裏庭でのもふもふ事件勃発!?
保健室から戻ったロゼリスは、ようやく椅子に腰を下ろして深く息をついた。
(トイレ事件以外は何事もなく終わりましたわね……ふぅ……。まぁ、時たまリリネ嬢がルチア様に鋭い視線を向けていましたが……。)
ちらりと教室の隅を見ると、リリネ嬢は優雅に微笑みながらも、扇子の陰からルチアを鋭く見据えている。
(……焦っているわね、リリネ嬢。仕掛けた罠がルチア様ではなく、この私に命中したのがよほど悔しかったのね)
思わずくすりと笑みを零し、ロゼリスは隣の席で帰り支度を始めたルチアに声をかけた。
「ルチア様! よかったら、私と共に帰りましょう!」
しかしルチアは、少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、ロゼリス嬢。今日はシルビア殿下とお茶をする約束をしているの……」
その言葉に、ロゼリスの目が一瞬でキラキラと輝く。
「そ、そんな気にしないでくださいまし! ならば学院の門までお供いたしますわ!」
(シルビア様とお茶デート……!? なんて尊い組み合わせ!! それを邪魔されないためにも、ルチア様を安全に学院の外までお連れしないと!!)
ロゼリスは意気込み、ルチアの手を引いて歩き出した。
「ルチア様ー!」
一人の生徒が駆け寄ってきた。
「シルビア殿下が裏庭で待ってるって言ってたわ!」
裏庭。
その単語を聞いた瞬間、ロゼリスの脳裏に稲妻が走る。
(はっ……忘れていましたわ!! 裏庭魔物イベント!!)
前世の記憶が鮮明によみがえる。
リリネが魔獣を学院に招き入れ、「シルビア殿下が待っている」とルチアに嘘を吹き込むのだ。
そして、裏庭で待っていたのはシルビアではなく、巨大な魔獣。
ルチア様は必死に戦うものの、大怪我を負ってしまう……。
(いけませんわ! 今、ルチア様を守れるのは私だけ!!)
◇◇◇
裏庭に着くと、空気が一変した。
木々の隙間から黒い影がゆらりと揺れる。
ぬうっと姿を現したそれは、黒い毛に覆われ、一本のツノを持つ巨大な魔獣。
牙が月光に照らされ、ギラリと光った。
「ひっ……!」
ルチアが思わず身をすくめたその瞬間、ロゼリスが前へと飛び出す。
「原作通りね! 貴方の敵は私よ!!」
ロゼリスはスカートを翻し、ルチアの前に立ちはだかる。
(この魔獣、リリネの魔法で操られているのよね。下手に戦っても無駄。でも、ルチア様に指一本触れさせるわけにはいきませんわ!)
ロゼリスは右手を掲げ、堂々と宣言した。
「ふふふ……出よ! もふもふの力!!」
彼女の手から放たれた光は、柔らかな金色に輝き、魔獣を包み込む。
◇説明しよう!◇
ロゼリス・アーバートンの魔力は、触れたものの魔力を弱体化させる魔物ならば幼獣化、人ならば動物化。
(※本人は「もふもふの力」と呼んでいる)
しかも魔法をかけられた相手は、ロゼリスのことを“好き”になる副作用付き!
実際は、全ての魔力を無効化する最強の力なのだが、本人の自覚はゼロである。
◇◇◇
「……あれ? 効いて――」
ロゼリスが呟いた途端、魔獣の体がみるみる縮み始めた。
どすん、と地面に落ちた黒い毛玉が、もふもふと震える。
「も、もふ〜!」
毛玉はロゼリスの胸元に飛び込んできた。
「きゃっ……! か、かわいいですわ!! もふもふ、かわいい、もふもふっ♡」
ロゼリスが頬をすり寄せていると――足元をちょこまかと走る金色の影があった。
金色の毛並みに、紅いルビーのような瞳。
「……子犬?」
その子犬は元気よく「わん! わん!」と鳴きながら、ロゼリスの足元を駆け回っている。
そこへルミナスが駆けつけてきた。
二人は目の前の光景に唖然とする。
「え、えぇと……何が起きているのかしら……」
ルチアが戸惑う横で、ルミナスは金色の子犬を抱き上げて凝視した。
「……この毛並み、目の色……まさか……アーロン殿下!?」
「わん!」
子犬いや、アーロンが力強く吠えた。
ロゼリスは、蒼白になって両手で顔を覆う。
「ど、どうしましょうっ!? アーロン殿下を子犬にしてしまいましたわ!! 人に魔力を使ったのは初めてでして……! きっと、えぇと、二十四時間後には戻るはずですの!!」
テンパるロゼリスに、ルミナスが愉快そうに笑った。
「ならば、ロゼリス嬢。犬になったアーロン殿下のお世話をお願いしますね」
「え、えぇぇっ!?」
「俺より、ロゼリス嬢のそばの方が殿下も嬉しいでしょうし」
そう言って、ルミナスはにっこり微笑み、子犬アーロンをロゼリスの腕の中へ戻した。
小さな体が、きゅるんとした瞳で見上げてくる。
「……わふ?」
「うぅ……っ、可愛いですわぁぁぁぁぁ!!!」
抱きしめながら床を転がるロゼリス。
ルチアは呆れと微笑ましさの混ざった顔でため息をついた。
「ロゼリス嬢……殿下の尊厳が……」
「尊厳よりももふもふが大事ですわ!!」
◇◇◇
こうして、学院裏庭の魔獣事件は“もふもふ無双”によって鎮圧された。
しかし新たな問題“子犬アーロン殿下24時間同居問題”が、静かに幕を開けようとしていた。




