第二話 秘密の植物園で
ある日、お昼ご飯を食べる場所を探して渡り廊下を歩いていると、『あの……』と後ろから声をかけられた。
振り返ると、オタク風の男子生徒がそこに立っていた。
シリウスよりも背が高く、ぶ厚い眼鏡をかけた男子生徒。服は皺だらけでヨレヨレになっている。平民仲間だろうか。いや、いくら平民でもそれなりに身なりは整える。
「もしかして、君、この学園で落ち着ける場所がないんじゃない?」
その言葉に酷く同意をした。
「そうなの。シリウス卿と席が隣なだけなのに、学園中の女子から白い目で見られているのよ。特に貴族令嬢からね」
「あのね、メリッサさん。君、追跡魔法がかけられているよ」
「えっ!?なんで?」
「ちょっと待ってて解除してあげるから」
オタク男子は小声で呪文を唱えると、パンッと手を打ち鳴らした。
「これで大丈夫。誰がこんな魔法かけたんだろうね」
(追跡魔法……まさか!!)
「あの、ご親切にどうもありがとう」
メリッサは心から感謝をした。
「あのね、僕、部活でバイオテクノロジーの研究をしているんだけど、人通りが少なくて、とても静かなんだ。メリッサさん、よかったらそこで一緒にお昼どうかな?」
胸がドキッとした。雑草女が浸透してしまって、ちゃんと名前で呼んでくれるのは先生と目の前の男の子だけだったからだ。
「えっ、なんで私の名前を知ってるの?」
「……僕も、君と同じクラスだよ。僕の名前分からない?」
(うわぁ〜、やっちゃった!!同じクラスメイトの名前を知らないなんて!)
「ご、ごめんなさい。お名前は?」
「ふふっ、僕ゼフィロスだよ。よろしく」
「よろしくね、ゼフィロス様。だけど、どうしてクラスで嫌われている私に声をかけてくれたの?」
「僕は、別に君を嫌ってなんてないよ。窓辺の席に座っている君は、若草色の髪が日の光で揺らめいて、とても美しく見えるのさ。それを見ては僕の故郷を思い出すんだよ」
「ははっ、故郷の牧草にでも見えたかな?」
「いいや、その色は、輝かしい春の色だよ。長い冬を耐え忍び、空に向かって伸びていく若葉の色。まるで、君みたいだ。でも最近、君が学園生活に疲れているみたいだったから、それで思い切って声をかけてみたんだ」
メリッサの目が潤い、目頭が熱くなった。
この髪色のせいで、入学してからずっと雑草扱いされているのに、こんな風に髪を褒めてくれる人は初めてだ。
「あっ、あのね、ゼフィロス様って貴族なの?」
「まさか。そんな堅苦しい肩書なんてないさ」
その言葉にメリッサはほっとした。
「私たち、気が合いそうね。お言葉に甘えてよろしくね、ゼフィロス」
「ふふっ、よろしくね、メリッサさん。じゃあ、さっそく僕についてきて」
彼の背中を追ってついていくと、本館とは離れた、古い木造校舎の奥まで来てしまった。人けのない薄暗い渡り廊下を二人で黙って歩き続ける。突き当りの部屋のドアを開くと、一瞬で暖かな空気と湿度を肌で感じた。そこは薄曇りの柔らかな光が降り注ぐ、『秘密の植物園』だった。
中へ入ると、土の匂いと甘い花の香が鼻腔をくすぐった。周りには見たことのない植物が多く存在し、頭上には青々と垂れ下がるヒスイカズラや、その横には大きな袋を持つウツボカズラ、たわわに実ったパンの木に、足元にはオオオニバスの浮葉植物など面白いほどバラエティーに富んでいる。
ゼフィロスに奥の部屋を案内され、そこへ行ってみると中は実験室だった。試験管にビーカーやフラスコや冷却器などガラスの容器が多く並べられ、なかには顕微鏡みたいなものもある。平民には触れられない高そうな道具ばかり。
一通り見終わった二人は植物に囲まれたガーデンテーブルの席に座り、ようやく一息ついた。水を循環させる音が心地よくて、ゆったりとした時間が流れている。
「こんなところがあったなんて……」
「ふふっ、ここ、落ち着くでしょ?この国の植物の研究者って本当に少ないよね。需要があまりないのかな。この国は、豊穣の精霊に頼りっぱなしのようだけど……」
「でも、植物の研究者は、必要だと思うけどな。ずっと精霊の力ばかりに頼るのもどうかと思うよ」
「!!!」
「僕たちはバイオテクノロジーで、害虫に強い小麦の品種改良や、やせた土壌でも栄養素の高い野菜を作るために種子交配の研究をしたり、瘴気で土が汚染された地域で、浄化作用のある植物の探求をしてるんだ。そういった平民の暮らしに役立つ研究を進めたいんだ!」
ゼフィロスの話に胸が熱くなった。生徒のなかにはこんな人もいるんだと。
「それって、素敵ね!平民の暮らしが豊かになる大事な研究だわ。もしよかったら、私も部員に入れてもらえるかな?実は私、植物の魔力を持っているんだ!」
「本当に?もしも君が来てくれたら、もっと研究がはかどりそうだ!」
メリッサは人の役に立つ研究に加えてもらえることに、ワクワクした。
「あっ、でも、ここでの研究内容は、皆には内緒にしてね。いいかい?『秘密の部活動』ということにしようよ。後で部員仲間のジークを紹介するよ!」
(内緒か……。そうだよね、私がこの部に入っていることがバレたら、シリウス親衛隊がきっと邪魔しに来るもんね)
「分かった!秘密の部活動ね!」
それからというもの学園生活が楽しくなり始めたのは、『秘密の部活動』に入ってからだ。
翌日の放課後、ゼフィロスの友達ジークを紹介してもらうと、三人はさっそく、害虫に強い小麦の品種改良の研究に取り掛かかった。
メリッサは選択制で植物学を専攻しているので、『秘密の部活動』は良い学びになった。
❇❇❇❇
メリッサが『秘密の部活動』を始めて一年が過ぎ、大変だけど充実した日々を積み重ねていった。
――あれから季節は巡り、毎日の予習やバイオテクノロジーの研究に没頭し、忙しく過ごしている二年生の秋の始め。魔法円陣理論の授業で召喚実験をすることになった。
特進クラスは魔導演習場で、魔法円陣による召喚魔法の実演をした。魔導演習場は、防御結界がドーム状に張り巡らされており、どんな魔法が飛び交っても、校舎には影響がないように出来ている。
メリッサは、さっそく徹夜して予習をしてきた魔法円陣を描き、トネリコの木から『ドライアド』という木の上位精霊を召喚することができた。
世界樹であるユグドラシルとトネリコ木は、上品な姿が良く似ている。その1本のトネリコの枝だけで木の上位精霊を召喚できたことは、刀鍛冶でいうと、錆びた鉄剣から聖剣を作り出すぐらい凄いことなのだ。
さすが、上位精霊のドライアド。美女精霊だけあって、淡いエメラルドグリーンの柔らかな髪を腰まで伸ばし、シルクのような薄衣を緩く纏う。薄衣の間から魅せる陶器のような乳白色の肌に柔らかな曲線の肢体。長いまつ毛に微笑む瞳は森の奥にある神秘の泉のように蒼く煌めく。花びらに朝露が濡れたような潤いのある唇が弧を描き、くるりと舞う。するとトネリコの小さな白い花が辺り一面に振り注いだ。
このたおやかな精霊に、クラスの男子生徒は頬を赤らめ、女子たちはうっとりしたような目で『ドライアド』に注目が集まった。ドライアドも悪い気はしないらしく、ほのかに甘くて瑞々しい森の香りを辺り一面に漂わせ、ポーズを決める。
それを見たシリウスは、ムッとした顔で羊皮紙に素早く召喚魔法円陣を書き、氷魔力を注入した。
「古よりカンタルス山脈を守りし氷結のドラゴンよ!!今、この地へ召喚せよ!!!」
召喚魔法円陣が青白く光り、周りが一瞬見えなくなった。白い靄がかかり、肌を刺すような冷気のなか、5メートル以上あるアイスブルーのドラゴンが目の前に現れた。いきなり氷山が現れたような圧倒的な存在感。結晶のような硬い鱗に覆われている。
フロストドラゴンがひとたび白い咆哮を上げると、爆発したかのような音量で体の芯まで響いてきた。頑丈なはずの魔導演習場の結界がガタガタと大きく揺れ、辺り一面氷の世界になった。
シリウスは、メリッサに対抗すべく、『フロストドラゴン』という規格外のものを召喚してきたのだ。
まさかのフロストドラゴンの召喚に、生徒も先生も度肝を抜かれ、ガタガタ震えながらそれを凝視している。
さっきまでクラスの皆は『ドライアド』を見てうっとりしてたくせに、シリウスが召喚した『フロストドラゴン』の方へ注目が集まってしまった。プライドを傷つけられたのか、ドライアドはプ〜ゥと頬を膨らませ、怒った様子で背を向けると、そのまま姿を見せなくなった。
「あんた、どういうつもりよ!?ドライアドが怒って帰っちゃったじゃない!!」
「ははっ!今度もまた俺の勝ちだ。雑草女は雑草らしく俺の足元で悔しがれ」
それを聞いたシリウス親衛隊は歓喜の声を上げ、『シリウス様、万歳』と連呼する。その騒がしさにメリッサは舌打ちをした。
「見ろ、この素晴らしきフロストドラゴンの姿を!!」
シリウスは自慢げにフロストドラゴンをメリッサに見せつける。去年よりも傲慢さに磨きがかかっている。
(アイツ、一体なんなのよ。別に勝負なんかしてないのに!!)
メリッサの闘争心にわざと火をつけにくるシリウス。その行動に苛立ちを隠せない。
屈辱的な授業が終わると、すぐさまゼフィロスがくれた『認識阻害ピアス』を身につけた。シリウスから逃れるように、一人、足早に教室を出た。
❇❇❇❇
「はぁ、はぁ、ちょっと待って!」
振り返ると、ゼフィロスが息を切らせて走ってくる。
「ゼフィロス、どうしたの?」
「はぁ、はぁ、……僕も一緒に行くよ!どうせ植物園に行くんでしょ?」
「ふぇ!?何で分かったの?」
「ふふっ。勘だよ、勘」
ゼフィロスは、息を整えてメリッサの歩幅に合わせて歩き始めた。
ゼフィロスがこの前くれた『認識阻害ピアス』のおかげで渡り廊下を歩いても、誰かに呼び止められることがない。渡り廊下でシリウス親衛隊と軽くすれ違っても全然気づきもしなかった。その様子を二人で確認すると、目配せをして微笑み合う。
さっきまでのイライラがだいぶ弱まってきた。二人は、足早に『秘密の植物園』へと向かった。




