第三話
しかし、いきなり大剣を渡された一体何をしようと言うのだろうか。疑問に思った俺はまじまじと見つめていた剣からフェイメルへと視線を移す。
彼女は小動物達になにやらこそこそと話したと思ったら、小動物達はちょこちょこと名残惜しそうに森へと帰って行った。動物って話し聞くんだ……などと驚いていると、彼女はこちらへと向き合うと――
――とたん、悪寒が走った。
「!?」
体が勝手に、とはこの事だろう。ほぼ条件反射で剣を悪寒が走ってきた場所へとガードするように置いたとたんに重い金属音が鳴り響いた。
「い、いきなり何するんだよ!?」
「ほぅ。さすがに始めから防げるとは思っていませんでしたので、感心致します。やはり魂は覚えている、と言った所でしょうか?」
一度、鍔迫り合いから彼女が弾いて後退する。体勢が悪かったのか、弾いた時の反動で俺はその場へと尻餅をついてしまった。
「い、てて……」
「ピィ!」
まるで大丈夫かと言わんばかりに覗いてくるひな鳥。そうだ、今俺はこいつを連れているんだ。先ほどフェイメルが小動物を返したのはこのためだったのか。俺もなんとか会話できないかとひな鳥に帰るように言ってみる。
だが言葉が通じるのか、ひな鳥は頑として首を横に振った。
その様子にフェイメルは疑問に思ったのか首を傾げた。
「何をしているのですか? いつまでも尻餅をついていると斬りますよ?」
「い、いや。そう言うわけじゃなくて。ひな鳥がなかなか俺から離れなくて……」
「ひな鳥?」
「ピィ!」
目を丸くしたフェイメルはまじまじと俺を見つめる。そして再び首を傾げた。
「ひな鳥なんて居ませんよ? 貴女何を見ているのですか?」
「え? い、いや。ほら、ここに!」
俺は掌に乗せたひな鳥に向けて指を指す。
しかし、彼女はそのひな鳥が見えていないのか訝しげに俺を見てくるのだった。
「ですから居ませんって。何か勘違い、又は幻覚を見ているのでは?」
「えぇぇ……」
幻覚、では無いはずだ。ちゃんと触れてるし。今も頭をなでると気持ち良さそうに目を細めているし。
あぁなんか撫でてるとどうでもよくなってくるほど可愛い……。
「……かわいい」
「ん? えっと、フェイメルさん何か言いました?」
「ハッ!? い、いえ、何でもありません」
急激に赤くなった彼女が俺から視線を外す。はて? 一体何が彼女の顔を赤くさせたのだろうか。
「コホン。続き、やりますよ?」
「うぇ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」
フェイメルが振り上げたのはシンプルな西洋剣。それを下斜めに後ろに浮かせながら突進してきた。
その速度は距離を一瞬でつめる事は容易く、振り上げながら斬り掛かってきた。
「うわわわわ!」
倒れていた大剣を掴み、慌てて立ち上がり逃げるようにして走り始める。ひな鳥はその際肩にしっかりと足で捕まっていた。走っても微動だにしないひな鳥を見て大丈夫そうだと感じてさらに逃げる速度を上げる。
「待ちなさいシオン様! 早めに前々世の記憶を呼び起こさせるためにこれが最善の方法なのです!」
「んな事言ったって剣の振り方すら知らない俺にどうしろと!?」
「ピィ! ピィ!」
地味にフェイメルが様づけで俺の事を呼んでるような気がするが必死に逃げるのが精一杯で聞く事ができない。
先ほどから背中に凄まじい悪寒が走りまくり、とっさにジャンプやしゃがんだりして逃げ続ける。
「くっ、なんてすばしっこい! いい加減剣を取ってくださいシオン様!」
「やだよ!? 絶対勝てる気しないもん!! ってかこの体ハイスペックなんじゃないの!? なんで軽々追ってこれんだよ!?」
「ふっ。当然です。私とて天使の端くれ。この世界に生きている神族とは違い、レベルは貴女よりも上なはずです!」
「俺より上ってもうあんた魔王倒しに行けよ!?」
「残念ながら私では魔王は倒せません」
剣劇が止む。それと一緒に俺もフェイメルもその場にとどまり、彼女の回答を待った。
「私には魂レベルで縛られた制約があります。まず1つ。私に生きている生物を殺す事ができません。2つ。私が天使だと言う事をばらしてはいけない。3つ。貴女を絶対に殺させない事です」
「え? 俺を?」
「ですから安心して私に斬られてください」
「ちょっと待って!? もうちょっと説明を求む!! なんで斬られなきゃいけないの!?」
「安心してください。生きている生物。つまり、この世界に誕生、転生してきた生物をいくら剣で貫いても殺す事はできないんです」
「えと。俺は転生だから死なないってこと?」
「はい」
にっこりと笑いかけられる。なぜだろうか。その笑顔に黒い何かを感じる。ヤバい。一度捕まったら何をされるのかわからない。そもそも斬りつけられて平気って一体どんな原理なんだよ。
「とりあえず、私の剣を受けても大丈夫だってことはわかりましたか?」
「う、うん」
「では剣を取りなさい。始めはしっかりと両手で握ってください」
「わかった」
しっかりと大剣を握ると、ドクンッと鼓動がなった。その鼓動に反応してか、肩に止まっていたひな鳥が「ピィィ!」と鳴く。
自分の内から自身が謎の力が湧いてくるようだ。今なら魔王にだって勝てる気がする!!
「行くぞフェイメルさん!! 今の俺はなんか調子がいいぜ!!」
◆
「じ……じぬ……」
「ピィ……」
「少しやり過ぎたかもしれませんね」
ぜぇ、ぜぇと荒い息を吐き続ける俺に対して心配そうに覗き込むひな鳥。俺の体には傷1つない。ただ、すごく痛い。めちゃくちゃ痛い。体中が痛い。せっかく綺麗に整っていた髪や片翼の翼も荒れ果て、ボロボロの状態で四肢を投げ出していた。
あの後、張り切ってフェイメルに向かって行ったはいいのだが、面白いぐらいに一方的に斬られた。斬られても血が出るわけではなく、精神を斬っただけだから痛いには痛いが問題ないと言われ、結局斬られ続けて……とうとう俺はダウンした。剣の訓練が始まってたった10分後の出来事だった。
早いなんて言っちゃいけない。素人が10分間全力で動き続けるとかむしろ頑張った方だよ? 2分でも前の俺なら無理だと自信を持って言える。どう考えてもこの体がそれだけの体力を持ってると言った所だろう。彼女曰く、体を上手く使えるようになれば10分間程度なら余裕で動けるようだ。化け物かな?
俺を斬り続けたフェイメルはと言うと、全く肩で息もせずどうしたら良いのかと顎に手を当てて考え込んでいる。体力バカ。なんて言葉が浮かんできてしまうのも仕方ない事だろう。
「休憩が必要ですか。まぁそろそろお昼ぐらいになりますし、丁度いいでしょう」
「ぜぇ……ぜぇ……あり……がとう……ござげほっ、げほっ」
「ピィ!」
「神秘の泉から離れてしまいましたか。まぁ大丈夫でしょう。少し離れます。昼食を狩りに行ってきますので」
一体何が大丈夫なんだろうか。最後まで聞く事ができず、倒れている俺の目の前に来たひな鳥の頭を撫でて休んでいた。
少しずつ体力が回復してくると、近くの木に寄りかかるようにして休む事にした。ちょっと翼が邪魔のような気もするけどまぁ大丈夫だろう。
「ふぅ。なんでこんな事に……」
「ピィ……」
いろいろと悪態をつきたい事はある。いくらでも同じ言葉を繰り返したいほどに疲れていた。まだ一日目。しかも二、三時間程度すらも立っていない可能性がある。こんな事がこれからずっと続くのかと思うと、今すぐにでも我が家へと帰りたくなってくる。あの暖かく微笑んで家に迎えてくれる母さん。父さん。今俺はなぜか人族と神族の女の子になっちゃってます。あれですね。ハーフエンジェルですね。やめてくれ。俺に笑顔は似合わない。
「元気かなぁ。俺が死んじゃって悲しんでいて欲しいと思う反面、元気でいて欲しいとも思う」
「ピィ」
飛んだひな鳥が俺の頭の上に乗っかった。
「全くお前は。そこ好きなのか? そこだと俺が撫でられないじゃないか」
「ピ?」
「ははっ。何だ? 首かしげてんのか? 可愛いなぁこのや……ろう……?」
なんだろう。こんな事、前にもあった気がする。確かに俺は小動物が好きだ。前世の家には猫、犬、ハムスター、インコと飼っていた。さすがに子供が産まれてしまうと困るからそれぞれ一匹ずつしか飼っていない。他の動物にふれあう時は動物園に行ったり凛の家で飼っている猫に会いに行ったりした事がある。
「もしかして、お前。俺の知り合いなのかもしれないな」
「ピィ! ピィ!」
「はは、どうしたんだ?」
笑ってひな鳥を俺の目の前までもってくる。そうしてひな鳥の姿が見えると、なにやら片翼を伸ばして「ピィ!」と鳴く。これが人間であるならば、何かを見つけたように指で方向を示しているようだ。
俺は笑ってその方へと向いた。
「GURUuuuu……」
凍り付いた。
「……………………お、お友達?」
「ピィ!?」
白い息を吐いた、二つの角を生やした悪魔のような生物が俺の身長よりも三倍はありそうな巨大な剣を持って俺を上から見下ろしていた。