世界に色が足された日
世界に色が足された日?
抽象的すぎて、逆に気になる。
色が足される。
減るんじゃなくて、足される。
増えるのか。
何が?
「なんでそんな事になるのかな?」
思ったより、真面目な声が出た。
少女は少しだけ視線を逸らす。
「その理由はね……教えてもらってないの」
また、間を埋める様に風が吹く。
彼女の髪が頬にかかる。
「ただ、『外出には気をつけなさい』ってだけ」
「えっ、そんなの、意味深すぎるだろ……」
「んふふ、でしょ?」
くすっと笑う。
でも、その笑いは軽くない。
僕は空を見上げる。
色が足される日を考えてみる。
それって何だ。
夕焼けみたいに、単純にオレンジ色や赤が混ざることか?
いや、彼女の言い方はなんか違う。
もっと、全体の話だ。
「色ってさ」
ゆう
僕は少し考えながら言う。
「天気のこと?」
少女は首を横に振る。
「天気も入ってるけど、それだけじゃない」
彼女は海を指差す。
「満ちる日と、引く日があるでしょ」
潮の満ち引き。
確かに。
今は、穏やかな満ち方をしている。
波は強くない。
「凪の日もあるし、荒れる日もある」
少女の声は、海に重なる。
「風が全部持っていく日もあるし、何も動かない日もある」
凪。
荒れ。
止まる。
動く。
「人も同じ」
少女は静かに言う。
「怒りが大きくなる日がある」
会社の会議室が、頭に浮かぶ。
怒鳴り声。
机を叩く音。
「悲しみが、街の空気を重くする日もある」
ニュースで見た事故や、事件。
画面越しでも伝わる、沈んだ空気。
「誰か一人の色じゃなくて、たくさんの色が一気に増える日」
色が、増える。
怒りの赤。
悲しみの灰色。
焦りの黄色。
恐れの黒。
全部が、世界に足される。
「そういう日はね」
少女は、足元の砂を見つめる。
「世界が濃くなる」
「濃く?」
「うん。重くなる」
その言葉は、妙にしっくりきた。
重い日。
確かにある。
理由は説明できないけど、朝から空気が重い日。
電車の中が、妙に静まり返っている日。
誰もが、何かを抱えているような日。
「逆にね」
少女は顔を上げる。
「色が足されるけど、整う日もある」
「整う?」
「うん」
海を見る。
波は穏やかだ。
光は丸い。
風は優しい。
「怒りも悲しみもあるけど、それがちゃんと分かれてる日」
「分かれてる……」
「混ざらないの」
混ざらない。
ぐちゃぐちゃにならない。
「そういう日を、あたしは“色が足された日”って呼んでる」
「足されたのに、軽いのか?」
「うん」
少女は頷く。
「増えるけど、暴れない」
増えるけど、暴れない。
海もそうだ。
満ちるけど、荒れない日がある。
雲が増えるけど、嵐にならない日がある。
「外出できない日は?」
僕は静かに聞く。
「色が暴れる日」
短い答え。
「怒りが止まらない日」
「悲しみが重なりすぎる日」
「誰かの絶望が、風に混ざる日」
少女の声が、少しだけ低くなる。
「そういう日はね、外に出ると、あたしは飲まれる」
飲まれる。
波に?
色に?
空気に?
彼女の言葉は抽象的だ。
でも。
否定できない。
僕だってある。
理由もなく、全部が重く感じる日。
空が低い日。
息が浅くなる日。
「今日は?」
僕は彼女の瞳を真っ直ぐ見ながら、聞いてみる。。
少女はすぅーと空を見上げる。
青の奥に金色が滲んでいるのを確認したかの様に。
「今日はね」
彼女は小さく笑う。
「色がちょっと増えてる」
「色が増えてる?」
「でも、暴れてないよね」
風が、僕のネクタイを揺らす。
波が、一定に呼吸する。
「だから……外出できる」
少女は、くるくるした瞳でこちらを真っ直ぐ見返す。
「今日の世界は、生き物みたいにちゃんと息してる」
生き物。
海も。
空も。
風も。
街も。
そして人も。
僕は、胸の奥で小さく頷く。
抽象的だ。
理屈も証明もない。
でも。
今日が、少しだけ“軽い日”だということは、確かに感じている。
世界に色が足された日。
それは、色が増えたことを感じられる日なのかもしれない。
そして僕は、いつの間にか、その定義を否定しなくなっていた。
「でもさ」
その会話の続きを待ち望んでいる僕がいた。




