いのちのおんじん?
あれからずっと頭の上です。
ゆらゆら揺れています。
どうやらこの男の子の名前はアキトというらしいです。
お二人の会話の中から知りました。
私たちは今切り立った険しい崖をクライミングしています。
もちろん私はマスター(アキト)の頭の上です。
あれからずっとここです。
いつのまにかホームポジションです。
ここが私の縄張りです。
誰にもここは渡しません。
絶対です。
ここだけは死守してみせます。
「うわー、下を見たらダメだな」
「早く来なさいよー」
女の子のほう、フライアはすでに崖の上です。
魔法でビューンと飛んで行ってしまいました。
しかしマスターは飛べないようです。
だからゆっくりと登っています。
「……壁ダッシュできないかな?」
マスターがとんでもないことを言いました。
私はこれまでに壁ダッシュをした人間のことを少ししか知りません。
マスターは腕に力を入れて下半身を一気に持ち上げると、クラウチングスタートに近い体勢をとりました。
そして走りました。
ドゴンッ! ドゴンッ!
靴裏が爆発しています。
一歩一歩が崖に深い亀裂を打ち込んでいます。
恐らくこのままいけば、上に着く前に――
「あ……えっ?」
ぐらりと揺れました。
足場となっていた壁面がこちらに倒れてきます。
「うっそぉーーーーん!!」
マスターがなさけない叫びを漏らします。
しかしさすがマスターです。
腕を前に出して火炎弾を撃って迫りくる壁を粉々に打ち砕きました。
これで落ちた後は大丈夫です。
しかしどうやって着地するのでしょうか。
「ちょっ! マジっ! やべっ――――」
どうやらマスターにはどうしようもないようです。
こうなったら私が一肌脱ぎましょう。
頭から勢いよく地面に向かってストライクします。
そしてびよ~んと身体を伸ばします。
スライムクッションです。
しかしこれでは……。
「吸いなさい!」
フライアが叫び、私の周りに大量の水が吹き出ました。
魔法の水です。
しかし魔法の水であってもH2Oに変わりはないのです。
一瞬で大量の水を吸って私の身体は十倍くらいの大きさになりました。
そして私の中にマスターが落ちてきます。
ばっちゃぁ! とすごい音と衝撃を受けて私の身体が飛び散ります。
しかしマスターは無傷です。
マスターは無傷なのです。
私が助けました。
「いっつぅ……えっ? なんだこれ?」
私は吸収したお水をぎゅうっと絞り出してマスターの頭の上にぴょんと跳ねて戻りました。
「お前が助けてくれたのか……ありがとさん」
私の軽くなでなでしてくれました。うれしいです。
そしてマスターは再び壁ダッシュをしました。
人間とは学習する生き物だと聞いたことがあるのですが……。
「今度はいける!」
などと意気込んでどんどん登っていきます。
そして瞬く間に登り切ってしまいました。
まさか、さっきの一回だけでコツをつかんだのでしょうか。
だとしたらそれはすごいことです。
誰でも失敗して死にかけると、恐怖でそれができなくなると聞いたことがあります。
でもマスターは違うようです。
「危ないわね」
「…………」
フライアが責めるようなジト目でマスターを見ています。
マスターは冷や汗を流しながら、この後軽くお説教を受けていました。