表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と砂浜と不思議な少女のお話  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/16

君がくれたもの

 君がくれたもの。


 それが何だったのか、考えていた。


 仕事をしながらも。

 謝罪をしながらも。

 電車に揺られながらも。


 パソコンの画面に映る数字を追いながらも、頭のどこかで、あの砂浜の光がちらつく。


 安心。


 気の持ち方。


 ……いや、そんな単純な言葉じゃない。


 もっと曖昧で。

 でも、とても大切なもの。


 自分に、自分で許可を出すこと。

 それを、あの少女はさらりと言った。


 “今日だけ休んでいい日って、自分で決めていいんだよ。”


 難しいのか、簡単なのか。

 まだ分からない。

 正直、うまくできる気がしない。


 許可を出した瞬間、どこかで誰かに叱られる気がする。


 甘えるな、と。

 逃げるな、と。

 社会人だろ、と。


 見えない誰かの声が、勝手に脳内で再生される。


 でも。


 あの砂浜は特別だった。


 あの空間。

 あの時。


 僕は世界に、自分自身に許されている気がした。


 何も証明しなくていい時間。

 何も背負わなくていい場所。

 ただ、呼吸しているだけでよかった。


 少女に許されたのは、砂浜の一時利用だけだったけど。


「今日は、私の」


 そう言われたことを思い出して、少し笑えてくる。

 占有権は彼女にあったらしい。


 僕はただの一時滞在者だ。

 それでも。

 あのバケツの海水に、僕の災難は全部流されたのかもしれない。


 ばしゃっ、と。


 冷たくて、塩辛くて、容赦のない一撃。

 あれは清めだったのか。

 それともただの悪戯か。

 どちらでもいい。


 幸い、スマホもなんとかなった。


 分解して乾かし、乾燥剤に埋め、祈るように電源ボタンを押した。


 一瞬の沈黙のあと、画面がうっすらと光ったときは、本気で安堵した。


 画面には未読の山。

 現実は、ちゃんと待っていた。


 全てが上手く行ったとは言い難い。

 顧客への謝罪行脚はまだ半分だ。


 数字はすぐには戻らない。

 信用も、一瞬では回復しない。


 でも。


 叱られることは、ほとんど無かった。

 それどころか。


「何で早く言ってくれなかったんだ」


 という、少しだけ怒った声。

 でも、その奥には心配があった。


「無理するなよ」


 そんな言葉もあった。


 背中を軽く叩かれる感触。

 あれは責める手じゃなかった。

 嬉しいお叱り。


 そんな種類の叱責が、この世界にあることを、僕は忘れていた。


 優しい世界を作っているのは、世界の色なのかもしれない。


 怒りもある。

 焦りもある。

 失望も、競争もある。


 でも。


 整う日もある。

 混ざらない日もある。

 今日の空気は、少しだけ軽い。


 夕食時の電車の中。

 吊り革を握る手は、あの日と同じ。


 でも、握り方が違う。

 指に、余計な力が入っていない。


 以前は、無意識に強く握りしめていた。

 揺れに耐えるためだけじゃない。

 どこかで、自分を支えるために。


 窓の外を見る。


 街の灯りが流れていく。


 ビルの明かり。

 コンビニの看板。

 赤信号で止まる車列。


 全部が、ただそこにある。

 ざわざわとした車内の音も、今日は刺さらない。


 誰かの笑い声も、通話の声も、アナウンスも。

 少しだけ、丸い。


 ふと、思う。


 あの少女は、今どこにいるんだろう。


 “外出”の許されない日を、どんな風に過ごしているのか。


 世界の音が大きすぎる日を、どうやってやり過ごしているのか。


 また風が変わる日は来るだろうか。

 世界に色が足される日は。


 僕は、窓に映る自分の顔を見る。

 蛍光灯に照らされた顔。

 目の下の疲れはまだ残っている。


 でも。


 少しだけ、柔らかい。


「……また行くか」


 小さく呟く。


 呼ばれなくても。

 許可がなくても。


 今度は、自分で決めていい。

 今日だけ。


 いや。


 “外出”の日を。


 自分で作ってもいいのかもしれない。


 電車が次の駅に滑り込む。

 減速する振動が足元から伝わる。


 扉が開く。

 外気が、ほんの少しだけ入り込んだ。


 あの砂浜の匂いではない。

 排気ガスとアスファルトの匂い。


 でも。

 どこか、似ていた。

 風が通る、という意味で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ