第一夜/後編
「あの男、あの世で幸せになれるかしら。」
少女は一人、部屋の窓から月を眺めながら呟き、水の入ったコップを口へと運ぶ。もちろん月からの返事などあるはずもなく、しーんと静まり返ったまま、時を刻む秒針の音だけが響いていた。
「幸せになれるかどうかは、その男次第だね。」
不意に後ろから男の声が聞こえた。少女は振り向きもせず、ただ月を眺めたままだった。
「情でも湧いちゃった?」
ニコッと笑う男は、あどけなさをも感じるほどだ。しかし、少女からの返答が無いことを気にかけたのか、不安そうな表情を浮かべながら少女に近づいていき、そっと後ろから抱きしめる。そこに恋愛感情があるわけではない。
「私、初めて見ましたわ。」
何を、と男が聞くよりも早く少女が口を開いた。少女は月を眺める視線を外そうとはせず、
「笑って逝った人間。死ぬってわかってたはずなのに、あの男は笑顔でしたの。死とは…人間にとって恐怖のはず…。あの男は、怖くなかったのかしら?」
少女の表情は寂しげにも見え、どこか微笑んでいるようにも見えた。男は素早く頭の中で思考を巡らす。男のほうにも、笑って逝った男のことが気になってはいた。だが、他人の気持ちなど到底わかるはずもなく、考えるのをやめた。
「気が狂っちゃったとか」
男は、簡潔に意見を述べてみる。しばらく沈黙したあと少女は、そうかもしれませんわね、とだけ応えた。
〜*〜*〜*〜*〜*〜
【光夜蝶にて】
光る夜の蝶が舞う。あたしの様に、美しく儚げに。一羽の蝶が、あたしの指に止まる。羽を休めるその姿は今にも消えてしまいそうなほど幻想的で。
「光夜蝶…この街がそう呼ばれるようになったのは、お前たちのせいなのね。」
そんなあたしも、この蝶と契約を結んで、制限時間に支配される運命となった人間の一人。
「うふふっ、時間切れまで楽しませて頂戴?」