表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

心の風通し

 広がる砂浜は、端から端までやけに美しく見えた。

 波打ち際から防波堤の向こうまで、視界をゆっくりなぞる。


 普通なら、どこかにあるはずだ。


 流木。

 コンビニ袋。

 ペットボトル。

 誰かが無造作に残した焚き火の跡。


 焦げた砂の黒ずみや、半分埋まった空き缶。


 そういう“現実”が、だいたい一つや二つは転がっているものだ。


 でも……。

 ない。


 妙に、整っている様に感じる。


 人工的に片付けられた感じとも違う。


 ただ、最初からそこに余計なものが存在しなかったみたいに、ただ砂だけがずっと続いている。


 普段通りの波が、いつもの様に寄せては返し、荒れた表面をずっと均している。


「……あのぉ」


「ん?」


 少女は膝を抱えたまま、僕を見る。


「ゴミ、ないね」


「ゴミ?」


「流木とか、ペットボトルとか、焚き火の跡とか」


 少女はきょとんとする。

 くるくるした瞳が、砂浜を見渡す。


「ほんとだ」


「普通、もう少しある感じだけど」


「うーん、ある日もあるよ」


「今日はない、のかな」


「うん」


 風が、さらりと砂を撫でる。

 波が静かに線を引き直す。


「……なんでだ?」


 少女は少しだけ考える素振りを見せる。

 顎に指を当て、空を見る。


「今日は、音が静かだからかな」


「音とゴミに何の関係がある?」


「あるよ」


 あっさり言う。


「ざわざわした日は、たくさん残ってる」


「何が」


「人の跡」


 人の跡。

 言い方が曖昧だ。


「じゃあさ、静かな日は、消えるの?」


「うん」


 少女は砂に手を伸ばし、軽く払う。


 さらさらと粒が流れる。


「今日は、風がちゃんと戻してくれる日」


「戻す?」


「うん。余計なものを、元の場所に」


 海に?

 空に?


 どこに戻すのかは分からない。

 でも。

 言われてみれば、今日の砂浜はやけに“整って”いる。


 作為的ではなく、自然に。

 僕はふと思いついて、口に出した。


「外出って……ゴミ拾いだったりする?」


 一瞬の沈黙。


 少女はぽかんとしたあと――

 吹き出した。


「何それ?」


 腹を抱えるみたいに笑う。


「いや、だってさ」


 笑いは収まる気配がない。


「外出=清掃活動って言ってるよね?」


「うん。違うの?」


 少女はくすくす笑いながら首を振る。


「そんな地味なヒーローみたいなことしてないよ」


「じゃあ誰が片付けたんだろう?」


「片付いてない日もあるよ」


「今日は綺麗だ」


「今日は、余計なものが目立たないだけ」


「目立たない?」


「うん」


 少女は僕の目をじっと見る。


「今、あんたが見てるのは、静かな方だから」


 言われて、もう一度砂浜を見る。

 確かに。

 さっきから僕は、ゴミを探している。


 “あるはずのもの”を。

 でも見つからない。


 もしかしたら、どこかに小さな破片はあるのかもしれない。


 ただ、今はそれよりも、波の線や、光の揺れの方が目に入る。


「……そうだよね」


 僕は苦笑する。


「ゴミ拾いだったら、ずいぶん神秘的な活動だ」


「ねぇ」


「ん?」


「外出はね」


 少女は真面目な顔になる。


「拾うんじゃなくて、見つけるの」


「何を」


「いらないものと、残したいもの」


 風が少し強くなる。

 砂が細かく舞う。

 光が波間で揺れる。


「今日のあんたは、さ」


「うん」


「いらない音、ちょっと減った」


 胸の奥が、わずかに震える。


「全部なくなったわけじゃないけど」


「うん」


「今は、静かな方が見えてる」


 砂浜は相変わらず美しい。

 でも、急に“完璧”ではない気もしてくる。


 よく見れば、小さな貝殻の欠片や、流木の細い枝がある。

 ただ、それが汚れには見えない。

 景色の一部だ。


「外出ってさ」


 僕はもう一度聞く。


「自分のゴミ拾い、みたいなものか?」


 少女は少しだけ笑う。


「それはちょっと近いかも」


「近いのかよ!」


「でも拾わないよ」


「じゃあどうする」


「置いてく」


 あっさり言う。


「波が持ってく」


 海を見る。


 ざあ……ざあ……


 僕のスマホは、もうどこかへ運ばれているだろう。

 あれも、置いてきたものだ。


 少女は砂を握って、ぱっと放す。

 粒が風に散る。


「今日は、置いていく日」


 そう言って、くるくるした瞳で僕を見る。


「ゴミ拾いじゃなくて、ゴミ置き場でもなくて」


「じゃあ何かな?」


 少女は少しだけ考えてから、笑った。


「風通し」


 その言葉が、妙にしっくりくる。


 僕はもう一度砂浜を見る。

 端まで続く、静かな白。

 完璧じゃない。

 でも、今は美しい。


 そして僕は、さっきよりも少しだけ、この場所に興味を持っている自分に気づいた。


 少女はもう一度念を押すように、はっきりと口に出した。


 「心にね、風を通すの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ