触れたくて、離れられなくて
怪我の処置を終え、アーロン殿下は安らかな寝息を立てていた。
その胸の上下を見守るたび、ロゼリスの緊張でこわばっていた心がほぐれていく。
「……良かった……本当に……」
安堵の吐息をこぼしながら、そっと寝台の縁に手を置き、ロゼリスは立ちあがろうとした。
その瞬間、ぐい、と腰にまわされた腕に引き寄せられた。
「きゃっ……! ア、アーロン殿下……?」
まさかの拘束に、ロゼリスは驚きで目を瞬かせる。
だがアーロンは眠っている気配のまま、ロゼリスの腰に腕をしっかりと回し、離す気配がない。
「そばにいてくれ……」
低く、かすれた声がロゼリスの耳に落ちる。
その響きは、弱い子供のようで、けれど確かな想いを帯びていた。
「一刻も……お前を離したくない」
囁くと同時に、アーロンはロゼリスの腕を引き、寝台の上へと導く。
ロゼリスの小さな手を掴んだその指が、無意識に絡んだ。
「ロゼ……リス……」
耳元で名前を呼ばれた瞬間、ロゼリスの肌に熱が走る。
「ロゼリス。……俺から離れるな」
その重さに胸が震え、頬がみるみる熱くなる。
「……はい。離れませんわ」
絞り出すような返事だった。
震えたのは、アーロンの手か、ロゼリス自身か。
分からないほど密着していた。
ロゼリスはそっとアーロンの背に腕を回す。
その温もりを確かめるように、ぎゅっと抱きしめ返す。
(あぁ……こんなにも、愛おしいなんて……)
アーロンの体温がゆっくりと伝わってくる。
心臓の鼓動が二人分、重なって響いた。
やがて睡魔が優しくまぶたを撫で、ロゼリスは彼の胸に寄り添ったまま、静かに目を閉じた。
外では雪が音もなく降り続いている。
白い静寂が世界を包み込むように、寝台の上の二人もまた、甘く、強く、寄り添ったまま夜に溶けていく。
その距離は、もう恋人以上。
決して離れられないほど、近くて、深くて、確かなものだった。
***
柔らかな陽光が、カーテンの隙間から寝台を照らす。
ロゼリスはゆっくりとまぶたを開いた。
視界に飛び込んできたのは、すぐ隣で静かな寝息を立てるアーロン殿下だ。
その手は、昨夜握ったロゼリスの手をまるで宝物のように包み込み、決して離そうとしない。
「……そんな、幸せそうなお顔をされてしまったら……もう、私……」
頬がふにゃりと緩んでしまう。
胸の奥で静かにとろける温かさに、ロゼリスはそっと彼の横顔を見つめた。
その瞬間
ぱちり、と。
アーロンの寝ぼけた紅の瞳がロゼリスを捉えた。
「っ……!」
ロゼリスが固まるより早く、アーロンは彼女の腰を引き寄せる。
まるで昨夜の続きのように、至近距離で視線が絡んだ。
「なぁ、ロゼリス……キスしていいか」
「へ……?」
情けない声が漏れた瞬間、アーロンは迷いなく身を寄せた。
まず額へ、そっと。
触れたと思えば、次の瞬間にはロゼリスの唇へ
ちゅ。
小さく音を立てて離れる。
ロゼリスの思考は、見事に白紙になった。
(……む、む、む……むりですわ……)
熱が一気に全身へ広がり、どうしたらいいのか分からない。
そんなふうに固まっていたとき、コンコン、と扉がノックされる。
「殿下〜! 起きてますか〜? 陛下の命で、体調の確認に来ましたよ〜!」
ルミナスの声に、ロゼリスは一気に現実へ引き戻された。
「ひゃっ……! ア、アーロン殿下! 離してくださいまし!
こ、こんなところ見られたら、わ、私……っ、恥ずかしすぎますわ!!」
全力で顔を覆ってジタバタするロゼリス。
しかしアーロンはまったく腕を緩めない。
むしろ、楽しそうに笑っている。
ロゼリスの手をそっとのけ、その赤く染まった顔をじっと見つめる。
「可愛い顔は毎日見せろ。……俺だけに。」
「なっ……!」
「それに、俺たちは婚約者同士だろ。
イチャイチャしてて、どこに問題がある?」
そう言いながら、アーロンは後ろからロゼリスを抱き寄せたまま、頬や髪に甘くキスを散らしていく。
「ひゃ、ひゃめ……っ……!」
ドアの向こうから聞こえるルミナスの「えほん、えほん……」というわざとらしい咳払い。
ついに扉が開いた。
「……はぁーーー……。
殿下、ところ構わずロゼリス嬢を愛でるのやめてもらえます?」
呆れた溜息とともにルミナスが入ってくる。
アーロンは堂々としていた。
「どうしてだ? それにここは俺の部屋だ。誰も見てないだろ」
「見てますよ、私が!!」
「それに見てくださいロゼリス嬢、思考停止してますから!!それ以上やるとロゼリス嬢の心臓が持ちませんよ、殿下!」
ルミナスに言われてようやくロゼリスを見ると
ロゼリスは真っ赤になりながら固まり、半分魂が抜けていた。
アーロンは小さく笑い、そっと彼女の肩に額を寄せる。
「……可愛すぎだろ、お前」




