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トローチの月

作者: ヤマダ

 電車を降りると、春というには少し肌寒い空気に包まれる。暦の上ではすっかり春なのに。家までの道程を思うと憂鬱になる。

 家に着いたら温かいミルクティーを飲もう。そんなことを思いながら私は足早にホームを抜ける。


 それにしても、今日はやたらと人が多い。いつものこの時間なら、仕事終わりで家路を急ぐ人ばかりなのに。

 よく見ると皆、一様に空を見上げているのでつられて視線をあげる。

 そこには、雲ひとつない星空に、糸のように細い月が浮かんでいた。


 そうか。トローチの月だ。


 急いでコンビニへ入ると、レジの前には懐中電灯や提灯、ライターや蝋燭が並んでいる。私のように灯りを持ち忘れた人が多いのか、売れ行きは上々らしい。 ちょうど目に留まった可愛らしいランタンとマッチを買うと、おまけです、と店員がからっぽの小瓶をくれた。


 徐々に建物や街灯の明かりが消えていき、代わりに人々は手に灯火を持つ。

 それらに照らされるようにして、月の側に大きな唇がゆっくりと姿を現した。 閉じられた唇の隙間からピンク色の舌が覗くと静かなざわめきが起こる。官能的ともいえるような動きで月へと這い寄り、絡めとって口の中へと運んだ。

 幼い頃はこの光景がやたらと怖かった。

 それでいて、噛んではいけないと注意しながら溶かしたトローチを、最後の最後に砕いてしまったような、そんな気持ちにもなった。


 唇は役目を終えると闇へと溶けていき、月を失った頼りない星空が残った。明日にはまた薄い月が昇り、満ちて、欠けて、トローチになる。

 唇が消えて緊張が解けたのか、きらきらと星空が舞い落ち、周囲から歓声があがる。星空は粉砂糖のように甘く、雪のようにすぐ溶けてしまう。今日は雲がないので、引っ掛からずにはらはらと降っている。

 さっき貰った小瓶の蓋を開けておくと、あっという間に淡くきらめく星屑が溜まった。

 ミルクティーに入れたらどんなに素敵だろう。

 思いがけないおみやげに、寒さなどもう気にならなくなっていた。

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