吸血鬼さんと僕。
こちらも思いついたまま書き綴った作品です。
楽しんでいただければ幸いです。
その日はやけに暑くて、寝苦しい夜だった。だから、という訳ではないが僕が寝ている部屋の窓を開けっ放しにしてしまったのが運の尽き。
胸苦しさに耐え切れずに目を開けると、黒づくめの少女が僕に乗っかっていたのだ。
「お前……誰だよ」
金色の髪に印象的な澄んだ青い瞳が可愛らしい。絶対に日本人じゃない。それは判ったがそもそもコイツは誰なんだ? 随分と可愛い泥棒じゃないか。
「ワタシ、吸血鬼。みんなからはそう呼ばれてます」
「ああ、吸血鬼か。なるほどね」
何て言った? 吸血鬼だって?
そういえば、ここ何日か前から新聞を騒がせている事件があった。何でも猫やらハムスターやらの小動物の血が抜かれていてまるでミイラのように干からびた状態で発見されるとかなんとか。専門家は都会に進出した新種の吸血コウモリじゃないかと言っていたけど、本物の吸血鬼の仕業だったのかよ。
それにしても……結構、ボロボロな状態じゃないか。羽織っているマントは泥だらけだし、顔には少し擦り傷。吸血鬼なら夜の闇に乗じて飛んでくるとかそういう感じじゃないのか、普通は。
「吸血鬼ならその恰好は何だよ。もっとスマートに入ってきたらどうだ」
「すみません。吸血鬼は飛べないので下から上がってきたのです」
「下から!? 吸血鬼って飛べないのか?」
「飛べません。でも人間はそう思っていると聞かされたので、まずは形から、と思いまして」
はぁ。と思わず僕は溜息をつく。本当にコイツは大丈夫なんだろうか。
「それで、僕の血を吸いにきたのか? たいして美味しくはないぞ」
ありきたりなセリフを言ってみる。この少女が吸血鬼なら問答無用で血を吸われるので意味はないけど、この状況になったら一度は言ってみたかった。
「うん。わかってる。美味しくないのは」
「ああ、そうだ。美味しくない」
今、さらっとひどいこと言われたような気がするな。
「美味しくないなら吸うなよ」
「だめ。人間の血を吸わないと一人前になれないら」
ふーん。じゃぁ、これは一人前の吸血鬼になるための儀式みたいなもんなのか。その一人目に僕が選ばれたってことは光栄なことなのだろうか。いやいや。血を吸われるんだから光栄でもなんでもない。
「それじゃぁ、始めます。血を吸っても、いいですか?」
「……ふつう、血を吸う相手に吸っていいか尋ねるのか?」
「猫とハムスターには言葉が通じなかったので。一応、断っておいた方がいいと思いましてね」
大丈夫か? この吸血鬼少女。なんだか天然っぽいんだけど。って……何やってるんだよ……。
吸血鬼の少女がおもむろに羽織っていた漆黒のマントを脱ぎ、疲れた、という顔になる。
「黒いマントは吸血鬼のトレードマークじゃないのか」
「えっ……こんなダサいの着てる吸血鬼はいませんよ。それは昔の流行りですし」
「じゃ、なんで着てるんだよ」
「まずは形からと思いまして」
何だか、僕たちが知ってる吸血鬼とは違うんだな。こだわりがあってあのマントとか着てるのかと思ったけど。
「もういいや。どうせ、見逃してはくれないんだろ」
「はい。残念ですけど」
結局、何にしたって血を吸われるんだから同じことだ。どうせなら吸血鬼じゃなくて夢魔のほうに憑りつかれたかったかも。その方が最後は楽しく……いや、結局は同じか。
そういえば、動物は血を吸われたらミイラみたいになったけど、人間ならどうなるんだ? やっぱり同じだろうか。それとも吸血鬼の奴隷になる? 自分も吸血鬼になってしまうのか? とにかく僕は運が悪かったということか。良いことと言えば、金髪美少女の吸血鬼に血を吸われるってことぐらいだろうか。
「さぁ、吸ってくれ。一思いにな」
「では、いただきます」
少女の顔が近づく。
ふわりとした滑らかな金髪が僕の頬をかすめていく。僅かに香るシャンプーの香りに僕はドキッとした。この少女が吸血鬼じゃなかったら…などという邪な考えが浮かぶがそれもここまで。
人間にしては明らかに長く鋭い白い歯がチラリと見える。肩に触れる手の感触と、頬に焼き付けられる吐息。そして、僕は首筋に僅かな痛みを感じた。全身が脈を打ったようになり甘美な感覚が駆け巡っていく。この陶酔感に支配されたまま、僕は闇へと堕ちていく。どこまでも、どこまでも深く。
「……って……吸われてないじゃんかよ!!」
「すみません。付け歯を取るの忘れてました」
「…………」
「形から入る方なので」
うん。なんだか続きそうな感じですが……今のところは続編はありません。もし! 本当にこの続きが見たいとかそういうことがありましたら考えます。
ただ、得意分野ではないのが気になりますが。
それでは、また機会があればお会いしましょう。