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四話「仕事? 遊び?(後)」





 よくよく考えてみればそうなのだ。

 潜水機に乗りたがる人間などまず居ない。理由はいくつかあるが、単純に海の中を回遊したいのであれば潜水艇を使えばよい。わざわざ乗り心地の悪い潜水機を使うことは無いのだ。否、潜水艇など使わなくとも素潜りでも海は見ることが出来る。

 窮屈な椅子。

 圧迫感ありまくりで棺桶のような操縦席。

 機器からの信号は常時視界に映り込む。

 休憩をいれようにも空間が狭いので体が休まらない。

 スラスターの音は決して静かではない。

 そんな潜水機に乗りたがる人間など存在しない。仕事以外では。



 そう思っていたのだ、つい先ほどまでは。



 しかしなんだ。なぜだ。なぜコイツは後ろの席でこの上なく楽しげなのだろうとジュリアは考えつつも、『機体の慣らし運転』という名の回遊を行っていた。

 一通り遊んで、宴会を開いて、寝て。自分達が何をしにきたのかをやっとのことで思い出すことが出来た一行は、泡食ってビーチを離れると、遺跡があるという海域に船を急がせた。

 特に急ぎの用があるわけでもない――のではなかった。妙な言い方をするとダイバーというふわふわした職業と違って、オルカなどは決まった時間に帰らないと大目玉を食らってしまう。だからのんびりしていられなかったのだ。

 目標とする遺跡は『σ1(シグマ1)』。

 遺跡に到着して、機体を準備して、さぁ潜ろうか――と、トントン拍子にはいかない。天候や体調などを考慮すればそう簡単にはいかない。

 船が到着したのは夜。機体を準備している間に太陽は完全に地平線の向こうへと退却して、ふと気がつけば星空が広がる時間になっていた。

 日が落ちてから潜るのは気が引ける。なにしろ眠気がある。

 ということで、ジュリアはダイブスーツを着たまま船の上を散歩することにした。眠いが眠れない、そんな妙なことになってしまっていたのだ。

 そこに声をかけたのはオルカだった。オルカの強い押しでなんだかんだの挙句に潜水機に乗らせることになってしまった。

 変だな、とジュリアは思った。

 ―――……私は押しに弱かったのか?



 「すごいです。いつもこんな映像をみていたなんて」

 「いつものこった」



 後部座席で子供っぽくはしゃぐオルカ。ジュリアは、いつものように機体を操っているだけだ。

 本来技術のない人物を後部座席に乗せたままで運転するのは危険なのだが、遺跡から少々離れた海でしかも浅い場所をゆったりと何をするでもなく回遊しているだけなので、あまり問題にならない。

 操縦席の壁面にならべられた旧式のモニターに映る海の映像は、気が遠くなりそうなほどに美しい。

 星空の淡いながら冷たい光が海面に差し込んで、僅かな不純物に衝突すると海底に向かって影を伸ばす。青と黒の世界に包まれ、脚部スラスターを緩く回転させる音が『殻』に届いて心地よく体を揺さぶる。

 ――深夜のデートってか。

 ジュリアは、自分でもよく分からない笑みを漏らしてみせると、装備が無くて身軽なハルキゲニアの頭部のライトを低出力で点灯した。その光を海底へと注いで覗き込んでみる。

 なにも、見えなかった。あるのは暗闇であった。



 「遠いなー……」

 「ですね。もっと潜れば見えそうですけど」

 「……あのな、体験潜水でどうして海底までいけるんだよ」

 「ジョークです」

 「嘘をつけ」

 「嘘です」

 「………オルカってこんな性格だったかな」



 行きましょうと言わんばかりに大喜びで眼を輝かせる優男風貌を片手で制する。席を立つな。酸素も、電力も、ちょっと潜るというより泳ぐ程度しか積んでいないのだ。深海になどいけるわけもない。

 深度数mをふわふわと泳ぎつつ、目的も無く泳ぎ回る。まさか潜水機で散歩ならぬ散泳するとは思っても見なかった。

 時折出現する魚やら浮遊物に関してぽつぽつと話をしつつの回遊はなんだか楽しかった。





 晴天、雲は皆無で風爽快。

 今回の潜水は共同となる。すなわち、ジュリアとクラウディア組。そしてユトとメリッサ組の同時潜航を行い、σ1遺跡を探査する。時刻は正午過ぎと決まった。



 「―――……ふぁぁ……」



 昨日、オルカとの回遊に思った以上に張り切ってしまった所為で少々眠い。ジュリアは眼をごしごしと擦りつつ、欠伸を隠すでもなく満喫した。青い空の下で欠伸とは贅沢ではないか。

 クラウディアは機体を調整中。その間、ジュリアの出番は余り無いわけで、欠伸で開いた口が閉じる前にタバコ『月光』の箱から一本出して咥え、ライターで火をつけた。

 潜らない連中は船の上で釣りに興じている。だが、余り釣れていない様だ。

 ふと眼を向こう側の船にやってみれば、ダイブスーツを着込んだユトが準備運動をしているのが見えた。その横に座ったエリアーヌと何事かを話している。兄弟にも……というよりも兄妹に見えて仕方が無かった。

 タバコが美味い。船の壁面に寄りかかったまま空を見上げれば、海鳥の一団がやかましく鳴きながら飛んでいくのが見える。南国の空気が風となりてジュリアの黒髪を揺らした。

 肺を白く染め上げるように目一杯吸い込めば、たちまちくらりくらりと頭が揺れるような感覚が広がる。ニコチンが脳細胞を犯す。体に悪いと知っていても止めように止められないのが現実だ。

 喫煙者は吸ってなんぼなのだ。



 「あ」

 「……んだよ」



 オルカが歩いてきた。その目は一瞬ジュリアの口元へ注がれ、その後顔を見て、ダイブスーツに覆われた細い肢体を見遣る。

 やれやれとオルカが顔を変えた。そして片手を伸ばし、更に歩み寄ってくる。



 「タバコを捨てて下さい」

 「だが断る。これは私のだ」

 「……全く」



 優雅にタバコを一指し指と中指で挟んで持ち上げて、オルカに見せびらかすように振って見せた。顔に降りかかるであろう紫煙は、しかし、海風が拉致していってしまった。

 何度注意しようがタバコを止められない彼女に、オルカは諦めの表情を浮かべて小さな溜息を漏らした。

 ジュリアが船の縁に腰掛けると、オルカも同じように腰掛けた。

 沈黙。沈黙。沈黙。

 二人して何も喋らない。向かい側に浮いているユトとメリッサのクルーザーを観察するだけで何もしない。エリアーヌがくしゃみをして、それにユトが反応した。実の兄貴のような行動だ。

 耐え切れなくなったジュリアは、頭髪を掻き毟るようにしながら片手を上げた。



 「なんか喋れよー」

 「すいません、話題といえば昨日の散歩のことくらいしかなくて」

 「……じゃあ感想を聞こうか」

 「そうですね――」



 オルカはジュリアに促されて、やや顔を赤らめながら人差し指を顎に置いて天空を仰ぎ見た。視線が見るのは昨日の記憶。暗い海を潜水機で散歩したこと。

 そういえば――そういえば。

 オルカの脳裏に何かが蘇ってきた。昨日などよりも遥か昔の記憶。二人で夜の散歩をしたのは昨日が初めてではなかった。いつだったろうかと追憶する間に時間は経っていく。

 上を見たまま動かなくなったオルカを、ジュリアはちょっとした悪戯で起こしてやることにした。紫煙を目一杯吸い込んで、オルカの顔面に照準を合わせる。

 スモークファイヤー。白い煙をオルカの顔面のこれでもかと吹きかければ、眼やら鼻やらに好ましくない反応が起こる。単純に言えばオルカは盛大に咽た。



 「ぐおぉ!? ごほっ、ごほッ、な、何をするんですか!」

 「オルカが黙りっぱなしなのが悪い」



 それがどうしたと言わんばかりの態度のジュリアは、タバコを携帯灰皿に押し込み、涙目なオルカの背中を強くドンドンと叩いた。オルカは我慢出来ずに海面目掛けて大きな咳を繰り返す。



 「ジュリちゃん準備出来たわよん♪」

 「ジュリちゃん言うな、ジュリアって呼べ」



 気色の悪い猫なで声でクラウディアがジュリアを呼ぶ。良く見れば、格納庫に繋がる扉が開いており、そこから青と黒を足した色の硬そうなアホ毛が飛び出しているのが見えた。ひょっとして見ていたのか。

 足音を殺して歩み寄り、アホ毛を握りしめてやろうと手を伸ばしたジュリアであったが、寸でのところで逃げられてしまった。ドアが開き、『勝った!』という表情を浮かべたクラウディアが姿を現す。豊かな胸が動きに合わせて揺れる。

 この野郎。ジュリアはクラウディアのアホ毛をとっ捕まえんと手を伸ばす。逃げられる。手を伸ばす。背を反らされて逃げられる。そんな不毛な争いを続けること三十秒強。ジュリアは負けた。



 「……その毛ってさぁ」

 「企業秘密よん♪」

 「……あー、オッケー、追求はしないことにするわ」



 前々から思っていた疑問をぶつけてみようとするが、怖気の走る怪しい笑みを浮かべ始めたクラウディアを前にしてはどうしようもなかった。背中を羽根で撫ぜられたようだった。

 おずおずとオルカが後ろから声をかけてきた。本当に心配そうな顔で、それでいて期待しているような顔だった。



 「頑張ってください」

 「勿論。ノンビリ釣りでもして待ってて」



 ジュリアはオルカにひらりと手を振って別れ、格納庫へと入る。膝を抱えるような体勢で潜水機『ハルキゲニア』が待っていた。

 入り口というべき股間の部分が開いている。二人は入り口へと歩み寄る。



 「準備は完了してる?」

 「もっちろん。お姉さんを誰と思ってるの~?」

 「クラさん……かな」

 「あ、言っておくけどその呼び方で怯むようなクラさんじゃないんだから」

 「……ちっ」



 呼び名を変えてもさ嫌がる素振りは無い。むしろ呼んで欲しいような反応が返ってきた。それは、酒屋などの顔なじみの店ではそう呼ばれているからだったりする。

 クラウディアが先に乗り込む。後ろにジュリアが続く。中に入って扉を閉鎖すると外部と完全に隔離される。

 『殻』のロックがかけられたことが表示された。クラウディアは後部座席に。ジュリアは操縦席に。メインシステム起動。電池から送り込まれる電気がハルキゲニアを呼び覚まさせる。獣の唸り声のような微かな音が操縦席に漏れてくる。

 十字のモノアイに俄かに光が宿った。

 ジュリアは、クラウディアに頼んで通信を繋いでもらった。相手は言うまでも無くユトとメリッサである。相手が気がついたようだ。二人分の映像が操縦席のモニターに投影される。

 ポニーテールの女性に、金髪眼鏡の青年。メリッサとユト。最近メキメキと名を上げてきた二人組みのダイバー。同時に友人でもある。

 頷きで準備の完了を告げ合う。



 「ハッチ開放3秒前~。2秒、1秒、どーん!」



 気の抜ける後部座席からの声にやれやれと頭を振りつつも、気合を入れるために眼を閉じて両手足に力を入れたり抜いたりをする。

二組は、ほぼ同時に海に飛び込んだ。海面に二つの大きな水音が響いた。



 『こっちの状態は良好。私達がいいもの引き上げちゃうかもね~?』



 ジュリアは、口元を引き上げて挑発的な言葉を投げかけてくるメリッサの顔をキッと睨みつけると、指を立てて左右に振ってみせた。



 「どうかな、私は今日絶好調なんだ。ということでお先」



 脚部スラスターが唸りを上げて水を吐き出し、ハルキゲニアは垂直に落ちるかのような速度で海底へと沈み始めた。

 遅れを取ったポンピリウスⅡは、見る見る内に深みに突き進むハルキゲニアを追いかける形となる。

 ダイブ中の無駄な動きは死に繋がりかねないが、今は大丈夫。まずは海底へ達し、その後海底を伝って遺跡を目指そうということらしい。

 ハルキゲニアの両肩にはいつもの武器がぶら下がっている。『とっておき』もしっかりと装備されている。抜かりは無かった。

 二組のダイバーは、先を競うように進んでいき、やがてその姿も消えた。

 二つの気泡が海面に泡を立てた。










 面倒なことになった。

 ジュリアは額に手を伸ばして汗を拭おうとしたが、全く濡れていないことに気がついた。同時に自分が案外落ち着いていることに気がつく。赤い瞳が緊張でやや細くなる。

 現在位置、σ1遺跡深度6000m地点。二人は、数時間ほどを要してやっと到着して、早速危険に見舞われていた。

 海底に街を据え付けたようなその場所。巨大な建築物が自然発生したかのような風体で立ち並ぶ、その一角。

 ソナーを使えば分かる、その多さ。優に数十を超す数のガードロボが遺跡に居て、ジュリアとクラウディアは迂闊に動けなくなっていた。遺跡のビル状建築物の陰に隠れて様子を窺っているのが現状だ。

 三連装長距離魚雷ランチャーの使用は? 否、装填まで時間が掛かる上、数十の敵を相手に出来るわけもない。

 パイルバンカーの使用は? 否、全てを捌けるわけも無く、弾数にも限りがある。

 ハルキゲニアの十字のモノアイが不安げに真上を見て、そろそろと建築物の陰に身を隠した。遺跡が複雑に入り組んでおり、ゴミのようなものが大量に廃棄されていたというのは不幸中の幸いであった。潜水機の隠れる隙間が豊富にあったのだ。

 遺跡の構造はまるで街のよう。SFモノで良くある『水没都市』を彷彿とさせる。

 ジュリアは、いつまでたっても機会を見出せないことと、ニコチンが不足してきたことに苛立ちを隠せず、大きな溜息を漏らした。



 「……吸いたい」

 「だぁ~め」

 「ちっ」



 タバコを求めるであろうことを予想済みだったクラウディア。ジュリアが溜息を漏らすと、キーボードから指を離し、拒否する。操縦席で吸われたら冗談ではなく燻製になりかねないのだ。

 舌打ちをしたジュリアは、ソナーからもたらされる情報にざっと眼を通す。遺跡にはこれでもかとガードロボが居る。建築物の上方を魚群のようにうろうろしているだけだが、迂闊に動けば発見されて撃沈がオチだ。のん気に泳いでいるように見えて、獲物を探して牙を研いでいるのだ。

 クラウディアの軽快な作業音をBGMに、機体を身じろぎさせる。両手に握った武器は極めて良好だが、動けない。

 実のところジュリアは戦闘が得意ではなかったりする。下手と言えば違う。彼女の空間把握能力や体力は常人よりも高い値を示す。ただ生まれ持った才能が無かっただけ。彼女はそれを努力で埋めた。

 ジュリアは後部座席の相棒に声をかけた。



 「さーて、どう思う?」

 「そーねぇ………ぶっちゃけ無理じゃない? 私、あの量の相手に立ち向かえるほど無敵超人じゃないわよ~?」



 あっけからんと答える相棒。何とかしようにもなんともならない状況は悔しくて堪らないジュリア。クラウディアは、何が楽しいのか笑みを浮かべたまま口笛などを吹いている。

 真上を蛸のような形状のガードロボが通過した。二人が居る場所には気がついていない様子。

 ハルキゲニアの腕が魚雷ランチャーを掲げて上に銃口を向ける。狙いをつけて、……撃たない。撃てば場所が発覚してしまうからである。操縦者の意向を汲み取ったわけではあるまいが、悔しそうな動きで腕を戻した。

 ジュリアは黒髪を掻き揚げて椅子に体重を預けるとゼリー飲料のパックを取り出してちまちまと飲み始めた。体は糖分を欲していたらしい。吸い取る速度は瞬く間に増していき、数分とかからず中身を胃に収めてしまう。



 「アイツらに先越されちゃうよなぁ……」

 「アツアツ新婚カップルのお二人さんよりいいモノを引き上げればいいんじゃないの?」



 誰に言うでもなくジュリアが呟けば、画面に視線を置いたままのクラウディアが言葉を返す。

 ジュリアの赤い瞳が後部座席の方に向く。



 「それもそうだけど、動けなきゃ引き上げる引き上げない以前の問題じゃないかー。なんでこんなにウジャウジャいるんだか」

 「ジュリ、挨拶しにいく? 魚雷でドーンと……」

 「ジュリ言うな。さっき自分は無敵超人じゃないとかなんとか言ってたのに、意見を変えるなよ」

 「お姉さんは死なないもん」

 「なんだそりゃ………頂き痛たた!?」



 クラウディアのゼリー飲料入りのパックを強奪せんとしたジュリアであったが、何かで手を刺されて悶絶して呻き声を上げ涙目になる羽目になった。パックは落ちた。手の甲を見てみれば、確かに何らかの硬質な物体に突かれたあとがある。

 はて、変な話だ。食料を入れる場所は前の座席と後ろの座席の中間の壁面にある。そこに手を伸ばし、戸を開けて、パックを掴んだ段階ではクラウディアは行動を起こしていない。ということは手を戻す時に刺されたのか。

 クラウディアはふんふんと鼻歌を継続させたまま画面を見ているだけ。変化と言えばみょんみょんと揺れ動くアホ毛のみ。針金か何かを内部に通して動かしているとでもいうのか?

 ……アホ毛のみ。

 ……アホ毛、のみ……。



 「………」



 突っ込まないぞ私は絶対に突っ込まないんだからな。

 指で摘みたい衝動を堪え、首を強制的に前に向ける。長時間座りっぱなしだった影響で首がこきこきと音を立てた。ストレッチのように首を回し、眼を閉じて背もたれに体重を預ける。

 緊張の間に生まれた暇をいつまでも貪っているわけにもいかないので、状況を打破すべく頭を総動員させた。

 遺跡の建築物に隠れていれば発見されないし、安全だ。電池の容量も十分。行動を起こすのに支障があるとすればガードロボの数。数の暴力は時に全てを覆すのだ。

 ちらりと『ユトとメリッサに通信を入れて助けてもらう』との案が浮かんだが、瞬時に却下した。

 通信を入れたら感づかれるかもしれないし、何より競争相手に助けて貰うなど間抜けの極みでしかない。

 ならば、これしかない。




 「クラウディア、バレないように」

 「りょーかい」



 スラスター回転開始、微弱。地面が豆腐で出来ているような弱さで一歩目を踏み出し、二歩目で水中に舞い上がる。遺跡に降り積もっていた砂が水中に四散する。

 ソナーを低出力、かつ指向性を持たせて起動。衝突しないよう、慎重に機体を進ませる。

 建築物の壁面に肩が擦るほど接近して、じれったくなる速度で進み、曲がり角に飛び込んでガードロボの居る上方に一瞬だけライトをつけた。

 一機たりともハルキゲニアの動きに気がついているのは居ない様子。

 ジュリアがホッと溜息をつき、クラウディアも緊張を緩ませる。



 「意外と鈍くてよかった」

 「ばばーんと行っちゃいましょうよー、きっと大丈夫よ」

 「その根拠の無い自信はどこから来るんだかね」

 「決まってるじゃない、勘よ。女の勘。受信しちゃった、みたいな」

 「私も女なんだよね~。ほとんど男じゃんって言いたいなら仕事終わったあとで海に突き落としてやる」

 「残念。水泳は得意なの♪」

 「……ちっ」



 会話が弾むのは順調な証拠。

 ジュリアの操作するまま、ハルキゲニアは建築物の隙間を縫うようにして泳いでいく。

 その油断が、彼女の操作を誤らせた。知らぬ間に上昇していたスラスターの出力。機体は速度を増しており――眼前には、円筒状の障害物があって。



 「ヤバッ!」



 背面部水中可変翼作動。各部スラスター全開。姿勢制御、減速、右方向への離脱。

 ぐんっ、と体が揺さぶられ、回避しきれなかった機体の肩が地面から生えていた電柱を巨大化させたような障害物に擦った。遺跡のモノにしては脆かったのか、半ばからへし折れて地面に落ちる。

 水中に鈍い音が広がった。

 そして分かった。機器を使うまでも無い。無機質で冷たい機械群の殺気を感じた。今の音で気が付かれたようだった。

 ジュリアの大声が操縦席に響く。



 「ドジっ子属性?」

 「バカなこと言ってないで仕事しろッ!」



 首を傾げ人差し指を口元に触れてジュリアには理解不能な言葉を発するクラウディア。余裕があるように見えるが決してそうではないことが、額に汗が滲んでいることから分かるだろうか。

 小型、中型、それらがごっちゃになったガードロボの群れが俄かに活気付くや、ハルキゲニアの方向に向かって津波の如くどっと押し寄せてきたのが見える。全身のセンサーとライトを全開にしたから、嫌でも見えてしまった。

 先頭は、マグロを機械化したような形状のガードロボ。

 脚部スラスター全開。背面部スラスターを起動し、全推力を使用して遺跡の建築物の隙間を高速で通り抜ける。

 右へ、左へ。武器を握った手やスラスターを駆使しての逃走劇。壁面を蹴るように足を動かし、体勢が不安定になるのも構わずに機体を一回転させるや、今来た方向に逆戻り。

 同時に三連魚雷ランチャーを真上に構えると、小さいレバースイッチをかちりといわせながら倒して安全装置を解除。メインモニターに『発射可能』の文字が点灯。武装の状態が詳しく表示される。



 「まったくッ!!」



 三連射。正面、上方から襲い来るガードロボの一団に向けて発射。

 大型魚雷の軌道はクラウディアによって決定された。特定の相手を狙うのではなく、大体合わせての攻撃となる。一体一体を潰すことなど、不可能に近いのだ。

 魚雷三発が機敏で滑らかな動きでガードロボの一団に飛び込むや、信管が作動、深海に巨大な爆発の華を咲かせた。衝撃が海水を伝播してハルキゲニアを揺らし、徐々に広がって。

 どのぐらい敵を撃破したかを確認している暇は無かった。爆発で生まれた大閃光を背後に、可変翼を背負った背負った機体が建築物の間を駆け抜ける。

 乱雑に配置したような建築物を、右、左。突き出した鉄骨のようなものを蹴っ飛ばして、スラスターの回転を限界にまで上げて、かっ飛ぶ。轟と水が揺れた。



 「お客が多くて困るわね~!」

 「笑ってんなよ! 戦闘狂じゃあるまいし!」



 三発の魚雷が作り出した爆発という眼くらましはしかし、数十という数の敵を欺くには些か威力が足りなかった。破壊されてバラけた数体を構わずにイワシの群れのような集合体を彷彿とさせる圧力として襲い来る。個々のモノアイが行進をしているように見えた。

 ここでジュリアは『取っておき』を使うことにした。

 他の武装とは別の場所にある発射用の引き金に指をかけ、二度指を引く。

 ハルキゲニアの一部、戦車の煙幕弾発射管の蓋が開き、『ソレ』を後方に二つ発射した。

 それは揺れながら沈み、ガードロボが近づくと爆発した。膨大な量の閃光を振りまきながら高温の煙幕を噴出し、特殊な音波を流す。

 これぞ二人の取っておき――熱音波煙幕弾。

 煙幕により視界を遮り、高温の液体で熱源誘導を妨害し、音波によりソナーを阻害する。無論安くは無い。一発ごとに財布が軽くなっていくほど高価なシロモノで、手作り故に量産も出来ないが、効果は絶大である。

 熱音波煙幕弾がガードロボの群れの目を奪い取る。その隙に二人の乗った機体は遺跡の奥へと消え、内部に潜入することに成功した。

 眼くらましが消えた頃には侵入者の姿を見つけることは出来なくて、ガードロボはうろうろするばかりであった。










 プラズマカッターで溶かし切った部分に機体を入れると、接触しないように慎重に壁の向こう側へと。

 潜水機がぎりぎり通れるか通れないかという狭い通路や空間で構成されたσ1内部は、規模は街のように大きいはずなのに、図書館の本棚の間を歩くような圧迫してくる感覚があった。

 上下左右を鈍い色の壁に囲まれ、衝突しないように慎重にスラスターや可変翼を使って機体を操る。広い場所ではない故に神経が磨り減るような錯覚を覚える。

 ジュリアは、倦怠感と疲労感に負けないように頭を振り、頭部ライトで正面を照らした。行き止まりらしい。見た限りでは右にも左にも道が開けていない。内部に入ってからはこんなことが何度も続いている。

 時間はたっぷりあっても、無い。潜航の余力はあるのだが、オルカなどの連中の都合が許してくれない。



 「……なぁ、……何も引き上げられなかったらどうしようか」

 「その時はその時で良いんじゃないの? 無事に帰ることもダイバーの誇りだもの。無理して死んじゃったら、それこそバカップルに見せる顔がないもんね」



 へたすれば子守唄に聞こえる鼻歌を歌っているクラウディア。問いかけ指を止めて答えれば、腰を浮かしてジュリアの黒髪を撫でる。慌てたジュリアは頭を前に傾けて回避した。



 「……私は子供じゃないんだけどさ」

 「お姉さんから見たら子供よん。小さいし、可愛いし♪」

 「小さいっていうのは、ナニについて言っているんだ?」



 ムッとして眉に皺を寄せるジュリア。クラウディアは、『なんのことやら』と言わんばかりにキーボードに向かうと、もごもごと小唄を歌い始めた。かちゃかちゃと音が響く。



 「とぅーとぅーとぅーとぅとぅー♪」

 「無視かよ」



 ハルキゲニアに通路を後退させて、元来た十字路で止まると、右へと曲がる。魚雷ランチャーは持っておらず、ランス型パイルバンカーを構えた状態。長距離魚雷はいかんせん威力が高すぎて、狭い場所での使用は自分にも害をなす可能性があるのだ。

 十字路を右に進んでいくと、また突き当たりにぶつかってしまった。ジュリアは機器を壁に押し当てて向こう側に何かないかを確かめようとする。



 「お?」

 「反応ありね。ちゃちゃっと調べちゃってジュリちゃん」

 「ジュリ言うな」



 クラウディアの弾んだ声に頷いてみせ、プラズマカッターを押し当てて切断しようと試みる。だが、出力を限界に高めても一向に溶ける気配が無い。気泡こそ上がるというのに、全く切れない。

 苛立ちを隠せずに指を上下に振ってしまう。画面の向こうのプラズマカッターの光を睨んだまま数十分が経過した。



 「……だめか」



 溜息を一つ漏らし、十字路へと戻る。出力不足か、それとも壁が頑丈だっただけかは定かではないが、奥に進むことは出来なかった。新しい道を探すしかあるまい。

 そこでクラウディアが口を開く。



 「そろそろ戻らないと約束の時間に間に合わないかも。残念だけど」

 「………んー……分かった。吸ってもいいかな?」

 「ダメ」

 「ケチめ」



 さりげなく尋ねてみるが、一秒と掛からずに拒否されてしまう。

 二人は、どことなく悔しそうな様子を浮かべて地上に戻ろうと機体を反転させた。







 結局、なんの収穫も得られないままに二人のダイブは終了し、遺跡からある程度のモノを引き上げてきたユトとメリッサ組に敗北してしまったという。

 それもいい経験にはなったようだが。

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