一話
「あれ……どこだここ……」
ずきずきと痛む頭を抑えながら、上半身を上げた。
「うそだろ……」
徐々に覚醒してきところで、状況把握に努めていると、分かるのは最低なことばかりだった。まず、全身裸に、薄い布が一枚申し訳ない程度にかかっている。さらにはガッチガチの都会っ子だったはずなのに、どうみてもこの家は古びた木造家屋である。
「何をしたんだ俺……」
途切れ途切れの記憶を、ゆっくりと順番に思い出していく。
「大学で、そう、旅に出る友達の送迎会とか言って、派手に飲んで……、なぜか川から飛び降りることになったんだ。アホだ、アホだ何やっているんだ俺……。そこから記憶がない、と」
痛む頭で記憶が分かってくると、少し安心が出てきた。服が無いのはおそらく川で脱げた。そして溺れているところを誰かに助けられた、といったところだろう。
「携帯に、サイフに、服に、鞄……終わった」
とそこで、扉が開かれ、10代後半に見える勝気そうな女の子が入ってきた。
「あ、助けていただいたようで、本当にありがとうございます。田所 将です」
そう言って、頭を下げるが、対する女の子の方は首をかしげ、そして口を開いた。
「XXXXXXXXXXXXXX! XXXXXXXXXXXX?」
今度はこちらが首をかしげる番であった――。
◇ ◇
聞いたこと無い言語であったが、何とか肉体言語を駆使して名前だけはお互いに理解できた。リルという名前らしい。シーツを腰に巻いて、ベットから降りようとしたら、なぜかふらついたので、リルさんに心配され、身振り手振りでベットで寝とくように言われ、おとなしくしていた。
ついでに持ってくれた木造のコップに入った水を飲んだ。
「美味い……」
果実の汁が少々入っているようで、それがとても美味しく感じる。
全身に水分が行き渡るのを感じると共に、体がけだるくなり、お言葉に甘え、ベットに横になると、実際はまだ相当疲労しているのかすぐに眠りにつけた。
◇ ◇
「XXXXXXXX! XXXXXXXXXX!」
「う、うん……?」
なんとも騒がしい声に目を開けると、ベットの横に一人の男が立っていた。ひょろっとしているが着ている服装が、豪華であり、ヨーロッパの王族の儀式帰りかなにかかい、と思うほどであった。
「えっと……誰だろ、助けてくれた人とかかな?」
と、寝ぼけながら上半身を上げると、男はいきなりアイアンクローしてきた。
「おおっ、な、なにするんだ?」
反射的に抵抗しようとしかけるが、男の隣にリルさんが居るのが見えて、大人しくしてみることにした。
「xxxx、xxxxx、xxxxxxxxxxxxxx!」
先ほどまでの言語とは又違う言葉でありながら、俳句でも吟じているように男が声を出すと、男の手が光り、猛烈な頭痛が頭を襲った。
「うぐがあああああああ!!」
男の手をはたく前に、男は手を引っ込める。が、頭痛は治まらずそのまま痛みに悶え、そして気を失った。
◇ ◇
「大丈夫ですか?」
ぼんやりした目覚めと共に、声をかけられる。目を開くと、女の子に覗き込まれるように見られており、なんだろなと思いながら意識が覚醒する。
「あ、あの男は!?」
上半身を上げ、部屋の中を見渡すが、居ないようだ。
「大丈夫ですよ。ファル様はもう帰られました」
リルはベッドの横の椅子に腰をかけながら言った。
ほっと一息つくと同時に、
「え、あ、あれ? 言葉がわかる?」
「はい、先ほどの魔術師、ファル様に頼んで魔法をかけていただきました」
「え、ん? ま、魔法?」
「はい。ファル様はお優しい方で、困っている方には無償で治療等をしてくれる素晴らしい魔術師様なのですよ」
「は、はぁ」
何が起こっているのか訳が分からず、ただひたすらに混乱していると
「体の調子が戻ったら、御礼に行きましょうね」
「は、はい……」
殺人アイアンクローをされた相手にお礼にいくというのは、お礼参りでもしてもいいのかどうかとか考えるが、リルと名乗る女の子の笑顔を見るに、本当にお礼をする必要がありそうだ。
「お体は大丈夫ですか?」
「え、うん……あれ、大丈夫、大丈夫だ」
そう言われて、体を部分部分、軽く動かしていくと全身のけだるさが消えており、立ち上がってラジオ体操でも出来そうな身軽さになっていた。
「よかったです。それで、なんですが……」
本当に心配してくれていたようで、リルさんがほっと一息ついて、その後、言いにくそうに言葉をつなげようとしたとき、開いていた扉から、色のくすんだ、使い古された服を着た体格の良い2人の男が入ってきた。よく見るとその腰には剣らしきものを携えている。
「そこからは俺等の仕事さ、あとは任せてちょうだい、リルちゃん」
「……しかし」
怪しすぎる二人の男を前に、リルさん、行かないでくれ、と念を送るが
「衛兵さん達のお仕事を取るんじゃないよ、リル」
二人の男の後ろから、今度は横に体格の良いおばちゃんがリルさんに声をかけた。勝者おばちゃん!
「……はい」
我が天使リルさんが、部屋から出て行った。そしてリルさんが座ってた椅子に男が座り、もう1人の男が後ろ手で扉を閉めた。やだ、何これ怖い。それを相手方は感じ取ったのか
「変な男が運ばれたっていうんでね、一応お仕事柄、調べに来たわけだ」
イスに座った男が気さくに声をかけてくるも、その後ろの男が
「リルさんにちょっとでも触れようもんなら殴るからな」
鼻息荒く、威圧してきた。
「は、はぁ……」
気さくな男が、熱血漢の男の足を軽く蹴り、「ちょっとお前は黙ってろ」と、小声で言った。
「それでだ、お前、山で何をしていたんだ?」
「はい? 山……ですか?」
「ん? ソロウ山の川で、全裸で、発見された、と聞いているが違うのか?」
「酒に酔って橋から落ちた、までは何とか記憶にありますが……それ以外のことはさっぱり思い出せないです」
自身の名誉のため、落ちたことにした。
気さくな男があごに手を当て、少し何かを考えてると、後ろの男が口を開いた。
「ソロウ山に、まともな橋なんて無いぞ」
気さくな男は、小さくため息をついた後、頭をくしゃくしゃと掻いて言う。
「あー、もうめんどくせえぇ、率直に聞く! お前は盗賊か何かか? それともどっかで事件が起きて巻き込まれでもしたか? どこぞの貴族様で誘拐でもされたか? さあどれだ!」
「え……と……どれでもないです」
「あぁん?」
ヤクザ、ヤクザがここに居ます。顔をしかめて、じりじりと顔を寄せてくる。猛獣との戦いは目をそらした方が負けなのだ。俺も負けじと目を……目を……無理です。そんな修羅場くぐっていません。耐え切れずさっと横に目をそらした。
「勝った」
小さく自慢げに目の前の男から発せられる。ぐぬぬ、悔しくないです。と、少し拗ねていると、ヤクザから声がかかる。
「悪さしようとして来たんじゃないんだな?」
「はい、それは勿論というか、いったいここはどこなんですか状態です」
「ここはサンラース村さ、まぁ、悪人面してないし大丈夫だろう、歓迎するぜ」
「はぁ……」
もっと30日間ぐらい恐喝されながら踏み絵も踏まえつつ、尋問でもされるのかと思いきや、あっさりと受け入れられた。何だか適当だな、と思ってると、
「おそらくお前さんは"漂流者"で間違いないだろう。たまに来るのさ」
とっても嫌な予感がしてならない。直感には自身があるが、その直感が現状を語ろうとするが、語らせてやらない。
「えっと……漂流者とは何ですか?」
「どこからともなく現れる変なやつらのことさ。……お前は運がいい方だ。楽しんで過ごしな! さっそく飯でも食おうぜ! ここの飯は美味いんだぜ!」
「は、はぁ……」
そういうと気さくな男は「酒だ、酒が飲める酒が飲めるぞー!」と歌いながら意気揚々と部屋を出て行った。もう一人の堅物はこちらをじーっと見たまま動かない。変な空気になったところで
「リルさんに手を出したら、俺、泣くからな」
と、一言告げて去って行った。これからどうなるんだ、ここどこなんだ、と思いつつ、立ち上がり、窓から外を見ると、馬車が闊歩し、鎧を来た人が魔女みたいな人と歩いてたり、髪の色が様々な人達だったりと――どうみても異世界です。ありがとうございます。
「帰れるのか俺……? 大学どうすんだ……? 送迎会は実は俺の送迎会……ってか! あー!! どうすっかな!!」
うーん、と大きく伸びをしたところで、
「黒髪、さっさと降りてこーい!! 飯食うぞー!!」
「あいよー!」
なるようにしかならないか、と鼻息大きく気合をいれて、禁酒を誓い、部屋を出る。