第四話
とりあえず村まで子供達を送って行くという方針に決めたボクはその事を子供達に提案すると、女の子がお願いしますと頭を下げた。
狼に囲まれて襲われていた男の子は何やら不満がっていたがボクが一緒に行動するとよくない事でもあるのだろうか。
「あ、あの! 私、ディーナって言います。助けて頂いて有り難うございます!」
「ソーマって言います。お礼を申し上げます」
「…………」
若干頬を赤くしながらお礼と自己紹介をするディーナにソーマ。
ディーナはライトブラウンの髪を肩下まで伸ばし、耳前でそれぞれ三つ編みにしている。少しタレ目なその瞳は黒色で少し日本人っぽい色合いだ。
ソーマはライトブルーの癖の無い髪がまっすぐ伸びていて滑らかそうだ。瞳は蒼く、青年になったら微笑むだけで世の中の女の子はノックアウトしそうではある。その一端が既に現れていて別段モテていなかったボクは絶対に好きになれないタイプだと確信する。
ただ、もう一人居るはずのライナと呼ばれていた少年は相変わらず不満そうにそっぽを向いていた。
フェイメルほど鮮やかではないにせよ、赤い髪が無造作にショートカットされていてツンツンとしている。そのツリ目は本人の性格を現すかのように攻撃的で、熱血っぽい印象を持たせる。
「こら、ライナ! ちゃんと礼を言いなさい!」
「ありがと……」
「ちゃ〜ん〜と〜い〜い〜な〜さ〜い!!」
「わ、わはっははらはれへ!」
そっぽ向きながらお礼を言うライナだったが、その態度にディーナが頬を両手で突っ張っていて涙目になっている。
なんだか仲が良さそうで少し羨ましくも感じるが、ともかくボクも森を先導しながら自己紹介をした。
「ディーナちゃんにソーマ君にライナ君ね。ボクはシオン。で、こっちに居るのがフェイメルね」
「宜しくお願いします」
静かに微笑むフェイメル。意外だ。ここ四年間でフェイメルは子供等小さいものが好きな事がわかったんだが(あえてわかった理由は伏せておく)、この子達を前にして冷静で入れるはずが……あ、子供達から見えない角度で自分の肌をつねってる。
努力してるんだな……ボクの時だだ漏れだったもんな……。それこそ憲兵さんに連れて行かれてもおかしくないほどに。罰ゲームと称して変な所触ってくるし。
ボクが嫌な記憶を思い出していると、不意にディーナが声をかけてくる。
「聞きたいんですけど、シオン様はどうして森に居たんですか?」
「し、シオン様?」
鳩が豆鉄砲を喰らったかのように目を丸くするボク。その様子にディーナも不思議そうに首を傾げた。
「どうして様付けなのかな?」
「え? シオン様は高貴な御方なのではと思いまして……。ち、違いましたか?」
「違う違う。ボクはただの一般人だよ。それこそどこにでもいる、ね」
「で、でも……」
ディーナはちらりとフェイメルへと視線を向ける。
なるほど。先ほどからフェイメルがボクの事を様付けで呼ぶからボクがどこ頭の貴族か何かと間違えているのだろう。
これはちゃんと説明して、フェイメルにも様付けで呼ばせないようにしないと後々面倒な事になるかもしれない。今まで二人っきりだったから特に気にしていなかったけど、町中ではそれはいろいろと問題になったら嫌だし。
「フェイメルはただの旅仲間だよ。ボクを様付けしてる理由は……わからないけど、とりあえず、それやめない?」
「いえ。私がシオン様の従者でない事は間違いないですし、様付けで呼ぶのを直す事はありません」
「でもこれから先ずっと様付けだなんて嫌だし……」
「ですが、どうしてもというなら……こう、上目でおね――コホン」
今地味に素が出てたぞこの人。変態紳士すらYesロリータNoタッチなのにこの人はそれを越えちゃってる変態だからなぁ。これから先どれだけの苦労が……。
せめて変態淑女までランクアップしてくれないだろうか。それはそれで嫌だが、今の状態は好ましくはない。
あと、やらないからな?
ボクが目で訴えていたのに気がついたようにフェイメルが精一杯肌をつねって身もだえるのを耐えているがこのままではやらかしそうなのでとりあえずため息をついて森の外を目指した。
「そ、そっか……高貴な方じゃないんだ……」
ディーナが何やら小声で赤くしながら呟いていたが聞き逃してしまった。
とりあえず安心させるように微笑みながら答えた。
「だからね? ディーナちゃんまでボクの事を様付けで呼ぶ必要なんて無いからね?」
「ッ! わ、わかりました……。じ、じゃあ、シオンちゃん……って呼んでも、良いですか?」
「ん、それで良いよ」
ちゃん付けで呼ばれる事が少しむずがゆいが、仕方あるまい。今この体は実年齢四歳とはいえ外見は彼女達とそう変わらない年齢だ。
これでせめて男だったらなぁ。
男だった頃の名残惜しさが未だに残っており、ボクは股間の寂しさを忘れられないでいる。
「それで、どうして森に?」
「ちょっと森を越えた先にある山を登っててね。帰ってきた所なんだよ」
ボクがそう素直に口にすると、三人の足が同時に止まっただけでなく、表情まで完全に固まったように見えた。
その様子に首を傾げるボク。
予想外に訪れた沈黙を破ったのはフェイメルだった。
「あぁ、シオン様。あまりその事を言わない方が良いですよ。あそこは世界の仲でも1、2を争うほど危険と言われている場所。別名『黄泉送りの山脈』と言われているほどですから。誰も行って帰ってきてない事から名付けられたそうです。地図にも詳しくは載っていません」
「そんな所に初めからボクを連れて行ったの!?」
「まぁ、シオン様なら何とかなると思いまして」
この人どんな神経しているんですか!? ボクを殺す気!?
「まぁそれでもかつて先代勇者とそのPTは越えた事があるので誰も、というのは大げさですね」
フェイメルが説明した後で、ようやくディーナが震えながら起動した。ただし、その目は死んでいるように見える。
「う、嘘ですよね? 私達とあんまり変わらなそうな年齢なのに……あの山に行ったなんて嘘ですよね? そうですよね?」
「いや、行ったのは本当、かなぁ」
帰るときやけに魔物達がボクの事を避けていた事もあるが、その事は言わないでおいておく。
「あ、あそこには国をたった一匹で潰せるというベヒーモスって言う化け物がうじゃうじゃ居るんですよ!?」
「あぁ、あの悪魔みたいな奴の事? あの肉は結構美味しかったかも。初めての時はびっくりしたけど、狼よりは美味しかった。なんか炎纏った鳥には美味しさで勝てなかったけど」
「それフェニックスぅ!? 無限の回復力を持った本来倒せないなんて言われてる化け物ですよぉ!?」
「そ、そんな事言われても……」
顔が真っ青になって叫ぶディーナ。もしかしてこれが普通の反応なのだろうか? 他の二人に目線を移してみると、二人ともまだ機能停止しているようだ。
ふらふらと気を失うように倒れ始めるディーナだったが、ボクがその肩を抱きとめる。
「大丈夫?」
「だだ、だだだ大丈夫です!!」
今度は顔が真っ赤になって叫んだ。真っ青にしたり、真っ赤にしたり表情豊かにしていてちょっと面白い。
とはいえ、これ以上はディーナが耐えられそうもないと考えて話を変える事にした。
「それよりも、村はこっちでいいの?」
「え? あ、はい。そっちでいいれす……」
大丈夫だろうか? ちょっと呂律が回っていないように思える。足下も先ほどふらついたし、顔が赤くなった理由はわからないが、このまま彼女が村までたどり着けるとは思えない。まだまだ森の外も見えていない。
仕方ないと思い、ボクは彼女の前へと出て、倒れる彼女を背負う事にした。
「ふぇ?」
「ちょっとごめんね。よっと」
「!?!?」
ここからでは顔が見えないが会話ぐらいはできるし大丈夫だろう。このまま村へと案内してもらう事にして、ボクは森の外へ向かって再び歩き始めた。
「ほら行くよ、ソーマ君。ライナ君」
「「ハッ!?」」
名前を呼ばれてようやく気がついた二人を連れて、ボク達は村に向かったのであった。




