忍び寄る悪意
卒業式の余韻が残る学院。
笑い声が風に乗り、世界が祝福に包まれていた。
だが、その裏で。
エルバーノ・リリネ・フォードの表情は醜く歪んでいた。
「どうして……どうしていつもあの女が邪魔するのよ。」
爪が食い込み、手のひらが赤く染まる。
本来ならば、今日はルチアを孤立させるはずの計画が
ロゼリスの完璧なフォローで全て潰された。
噂の操作、行き誘導、刺客を放ってもルチアが傷つくことはない。
何一つ成功しない。
ロゼリス・アーバートンのせいで。
「……あの女さえいなければ。」
焦りと憎悪が混ざった声は震えていた。
リリネはついに、人として絶対に踏み越えてはいけない一線を越える。
机の上に置かれた“黒い封筒”。
その中には、あるギルドへの依頼書がある。
殺し屋ギルド――“クロウ”。
「これで……終わりよ。
ルチアでもシルビアでもなく、
まずはあなたから消えてもらうわ……ロゼリス。」
ギルドの男は淡々と告げた。
「標的は『ロゼリス・アーバートン』だな。
……依頼は確かに。」
リリネは満足げに笑った。
「ええ。私の人生を壊したあの女を始末してちょうだい。」
黒い封筒が閉じられた瞬間、
運命の歯車は静かに動き始めた。
⸻
そのころロゼリスは――。
いつもと変わらぬ、
いや、いつも以上に張り切った顔でルチアの隣に立っていた。
「今日も何が起こるかわかりませんわ!
ルチア様、私が必ずお守りいたしますからね!」
胸を張り、きりっとした表情。
ルチアはくすりと笑う。
「ありがとう、ロゼリス様。
あなたがそばにいてくれると、すごく心強いの。」
「当然ですわ!シルビア殿下の大切な方ですもの!」
その笑顔は天使のようで、
二人の姿は学院生から“良き友人”に見えていた。
ロゼリスは常に周囲を警戒し、
不審な影があれば即座に背後へ回り込む。
「今日も異常なし、ですわ!」
そうして夕刻、無事にルチアを迎えの馬車へ届ける。
「ロゼリス様のおかげで安心して学院に通えます。」
「ふふ、これくらい朝飯前ですわ!」
満足げに胸を張り、ロゼリスは一人、アーバートン邸へ帰ろうとする。
その日は、アーロンが珍しく王宮の急な公務で同行できなかった。
「少し心細いですけれど……まぁ大丈夫ですわよね!」
足取り軽く学院の門を出た、そのとき。
カサッ。
靴音。
(……誰か、ついてきてる?)
ロゼリスは振り返る。
だが、そこには誰もいない。
「気のせい、ですわよね……?」
警戒を強めつつ道を進んだ瞬間だった。
背後から、太い腕がロゼリスの身体をぎゅっと拘束する。
「っ……!?」
口元に布が押し当てられる。必死に抵抗するが、より強い力で押し当てられる。
鼻腔を刺す薬品の匂い。
視界がゆらりと揺れた。
(し、しまっ……)
「標的確保。」
冷たい声が耳元で低く響いた。
ロゼリスの意識は、崩れ落ちるように暗く沈む。
「一体……何が……」
最後に見たのは夜に沈む学院の門。
そのまま、ロゼリスは男に抱えられ、
闇の中へと消えていった。
⸻
その頃、王宮では、アーロンは妙な胸騒ぎに眉を寄せていた。
(……ロゼリス?)
この時、彼はまだ知らなかった。
その直感が、まさに“的中”していることを。




