第一話
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
息を切らしながら木々の合間を危うげに走る三人組。
木の葉が生い茂げているこの森ではそれだけで走りづらく、対して丈夫でない布の衣服からはみ出た素肌に当たれば切り傷がつけられていく。
そして、切り傷がつけられていくと言う事はそこから血が流れると言う事。それは今の状況ではさらに悪影響を及ぼしているのであった。
「くそっ! なんで、こんな事に!」
今日は親の言いつけを破って友達と一緒に森まで来てしまった。実際、村の中で遊んでいるよりも、森で遊んだ方が楽しいのだ。
実は森に行くのは今回が初めてではなく、前にも来た事があり、そのときに他の奴らと一緒に秘密基地を見つけたりしたのだ。そして今日も秘密基地に向かおうとしていた。
だがその途中で、奴らに見つかってしまったのだ。
「ち、ちょっと、待って、よぉ!」
「早くしろディーナ! 彼奴等に食われるぞ!」
「そんな、事、言ったってぇ!」
灰色の毛並みをして、青白い稲妻を放ち、必ず十匹で狩りをする。その名もライジングウルフ。
たまたま村に来た腕の立つ冒険者に聞いた事がある。あの狼には絶対に近づくな。見つかったら終わりだと思えと散々言われたほどだ。
魔物にはそれぞれ危険度というランクが決められており、最低ランクがFだ。
その中でもライジングウルフは単体であってもランクはB。これは魔物退治に特化した熟練中の熟練の冒険者の複数パーティーが倒せるレベルだ。つまり、本来ならば単体でも凡人、熟練冒険者には死神の鎌となる。
それが基本群れで居る。群れで居る時のランクはA。ランクが1つ変わっただけだと思う事なかれ。
ランクAの危険度とは、国を落とせるレベルである。これは知性の無いドラゴンと同じレベルだ。
「にしても、なんであんな奴、がッ! こんな森の外側、にいるんだよ!」
「しる、かよ!」
俺は隣を走るソーマと、どうしてこんな浅い森にあの狼が居るのか討論する。
本来はあの魔物は森を越えた峡谷に生息しているのであって、好き好んで森に入り、さらには外側まで来るなんて余程の事が無ければあり得ない。
そういえば父さん、母さんが、最近森からはぐれ魔物が良く出てくるようになったと言っていたような気がする。そのために冒険者ギルドにその調査をしてくれるように依頼を出したと聞いていた。
だから森に行くなと言われていた事を今更ながら思い出した。
(チクショウ! こんな事ならちゃんと母さんのいう事聞いておけばよかった! 俺が二人にどうしても秘密基地に行きたいっていうから!)
俺は自分に悪態をつく。今日は俺たち三人組の内、ディーナの誕生日だったのだ。
だからどうしても秘密基地に行って、ディーナの誕生日祝いをしたかった。そのために俺はその前日にソーマと二人で行って先に準備して居たのだ。
その時は魔物には出会わなかったから今日も出会わないだろうと安心しきっていたのだ。
そして俺は、秘密基地でディーナに告白する事も懸念していた。だから今日もちょっと浮ついた気持ちだったのだ。
その浮ついた気持ちの所為で狼が居る事に気がつかずに出くわしてしまった。
(ごめん……ごめん、ディーナ……ッ)
俺が自分への後悔の気持ちばかりに謝り続けていると、突然耳元に悲鳴が聞こえた。
「きゃぁ!」
「!? ディーナ!?」
突如としてディーナが地面から浮き出た木の根に足を引っかけ、転んでしまったのだ。
しかも転んだ直後、足をひねったらしくまともに立てそうも無かった。
「くっそ!」
「ライナ!? もうウルフがそこまで!!」
どうする!? 俺はどうすれば……!!
「ソーマ! ディーナを連れて村に急ぐんだ!!」
「な!? お前はどうするんだよ!!」
「俺は……」
その辺にある木の枝を拾う。
こんなものでどうにかなる相手じゃない事はわかっているが、それでも好きな女の子が目の前で食われるよりは……ッ!
「頼んだぜ。親友」
「ライナ!?」
俺は木の枝を振りかぶって後ろから迫ってくる狼共に向かって声を上げた。
「うぉりゃぁぁああああああああ!!」
「グルル?」
狼達は向かってくる俺に対して不思議な声をだし、そして鼻で笑ったのだ。
こいつら、もしかして俺たちが必死に逃げていたのに対しまるで遊んでいたかのように追ってきていたのかと絶望する。思えば、こいつ等は一定距離を保ったまま俺たちを追ってきていたのだ。
畜生……畜生……!
こいつらはいつでも俺たちを殺す事ができた。だがあえて殺さずに俺たちの反応を見て楽しんでいたのだ。
その事実に悔し涙を流した時に、俺の振るった木の枝を余裕で回避して体当たりしてきたのだ。
「ぐあ!」
「ライナぁ!!」
「だめだディーナ! はやく逃げないと!」
「でも! ライナが! ライナが!」
ディーナが俺を心配してくれて叫ぶ。だけど俺はもう多分ダメだろう。完全に囲まれてしまった。
チラチラとディーナ達の方を見ているが、あれは見逃さないようにするためだろう。
とりあえず俺で遊ぶっと言った所だろう。
どうにかしてこいつ等に一泡吹かせる事はできないだろうか。そう思って俺はポケットに手を突っ込む。
するとそこには硬い何かに触れた。
そうだ。俺はディーナに渡すためにとあるモノを入れていたんだ。
俺は意を決して目の前にとどまった狼を睨みつける。不思議そうに狼が首を傾げた所で、俺は立ち上がって、ポケットに入れたまま狼に突っ込んだ。
狼は俺の事をバカかと思ったんだろうか。それとも興ざめといった顔だろうか。口を広げると稲妻を走らせた。
ふ、俺はそれを待ってたんだ!
「くらぇ!!」
俺は稲妻を無視して口の中に問答無用で取り出したものを突っ込んだ。
「グルゥ!?」
ポケットから取り出したモノ。それは小さな。本当に小さな果物ナイフ。
それでも口の中から頭方面へと突けばさすがの狼も倒せるだろうと思ったそれを突き刺した。
同時に稲妻に触れて腕がしびれるどころか体の隅々までわたった所為で俺はその場に倒れ伏せてしまった。
「グルルッ! ガァ!!」
どうやら狼は死んでいないらしい。
一泡吹かせれただろうか。もう俺ができる事は無い。
ちらりと後ろの方を見てみると、ディーナやソーマが別の狼に襲われていた。
(ちく、しょう……。ここまで、なのか……?)
俺が諦めかけたその時――俺は天使の声を聞いた。
「ナイスガッツだ。死んでないだろうね?」
「ぇ……?」
しびれた体を動かして、なんとか顔を上げる。その先には覗き込むようにして俺を見る天使のような少女が居た。
高貴そうで煌びやかな金色の髪を肩までにとどめ、強気な蒼い瞳が俺を確認してくる。
俺がしっかりと意識がある事がわかると、何やらその女の子はホッと安心したようで笑みをこぼした。そんな彼女に俺は少し顔が熱くなった。
「さて、さっさとこいつら片付けるか」
こいつら? ……そ、そうだ。今回りにはライジングウルフの群れが居るんだ。なんで彼女はこんな所に突っ込んできたんだ!?
このままでは彼女が……そう心配した俺は次の瞬間には目を見開く事になった。
「行くよピヨ子。すぐにけりを付ける」
彼女の姿が消えた……ように見えた俺は、彼女の姿を探す。
そして、俺が彼女を見つけた頃には、すべてのライジングウルフが斬り捨てられていたのだ。
「す、すげぇ……」
ただの一般人の所行ではない。もはや勇者とか、英雄とか言われるレベルの実力。
似たような年齢のはずなのに次元を越えたその強さに心奪われてしまったのであった……。




