取り戻した平穏な日々
アーロンの看病という名のもと、いつの間にか同じベッドで眠るのが“当たり前”になっていたロゼリス。
だが夜の入浴後、ふと正気に返る。
(さすがに……婚前ですのに……!
いくら婚約者とはいえ、これは自重すべきですわ!)
意を決したロゼリスは、そっとソファに横たわった。
だが
(……眠れませんわ……!)
(殿下の腕の中で寝るのに慣れすぎてしまいましたわ……!
どうしましょう、わたくし、殿下依存になってしまいましたわ!!)
ソファでゴロゴロしながら、ついついアーロンの寝室をチラチラ見るロゼリス。
そんなとき、足音が近づいてきた。
「ロゼリス……今日はここで寝るのか……?」
寝室の扉の前に立つアーロンは、肩を落とし、しゅんとした表情、まるで雨に濡れた子犬。
「そ、その……婚前に床を共にするのは、やはりよろしくないかと思いまして……」
「俺は……もうお前がそばにいないと眠れない。
だから……来てくれないか?」
(!?そ、そそそそそんな、子犬みたいな顔で見つめないでくださいまし!!もう〜〜!降参ですわ!!)
ロゼリスは完全に白旗を上げた。
アーロンのベッドに戻ると、アーロンは嬉しそうにロゼリスを抱き寄せた。
「やっぱり、お前がそばにいるとよく眠れる。……おやすみ、ロゼリス」
額に落とされる優しいキス。
胸がきゅんと甘くなる。
「ふふ……アーロン殿下、おやすみなさいませ」
ロゼリスもアーロンの胸に顔を埋め、静かに微笑んだ。
温かい胸、心音、腕のぬくもり。
(やっぱり……わたくしも殿下のそばが、一番落ち着きますわ……)
ロゼリスはそのままアーロンを抱きしめ返し、眠りに落ちた。
***
翌朝。
アーロンは珍しく早く目を覚ました。
「……動けねぇ……」
腕も腰も、ぎゅ~~~っとロゼリスに抱きつかれていて、完全に拘束状態。
「離れろ、ロゼリス……可愛いけど……起きられねぇ……」
そっと腕を外そうとすると
ぎゅうううっ。
さらに強く抱きしめられた。
そして寝言。
「んぁ……もう少し……殿下……好き……」
アーロンの心臓は爆発した。
「……くっ……ロゼリス……!
可愛い……可愛すぎる……!」
ベッドの上で悶え苦しむアーロン。
その気配でロゼリスがぱちりと目を開く。
「殿下!?どうなさいましたの!?どこか痛みますの!?怪我が……!?」
寝癖の髪をばさばさ揺らして慌てるロゼリス。
アーロンは顔を覆って呻いた。
「……違う……」
「え?」
「お前が可愛すぎて、愛おしすぎて……痛い……」
「~~~~~っ!!!」
ロゼリスの顔が一瞬で真っ赤に染まり、今度はロゼリスが悶えた。
その朝、寝室からは、甘すぎる悲鳴と笑い声がしばらく止まなかったという。
***
そのまた別の日の朝、アーロンは寝台の縁に腰掛け、ロゼリスは目の前で丁寧にネクタイを結んでいた。
「殿下、じっとしていてくださいまし!ネクタイが結べませんわ!」
真剣そのものの表情で、細い指が器用に布を操るロゼリス。
けれどその距離は近い。あまりにも近い。
うるうるとした瞳。
少し開いた唇。
首元にかかる甘い吐息。
髪からふわりと香る薔薇の匂い。
(……そんな顔で近づくな……反則だろ……)
アーロンはもう限界だった。
ネクタイが締まるより先に、彼の心が締め上げられてしまう。
「……ロゼリス」
「はい?」
「好きな女にそんな顔されて、耐えられると思うか?」
「へ――?」
問いを最後まで聞く前に、アーロンはそっとロゼリスの腰を引き寄せた。
後頭部に手を添え、逃げられないように優しく包み込み
深く、甘いキスを落とした。
「んっ……!?」
突然の口づけにロゼリスは目を見開き、真っ赤になってアーロンの胸をぽかぽか叩く。
「で、殿下っ……!あ、あさ……っ!」
アーロンは微笑みながらキスをゆっくりとほどき、額をこつんと重ねた。
「朝でも夜でも関係ない。俺の婚約者なんだから、キスくらい普通だろ?」
「ふ、ふつうじゃ……ありませんわぁ……!」
ロゼリスが恥ずかしさのあまり震えだしたその瞬間――
「おはようございま――って、いやいやいやいや!!!」
ドアを開けて飛び込んできたルミナスが絶叫した。
「朝からなにをしてるんですか殿下!!!
本当にあなたという方は!!今回は何回目ですか!?毎日毎日!!」
ぱんぱん、と怒りに震えながら手を叩くルミナス。
ロゼリスは羞恥心の限界で、きゅうっとしゃがみ込み、手で真っ赤な顔を覆っている。
「うぅぅ……し、死にますわ……恥ずかしくて……」
アーロンはというと
「婚約者にキスして何が悪い?」
開き直っていた。完全に。
「悪いとかじゃなくて!!ロゼリス嬢が毎度思考停止してるでしょうが!!
もう少し相手の心臓の強度を考えてあげてください!!」
「ロゼリスの心臓は強い。俺が保証する」
「いや全然強くないですよ!?毎回固まってますよね!?可愛さで処理落ちしてるんですよ!!」
アーロンは涼しい顔でロゼリスの肩に上着をかけ、そっと手を引き起こす。
「大丈夫か?」
「……だ、大丈夫ではありませんわ……」
「可愛いな」
「殿下ぁぁぁぁぁ!!」
朝から、アーロンの部屋は騒がしく、甘く、幸せに満ちていた。




