甘い夜に迫る黒い影
アーロンに抱きしめられたまま、ロゼリスの肩にふわりと温かな息が落ちる。
次の瞬間、「っ……!」
首筋に、ごく小さな痛みが走った。
「はひょ?」
何が起きたのかわからず、ロゼリスは真っ赤なまま、ぽかんと口を開けた。
アーロンは、悪戯を成功させた少年のように口元を持ち上げる。
「これは、お前が俺のものだって証だ。」
首元を指で優しく撫でながら、再びロゼリスを抱き寄せた。
ロゼリスの脳内は、一瞬で真っ白になる。
(あ、証……!? いったいどういう……
いや、どういうも何も……わ、わたくしどうしたら……!?)
思考能力は完全に停止していたが、アーロンの腕の温かさだけはくっきりと肌に残っている。
***
しばらくしてロゼリスは、真っ赤な顔のまま舞踏会のホールへと戻った。
白と金の照明が揺れる空間には、軽やかなクラシックが流れ、カップルたちが優雅に踊り続けている。
そんな中、アーロンがロゼリスに近づき、耳元で囁いた。
「俺たちも踊ろうか。今宵のパートナーは俺だけだ。……他の奴と踊るなよ?」
腰にやんわりと手が回され、ロゼリスの心臓は一瞬で暴れだす。
(む、無理ですわこんなの……心臓が保ちません……!!)
目の前にはアーロン殿下だけ。
その瞳には、自分だけが映っている。
(アーロン殿下……赤い瞳が、まるでルビーのよう……)
ターンするたびに、強くも優しく支えられる腕。
すれ違うたびに、ほんのり香る清潔な香り。
近づくたびに感じる体温。
その全てが、ロゼリスの鼓動をどんどん熱く、速くしていく。
(アーロン殿下……私……やっぱり……貴方が好きですわ……)
音楽はまるで二人の恋を祝福するかのように、優しく流れ続けた。
***
やがて曲が終わり、パートナー交代のアナウンスが流れる。
ロゼリスが動くよりも早く、アーロンが腰をひょいと引き寄せた。
「こっちだ」
そのまま食事の並ぶテーブルへと連れて行かれる。
アーロンは無言で皿を持たせ、モンブラン、ティラミス、チーズケーキを次々と盛り付けていく。
「お前の好きなの、全部多めに用意させた。……食え」
その不器用な優しさに、ロゼリスは頬をほころばせる。
「アーロン殿下、ありがとうございます。私がケーキを食べたいと……よく分かりましたわね」
「お前の顔を見てればわかる。それに……」
少し視線をそらしながら続ける。
「パートナー交代で、お前が他の男と踊るのなんて見たくねぇ。今宵、お前の隣に立てるのは俺だけだ。……俺の隣に立てるのも、お前だけだ」
「っ……!」
さりげなく言っているようで破壊力抜群の言葉に、ロゼリスの心臓がまた跳ねた。
照れ隠しのように、ロゼリスはローストビーフや野菜を皿に盛る。
「アーロン殿下も、どうぞ。せっかくの聖夜ですし、一緒に楽しみましょう」
その“野菜”を見て、アーロンがあからさまに顔をしかめた。
「……お前が前みたいに食べさせてくれ。そしたら、野菜だって食べられる」
真剣な赤い瞳に見つめられ、ロゼリスは断れない。
小さく息を整え、野菜をひょいとフォークで包んで差し出す。
「ア、アーロン殿下……あ、あーん、ですわ……」
アーロンは嬉しそうに口を開け、ぱくりと食べた。
そして今度は耳元で、低く囁く。
「……俺も、お前に食べさせてやろうか?」
「そ、そそそそれは遠慮いたしますーーー!!」
顔を真っ赤にしてケーキに逃げ込むロゼリス。
その姿を、アーロンは横で笑いながら見守っていた。
二人だけの甘い空気が、静かに満ちていく。
その甘さの裏で、ひっそりと“黒い影”が二人へ視線を向けていた。
その瞳に宿るのは、嫉妬と殺意。
そして狙いは、二人と、その先に立つルチア。
聖夜の祝福の裏で、静かに、確実に危機が迫ろうとしていた。




