死神と福の神と貧乏神と
ある所に、福の神と貧乏神と死神がいました。
ある日死神は2神に愚痴をこぼしました。
「最近、私に救いを求めるものが多すぎて困るんです」
「何を言っているんだ? 人の子の最期は君が看取るのだから、君に救いを求めるのは同然だろ?」
「ですが福の神。私は何度も年神を迎え入れた人の子に死という救いを渡すことができますがそれだけなんです。若き人の子に救いを求められても、沢山の悲しみしか渡して上げられない」
死神はそう言うと、悲しげに視線を落としました。
「だったら死神、俺達で君に救いを求める子を助けてみよう! 大丈夫さ。若い子ならば、きっとすぐに君の助けなんて必要としなくなるさ」
福の神は、いい事を思いついたと、満面の笑みを浮かべて語りました。その目は希望に満ちています。しかしその希望を打ち砕く様な深いため息が福の神の隣で落ちました。
「止めておけ」
「なんで、お前はそうやってやる気をそぐようなことを言うんだよ! 貧乏神」
「俺達が人の子助けようなどと、それは思い上がりだ。彼らは強い」
「そうですね。私が幸せにできるとはとても思えない」
貧乏神の言葉に死神は賛同しました。
「何を、後ろ向きな事を言ってるんだ。まったく、貧乏神は陰気すぎて困る。俺は福の神だ。誰かを幸せにする事なんてわけないさ! なら手始めに、死神に救いを求めている子を1人幸せにして、助けて見せようじゃないか――、って貧乏神! なんで溜息をつくんだよ!」
「お前の鬱陶しいお節介な正義感に巻き込まれる人の子が不憫でな」
「鬱陶しいってなんだよ。分かった。お前、自分は幸せにできないからそうやって言ってるんだろ? よし、死神。誰か1人見繕え。そいつを幸せにしてやる」
「ええ。いいですけど」
死神の腕を掴んで福の神が出ていくのを貧乏神は見ながら、もう一度深くため息をつきました。そして重い腰を上げ2神の去っていった方へついていったのでした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの子の母親は先月亡くなりました。とても母親に懐いている子で、毎日嘆き悲しみ、私へ助けを求めてきます。どうか自分も母親がいる天国へ連れていってと」
死神が空から見下ろし紹介した子は、幼い女の子でした。
その女の子は目を腫らして、ベッドで眠っています。寂しさを紛らせる為なのか、その手の中には人形がありました。
「オッケー、オッケー。母親がいないなら苦労もするよな。うんうん。そりゃ可哀想な話だ」
福の神は腕組みをしながらうんうんと頷づきました。
「しかも、家も人形もボロボロじゃないか。よし、俺がこの子の家を裕福にしてやろう」
そう言って、福の神は彼の力で金運を上げ、父親の仕事が上手くいくようにし、どんどん女の子の家がお金持ちになっていくようにしました。
「これぐらいでいいな。じゃあ、俺は一度別の場所に行くから」
「最期まで見守らないのか?」
貧乏神の言葉に福の神はきょとんとした顔をしました。
「俺が必要な人の子は沢山居るんだ。この子は裕福になったからもう幸せじゃないか。きっと、死神に救いを求める事なんてないさ。それより、お前らだって仕事をしないと駄目だろ」
「そうですね。これから私の迎えを必要としている人の子のところへ行かなくてはいけません」
「なら、1年後またここへ来て、女の子が本当に幸せか確認しろ」
「貧乏神は仕事をしに行かないのか?」
福の神の言葉に、貧乏神は首を横に振りました。
「俺が忙しく仕事をしても誰も喜ばれない。俺は1年ここで彼女を見ている」
こうして3神は分かれ、それぞれにそれぞれの仕事をこなしました。そしてちょうど1年後、同じ場所で再会をしました。
福の神は女の子が幸せになっていて、死神の救いを求める事はないだろうと意気揚々としていました。
しかし来てみると、死神がさめざめと泣いてました。
「おいっ。どうしたんだよ、死神っ!」
「女の子が再び私へ救いを求めて来るんです。母親が恋しいと毎晩泣いて」
見下ろした女の子は、以前より少し大きくなっていました。
家も立て替えたのでしょう。とても大きなお屋敷になり、女の子の部屋も広く、たくさんのものであふれかえっていました。ボロボロだった家はなくなっていましたが、女の子は泣いていました。
ボロボロの人形を抱きかかえながら、1年前と同じように。
「何故、彼女は泣いているんだ?!」
「大きな家になったが、代わりに父親が帰ってこなくなった。母親もいなくて寂しいのだろう」
1年間、女の子を上から見つめていた貧乏神はそう言いました。
女の子の家は裕福になりましたが、母親だけではなく父親も近くに居なくなり、代わりに物だけが彼女の周りにあふれかえっていました。
女の子はとても裕福になりましたが、相変わらず不幸でした。
「寂しいのか……。だったら、死神。お前の力で、母親と再開させてやれよ!」
再び少し考え込んだ福の神は、そう死神に言いました。
「止めておけ。神の力で何かをしても幸せになどなれない」
「何だよ貧乏神。お前はどうしていつもいつもネガティブなんだ。やってみないと分からないだろ?!」
陰気なため息をつく貧乏神に、福の神は怒ります。しかし貧乏神は福の神が怒っても知らん顔でした。
「やってみるのはいいですが、生き返らせるなどの世の理に反した行為は私ではできません。もしもできるとしたら、彼女の夢の中で母親と再会させてあげることぐらいでしょう」
「いいじゃん。もう二度と会えない相手と夢の中だけでも再会できれば、きっと女の子も幸せになれるさ」
福の神に言われ、死神は泣きながら眠る女の子の夢の中で、母親と再会をさせてあげました。
するとどうでしょう。泣きながら眠っていた女の子の顔が、とても幸せそうなものに変わりました。それを見た福の神は満足そうに頷きました。
「ほら、やっぱり、最初から女の子の希望を叶えてやればよかったんだ! いい事をしたな」
「そうだろうか」
「何だよ、貧乏神。お前はまだ不満かよ」
貧乏神は、福の神に答える代わりに、再び辛気臭いため息をつきました。その様子に、福の神はムッとした表情をします。
「よし。じゃあ一年後、再びここへ来て女の子の様子を見ようじゃないか」
「そうですね。貧乏神はどうします?」
「なら、俺はもう1年ここで彼女を見ていよう。1年ぐらい俺が働かなくても、誰も困りはしない」
そう言い再び3神は分かれました。
それから更に1年経ちました。
女の子は更に大きくなりました。お家も相変わらず裕福で、更に家の中には高価な物が溢れかえっています。
「どうしましょう、福の神。このままでは、私は彼女を迎えに行かなければなりません!」
再び女の子の家の上にやって来た福の神の胸元を掴みながら、死神は泣きながら訴えました。死神がこんな幼い子を迎えに行かなければならないなどただ事ではありません。
「何があったんだよ?!」
「女の子が母親と再会するために眠り続けるようになり、どんどん体が衰弱しているのです」
確かに女の子の体は以前より大きくなりましたが、前に見た時よりも肉付きはなくなり、とても細くなっていました。
「はあ?! 父親は?」
「中々家に帰らないので、女の子がどういう状況が分かってないみたいだ」
ずっと女の子を眺めていた貧乏神はそう言いました。
「なんだよ。金持ちにしても駄目、母親と再開させても駄目ってどうしろっていうんだ」
「だから人の問題は、俺らではどうしようもないと言っただろう」
そう言って、貧乏神は再び深く溜息をつきました。
「あまり溜息をつくと幸せが逃げるぞ」
「貧乏神の俺からはとっくに逃げている。……だが仕方がない。あの女の子は、俺達が人生を狂わせてしまったようなものだ。責任をもとう」
そう言って、胡坐をかいていた貧乏神は、ゆっくりと腰を上げました。
「どうするんだよ」
「1年後に俺達を探せ」
「はあ?」
「それまでやれる事はやってみよう」
そう言い。貧乏神は女の子の部屋の中に降り立ちました。
そして女の子が握りしめていたボロボロの人形の中に入りこみます。
「おい、起きろ子供」
人形の中に入った貧乏神はそう、女の子に声をかけました。
「うーん……きゃっ!」
勿論人形が突然喋り動き出した為、目を覚ました女の子は驚き叫びました。
「お前の母親は、お前が起きない事を心配してる」
貧乏神はそう女の子に告げました。実際に母親がどう思っているかなんて貧乏神は知りません。もしかしたら母親は女の子を同じ世界へ連れていきたいと思っていたかもしれません。ですが、あえてそう言いました。
「だって……夢の中でしか、お母さんに会えないのだもん」
「そうだ。夢の中にしかお前の母親はいない。だから、現実では俺がお前の友達になろう」
そう言い人形はふんぞり返りました。なんとも偉そうな雰囲気の人形に、女の子はビックリした様子です。
「幸いな事に、俺は暇だ。それにコレはお前の友達として母親が買ったのだろ? ならば、友達を現実の中に置き去りにするのか?」
女の子は困った顔をしたが、首を横に振りました。母親に大切にするようにと言って買ってもらった人形でしたので、置き去りにしてはいけないと思ったようです。
「ならば、夢の中ではいつでも母親に会える。現実では俺と遊べ」
何とも偉そうな人形でしたが、女の子は頷きました。
貧乏神の行動を見守っていた2神は、とりあえず女の子の事は彼に任せ、それぞれ別の仕事場所へ行きました。
そしてその1年後。
再び福の神と死神は女の子の家に行きましたが、女の子の姿がありません。
家も売り払われて、すでに別の家族が住んでいました。
「どこに行ってしまったのでしょう?」
2神は貧乏神と女の子の行方を探しました。
そして、そこから離れた場所にある、ボロボロのアパートで貧乏神と女の子を見つけました。
「おい。貧乏神! どう言う事だよ!! 出てきて説明しろ!!」
女の子が眠りについた後、福の神に呼ばれ、貧乏神は人形から出てきました。
「何だ、騒々しい。ようやく彼女が寝たところなんだ。起こさないでくれ」
「起こさないじゃねーよ。どうしてこんなボロボロのアパートに住んでいるんだよ」
「俺が住めば貧乏になるのは当たり前だ」
やれやれといった様子で貧乏神は肩をすくめました。
貧乏神が住むと、貧乏になるのはこの世の中の理でした。その為か女の子の父親は友人の連帯保証人になり、全財産を失ってしまっていました。貧乏神が住み着いているので、仕事も以前ほど上手くいきません。ただし貧乏神は災いをもたらす神ではなかったので、お金はなくなってしまいましたが、健康などは問題ありませんでした。
「折角俺が裕福にしてやったのに、開き直りやがって――」
「待って下さい。私が女の子をなかなか見つけられなかったのは、女の子が私に死という救いを求めなくなったからです」
貧乏神を殴ろうとする福の神を死神は慌てて止めました。
「何だ? つまり女の子は貧乏になって、お前に救いを求めなくなったのか?」
「貧乏になってじゃない。寂しくなくなったからだ。だが、お前らが迎えに来たという事は1年経ったという事か。そろそろ人形役も潮時だな」
貧乏神はそう言って肩をすくめました。
「なんだ? 折角元気になったのにやめるのか?」
「人形は人じゃない。俺の力は何も使いはしなかったが、人形が喋って動くというだけでもあまりよくない。それに俺がこのままいたら、いつまでもこの女の子はこのボロアパートでの生活だ」
そう言って、貧乏神はいつも通り辛気臭く溜息をつきました。
「でも今お前が居なくなったら、またあの子は死神に頼るかもしれないだろ?!」
「……正直お前の後始末を何故俺がというのもある」
貧乏神がちらりと福の神を見ると、福の神がひるみました。その顔をみた貧乏神が再び深をく溜息をつきます。
「お前がそう言う顔をすると、辛気臭くてたまらない」
「お前だけには言われたくないぞ」
「まあ、まあ。こんな場所で喧嘩しないで下さいよ」
死神は再び2神の間に割って入りました。
「だが、俺は暇だ。俺が働いても誰も喜ばないからな。だから、福の神が協力するというのならば、あの子が自分の力で生きていけるようになるまで少しばかり力を貸してやる」
「分かった。俺が始めてしまった事だからな。俺の力を存分に使え」
貧乏神はもう一度女の子の部屋に降り立つと人形の中に入りました。
「おい。小雪。起きろ」
「うーん。なーに?」
むにゃむにゃと寝ぼけ眼を擦りながら、女の子は目を覚ましました。もう母親の夢を見る事はなくなり、普通に眠っていたようでした。
「実は、俺は神様から遣わされたものだ。小雪が元気になったからそろそろここから出ていく」
「……えっ?! ヤダ。冗談だよね?」
唐突過ぎる申し出に小雪は中々頭がついていかないようでした。
「生憎と冗談は苦手だ」
「行かないでよ、ヤダよ。独りにしないで」
ここしばらく泣いていなかった小雪でしたが、人形が言っている事が本当だと悟ると、再びポロポロと涙をこぼしました。
その涙を人形が拭き取ります。
「もうすぐ、隣の空き部屋に人が引っ越してくるだろう。ソイツと友達になれ。人形の友達は今日で卒業だ」
「やだよ。小雪、人の友達なんていらないから」
「駄目だ。じゃあな」
そう言って、貧乏神は泣く小雪を置いて、人形から出ていきました。貧乏神が出ていった人形はもう喋らないし、動きません。
ボロボロの動かなくなった人形を小雪は抱きしめながら、母親が亡くなった日の様に、ポロポロと大粒の涙をこぼしました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それから数十年と時が経ちました。
死神は一人の老婆に呼ばれて、その枕元に降り立ちました。
「ようやくお迎えに来てくれたのね」
老婆は、笑い皺のできた顔を綻ばせました。長年付き合ってきた友人を見つけたかのように穏やかに。
「貴方にとって、この人生は幸せでしたか?」
死神の質問に老婆は首を横に振りました。
「幸せと言う言葉だけでは語りきれないわ。いい事もあれば、悪い事もあったもの。でも、貴方がお迎えに来てくれるのがとても遅くて、それだけは良かったと思うわ」
老婆は、そう言って目を閉じながら人生を振り返りました。
「私、小さな時にとても不思議な体験をしたの。お母さんが死んでしまって泣いていたら突然人形が喋りだしたのよ。それがもう、不愛想で偉そうな人形でねぇ」
まるで、つい昨日の事のように老婆は人形の話をします。それを死神は只穏やかに聞いていました。
「だけどその人形がある日喋らなくなったの。私はとても悲しんだわ。でも人形が最後に言った通り、しばらくしたら隣の部屋に3人の住人がやって来たの。初めましてと言ってね」
そう語った老婆はお茶目に笑いました。その顔は一気に何十年も若くなったような顔でした。
「でも私はすぐに分かったわ。あの不愛想な人形は、この人だって。だから、幸せだったかどうかは言い表しにくいのだけど、寂しくはない人生だったわ。さあ、私を連れていってちょうだいな。死神さん」
そう言って差し出された老婆の手を死神は掴むと、そのまま天へ舞い上がりました。
老婆がいた場所では、再び泣き声が聞こえます。死神に救いを求める声も聞こえます。
でも死神はもう、自分の力で助けようとは思いませんでした。人は強く、何度でも人の力で立ち上がってくれると知っていましたので。