別れの朝ー離れたくない理由ー
朝の光がゆっくりと王都を照らし始めた。
夜明けの金色がカーテンの隙間から差し込み、柔らかな温もりが部屋を包む。
ロゼリスはまどろみの中でまぶしそうに目を開けた。
見慣れない天蓋の天井。
そして、すぐ隣には、穏やかな寝息を立てるアーロン殿下の姿。
(えっ……!? ど、どどどどうして私、アーロン殿下のベッドの中に!?)
一瞬で眠気が吹き飛び、真っ赤になった頬を押さえながら、そっと毛布の中から抜け出す。
寝顔を見ないように、と意識しているのに、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。
(ああ……寝ているときは、こんなに穏やかな顔をされるのですね……。)
昨夜、誕生祭の余韻のままにソファで眠ってしまったことを、ぼんやりと思い出す。
(つまり……あの後、アーロン殿下が私を……ベッドまで運んでくださったのですわね……)
胸の奥がふわりと温かくなり、思わず小さく微笑んでしまう。
「……笑ってる場合じゃありませんわ!早く戻らないと!」
小声で自分にツッコミを入れ、そろそろと立ち上がる。
しかし、その手首を不意に掴まれた。
温かく、大きな手。
「……どこに行くつもりだ?」
アーロンの低い声が、寝起きの響きで優しく耳に落ちる。
「ひゃっ!? あ、あのっ……アーロン殿下!? す、すみません!私、もうすぐアーバートン邸に戻らないといけなくて……」
慌てふためくロゼリスに、アーロンはゆっくりと体を起こす。
寝癖のついた金髪を無造作にかきあげ、まだ眠たげな瞳でロゼリスを見つめた。
「帰るのか……今日。」
その声に、ほんの少し寂しさが滲む。
「はい。お父様とお母様が心配しますから……」
言いながらも、胸の奥がチクリと痛む。
アーロンはしばらく黙っていたが、やがてロゼリスの腰をそっと引き寄せた。
「もう少しだけ、こうしててもいいか?」
「えっ……で、殿下……っ」
抵抗する間もなく、背中にアーロンの腕が回される。
彼の心音が、ロゼリスの胸元まで響くほど近い。
「昨日、お前が寝てる横で思ったんだ。
…お前が隣にいない朝なんて、もう考えられないって。」
その呟きに、ロゼリスの瞳が大きく揺れる。
「で、殿下……それは……」
「お前がいないと落ち着かない。
お前が笑ってないと、空気が冷たく感じる。
ロゼリス、お前は俺に何をしたんだ?」
(そんな……そんなこと言われたら……)
胸の奥が甘く締めつけられる。
けれど、ロゼリスは静かに微笑み、両手を彼の胸に当てた。
「……殿下。それは、私のせいではありませんわ。
それはきっと、アーロン殿下の心が、優しいからです。」
アーロンは一瞬、言葉を失う。
そして、ふっと笑った。
「そんな風に言われたら、余計離したくなくなるだろ。」
名残惜しそうにロゼリスを見つめながらも、ようやく腕をほどく。
「……すぐにまた迎えに行く。
お前がどこにいようと、俺が見つけ出す。」
真っ直ぐな瞳に射抜かれ、ロゼリスの頬が紅潮する。
(また……そんな恥ずかしいことを平然と言って……)
ロゼリスは軽く頭を下げ、微笑んだ。
「ふふ。じゃあ、迎えにきてくださるのをお待ちしておりますわ…」
そう言って振り返らずに部屋を出ていくロゼリス。
扉が静かに閉まる。
残されたアーロンは、ベッドの上で天井を見上げ、小さく息をついた。
「……あんな風に笑うなよ。
本気で、追いかけたくなる。」
そして、紅の瞳に再び火が宿る。
「ロゼリス……お前を、必ず俺の隣に連れ戻す。」
朝の光が差し込み、部屋を金色に染め上げた。
それは、ふたりの恋がもう後戻りできなくなった瞬間だった。




