消えたロゼリスを探せ!
薄暗い倉庫に、冷たい風が吹き抜けた。
頬に触れた冷気でロゼリスはゆっくりと目を覚ます。視界の先には、ひび割れた壁、朽ちた木箱、隙間風が鳴らす軋む音。
ここがどこなのか、どうして自分が横たわっているのか、瞬時には何も理解できなかった。
「……え?」
身を起こそうとした瞬間、甲冑がぶつかり合うような重い音が鳴った。
手足が鎖で縛られている。
そして、何より。
魔力の流れが、いつもと違う。
(……結界……魔法が封じられておりますわね)
事態を理解した瞬間、背中を冷たい汗が伝う。
「……あの〜?どなたかいらっしゃいますの?」
声を張るが、返ってきたのは反響する自分の声だけ。
誰もいない。
助けもいない。
(まさか、この私が誘拐されるなんて……思いもしませんでしたわ……)
震えを押さえ込むように深呼吸をする。
(とにかく、ゲーム内でルチア様が誘拐されたシーン……あの時を思い出すのが先決ですわ! ヒロインと同じ行動をとれば、生き残れる可能性がありますもの!)
記憶を探る。しかし
(うーん……?)
いくら考えても、肝心のシーンが出てこない。
(ど、どうして……!?)
次の瞬間、ロゼリスの顔が真っ青になった。
(そ、そうでしたわ……前世の私はヒロインが窮地に立つシーンが大の苦手で……ルチア様の誘拐シーンもスキップしていましたの……!)
膝から力が抜け、がっくりと俯く。
(詰みましたわ……!!)
涙が滲む。
けれど、泣いても何も変わらない。
こんな時でも頭に浮かんでしまうのは
(……アーロン殿下……)
あの人なら。
あの人なら絶対に、自分を見つけてくれる。
(……信じていますわ)
窓の隙間から見える冷たい月へ、小さく祈る。
それだけで心が少し強くなれた。
(と、とにかく今は……騒ぎ立てず静かに。逃げられる隙を探しますわ……)
そう決意したものの、張り詰めた緊張の糸はいつまでも続かなかった。
疲労と恐怖が重なり、やがてロゼリスは静かに眠りに落ちる。
***
公務を終え、アーバートン邸へ直行したアーロンは、ロゼリスの執事キースの言葉に耳を疑った。
「……お嬢様は、まだ帰っておられません」
胸の奥で、鈍い衝撃が弾けた。
考えたくもない可能性が、嫌でも頭をよぎる。
「……ロゼリス……」
馬に飛び乗り、学院へ向かって全力で走らせた。
そして、学院近くの石畳の上に、彼が贈った白いリボンのバレッタが、無造作に落ちていた。
「……」
一歩近づき、震える手で拾い上げる。
地面には、かすかな擦れ跡。争った痕はない。ただ一瞬の、不可解な消失。
その方が、逆に恐ろしい。
「……ロゼリス?どこだ……?」
彼女は誰にも恨まれるような人ではない。
天真爛漫で、不思議で、邪気のない笑顔を向けてくる子だ。
守りたくなる子だ。
そんなロゼリスが、忽然と消えた。
アーロンの胸が締め付けられ、呼吸が荒くなる。
「ルミナス! 王国騎士団を招集だ!!」
そこからは、ほとんど正気ではなかった。
昼も夜も関係なく、馬を乗り潰す勢いで駆け回り、
城下の裏路地から街の外れの廃墟まで、
泥にまみれて走り続けた。
叫び続けた。
「ロゼリス!!」
しかし。
どこにもいない。
どんなに探しても、痕跡すら見つからない。
心が、少しずつ壊れていく。
そして
廃れた路地裏で、アーロンはついに膝をついた。
泥の上だろうが構わない。
王子としての威厳も、顔も、全て忘れて。
ただただ、愛おしい彼女の名前を呼んだ。
「……愛しているって……」
震える声が漏れる。
「まだ……言えてねぇのに……」
涙がぽたり、と落ちた。
「お願いだ……ロゼリス……帰ってきてくれ……」
その声は、夜の静寂に溶けて消える。
その祈りが、届くことだけを願いながら。




