恋の余韻と静かな夜ー君がそばにいる幸福 ー
ペアダンスが終わり、音楽がゆるやかに途切れる。
煌めく会場の中、ロゼリスは小さく息をついた。
(このままアーロン殿下のそばにいたら、本当に心臓がおかしくなってしまいますわ……)
鼓動がうるさくて、自分の声が聞こえないほど。
そっと距離を取ろうとしたその瞬間――アーロンの腕が、まるで逃げ道を塞ぐように腰を引き寄せた。
「どこへ行く?」
低く囁かれる声に、背筋がびくりと震える。
「俺のそばにいろと言っただろう?」
「っ……あ、あの!休憩したいと思いまして!!」
ロゼリスは慌てて笑顔を取り繕い、指をさす。
「ほら、あそこにあるケーキが食べたいのです!」
ふっとアーロンがその方向に目を向け、再びロゼリスに視線を戻す。
「ならば、俺と一緒に取りに行くか?」
「えっ?」
「お前の食べているところを見たい。」
「な、な、な、なんでですの!?わ、私の食べるところなんて全然面白くありませんわよ!?」
抵抗もむなしく、アーロンはロゼリスの手を取り、ケーキのテーブルへと導く。
会場のシャンデリアの光が、二人の影を長く伸ばした。
「お前はどのケーキが好きなんだ?」
「えっと、ティラミスと……チーズケーキと……あと、このフルーツタルトも!」
宝石のように並ぶケーキを前に、ロゼリスの目はきらきらと輝く。
その光景を見つめるアーロンの表情は、どこまでも柔らかい。
「なるほど、ティラミスとチーズケーキ、覚えた。」
そう言いながら、アーロンはケーキの隣にあった肉料理をお皿に取る。
「ふふっ、アーロン殿下のお肉好きは変わらないですわね。お野菜も食べてくださいな。」
そう言って、ロゼリスはアーロンの皿に野菜をそっと乗せる。
明らかに不満げな顔。
ロゼリスは思わずクスッと笑ってしまった。
「ほら、こうすれば食べられますわよ。」
器用にお肉で野菜を巻き、フォークを持ってアーロンの口元へ。
しかし、ふいっと顔をそらされる。
(ああ、子どもの頃の従兄弟もこんな感じでしたわ…。たしか、“あーん”ってして食べさせたら食べたのよね!)
ロゼリスは小さく息を吸い込み、上目遣いで微笑んだ。
「アーロン殿下、はい、あーん♡」
一瞬、アーロンの目が見開かれる。
そのあと、ほんのわずかに口が開いた隙に、フォークをそっと差し込む。
「ほら、食べれたでしょう?お肉ばかりでは体に良くありませんわ!」
にこりと微笑むロゼリスに、アーロンの頬がわずかに染まる。
「……お前が食べさせてくれたからだ。嫌いなものも、お前がいれば克服できそうだ。」
ふと、瞳がぶつかる。
その瞬間、会場のざわめきが遠のいた。
二人は小さく笑い合う。
――まるで世界に二人だけがいるようだった。
***
夜。
誕生祭の熱気が落ち着いた頃。
アーロンの私室のソファの上で、ロゼリスは小さく丸まって寝息を立てていた。
ドレスの裾を握ったまま、幸せそうに。
お風呂から出たアーロンは、その姿を見て思わず吹き出す。
「お前は本当に、いつも俺の予想を超えてくるな……」
そっと近づき、ロゼリスを抱き上げる。
羽のように軽く、温もりだけが胸に残る。
ベッドに寝かせ、毛布をかけたあと――アーロンはその隣に腰を下ろす。
(兄上の誕生祭も終わった。明日にはお前はアーバートン邸に戻ってしまう……。
だけど、このままお前が隣にいない日常なんて、もう考えられない。)
指先でロゼリスの赤髪を撫でる。
その寝顔はあまりにも穏やかで、天使のようだった。
「……だから、ロゼリス。もう少しだけ、俺のそばにいろ。」
ギュッと腕の中に抱き寄せる。
ロゼリスは、アーロンの胸の中で小さく笑いながら寝言をつぶやいた。
「ふふ……このケーキ、美味しいですわ……」
アーロンは思わず微笑んで、その髪に唇を寄せる。
「……ほんと、お前ってやつは。」
夜は静かに更けていく。
二人だけの、甘く穏やかな余韻を残して




