第二話
少年が助けられる頃から時間は遡る。
「ふぅ。ようやくここまで戻って来れた」
「私が抱えて飛べばすぐでしたのに……」
断固お断りである。もう二度と空なんか飛びたくない。
まぁその事はさておき、現在ボクはこの世界に生まれ落ちた神秘の泉へと戻ってくる事ができた。半年かけて。
なぜこんなに早く戻って来れたのかと言えば、単純に走ってきたのだ。しかも魔物が襲ってくる気配も無かったので天を突き抜ける山から尚更早く帰る事ができたのだ。
森の中でも奇襲を受けるかなって思ったが襲ってくる事は無かった。
さて、ここらで現在のボクのステータスを見てみよう。
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名前:シオン
種族:人族・神族
性別:♀
年齢:4
レベル:98(273)
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おい。ボクが前々世で戦ったという魔王のレベルを余裕で越えたぞ。
「今更ながらなんだけどここまでレベルを上げる意味って……」
「念には念を入れてです。何も魔王を倒せという訳ではありませんのでお気になさらず」
「でもここまで強くなったら魔王なんてボクが」
「ダメです。それは勇者の仕事です」
今なら凛を呼ばなくともボクがそのまま倒しに行けそうなのだが、それは許してくれるフェイメルではなかった。
少し落胆していると、フェイメルが近づいてくる。
「それではシオン様。そろそろシオン様にもアイテムボックスを使って頂きたいと思います」
「ボク使えるの?」
「もちろん。左手の人差し指を立ててこうやって……」
フェイメルに言われた通り、某デスゲームとなった剣のゲームのように左手で人差し指を立てて虚空をなぞった。
すると、目の前に何やら半透明の画面が出てきて、その中にいくつか名前が乗っていた。
一番上から『ヴァルキリーメイルセット』『女神のティアラ』『女神のワンピース』『下着セット』。
いろいろと突っ込みたい所ではあるがなんとか抑える。
「あとはその文字に手を伸ばして、取り出してください」
言われた通りに『ヴァルキリーメイルセット』に手を伸ばすと、自分の手が謎の異空間に飲み込まれたと思った次のときには何やら硬い感触がする。
それを掴んで取り出すと、そこには純銀に光る鎧が取り出された。
上部の前面は傷1つない綺麗な装甲となっており、左胸の場所には綺麗な華が描かれていた。
刃を通さない前面に比べて背面は、翼を窮屈にさせないためだろう開けた状態となっていて開放的だ。
そして下部だが、こちらは花のようにふわりと広がったスカート型の鎧となっていた。ただ、着てみると動きづらそうだと思ったが、フェイメル曰く、ちゃんと本人の動きを阻害しないような魔術が込められているらしい。
それ以外にも、腕や手を守るための華の装飾がなされた手甲。翼をモチーフにしたかのような芸術が描かれている金属ブーツ。そして、丁度耳の上辺りに小さな翼がくるように設計されており、頭をしっかりと守ろうとする兜であった。
だが、どれもそこまで面積が大きいわけではないので素肌がさらけ出されるような所がいくつもありそうだ。
「問題ありません。それらすべて魔術が付与されており、たとえ剣で斬りつけようとしても魔術の防御力を貫かない限りシオン様の素肌が斬られる心配はありません」
「へぇ。それは結構ありがたい、かな?」
「ただし、魔法防御を無視するような攻撃を繰り出す敵には注意してくださいね」
まぁ魔術ってようは魔法だし、それを無視されたらそりゃぁ防げないよね。
「その場合はその鎧でしっかりと防ぐように」
「あ、この鎧もちゃんと防御力あるんだね」
「当然です。でなかったら鎧ではなくもっと動きやすい服装にしますよ。シオン様は鎧を着た事はまだないでしょう?」
そりゃあそうだ。平和な日本なんかで本物の鎧なんて着た事は無い。それを着て戦闘なんてしたこともないし。
「シオン様、とりあえずそれは置いておいて他のものを」
「ん。わかった」
「ピィ!」
その後は華をモチーフにしたティアラは純銀に緋色を混ぜたような色をしていて、ボクの金色の髪とあわせるとピヨ子とお揃いになったみたいでちょっと嬉しい。
ワンピースは白いノースリーブで、膝下まであるスカートの先はレースがあしらってあってシンプルで少し可愛い。
しかし、なぜだろうか。このワンピースにも胸元に華柄のレースが装飾されている。なんか見ていて綺麗だからいいのだが。
「この華って何か意味があるんですか?」
「その華ですか? この世界には無い華です」
「この世界には無い華? えっと、じゃあなんで?」
「世界にはなくとも、その華の紋章は存在しているのですよ」
いまいちよくわからないフェイメルの説明だったが、いずれわかるとの一点張りでそれ以上説明する事は無かった。
とりあえず今の布を撒いたようなボロボロの服装からそのワンピースへと着替える。そのとき、フェイメルに下着の事を言われて仕方なく取り出した。
「ぁぅ……」
それはワンピースと同じく真っ白い下着だが、上はスポーツブラと呼ばれるもの。下は……言わなくても良いだろう。
何の事は無い。ただの下着だ。ただの下着だ。
何度もそう言い聞かせて脱いだ布をほっぽり出して着ようとするが、やはり無理とばかりに少し離す。
目は完全に下着を見ておらず、目をつむってうつむき気味だ。
いつまでもそうしているボクに対してフェイメルが呆れたようにため息をついた。
「今世は女の子なんですから、気にする必要は無いのですよ?」
「無理! 絶対に無理だから!?」
「仕方ありませんね……。ほら、貸してください」
「え」
フェイメルに下着を取られて、万歳をさせられる。
そしてすっぽりとスポーツブラを装着させられると、何やら胸を揉まれた。
「ちょ、フェイメル!?」
「安心してください……はい、終りましたよ」
急に人の胸を揉むとか罰ゲームだって始まっていないのになんて思っていたらすぐさまフェイメルは手を離した。
不思議に思ったボクが胸元に目をやると、先ほどまで平坦だったはずなのに少し盛り上がっているような気がする。
「いくら外見少女、本来の年齢が片手で数えられる年頃とはいえ、胸を作らないのは女性としてあってはならないんです! と言う事で少し肉を集めて作らせてもらいました」
「は、はぁ……」
よくわからないけど、とりあえず返事をしておく。実際には揉まれたのではなく、周りを引っ張られたって事なのかな。
「さ、次は下ですよ?」
「あ……」
にっこりと笑いながら近寄るフェイメル。
表情を凍てつかせて一歩下がるボク。
そんな二人の沈黙をさらに一歩下がって見守るピヨ子。
沈黙を破ったのは……フェイメルだった。
「さぁ、お足を上げてくだちゃいね〜♪」
「な、なんで赤ちゃん言葉なのぉ!?」
女物の下着なんかをつけるのは男としてどうなのかと思っていた。いや、今は女なので本来問題ないはずなのだが、それでも前世の記憶がある以上抵抗したいとも思う。
ただ、1つだけ確かな真実があるとすれば……今現在のボクは実は下に何も履いていない。……つまり、産まれた頃からずっと体を撒いていた布1つだけで過ごしていたらしい。
だからこそ履かないわけにはいかなかった。痴女になるつもりは毛頭無い。
「じ、自分で履くから大丈夫!!」
「あ」
暑い顔を抑えながらフェイメルからひったくるようにして下着を奪い、ピヨ子と一緒に木の影に隠れた。
く……せめて、男性用にパンツがあれば……。そんな風に思っても、決してこんな所でそれが手に入るわけも無く。
世に腹は代えられないとそれを履くハメになったのだ。
……意外と快適で癖になりそうで恐かった。
◆
その後、ワンピースとヴァルキリーメイルを着込み、一緒にティアラまで被った。
ヴァルキリーメイルは普段不可視どころか別空間に存在できるようだ。一度装着すれば別次元に移動し、本人の意思によって鎧を出現+装着が一瞬にしてできるとの事。
つまり待機形態と戦闘形態の違いがはっきりしていると言った所だろうか。
また、鎧はすべて下に着た衣装の上に装着されているので、なかなかにかっこいいと思う。ただまぁ、これで片翼だけじゃなければなぁ
「シオン様、もう準備はよろいいのですか? やり残しは?」
「うん、大丈夫だよ……行こう」
一歩、また一歩と神秘の泉からは慣れて行く。
今日でもう森には帰ってこないかもしれないだろう。
振り返ったボクは、最後に朝日が差し込む日差しをまぶしく思いながらも、今まで育ってきた森に感謝を述べながら、より一層気合いを入れたのであった……。




