何やら炎色が何かの形をしているような気もするが、その形を知らない俺にはそれしか言う事ができなかった。
「炎、ですか。金はわかりませんが、もしかしたら不死鳥……いえ。不死鳥であればベヒーモスとのあの動きは一体……」
「どうしたんだ?」
「い、いえ、何でもありません」
慌てたように手を振るフェイメル。いろいろと考えるようなそぶりを見せるけど俺にはよくわからない事ばかりだ。
「そういえばフェイメルさんは――」
「呼び捨て、お姉様、お母様のどれかでお願いします」
「え?」
「『さん』なんて他人行儀な呼び方は許しません。私がいろいろと教えるつもりですし、これからずっと一緒に居るのです。呼び捨て、お姉様、お母様のどれかでお願いします」
「あの、変なのが混ざっていませんか?」
「お姉様、お母様のどれかでお願いします」
「選択肢が2つになった!?」
「気のせいです」
気のせいか。気のせいなら仕方ない……わけないでしょ!? クールな表情で何言ってるのこの人!?
後ずさりする俺に対してフェイメルはつめるようにして距離が短くなる。謎の威圧感が襲ってきて、思わず従いそうになってしまうのを堪えてなんとか呼び捨てにする。
「ふ、フェイメル。これで良い?」
「……まぁ良いでしょう。それで? 何か御用ですか?」
フェイメルの顔が一瞬不満げにしたが記憶から消去。
「フェイメルってこれからもずっとついてくるの? 魔王倒すまで?」
「いえ、シオン様が魔王を倒した後も死ぬまで一緒に居るつもりですよ」
死ぬまで、か。一体それは何年後になるんだろうか。魔王を倒した後までついてくる意味なんて無いと思うのだが。
だがついてきてくれる事に素直に嬉しい。一人でこの先行くだなんて心細いからフェイメルの事はとても心強い。知らない事がとても沢山あるからな。
「そっか……。これから宜しくな。フェイメル」
「えぇ、シオン様。まぁまずは、ここで修行をして勇者に会わないと行けませんけどね。とはいえ、勇者が召還されるのはまだまだ先の話。今の内にこの世界に慣れておきましょう。その体とともに」
「そうだな。はぁ、凛元気か……な……?」
ちょっと待てよ。勇者って凛だよな? じゃあ俺の事も知っている。いや当然か。
――では今の俺の姿を見たら凛はどう感じる? 平凡とした男子から金髪美幼女となってしまった俺を。
1
『え? 貴女がシン? 貴女私をバカにしてるの? シンはもっと男らしい人なんだから!』
信じられない。
2
『何、シンなの!? うっそ可愛くなっちゃって! このこの〜!』
むしろ可愛がられる。
3
『シン……。うぅん、何も言わなくていいの。シンにそんな趣味があったなんて……ううん、あたしは気にしないわ。だからこれからはお友達でいましょう?』
あらぬ誤解を生むだけでなく、幼馴染みから友達にランクダウンされる。
……ダメだ。凛に会ったら完全に心が折れる気がする。ただでさえこの体についてまだよくわかっていないと言うか、そもそも今の今まで女になった事さえ忘れていたと言うのに。
1の選択肢に願望があった? 何言ってるんだ、事実だろう?
「ピィ……」
「お願いやめてピヨ子。今俺の心の傷を癒してるんだから」
「シオン様、そろそろ修行に移りましょう。いつまでも休憩だなんて許しま――」
「よしキター! すぐしよう! 今しよう!」
「え、えぇ」
目を丸くしたフェイメルには悪いが、今の俺には体を動かして妄想を中断させるしか道はない。
昔から体を動かす事自体は好きだったのだ。むしろ椅子(切り株)に座って勉強しているなんてあり得ない。
「そういえば次は何をするんだ?」
「そうですね。初めは私と剣で打ち合って昔の事を少しでも思い出せればと思っていましたが、予定を変更して少し遠出を致しましょう。ベヒーモスが倒せるなら山奥へと行っても何の問題も無いでしょう」
「……へ?」
「ベヒーモスみたいな奴らや他にも強力な魔物が沢山居るかもしれませんが大丈夫です。次からは私が近くに居ますから、遠慮なく戦っちゃってください!」
「そ、そうだよな。フェイメルが居れば敵なんてすぐさま……」
「? 私は回復魔法で支援するだけですよ? でなければシオン様成長しないじゃないですか。レベル上げもかねてるんですよ?」
冷や汗が流れ始める。これはあれですか? 強敵が跋扈している場所へたった一人で十歳程度の幼女に攻略しろと言うのだろうか。ははは、まさかフェイメルがそんな事言うはず……。
機体に満ちた目で俺を見るフェイメル。俺はその場に崩れた落ちた。
「無理無理無理。絶対に無理!!」
「そんな事はありません! ベヒーモスを一撃で倒せたんですから余裕でクリアできちゃいますよ!」
「あれはただの偶然! 偶然だったんです!! 自分でもどうやったのか何となくでしかわからないんですよ!!」
「初めはそんなものですよ! 誰しも自分の力を初めから上手く使える人なんて居ないのですから! 大丈夫! 死にはしません!」
「死にはしなくても痛いものは痛いじゃないかぁ!?」
「痛いのを我慢できるようにならないと戦闘中に我慢できないでしょう? ほら、頑張りましょうよシオン様」
「やだやだやだぁ!」
「あぁ、もうかわい――いえ、鬼にするのです私! シオン様の未来のため、私は修羅となるのです!」
じたばたと手足を動かして必死にフェイメルの拘束を解こうとするも、残念ながら解く事叶わない。
俺はフェイメルにあやされるまま、お姫様抱っこという屈辱を受けながら山奥へと向かって行ってしまったのであった。
ちなみに向かった方法は徒歩ではなく空を飛んだのであった。
……あぁ、それはもう必死に捕まったさ。何でだろうね。高所恐怖症じゃなかったはずなんだけどな。
フェイメルが空高くへと飛んでしまった時に体を震えさせて下を見ないように目を瞑って体を丸くさせてしまっていた。