第四話
シオンは傍目10歳程度の見た目です。胸もまだ育っていません。
「BURUaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「ひぃ!?」
獣の咆哮を上げると同時に鉄塊を振り上げたのでひな鳥を抱えてとっさに逃げた。
俺が居た場所には大きな鉄が叩き付けられ、地鳴りが響き、地面と一緒に木でさえも大きな傷を付けた。太い幹であったはずなのに半分以上もえぐられていた。
「GURUuuu……」
ギラギラとした目が俺を見据える。口元は涎が垂れまくり、鼻息が荒くなってきている。その表情は最高の御馳走を目の前にして、今すぐにでもかぶりつきたいと言った獣の顔に似ている。
「このままじゃ俺食べられる? いやそれ以前に体から肉塊に変えられそうなんですけど!? フェイメルさんどこ行ったのー!?」
「ピィ!! ピィ!!」
「ど、どうした?」
「ピィ!!」
再びひな鳥が翼で指す。その先には俺が先ほどまで休んでいた所に隣に置いていたリボルバーのついた大剣が置かれていた。
そうか、あれさえ手に入れればこの体ならばきっと勝てる。
「って、今あの化け物の足下に落ちてるんですけど!?」
「ピィィ!?」
まるで「そうだったー!?」とでも言い足そうに頭を両翼で抱えるひな鳥。そんな事はおかまい無しに化け物は醜悪な表情に変えて襲いかかってくる。
近寄ってくる。これはむしろ好都合だろう。今なら回り道して取りに戻って――
「BURU」
「へ?」
「BURUaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「ちょ、なんでお前それ拾っちゃうんだよぉぉぉぉおおおおおお!?」
悪魔が落ちていた偶然にも俺の武器を拾うと、両手でぶんぶん振り回しながら俺へと向かってきた。
恐ろしい化け物が木々をなぎ倒しながら追ってくる様はさながら竜巻のようにも思える。昔みた竜巻の映画。あれすごかったなぁ。巨大な竜巻が通った後は何にも残らないほどに強力なもので……なんて関心している場合じゃねぇ!
「逃げるぞピヨ子!」
「ピィ!?」
「お前の名前だよ! とりあえずそれでいいだろ! とにかく今は逃げるんだ! しっかり捕まってろよ!」
「ピィ!!」
肩につかまらせたひな鳥を確認して俺は全速力で逃げ始める。だが俺は森というものになれていない。この体の百パーセントの力を引き出せていないと自分自身で気がついている。まだ行けるはずなのに、まだまだ速く走れるはずなのに。
「ピィ! ピィ!」
「え? ど……ッ!?」
化け物との距離は開いた。そこまで足が早いわけでは無かったようだし木々をなぎ倒している分こちらの方が断然早かったようだ。木々をなぎ倒す音は聞こえているが、姿は見えない。
そしてピヨ子が叫んだ理由は目の前にあった。
俺がたどり着いてしまったのは相当高い崖。俺はいつの間にか自分自身で逃げ道を塞いでしまったようだ。
そういえば自分に翼がある。明暗だと考えいざ広げて大空へ飛び立とうとしても、人間そう上手く行くものではない。しかも片翼だ。まともに飛べるかどうかすらもわからない。
今ならまだ戻って別の道に……そう思って振り返る。
「GURUuuuu……」
そこには既に俺を崖から逃がさんとでも言いたそうな顔をした化け物が立っていた。
終わった。ここから一体どうやって逃げれば良いのだ。
一歩、また一歩と近寄ってくる化け物。俺はその距離をつめられたくないとばかりに同じく一歩、一歩と後ろへと行くが、とうとう崖のギリギリまで下がってしまった。
「ッ!?」
「BURUaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「ひっ!?」
化け物が武器を始めと同じように振り上げた。そのまま剣を落とされて死ぬのか。短い人生だったな……。
だが俺が諦めかけたとき、視界に何かが飛び出した。
「え……?」
視界に映るは小さな影。金色の毛並みに所々炎のような毛並みをしたひな鳥……ピヨ子が自身よりも何百倍も大きい大剣によって切断された。
「ぴ、ピヨ……子……?」
「GURUuuuu……」
なんで。なんでお前が前に出るんだよ。お前はここの住人で、俺なんかのために体を張る理由なんて……。
足に力が入らなくなり、地面にへたり込む。
手が虚空をつかむ。
内に謎の衝動がわき上がる。
何だこれは? 悲しんでいるのか? それとも後悔?
いや、違う。これは俺が不甲斐ない所為だ。もっと、もっと強ければ、ピヨ子が死なずに……。
「BURUaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「ッ!」
化け物が再び剣を振り上げた。俺はその様子に萎縮し、とっさに後ろへと避けようとしたが後ろは崖の事に今更ながら思い出したが片足を落とした程度ですんだ。だが、化け物が振るってきた剣からは逃れる事ができなかった。
「…………?」
いつの間にか無くなっている左腕。痛みがそれに気がついてから襲ってくる。
「あ"あ"ぁぁああああああああああああああああ!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
意識が吹き飛びそうなほどの激痛に耐えきれずに必死に肩を押さえ込む。その様子に化け物はまるで笑っているかのようだ。片方を地面へと突き刺し、片方を肩へと持って行く。まるで俺の様子を見て楽しんでいるかのように笑う化け物に、俺は恐怖と、そして怒りがわき上がってくる。
睨みつけるように見る俺に対して化け物の癪に障ったのか、にやけていた口元を戻して剣を構えた。
そして悠然と振り下ろされてきた剣に対し、俺は見る事しかできなかった。
それと一緒に、血が多く流れすぎたのか、いつしか自分に幻聴まで聞こえてきてしまった。
『俺は帰らなければならない』
ドクンッ――。鼓動が鳴り、剣が迫る。
『彼奴等が沖で待ってんだ』
ドクン――。鼓動が高鳴り、剣が俺の額に触れそうになる。
『たとえお前等が何万であろうが、必ず帰ってやる!』
ドク――。鼓動が響き、いつまでも到達しない剣先に自然の俺の頭の中身がクリアになる。
『へへ……阿呆共が。俺を誰だと思ってやがる……俺は……俺は……ッ』
ド――。鼓動が停まる。
「GURUuuu……?」
化け物が不思議そうな声を上げる。その視界はおそらく、世界が反転したかのように映っていたのだろう。
ごろん、と足下に転がってくるのは先ほどまで化け物の首から上を形取っていたシルエット。
化け物の巨体の内片腕は捩じ切れ、その手に収まっていたであろう俺のリボルバーの大剣はいつの間にか俺の手の内に存在している。
なぜこんな事が起きたのか。全く見えていなかった化け物は自分の状態がわかるはずも無く、そのまま黄泉の国へと旅立った。
「ピヨ子……」
武器から手放し、片腕の手でひな鳥を拾い、優しく抱きしめた。
「ごめん……ごめん……ッ!」
◆
それは彼――いやもう彼女と言うべきだろう――と別れた後の出来事だった。
私たちが居た神秘の泉と呼ばれる場所。それは一切魔物が近寄ってこず、動物達の最高に居心地が良い場所として知られていた。そのため肉等の狩りをするのならば適切な場所なのだが生憎、私は肉が苦手である。いや、肉自体は食べられるし好きなのだが、狩りをするのが苦手なのである。無警戒で近づいてくる純粋な動物達をどうやって殺せようか。
そのため、山菜、木の実等の山の恵みを貰うためにも場所を移動する必要があり、少し泉から離れているとはいえ大丈夫だろうと考えて彼女をその場へと置いてきた。この近辺には対して強い魔物――魔力を持った動物ーーもおらず、彼女一人でも何とかなると思ったからだ。
だからこそ、彼方で聞こえた轟音と山菜を摘んで急いで戻ったときの惨状を見て手にしていたすべての山菜をその場へと落としたのだ。一体何が起きている。こんな場所に木々をなぎ倒すような化け物が存在するはずが無い。それは私の先入観で塗り固められた妄想だったのだ。
おそらく追われているのはシオンだ。そして追っている化け物は幸運な事に木々をなぎ倒している。これならば追えると思い、腰に差した剣を鞘から抜いた瞬間空へと飛び上がった。
木々がなぎ倒されているならば空から探せばすぐさま見つかるはずだ。そう思ってなぎ倒された木々の先を見ると冷や汗をかいた。
「あれは……ベヒーモス!? こんな場所に居るような魔物ではないはず!?」
急がなければ、彼女が危ない。もう既に崖まで追いつめられている。
だが悲しいかな。今居る場所から彼女の居る場所までは距離が開きすぎている。私の武器が剣ではなく弓とうの遠距離武器であれば魔法と両立すれば届くはずだ。
ならばなぜ魔法を使わないのかと言うと、ベヒーモスには魔法耐性が半端ではない。蚊に刺された程度にしかダメージにならないので奴らは魔法を無視するのだ。いくら天使であると言ってもその肌に傷を付ける事は叶わないほど。なのでベヒーモスの攻略方法としては単純に物理で殴らなくてはいけない。
だが物理で殴ると言っても大抵の人間が勝てるわけじゃない。相手は一国を潰せる化け物。そんな化け物がこんな場所に居る理由は……心当たりが無いわけではない。
「まさかもうバレて……ッ!!」
ベヒーモスの剣がシオンの片腕を切り落とした。不味い、彼女は完全に固まっている。あのままじゃ死んでしまう!
飛行速度をさらに上げようと翼に込める魔力を最大限引き出す。だがそれでも再び振るうベヒーモスの剣に追いつかない。
「シオン様ぁぁぁああああああ!!」
ベヒーモスの剣がシオンに到達した――シオンの姿が消えたのと同時に。
「え……」
確実にベヒーモスはシオンを捉えていた。だが私の目に映る事もなくベヒーモスの腕と剣と頭がその場から消えていた。
私自身の実力は彼女よりも上だと自負している。でなければ彼女が暴走したときに止める事ができないから。
「一体、どういう事……ッ! い、いえ、今はそれどころではありません!」
一刻も早く彼女の元へと行かなくては。今はまず彼女の治療をする事が優先だ。
森中に台風のような風を引き連れながら、私は彼女の元へと急行した。