ロゼリスは、諦めない!!
誘拐されてから、どれほど経ったのだろう。
ロゼリスは、廃れた倉庫の窓から差し込む朝日を眩しげに見つめる。
もう何度目かもわからない朝の光。
けれど、今日もまた、静かに世界は明けた。
3月の冷えきった風が吹き抜け、骨の芯まで冷たさが染み渡る。
水も食事もろくに与えられず、体力は限界に近い。
それでも、ロゼリスは、手首を血に染めながらなお、鎖を叩き続けていた。
ガンッ ガンッ !!
床に、壁に、何十回、何百回と打ちつける。
痛みで手が震えても、腕が痺れても、止まらない。
(この鎖さえ解ければ……結界を破壊する術も見つけられますわ……!
幸い、人の気配はほとんどない……魔法さえ戻れば生き残れる可能性はある……)
ロゼリスは、ぎゅっと唇を噛み締めた。
(こんなところで死ぬわけには参りませんわ!!)
アーロン殿下に告げていない言葉。
婚約破棄はしません、と。
これからもおそばにいたいのだ、と。
そして
愛するシルビア殿下とルチア様の婚姻式を、この目で見届けるまでは絶対に。
(絶対に生きて帰ってみせますわ!!)
気力だけで立ち続け、鎖を打ち付ける。
何度倒れ込んでも、また立ち上がった。
そんな時
ギィィ……と、錆びついた扉が開いた。
◆
闇の中から現れたのは、殺し屋クロウだった。
その目は、氷より冷たい暗殺者の目。
ロゼリスが鎖を叩いていた姿を見るなり
「……逃げる気か、小娘」
バキッ!!
強烈な拳がロゼリスを襲った。
飛ばされ、壁へ叩きつけられる。
全身に走る激痛、肺から空気が抜ける。
ロゼリスは、口端から血を垂らしながらも、なお立ち上がろうとする。
クロウは刃物を首元へ突きつけ、淡々と言い放った。
「逃げ出すことなど、最初から不可能なんだよ。
恨むなら自分の不幸な運命を恨むんだな」
ロゼリスの胸が冷たくなる。
だが、その瞬間、鎖が、ガラリと音を立てて地に落ちた。
クロウに殴り飛ばされた衝撃で、半壊していた鎖がついに折れたのだ。
ロゼリスは、すぐに手を前にかざし叫んだ。
「いまこそ出番ですわ!もふもふの力!!」
光があふれ、クロウを包む。
「な、何をぐっ……!!」
光の粒が吸い込まれるようにクロウにまとわりつき、彼の姿がぐにゃりと歪む。
「お、おい!?やめ――!」
次の瞬間、光が弾け
床にいたのは、一羽のぽてっとしたフクロウだった。
「……ホ、ホゥゥ!?」
クロウは自分の姿に気づいた瞬間、絶叫に近い声をあげ、そのまま慌てふためきながら飛び去っていった。
「ふぅ……生き延びられましたわ……!」
ロゼリスは息を整えつつ、よろよろと立ち上がる。
次は結界、それさえ破れれば、逃げられる。
「待っていてくださいませ、アーロン殿下……必ず戻りますわ」
ロゼリスは結界の前へと向かい、全魔力を込めて術式を叩きつけた。
◆
その頃――エルバーノ邸。
リリネは怒りで頬を紅潮させ、侍女に怒鳴りつけていた。
「……クロウが、フクロウになって逃げたぁ!?
あの男にどれだけ金を払ったと思ってるのよ!!」
侍女は震えながら答える。
「ろ、ロゼリス嬢の魔法が……その、非常に特殊だったようで……」
リリネはヒステリックな笑いを漏らす。
「ほんっと、男って役立たずばっか!!
あれだけの金を使ったのに逃げるなんて……!!」
侍女はさらに続けた。
「ですが……お嬢様、ロゼリス嬢の魔法を侮っていたとはいえ……あの結界は、お嬢様の血で構築されたもの。
簡単には破れません。ご安心を……」
「当然でしょ? あれは私の“力”の結晶よ」
リリネは口角を吊り上げた。
「――結界が壊れるのが先か、ロゼリスが壊れるのが先か。
さぁ、どっちかしらね?」
狂気を含んだ笑いが部屋に響いた瞬間――
ドン! と強く扉が開いた。
エルバーノ家執事が、真っ青な顔で叫ぶ。
「お嬢様ッ! 大変です!!
シルビア殿下が――今回の誘拐事件の首謀者は“お嬢様ではないか”と疑っておられます!
先ほど王宮の使者が、あなたの動向を調査に来ました!!」
リリネの顔から血の気が引く。
「……なんですって?」
「我々は知らぬと答えましたが……殿下は確信しておられる様子で……」
ガタンッ!!
リリネは怒りで椅子を蹴り飛ばした。
「シルビア……ッ!!
本っ当にムカつく男!!
私が何をしたっていうのよ……全部あのロゼリスが悪いのよ!!」
肩を震わせながら狂気に染まった瞳で呟く。
「どれだけ疑われたって……ロゼリスが死ねば全部終わりよ」
リリネの甲高い笑い声が、夜闇に不気味に響き渡った。




