第四話 病院の病室で
メリッサが、病室のベッドで目を覚ましたのは、魔法勝ち抜き戦から三日後のことだった。全身に包帯が巻かれていて、身動きが取れない。
点滴を交換しに来た看護婦さんが言うには、一カ月の入院だと教えられた。既に入院費と治療代は、カンタルス辺境大公から支払いがあったらしい。
(まさか、あのシリウスのお父さんから治療費を頂くなんて……でも、いいか。怪我させたのはアイツだしね)
翌日、特進クラス担任のハンス先生がお見舞いに来てくれた。
「メリッサ、体は痛むか?」
「少しだけ……。でも、何とか大丈夫です」
ハンス先生は、近くの椅子に座った。私を見るなり、苦々しい表情をしている。
「済まなかったな。今回の事故は俺の責任だ……」
ハンス先生が頭を下げる。
「いいえ、先生は悪くありません。ただ、互いに降参したくなくて、意地になっていただけです」
「シリウスの奴が魔力暴走を起こしかけた時、俺たちは魔力を吸収する結界を張ったのだが、俺の結界が耐えきれなかった。アイツの魔力を完全に見誤った」
「まさか、アイツも怪我を?」
「シリウスの奴は、お前の植物の両手で包まれていたから、かすり傷程度だ。だがな、お前がこの程度で済んだのは、あの強靭なガジュマルの木が暴走した魔力を吸収したからなんだ。あれがなければ、お前は今頃即死だった」
その言葉を聞いて、背すじがゾッとした。あの時、あの瞬間。私は死と隣り合わせだったんだ。
「あのガジュマルの木があそこまで巨大化するなんて思っても見なかったよ。今も、魔導演習場のど真ん中に鎮座してるぞ」
「本来なら私の魔力が消えると、複製植物も消えるのですが……」
「まだ、シリウスの馬鹿みたいな魔力があの木の中に残っているのだろうな。全く」
「たぶんその魔力が抜けたら、そのうち自然と消えるかもしれません」
ハンス先生はため息をつき、後頭部を掻いた。
「はぁ〜。しばらくは、演習場は使えんな」
「……すみません」
「いや、お前の植物のお陰で二人の命は助かったんだ。逆に感謝したいぐらいだ。俺と副担任は、学園長からこっ酷く叱られたがな。監督不行き届きとして……」
(うぁ〜。……先生、給料減らされた?)
ハンズ先生は、指でおでこを掻きながら言いにくそうに呟く。
「それよりもだ。……お前、今回の学園最後のテストは受けられない。すまん」
「……そうですか。そうですよね。テストまで十日後ですものね。一カ月も入院なら、仕方ないですよね」
「お前、ずっと頑張っていたのにな」
「……結局シリウスの言っていた通り、一位にはなれませんでした」
「アイツの言うことは気にするな。努力した分はちゃんと将来に生かされるのだから」
先生の言葉にメリッサの気持ちが少し和らいだ。
「……でも、考えなくちゃいけないのは、残り三カ月の授業料の支払いですよ。私、払える気がしない」
「……」
「……そこは、俺が何とか考えよう。だから今は、治すことに専念しろよ」
そう言うと、ハンス先生は帰っていった。
❇❇❇❇
入院中は、シリウスから毎日お見舞いの品が届いていたが、メリッサは全て受け取りを拒否した。あまり、シリウスのことを考えたくないというのが本音だ。
あちらこちらに包帯を巻かれ、身動きの取れないメリッサが、深いため息をついていると、ノックをする音が聞こえた。
勝手にドアが開くと、そこにはスタイルの良い男が病室へ入ってきた。見たことのない男性。
ライトベージュの帽子を深く被り、合わせたような上質なコートとパンツ姿。清潔感のあるオフホワイトのシャツ。ボタニカル模様が刺繍された透け感のあるショールを緩く巻いている。
「あの……どちら様ですか?」
その男は動揺したが、革の手袋を外しながら、笑顔で私に近づいた。
「僕だよ、ゼフィロスだよ」
(ゼフィロス?あのゼフィロス以外に同じ名前の人がいたっけ?)
「すみません。どちらのゼフィロス様ですか?」
「えっ、まだ気づかない?同じクラスのゼフィロスだよ。声で分からないかな?」
その男は帽子を外した。
「!!!」
分かるはずもない。容姿が全然違うのだから。変わらないのは髪の長さと背丈と声だけで、髪の色は私と同じ若草色。長い前髪をかき上げると、恐ろしく美しい。若草色の上品な眉毛に長いまつ毛。目は綺麗な切れ長の二重で、瞳は金色に輝いている。優美な鼻筋に、引き締まった唇。シミ一つない瑞々しい肌。
以前と容姿が違いすぎる。神秘の森から来た麗人のようだ。
「わっ、私と同じ髪色!?」
「今まで、ずっとこの容姿を隠していてごめんなさい。僕は今までこの容姿を隠すために、目立たないように過ごしてきたんだ。だから、君がクラスメイトのロイド卿や令嬢達から中傷を受けている時でも、僕はずっと自分の保身を優先して、君を見ないふりをしていた」
はじめはメリッサも思っていた。友達なら少しぐらい声をかけて欲しいと。
でも、私がゼフィロスに声をかけないことで、逆に彼を守っていると思えば、無視されることは何でもなかった。
「今までの僕の非礼な態度を許して欲しくて……。あの試合で君が倒れた時、癒しの君が死んでしまうのではないかと、気が気でならなかった。今日は元気な姿を見れて、少しほっとしたよ」
唯一の友人であるゼフィロスが美男子だったと知り、メリッサの心が少し浮き立った。
顔はだいぶ違うけど、そこに立っているのは紛れもない、いつものゼフィロスだ。優しくて、好奇心が旺盛で、研究熱心なゼフィロス……。でも……。
目の前に突きつけられた現実を考えると心がギュッと痛くなる。
「……もう、試験は受けられないし、特待生じゃなくなるの。今まで成績が二位だったから授業料が無料だったけど、今はそうじゃない。もう、退院したら、すぐ退学だよ。だって、サージス魔法学園の授業料は高すぎて、平民には払えないもの!!」
「メリッサ……」
「せっかく四年間頑張ってきたのに、卒業できないなんて……うっ、ううっ、……うううっ」
メリッサは下唇を噛み締め、強く瞼を閉じた。こぼれ落ちる涙を拭いたくても、拭えない。包帯で固定された両手にもどかしさを感じる。
そんな手にゼフィロスはそっと触れる。
「あぁ、メリッサ、泣かないで。授業料のことなんて気にしなくていいから。僕が何とかするよ。だから君は何も心配をしないで。体を回復させることだけに集中するんだ」
涙と鼻水でびしょびしょになった顔でじっと彼を見つめた。ゼフィロスは、ポケットからハンカチを取り出し、メリッサの顔を丁寧に拭いてくれた。
「ゼフィロス……。なんでそこまでしてくれるの?そんな義理もないのに……」
「……。僕が君を好きだからだよ」
その言葉に、メリッサの動きが一瞬止まった。耳がおかしくなったのか?
「いや、でも友達として好きだからって、なにもそこまでしなくても……」
すると、ゼフィロスはふふっと、慈悲深い微笑みで、メリッサの頬に触れた。
(……温かい)
「異性として僕は君を見ている。君が近くにいたから、この四年間の学園生活を乗り越えられたんだ」
希望の光のような金色の瞳に吸い込まれそうになる。ゼフィロスの告白にメリッサは戸惑った。耳が熱くなり、徐々に頬が火照ってくるのを感じた。
(これは、気まずい。もしかして告白?)
『僕が君を好きだからだよ』
その言葉が何度も頭のなかで繰り返し、居ても立ってもいられない。いつもの、のほほんとしたゼフィロスではなく、急に男の色香を感じてしまったから。
恥ずかしさのあまり、メリッサの視線が定まらない。
(あんな言葉を聞いたら、目視できなくなっちゃうよ〜〜!)
あれほど悲しかった気持ちが、ゼフィロスのおかげでどこかへすっ飛んでしまった。
それからというもの、一か月の間、ゼフィロスが毎日お見舞いに来てくれた。ゼフィロスに会うたびに過剰に意識をしてしまい、告白の返事をどう返そうか、ソワソワしている。それに対してゼフィロスはいつものように接してくれた。
結局、残り三ヶ月分の授業料はゼフィロスが支払ってくれた。ゼフィロスのおかげで私は無事に学園に戻れるのだ。ハンス先生も金策をしてくれていたみたいだけど、すぐには集まらなかったらしい。ハンス先生は、すまんと気まずそうに笑っていた。
❇❇❇❇
一か月が過ぎて、完全復活したメリッサが特進クラスに戻ると、みんなの視線が少し変わっていた。
周りの様子を気にしつつ、一番後ろの端の席に座ると、初めての女子生徒から『メリッサ、おはよう』と初めて声をかけられた。それをきっかけに、あれよあれよと人が集まって来て、メリッサに話しかけてくれたのだ。
「体は大丈夫か?」
「みんな心配していたんだよ」
「いや〜、あの戦いは見応えがあった」
それ大怪我をしたことによる同情かも知れないが、それでも、最後の年でやっとクラスメイトに声をかけられたことに胸が熱くなった。
いつも二位だったことで殺伐とした視線を受けていたのに、いざ二位から降りてみると肩に乗っていた重石が取れたような気分だった。
「よう、体は大丈夫なのか?」
シリウスがよそよそしく声をかけてきた。
「良かったわね。あなたの隣が私じゃなくて」
「ずっと隣にいたかったのか?」
メリッサは、シリウスを睨んだ。どの口で言ってるんだと、心の中で呟く。
「お前が、素直に「降参」していれば、こんな大怪我を負うこともなく、俺の隣にいることができたのに。こんな最下位の席に座るなんて、大馬鹿だな」
「大馬鹿って……。あんたの魔力暴走のせいでこんな目に遭ったんでしょ?」
スカートの生地をぐしゃりと握って、怒りと震えに耐えていた。
シリウスは末席を指で叩きながら、こう言った。
「俺をそこまで追い詰めたのはお前の責任だ。原因を作ったのは、お前自身。そしてその結果がこの席だ」
メリッサは、ふと、『二位の席』を見た。
(あんなにも席が遠く離れている……)
「しかし、負けは負けだ。学園で最後のテストだったのに。俺の宣言通り、四年間で一度も一位を取れなくて残念だったな」
言い返せずに、視線を落とす。何だか、負けた気がした。シリウスの顔が見れない。きっと、勝ち誇った顔をしてるに違いない。そんなもの見たくもない。
長い沈黙の後、ゼフィロスが声をかけてきた。
「……さすがに、今のはひどくないか?」
それを機にクラスメイトがざわつき始めたのだ。
「退院してきたばかりなのに、あんなこと言うなんて!!」
「彼女が死んだら、今頃、大問題になってたぞ」
「自分はメリッサの植物で助かったくせにな!!」
「何だか、メリッサが気の毒だな…」
「……それはさすがに言い過ぎでは?」
「さすが氷の貴公子。心も冷たいのだな」
わざと聞こえるように、コソコソとシリウスへの批判が相次いだのだ。
意外な反応にシリウスはたじろぎ、周りを見渡した。さすがのロイドもかばいきれずに視線をそらし、だんまりしている。シリウスは舌を鳴らすと、いつもの一位席へと戻っていった。
❇❇❇❇
卒業までのあと二ヶ月。メリッサはようやくクラスメイトに溶け込み、お昼ご飯もクラスの女子たち数人と食べるようになった。
あの戦いを通じて、メリッサがシリウス目当てではなく、本気で学年一位を目指していたことをクラスメイトは理解してくれた。生死をかけてでも一位を狙う熱意に、そこまで努力するなんてすごいと、はじめて褒められた。
シリウス親衛隊にもそれは伝わったらしい。以前、因縁をつけてきた貴族令嬢から謝罪を受けた。
あの戦いの後、こんな展開になるなんて予想もしていなかった。今までにないほどの充実した学園生活を送ることができた。まるで神様からプレゼントをもらった気分だ。
ただ、一つだけ気になるのは、ゼフィロスの告白以来、ゼフィロスからデートの誘いやアプローチが一切なく、いつものように過ごしたことだった。
(私の事が好きだと言ってたくせに……。釣った魚には餌をやらないタイプなのだろうか……)
放課後の『秘密の部活動』では、研究成果を論文にまとめていたので結局、告白の返事ができないまま、時間だけが過ぎていった。
メリッサは、ゼフィロスを視線で追いながら、誘ってくれるのをそれとなく待っていたのだが、とうとうその日は来なかった。
読んで頂きありがとうございます。ご感想を頂けたら嬉しいです。(θ‿θ)




