強すぎたニューゲーム(上)
時間と空間を超えて大きく跳躍した。
▽
次の瞬間、私が現れたのは、遙か高空。
吹き付ける激しい風をローブが受け流す。
眼下に見えるのは、険しい連峰と麓の小村だった。
川沿いに広がる畑。
牧草地に放たれた羊。
ぽつぽつと並ぶ家屋。
それは私の故郷である。
私はこの村で生まれ、育った。
あの日まで。
小さな小屋から女性が出てきたことに私は気づく。
凝視する。
間違いない。
どれだけ時間を経ていても分かる。
その女性は私の母親であった。
悲しむべきは、母の姿を見てもまったく感慨がないことである――あれほど、嘆き、苦しみ、恋い焦がれたというのに。心が死んだように動かなかった。
母がいるということは、近くに私もいるはずである。この時間帯だとまだ家の中なのか、その姿は見えない。まあいい、過去の自分には興味が無い。
私は空を滑るように移動し、山脈の上に出る。
しばらく行くと、森の中に魔獣の姿を認めることが出来た。それも一匹や二匹ではない。危険な化け物が群れをなしている。
この群れは、数時間後、私の生まれ故郷を襲うことになる。当然、村は全滅。父が死に、母が死に、幼なじみが死に、近所のおじさんおばさんたちが死ぬ。生き残るのは、私ともう一人だけだ。
それによって私の人生は大きく変わった。
ここからすべてが始まった。
パチンと指を鳴らす。
すると、一目散に村へと向かっていた魔獣たちが急に立ち止まる。戸惑っているのだろう――あたりをきょろきょろしていた。
魔獣たちを操っていた呪縛が解かれたのだ。
目を覚ました魔獣は互いに争いを始める。あるいは山の縄張りに戻っていく。
これでもう村が魔獣の群れに襲われることはないだろう。母が死ぬことも、私が苦難と闘争の旅に出ることもない。
私は跳躍する。
▽
時間を飛ばず、空間だけの移動。
たどり着いたのは、切り立った岩場の上空だった。
岩の間に朽ちた灰色の構造物が散見される。
旧帝国辺境方面要塞。
数千年前に作られたと推測される旧時代の軍事基地だ。単なるぼろぼろの遺跡にも見えるのだが、地下には果てしない迷路が続いている。
ここが奴の活動拠点である。
隠蔽された入り口の近くに降り立つ。
「うぬぅ、なにやつ。ここは通さぬ」
すぐさま巨大な獣に道をふさがれる。
なんと言えばいいだろうか。
頭は獅子、胴体は象、尻尾は大蛇。まあそんなようなやつだ。
名前は確か、百獣の王とかそんなものだったろう。それなりに手強かった記憶がかすかに残っている。
ちなみに彼が人間の言葉をしゃべるのは、「百獣」の中に人類も含まれているからである。制作者の思想がうかがえるネーミングと言えるかもしれない。
「くたばるがいい」
獣は巨体に似合わぬすばらしい速度で突っ込んでくる。
よく考えてみると、正面玄関から訪問するような礼儀は彼に対して必要なかっただろうか。
じろりと要塞内部を見通して、ローブの男の姿を確認。跳躍。
▽
「なんだ、おまえは!?」
突然現れた私に――彼は驚愕したようだった。
私と彼の関係でも、さすがにぶしつけ過ぎたのかもしれない。
「失礼」
心のこもってない謝罪をまずはする。
「自己紹介しておこう。私は――そうだな、説明が難しいが、おまえが言うところの予言の者、あるいは光の神々が言うところの守護戦士かな」
「なっ!?」
彼はさらに驚愕を重ねる。
「予言の者だと!? そんなはずはない……! あれは子供だったはず!」
「ああ、この時期の私は子供だった。だが、おまえは失敗したんだ。村は襲われたが、私は死ななかった」
その上、この時間軸の世界では、魔獣は村にたどり着きすらしない。なぜなら、
「〈狂乱の鐘〉は止めさせてもらったよ」
「――――!?」
「おまえのことは全部知っているんだ、バーラックス」
バーラックス。
それは真の名を捨てた彼の異名。神話時代の古い言葉で『破壊する者』とかそんな意味である。
「これからおまえがやることは……たとえばエスラ王国の第一王子を妖精と取り替え子して、王国を内側から崩壊させるとか」
「なぜそれを!?」
「後は、封印されていた大海蛇を解放して、海上輸送を壊滅させるとかな。光の巫女を拐かして邪龍召喚の扉にする計画もある」
「そこまで……!?」
ローブの男、バーラックスは混乱しきっていた。
無理もない。突然、目の前にすべてを知る何者かが現れたら、こうもなるのだろう。
しかし、そこはバーラックス。
この後、世界を滅ぼしかけることになる男。
すぐさま精神的に立て直し、警告もなしに雷を撃ち込んでくる。
手にした神代級遺産、〈神罰の杖〉を発動したのだ。
良い判断だった。
すさまじい稲妻が、私を貫く。
「なっ……!?」
だが、バーラックスはまたも驚かざるを得なかったようだ。
おそらく、私が平然と立っていたからだろう。
「無駄とわかったかな?」
残念ながら理解してもらえなかった。
バーラックスは攻撃の手を緩めない。
炎熱爆球。闇の宝玉。人体崩壊の秘術。
ありとあらゆる攻撃が私を襲う。
やがて――彼が諦めたのは、どんな手段を持ってしても私に傷ひとつつけられないという事実を理解せざるを得なかったからだろう。バーラックスは憎々しげに私をにらんでいる。
「おまえは……神か」
肩で息をして、なんとか絞り出せた言葉がそれである。
「神――もしかしたら、そうなのかもしれないな」
「神がなんの用だ!」
「そうだな……けりをつけるため。後始末をするため。いや、単なる自己満足のためかもしれない」
「どういうこと……なんだ!」
「バーラックス。百年前、おまえは娘を失ったな」
私はそろそろと核心部分に触れる。
「――そうだ。突然、ヒトどもが我らの永久居留地を襲ったのだ! あの獣どもは無防備な娘を……」
百年経っても許せないのだろう。バーラックスはぎりぎりと歯ぎしりした。その激しい感情がうらやましくさえある。
「それからどうした」
「どうしただと? 我は神を呪った。なぜこんな運命をもたらしたのかを……なぜ私から娘を奪ったのかを! 何百年も祈ってきた神々を呪ったのだ。しかし、ついぞ声は返ってこなかった」
「――当然だな」
「なに?」
私の独り言はこの長寿族の男に届いてしまったらしい。
「いや……。神々はおまえの呪詛を無視した。だが、応えてくれたはずだ。一柱だけが」
「そう、破壊の神が――」
「そして、おまえは人類への復讐を誓い、実行に移した。破壊神の望むままに」
「神に利用されているとでも言いたげだな」
ふんと、バーラックスは鼻を鳴らす。
「それくらいわかっている。だがな、せいぜい利用されてやる。ヒトどもを滅ぼすために――。破壊のための破壊。我こそが神の代行者となろう!」
「ふーむ、復讐のためにわかってて乗ってやったというわけだ。だが――最初の最初から利用されていたとしたらどうする?」
「……なんだと?」
「見てみようか」
バーラックスを連れて跳躍する。
▽
(下)に続く。