殿下、嫉妬という気持ちにお気づきではないようです!
放課後の訓練場。
黄金色の夕日が窓から差し込み、剣を磨く音だけが静かに響いていた。
アーロンは無言で剣を振るいながら、さっき見た光景を何度も思い返していた。
ロゼリスが、あの庶民娘と並んで笑っていた。
しかも、あの優しい笑顔。
あんな顔、一度も見たことがない。
(いや……何考えてんだ俺。どうでもいいだろ、あんな女)
剣を強く振るう。
空気を裂く音が無駄に鋭い。
「……おや、殿下。ずいぶんと熱のこもった稽古ですね」
背後から、落ち着いた声が響く。
ルミナス・エルフェイン。アーロンの護衛騎士であり、数少ない理解者……のはずだった。
「……別に。暇だっただけだ」
「ふむ。暇だからって、木刀が火花散らすほど振ります?」
「…………」
アーロンは黙って木刀を納める。
が、ルミナスはにやりと口角を上げた。
「それで? ロゼリス様とルチアルーアン嬢の件、どう思われました?」
「どうも思わん」
「……ほう。では、あの場でロゼリス様が“笑っていた”ことも、気にならなかったと?」
「……別に。笑ってるくらい普通だろ」
「なるほど。では、なぜその“普通の笑顔”を十五分以上引きずっておられるので?」
「引きずってねぇ!!」
アーロン、図星を突かれて声を荒げる。
ルミナスは表情ひとつ変えず、淡々と続けた。
「殿下。嫉妬、という言葉をご存知ですか?」
「誰が嫉妬だ!? 俺が!? あんな女に!?」
「まあまあ、落ち着いてください。別に“嫉妬で剣を振り回す殿下”なんて、誰にも言いませんから」
「言うな!!!」
アーロンの顔が真っ赤になる。
ルミナスは淡い笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
「ロゼリス様、最近ますます噂になってますよ」
「……噂?」
「ええ。“アーバートン嬢、鼻血事件のあと、庶民娘と仲良しになった説”とか。
あと、“授業中に壁に張りついてるのを見た”とか」
「……なんで壁に?」
「さあ。殿下にだけは見せない顔が、世間では人気のようで」
ルミナスの言葉に、アーロンの眉がピクリと動く。
「……俺にだけ、見せない顔?」
「ええ。楽しそうに笑ったり、誰かの話を真剣に聞いたり。
まあ……あの方が“殿下を避けてる”のは確かですから」
アーロンは黙り込み、視線を逸らした。
(避けてる……俺を? ……なんでだ)
少し前までは、毎日のように「殿下♡」とつきまとってきた女だ。
それが今では、こちらを一瞥もしない。
代わりに、他の誰かの隣で笑っている。
胸の奥が、妙にざわついた。
「……ルミナス」
「はい?」
「俺は別に、気にしてるわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……婚約者が、あんな風に誰かと笑ってるのは……見てて、気分が悪いだけだ」
ルミナスはため息をついた。
「それを世間では“嫉妬”と言うんですよ、殿下」
「違うっ!!!」
稽古場にアーロンの声が響く。
鳥たちが一斉に飛び立ち、ルミナスは静かに笑った。
「殿下。恋は、いつだって自覚より先に始まるものですよ」
「……誰が、恋なんて」
アーロンは不機嫌そうに背を向けた。
だが、その頬はほんのりと赤く染まっていた。




