幸せ!
なぜでしょうか。
なぜ私よりも上ではなく下に家具が見えるのでしょうか。
それになんでしょう。
身体で座っているような感覚ではなく……なんというのでしょうか。
これが、立っている? という感覚なのでしょうか。
そして身体の横にぶら下がっているような感覚。
これが、これが、これが「手」なのですか。
私は両の「手」を「顔」の前に持ち上げました。
「人間に……なった?」
声が出ました。
スライムに口なんてないはずです。
でも声が出ました。
自在に動く私の「手」で「顔」を触ります。
「口」が「鼻」が「目」があります。
手の色は人間の色です。
スライムだったころの透明な回復薬の、透明な黄緑色ではありませんでした。
私は私の「足」で「歩いて」ドアの前に立ちました。
そして「手」を使ってドアノブを捻りました。
ドアを開けるとひんやりとした空気が「肌」を撫でました。
それでも私は気にせずに「歩き」ました。
マスターの「匂い」を感じます。
マスターの「声」を感じます。
マスターの存在を全身で感じます!
私は勢いよくそのドアを開けました。
お部屋の中が一気に静かになります。
でも私にはマスターしか見えていません。
私にはマスターの音しか聞こえていません。
「マ、マスタァァーー!」
私はマスターに向かって飛び込みました。
両手を広げて、思いのままに抱き付きました。
「え? ちょっ? えっ? ええっ!?」
マスターはとても慌てていました。
でも私が抱き付いて、胸に顔をうずめて頬ずりをしていると分かったようです。
「えっとぉ……スゥ、なのか?」
スゥ。
それが私の名前です。
長い長い冒険の間に、マスターにつけてもらった名前です。
スライムだから、水みたいだからスゥ。
単純でも、それでもいいんです。
マスターから私だけへの贈り物。
「はい!」
「あ、あはははははっ! これからもっと賑やかになるなぁ!」
マスターは私をぎゅっと抱きしめてくれました。
これからもずっと一緒です、マスター。
ふぅ、久しぶりの丸一日休暇を妄想で使い果たしたぁー。
あぁ、幸せ。
同居人の一人と一匹につっつかれたり膝に乗られたりしたけど、
丸一日自分の妄想世界に入っていられるのは、幸せ。
……しかし、まぁ、最初に宣言した通りかなりすっ飛ばしちゃいました。




