強すぎたニューゲーム(下)
開かれた明るい森の中に出る。
静かで、だが、しかし、生命の息吹がそこかしこに溢れている。
「なんだ、ここは!?」
太く高い樹木の一本。
幹を取り巻くように、小さな小屋があった。
「神霊樹だと……!? この森は――我が居留地か! な、なぜ――」
「時空を飛んだ。そこは破壊される前のおまえの家だ」
「なっ――」
「理解できないか? 時間と空間の両方を飛んだ。過去に、百年前に来ているんだ」
「本当か!? い、いや――精巧な幻術とでも考えたほうがまだ理解できる。時空を飛ぶなど不可能だ」
「長寿族ならわかるだろう。秘術を使えば可能だ」
「我にさえ無理だ! おまえは人の身で何百年修行したというのか!?」
「幸い、おまえを屠った後で暇だったものでな。秘術で時間を巻き戻せば、何年、何十年、何百年だって修行できる」
「信じられん――」
「話している場合じゃない。そら、おまえの嫌いな人間が来たぞ」
「!」
炎が列をなしていた。それは、まだ昼間だというのにたいまつを煌々と灯す人の群れである。
「彼らはこれから居住地に火をかけ、この世に残った最後の長寿族を皆殺しにすることになる。その中には、むろん、おまえの娘も含まれている」
「ま、待て、娘は家の中にいるのか!?」
「そうだろうな」
「一目、娘に……い、いやそれどころじゃない! おのれ、ヒトどもめ!」
バーラックスは手にした〈神罰の杖〉を迫る人間たちに向ける。
「まあ、落ち着け」
私が後ろからローブの首元を引っ張っると、バーラックスは喉を詰まらせる。
「いいか、バーラックス、あの人たちをよく見るんだ」
「ぐっ、ヒトなどどれも同じ――いや、あれは!?」
バーラックスが息をのむ。
長寿族の永久居留地を滅ぼしに来た謎の軍勢。彼らが手に手に持っているのは、剣や槍ではなかった。鎌や鋤などの農具である。
「あれは麓の村人ではないか!? なぜ彼らが――」
「おまえなら答えはわかるはずだろう」
私はパチンと指を鳴らした。
そのとたん、たいまつと農具を持った村人たちは目を覚ます。
「あれ……なんでこんなところに?」
「ここは……聖域?」
「おっ、先生ではないですか。これはどういうことです?」
村人たちがぼんやりとつぶやく。
「どういうことなのだ……」
先生などと村人に呼ばれたバーラックスは混乱している。
彼ならわかるはずなのに、正解にたどり着けないということは、ちょっと話が性急すぎたのかもしれない。
「と、とにかく、おまえたちはその火を消して早く村に戻るのだ! 二度と聖域に来てはならぬ――うわあ!」
バーラックスが叫んだ。村人の一人が誤ってたいまつを落としてしまい、草に燃え移ったのである。
バーラックスは走り寄って、必死に足で火を踏み消す――全てを焼き尽くす破壊神の使徒とは思えぬ姿だった。ついでに言えば、彼の呪力を用いれば、ここにある炎すべてを一息で消せるはずなのだが。
「それでは先生、あっしらは村に戻ります……」
首をかしげる村人たちが帰って行くと、バーラックスは私をにらんだ。
「――〈狂乱の鐘〉だ」
と、ようやく、わかっていたはずの答えを口にする。
「その通り。おまえは、〈狂乱の鐘〉を使って魔物を洗脳し、私の村を襲わせた――予言の者である私を殺すために。その百年前、この居留地でもまったく同じことが起きた。おまえは知らなかったかもしれないが、〈狂乱の鐘〉は魔獣だけでなく、人間を操ることも出来る。何者かが、村人たちを洗脳して、この居留地を襲わせたのだ」
「手を下したのは人間だが、操られていたに過ぎないと……?」
それはバーラックスも同じであった。操られた実行犯にして、巻き込まれた被害者。彼を倒しただけではなにも終わらなかったのだ。
「尋ねずとも、おまえになら理解できるはず。この件には黒幕とも言える者がいる」
「だが……だれが?」
「それも知っているだろう。おまえは〈狂乱の鐘〉を誰から受け取ったのだ?」
「――そんな、まさか」
「もうすべてに気づいたんじゃないか?」
私は地を踏みつけた。
世界が反転し、半次元に出る。
▽
半次元。
そこは、昼であり夜であった。陸であり空であった。全であり無であった。
それは、人であり龍であった。
典型的な二重体。
道化姿の男が、巨大なドラゴンと二重になって見えていた。
「神よ……」
道化師とドラゴンを見て、バーラックスがつぶやく。
いや、彼はもはやバーラックスではない。
本物の破壊神。
いま我々の目の前にいるのだ!
「――貴様ガ、光ノ守護者カ」
さすが神だけあって、破壊神は話が早かった。そうでなくては。
「そうだ。おまえのことは全部知っている。なにがやりたかったのかも」
道化師姿の男――破壊神の影体は、〈狂乱の鐘〉を手に提げていた。それは、彼が人間を操って、長寿族の永久居留地を襲わせた証拠である。
「なにもかもおまえの仕組んだ茶番だ。この世界を破壊するためのな」
「オノレ、守護者メ――」
間髪入れず。
破壊神の龍体が破壊の激流を吐いた。
それがどういうものか、今さら詳しく説明する必要もあるまい。
激流に触れたらあらゆるものが破壊される――ただそれだけなのだ。
むろん、私は例外だが。
破壊の激流は、私を通り過ぎていった。何度も何度もだ。破壊神がどれだけ試そうとも、結果は同じである。私の実体は微動だにしなかった。
「何故ダ――」
とうとう、破壊神を絶句させてしまった。
「おまえを一度殺してるんだ。ここから先の未来でな」
そのときは苦戦した。
だが、それから何百年かけて修行して――このざまだ。
少々強くなりすぎた。
たとえば、神を容易く殺せるくらいに。
そうだな……こんなのはどうだろう。
私は龍の真似をして、ふっと息を吐く。
すると、即座に破壊神が消滅した。完全消滅である。もうどこにも破壊神はいないし、蘇ることもない――軽い息だけで私は神を滅ぼしてみせたのである。
「終わったぞ」
私は振り向き、かつて破壊神の代理人だった長寿族を見た。
「なんだったのだ……もう我には理解できぬ」
「いや、できるはずだがね」
それだけの知識と理解力が長寿族にはある。
「これで私の復讐は達成されたのか」
「そうだな。元凶を私が倒すという形で達成された」
「やはり理解できぬ」
「これですべてが終わったんだ。おまえの娘はそもそも死ぬことがなかった。だから私の村が滅ぼされることもない。最初からなにもなかった。そういうことだ」
「私の百年間はなんだったのだ……憎むべき対象すらなくなった。憎む意味すらない」
「神の考えていることがわかるんじゃないか」
「……なに?」
「神はいくらでも時空を超えられる。望むことをなんでもすることが出来る。だが、それに何の意味がある?」
「……すべてがむなしいというわけか。なるほど、神々は私の祈りや呪詛など、まるで歯牙にもかけぬわけだ」
男は笑った。
百年ぶりの力なき笑み。
「――我の記憶を消してほしい」
やがて、長寿族の男は顔を上げた。
「おまえなら我の記憶を消すくらいできるだろう。この無意味で無駄な記憶を消してほしい」
「ふむ、私としては、そのままでいてほしいのだがな。このむなしさを分かち合えるのは世界でおまえだけだ」
かつて私は破壊神を倒して、父と母の復讐を遂げた。
しかし、それは、予想していた通りにむなしいものであった。だから、過去に戻る力を身につけ最初からやり直すことにしたのだ。それもまたむなしいとわかりきっていたのに。
「頼む! この身では無意味さに耐えられそうにない!」
「仕方がないな……」
私が片手をあげると、男は消え失せた。
記憶ごと消えたのだ。
もう破壊神の手下として復讐に燃えた男はいない。
最初からいなかったことになった。
残ったのは、別の世界軸で、娘と幸せに生きていく男だ。
だが、それに何の意味があるのだろう。
やろうと思えば、私には完全消滅したはずの破壊神を復活させることだって出来るのだ。
それをやる意味もやらない意味もない。
あまりに強くなりすぎた代償だ。
私は何もない世界にひとり残されていた。
主人公が何でもできるとストーリーがまともに成り立たない……というようなストーリーでしょうか。
ゲームの二周目プレイは、「アイテム引き継ぎのみ」くらいがちょうどいいと思います。
本作はルビを振る練習用に書いたものです。
お気に入りのルビは、旧帝国辺境方面要塞です。
傍点についてはいまだ研究中。